石炭と水晶

小稲荷一照

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蛮族の祝祭

メラー・カレオン

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「カレオンはどうやって勝った」
 魔法を自分の目で捉えられないマジンは多少は魔法が使え試合の流れも観ていたはずのリザに尋ねた。
「槍で。わりと正統派だったわ。かなり強い感じ。というか、相手も早かったからかもしれないけど。間合いが近く始まって、離れる隙を与えないような戦い方だった。あの長い槍じゃなくて、普通の長さの二間槍ね。長い方はまだ結構ボロボロだった」
「最後は」
「割と普通。突き込んで来た相手に穂先で合わせて、浮かせた隙間に身体をねじ込んで、足を払ってオシマイ」
「咒符とか暗器の類は」
 マジンは自分の聞きたかったことを直接尋ねる。
「両手は完全に槍だったわね。ホント凄いの。槍って云っても先っぽに色付けた棒だからさパカパカ云ってるだけなんだけど、お互い鎧着てるからってかなり容赦なく突いたり叩いたりして、ほんと手を放す隙がないくらい、間合いに張り付いて叩き合ってたから、アナタの持ってた袋剣を使ったほうが良いんじゃないっていう間合いだった」
 マジンとしては尋ねたことと関係ないことを説明されている気分だったが、リザが本当に楽しげに説明するので苦笑するしかない。
「カレオンの小技を嫌ったのかな」
「というよりカレオンの方が張り付いたみたいね。彼は木剣のつもりだったみたい。あと足の踏み合いが面白かった」
「どういうことだ」
 リザの説明に流れが想像できずマジンは尋ねた。
「それくらい間合いが近かったのよ。槍なのに。二回くらい投げもあったわ。投げられてやったという感じなんだけど、投げっていうか、槍絡げて腰に乗せてぐいって感じで、当然跳んでゆく先に槍が追っかけてゆくんだけど、それに合わせて肩で槍を逃がしてツイッと元の間合いまで離れたりして。なんか、軽業みたいな感じだったわよ。打ち合わせがあってもあんな速さでやれるなら凄いわ」
「なんか踊りみたいでした。社交的な会の無理やり相手を入れ替える曲みたいな、ごきげんよう、とかああいう感じの」
 いかにも流れがわかっていなさげなマジンにショアトアが説明した。
 元老院に十年も詰めていて踊りをほとんど嗜まないマジンは基本的なステップと最低限の作法くらいしか身につけておらず、つまりそれは入来の挨拶の時の一曲分くらいの動きしかできずに、後はどこかで懇談しているということだった。
 女性秘書を複数連れているとマジンが踊っていなくても来ていることは誰の目にも明らかで、そういう意味でますます懇親のほうが気楽に進められるということになる。
 要件のある相手を狙い撃つのではなく手数に余裕を式の戦術はデカート社交界ではすっかり当たり前になって、入り組んだ議題の時には男女の秘書たちがクルクルと待機しながら、主の予定を伝え合ったりとしていた。
「……。わかんなかったみたいね」
 リザがショアトアに笑いかけて言った。
「ちゃっちゃ、ごきげんよぉ、ちゃンちゃぁってアレです」
 セメエが助け舟に鼻歌を歌ってくれてようやくわかった。
「ああ。わかった」
 いろいろな曲の後ろに組み込まれる、裏拍から入る変拍子というトリッキーなリズムあそびはマジンの苦手とするものだった。
「ともかく、午後の相手は結構強いわ。硬軟自在の槍の遣い手」
「得意の符術ってのは」
 改めてマジンは尋ねたいことを聞いた。
「そんな暇なかったんだって。ショアトアが云うには相手は糸みたいなの使ってたみたいだけど、そう云うのを無視する勢いで槍とも思えぬ間合いで戦ってたわ」
 ショアトアに目をやると自信ありげに頷いたのに頷き返した。
「それを封じるための接近戦かもしれないな」
「どの道、相手が魔法使ったら力技しかないんでしょ」
「魔法相手にどんな力技が通じるのか知らないよ。真剣で真っ二つってわけにはゆかないだろう」
「そういう距離で戦わしてくれるかもわからないわね。遠間で一方的に嬲られるかもわからないわよ」
 嫌なことを云うな。
 と云ったのが全くその通りの展開になっていた。


 カレオンはこれまでの正統派の戦い方を完全に捨てていた。
 カレオンは全く油断無く遊びなく勝ちに来ていた。
 カレオンは広場の通路を示すレンガの色の変わる帯を僅かに踏み込んだところから木簡を投げた。
 それは勢いが着きすぎマジンの木簡を弾き飛ばしもろとも水場に落ちたが、変哲もない木の板を四五十キュビットも投げてみせる技量に観衆は拍手した。
 マジンは木刀を選びそれが奉行に選ばれたわけだが、まったくもってそれは形ばかり、殆ど一方的にカレオンが様々なものを投げつけこちらが避け或いは受けるという展開になっていた。
 特に厄介なのが手のひら大、釣り天秤に掛けるような金属の輪っかを紐で結びつけた代物で、蜻蛉釣りや蝙蝠を絡め落とす道具で大きくするとウサギや角山羊や鹿くらいは捕えられる道具だった。それを地べたにいくつも転がしておいたものを木刀の先にひっかけてすくい上げるようにして振り回し放った。
 当地の流儀では、何者かが棄てた何かを使ったとして木刀の技、ということらしい。
 マジンも同種のものを手元の間に合わせで用意していたが、相手のほうが大柄で重量があったために、速度はかなりのものであるはずだが弾かれたり巻き込まれたりで、準備した分が全て叩き落とされていた。
 カレオンが切っ先で拾い集める蜻蛉釣りは左右の分銅の大きさが違い、真っ直ぐ投げることよりも牽制を狙った武器で投矢と組み合わされると、滞空経路の性質が違う弾幕が張られ、多少の速さでは一気に踏み込みにくく、マジンの踏み込みの速さが仇になって投矢の弾幕に飛び込み外套のあちこちに突き刺さっていた。
 せっかくのいただきもの、とマジンが引き抜いた投矢が針を残して引きぬかれ、手元で小さく破裂した。
 相応に防具があり目元で爆発したわけではないので、単なる嫌味のような気を散らす意味合いなのだが、カレオンの攻撃の流れとしては次の流れへの時間を提供したことになった。
 次なる攻撃は紙吹雪だった。
 投矢や蜻蛉釣りに惑わされているうちに外套のあちこちに糸がたくさん伸びていた。その先に紙吹雪がつながっていた。
 糸は毛針のようなものだったが、砂にまみれていたので投げて付けられたというよりは、一連の動きの中で一旦地面に撒かれたものが、手繰り寄せられたのだろう、という想像が成り立つ。
 互いに広い間合いの中で様々を無視して走り回るようにしていたから、もはやどの段で付いたのかなどというのは問題にできなかったが、問題は相手の意図の流れのうちであることと、その機能がわからないことから、対応はふたつしかない。
 わからないまま力押し速攻で倒す。
 わからないまま罠の対応する。
 わからないまま具体的な方法を考えれば、一気に間合いを詰めるか、間合いをとるかの二択になる。
 幸いカレオンの準備は終わっていないらしいのは、カレオンが未だに距離をとって動いていて、むこうも距離を詰めていないことからわかる。
 とりあえず、わからないなりに拳銃を抜き黄弾で足元から上がってくる紙吹雪を次々と燃やす。次第に増え、こちらの動きに合わせてだんだんと増えてくる紙吹雪は非常に不安を煽る暗器だ。
 おそらくリザはこの有様を見てまた大笑いしているのだろう。
 そう思った途端ステアの心配げな気配が伝わった。
「この人なにやっているの」
「地面から紙吹雪が上がってくるのを黄弾で焼けないかと思ってね」
 ステアの声に思わず応える。
「う。む。ああ。そういうことか。いきなりつながって何事かと思った」
 ステアの驚いたような納得したような気配がひとしきり笑いにつながり、マジンは自分がくるくるとまわりながらあしもとに拳銃を放っている光景が見えた。
 豪雨の中の自動車の窓のような歪んだ光景ではあったがなにが起こっているのかはわかる。
「どうなっているんだ」
「私から見えているものを声に乗せてみた。電話みたいな魔術ね」
 ステアが自慢気に言った。
「オマエのそれもだが、ボクが殆ど動いていない。かなり動いているはずなんだが」
「薬か魔術かで幻覚を見せられているんでしょ。アナタはかなり落ち着いているつもりかもしれないけど、私の目からは凄まじい勢いで拳銃を連射しているわね。流石に相手もこの展開は読めなかったらしくて、最初はあなたを追おうと動いていたけど今はほとんど棹立ちよ。この辺の席のお客さんも何かあったらしいのは察しているけど、今はあなたの動きが面白すぎて大笑いで拍手しているわ」
 この風景は信用できるのか、見ているものと同じなのかがマジンには気になった。
「――ああ。このまま戦ってみるのはおすすめよ。ちょっと待って」
 すっと少し風景の歪が調節されて膜のような魔術の風景の歪みが張りと広がりを持つようになった。
「だいぶ見やすくなった」
「膝に載せたショアトアの目を借りて四つ目状態よ」
 魔術の風景の中で自分が弾倉の交換を終えているのを見るのは奇妙な距離感だが、今ここに右手に袋足剣を握りながらわずかに余らせた指先で弾倉を交換している左手に握っている拳銃の重みと響きは現実のものだ。わざと指先を弾倉に引っ掛け薄く挟んで確かめてみる。
 幻想と実際の風景の速度差が気になるが、こちらの動きに合わせて幻想の自分を操作するような、自分の人形を将棋盤の上で動かすような奇妙な感覚でカレオンと自身の距離感を修正する。
 そして一気にカレオンに向かって地を滑るように突進した。
 目の前からカレオンが消える。
 遠景の自身が乱暴に振り回された操り人形のように横っ飛びになるのをマジンは奇妙な手応えと共に見送る。
 カレオンが素早く、しかしわずかに肩を巡らせれば見えるような位置に飛び退いただけだったが、視界からは完全に消えた。
 目の動きが殆ど信用出来ない状態に、人形劇のような魔術の視界を頼りに頭ごと体ごと操り糸に吊るされた自分を振り回すように向きを変え、袋葦剣を振る。
 手の中の柄がいきなり抜けるような感触にマジンは慌てて手元を引くが、風景と感触の時間差が大きすぎてなにが起こっているのかを把握しきれない。
 リザの感覚を借りた風景の中ではでは破裂音がして振りぬかれた袋葦剣は、縫い糸が振り抜きに敗れ中の折れた葦を撒き散らし、相手の木刀もへし折れてカレオンも尻餅をついていた。
 奇妙なラッパが鳴って、奉行の声がするのだが、なにを云っているのかわからない。
 今になって気がついたのだが、どの瞬間からか耳も目も信用出来ないものになっていたらしい。
 息が苦しくなったのでヘルメットの透明シールドをあげようと思ったら、どこかに弾き飛ばしていた。魔法の視覚がどこかの建物の窓の鉄格子に飛び込み喰い込むように引っかかったのを追った。
 リザの目を借りた歪んだ声が危ないから迂闊に動くなと言っている。
 カレオンらしい歪んだ声がなにやら奉行に説明していた。
 聞き取りにくい声に意識をしているとステアの気配が消えた。
 時間の経過がわからないままカレオンがいつの間にか立ち去り、目の前に立った奉行がついてこい、と身振りで伝えた。
 奇妙にゆっくりな動きにどこへ向かっているのか全くわからないのだが、そもそもあたりの風景が全く違う。
 リザを探そうとして首を巡らせようとするが、そもそもどこに建物があったのかがわからない。
 いつからそこにいたのかステアの気配が背後にあった。
「むう。何なのかしら、この寸断は。ともかくつながってよかったわ。あなたがなにを見ているかはともかく、こちらの風景はこんな感じ。奉行に向き直ってあげて。私達もすぐ行くわ」
 ステアの術を頼りに手招きしている奉行に向かって、自分の身体を操って跳ねるように歩き始めると、先程からまた歪みが少しひどくなった風景に距離感の怪し気な奉行の姿があって、自分の目を諦めステアの魔法の視界に任せると、広場の往来を示すレンガ道を超えたところに担架があった。
 甲冑騎士をそのまま運ぶためのそれは担架というよりは横たわる神輿のようなもので、うまく横たわれない収まりの悪いマジンを八人がかりで押しこむように引っ掛けるように乗せ、花道を陣屋に向かって進みだした。
 ふわふわと奇妙な回転をする光景から目をつむり、瞑っているのかそうでないのかわからない光の渦に身を任せる。
 呼吸の数と鼓動の数を勘定しているのだが、全く数が合わない。
 そもそも百まで数えられない自分に気がつく。
 ありがちといえば全くありがちなのだが、普段自分の感覚にどれだけ頼りきっているかがわかる。
 しかたがないので無理やりそのままおとなしくして眠ってみる。
 呼吸と鼓動の音でぐるぐると騒がしくて眠れない。
 どこか薄暗いところに運ばれたような感触があるのだが、本当に暗いのかどうかを確かめられない。
 まぶたがあかない。
 状況は理解できていた。戦いの流れで何かをやられた。
 リザの魔術の支援でステアの目を借りて戦った。
「ちょっと。危ないから武器は抜かないでよね」
 リザの声がした。
 ステアの気配がいきなり目の前に広がった。
 目をつぶったまま腰の得物に手をやっている自分が見える。得物は針金のようなもので封じられていた。風景も視点も歪んでいるが、舐めるようにゆっくりと視点が動き、ゲリエマキシマジンの外見をなぞるように動く。
 二輪用の色付き風防が失われていた。
 ぎくしゃくと感覚の怪しい腕をゆっくりを動かし、まぶたを閉じたままの顔の手前のバイザーが失われたことを確かめる。
「まだ相手の術のうちだから動かないで。試武はあなたの勝ち」
 口元に手をやると手袋越しでは分からないが、鼻息と首元から上がってくる体温と汗の湿気を顔に感じる。
「なにがどうなっている」
 自分の声が奇怪な響きを持ってる。人の声に聞こえない。
「無理にしゃべらないでも伝わるから。ゆっくり言葉にして考えて」
 諭すような声でステアが言った。
「これから武器を外すから動かないでね。どうしても体を動かすときはゆっくりね。私の視線を頼っていいから」
 慎重な気配に多少緊張する。
「――具体的な術の内容はわからないけど、体の感覚を変化させる術らしいわ。五感もだけど、時間の感覚や方位や距離の感覚を変えるんじゃないかって。普通は相手が目を回して気絶して終わりらしいわよ」
 なににやられたのか自分がどうなったのかを少し気にしていると、ステアが先回りするように説明した。
 腰の大物のベルトと脇の下の弾倉と武装の予備そして更に外套を脱がせたところでリザは一歩下がりショアトアを目の前に立たせ背後から肩を抱くようにして、マジンを脱がせる作業を秘書たちに譲った。
「――なにやっているかって云うと、多分、私がリザール城塞で死ぬ前にやったことでマリールがリザール城塞の防衛戦でやった魔術。具体的に同じかどうか、正確にはわかってるわけじゃないんだけど、まぁそんな感じの縮小版。危なくないのかって話で云えば、マリールがピンピンしているように本来はあまり命の危険には関係ない術式。ただこの娘たちが命の危険を感じたりするとパニックが私を殺す可能性もある。そこで私は失敗したけど、マリールはちょっとうまくやってのけたって感じね。見ている視界を繋いで誰かに届ける魔法ってところ。三人の義眼は凄いんだけど今のところ彼女らがうまく使えてないから、ショアトアだけ借りてる。けど、ショアトアにはこういう風には見えていないわ」
 頷こうとして上半身が大きく揺れる自分を他人の視界で見るのは奇妙だ。そしてまだ目をつむったままでいる自分自身。
「――危ないから動かないで。ヘルメットと襟と背中のコルセットとだけ外しましょ」
 ステアの舌打ちをしたような感覚。
「ヘルメットと背中のそれだけ外して。後は開くところだけ開けたらいいわ。この人まだ動けないのに動こうとするから危ないわ。こっちに感謝するつもりでも触られたら今のこの人相手だと首もげて死んじゃうわよ。馬や牛と変わらないからね。気をつけて」
 奇妙に遠い声でリザの声がした。
 ヘルメットを分割して外している気配がする。
 一応部品交換無しでも組み立てることもできるが、一旦分割した部品の咬みは信用出来ないものになっているから部品交換無しの再組み立てでは所定の機能が出るかは怪しい。
「しょうがないでしょ。そんなもので頭突されたら死んじゃうわよ。それにあなたの呼吸と脈が怪しいから外したいの」
 ステアが説明した。
「――どこって、紐みたいなの投げあってたあたりからよ。おかしくなったのは。ショアトアがよろけてるって言い出して、確かに転びそうな角度で傾いて動いててフェイントなのかどうなのか、と思ってたら、かんしゃく玉みたいなのが十くらい爆ぜて、あなたが腰の拳銃抜いてクルクル回りながら地面に向けて黄弾撃ち始めた、みたいな感じだったわ。銃の反動でバランスとりながら、低く左右に傾いたまま背筋が伸びてる動きって、二輪で膝先削って曲がる時みたいで見ててあんまり気持ちいいもんじゃないわよ。できるからやってるんだろうけどさ。ファラもさ……」
「ファラがどうかしたか」
 マジンは自分が喋っているのか、単に頭の中で言葉にしただけなのか判断がついていない状態に夢の様な奇妙な感じのまま尋ねた。
「そっちは愚痴よ。膝先削るので思い出したの。二輪の防具とか膝肘とか手首足首につま先とか肩とか、あの娘が無茶する度に改良してその度にあの娘が無茶してってさ。出来ることはやらないと気がすまないってのは、云いたいことはわからないでもないけど、どうなのかしらね、とね。自分の事なら心配させるだけでまぁいいけど、平時の参謀は政治官僚だからね。必要を正しくできます、だけじゃ足りないのよね」
 ステアの中のリザの自分のことを棚に上げた言い草でマジンは思わず笑う。
「――笑い事じゃないわ。私は勝ち逃げできたからいいけど、この先は勝ち逃げってわけにはゆかない。あの娘も英雄なのよ。見る人が見れば。……まぁいいわ。ただの愚痴だし。頭と首が楽になったら落ち着いたみたいね。目を開けられるかしら。ゆっくりね」
 ゆっくり目を開けると眩しいというか、ゴソゴソとした違和感と左右で光量が違う状態に目を瞬くうちに落ち着いた。
 自分の目で風景を見るとあれだけ怪し気だった世界の水平が一気に整理され、耳も音として風景を認識するようになった。
 天幕の中に安堵の声がそれぞれ響くのを確認して目と首であたりを確認する。平たく広い寝椅子のようなものに仰向けになっている身体を手首足首を確認する。しびれのようなものはない。ただ、異様に火照ったような乾いた引きつりがあるだけで自分で手袋と半長靴を脱ぐ。乾いたような感覚と茹で上がったような色の手に驚いた。
「日が落ちる前にもう一戦あるわよ。しびれとか大丈夫かしら」
「ひどく汗をかいたらしいけどもう大丈夫だ」
 自分の声がひどく調子っぱずれに聞こえてマジンは一回咳込んだ。
「まだ、あちこち正常じゃないみたいね。少し動くのは我慢して無理にも寝てて。軽くなんか口にして様子見ましょう」
「一回着替えたいかな」
 モソモソと重たく厚みのある繋ぎを脱ぐとあちこちの筋肉と云わず血管と言わずパンパンで手のひらも真っ赤だったが、重たい服を脱ぐために筋肉を自分の神経で動かしているうちに少し指先のむくみが減ってきた。
 窮屈な服で普段使わない筋肉の使い方をしたせいで、肉体の階層が変な風になっていた。
 基本的に動くことを目的としていない二輪用の装具は普段の多少の動きはもちろん問題ないが、人の運動能力の限界に挑むような服装ではもちろんない。
 幻覚と興奮で部分的に限界に挑戦をさせられた肉体は、痣のような浮腫を全身のあちこちに作って、救急措置用の切断具を使わないと脱ぐことができないような状態になっていた。
 兵隊が長い行軍の間に靴が脱げなくなったり、或いは逆に脱いだ靴が履けなくなったりということがあるが、それに似たことがマジンの全身で起きていた。
 やっぱりこれじゃ戦えないわね、等とばらばらになった繋ぎを見てリザは言ったが、そんなことは最初からわかっていて、それを避けるために突撃服では様々な工夫と妥協をしていて重量が増えることになった。
 背嚢と合わせると一ストンを超えるような装具はやはり飛んだり走ったり或いは何日も行軍したりということを難しくしていたが、歩兵戦車などの充実した部隊支援によって装甲歩兵は背嚢の持ち運びを必要とせず或いは野営のための様々な生きる上での雑事を機械に任せることで幾らか取り除いていた。
 基本的には敵地ではないはずの一人旅を前提とした二輪自動車用装具はつまり自動車そのものがもたらすだろう脅威そのものを前提としているから、戦闘用の道具ではないし、決闘にも戦闘にも使えるようなものではない。
 分かっていたことだったが、分かっていたとおりに役に立たなくなったということだ。
 わずか半時ほどの勝負の間に、一日にも相当するような運動をした肉体は、服を脱いで軽食をしている間にあちこちの筋肉が痙攣を起こし、血液の循環を強要していて、それはときに口に運びかけの匙を取り落とすような、あまりみっともよろしい状態というわけではなかったが、ともかく体の各部は回復に向けて調整を続けていた。
 食事と云って穀物を爆ぜさせた物に溶き卵とヒマワリ油とヤギの乳をかけた物を糖蜜で甘くした、消化のよろしい粥のような作りかけのお菓子の材料のようなもので、卵が入って暖かく火が通っているところが戦場の城塞よりもマシなところであるらしいが、腹一杯にするには水のほうが簡単そうな味であった。
 ヘルメットと背骨を守るためのコルセットと両者をつなぐ支え襟元のコルセットであるハンスはともかく、オーバーオールプロテクタの方は無理やり形にしただけでは使いものにならない。
 熱圧着で修理はするから材料の性質の理屈の上ではナイフを炙ってつなげることはできるが、短い休憩の時間をそうやって使う気にはなれなかった。
 マジンの体感が回復して四半時程でラッパがなった。
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