石炭と水晶

小稲荷一照

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装甲歩兵旅団

エンドア開拓事業団

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 戦争の推移は共和国全体には殆ど影響を与えていなかったが、ローゼンヘン館にとってはかなり慌ただしい状況を作っていた。
 無責任に云えば、軍が良いお得意さまとして新製品を買ってくれた、ということになるわけだが、一方で相変わらず物があるからできるからという、兵站という政策上の概念に則った大本営の動きとは全く別の動きをおこなっていて、ローゼンヘン工業は兵站本部や参謀たちの一部ではひどく評判が悪くもあった。
 それは大本営だけでなく、大議会でも同じような動きが起きていた。
 予算に割りこむような動きがなくとも鉄道軍団の編制の遅れや運営の失敗或いは事故だけで十分に大きな影響を予算上引き起こしていて、それは必ずしもローゼンヘン工業の運営に由来する原因とは言いがたかった。だがそれでも矛先がローゼンヘン工業に飛び火することは避け難かったし、商売の原則という意味では売上は増え、必ずしも損には結びついていなかったから、言い過ぎではあっても根拠なしということではなかった。
 特に広大な、と当初は思われていたアミザムの鉄道基地が貨車やコンテナをそのまま倉庫として運用しているためにみるみるうちに手狭になり鉄道資材が不足してゆく現実は、鉄道運行の威力とその規律管理の重要性を示しつつ大きく予算を圧迫していた。
 ローゼンヘン工業では事前に貨車五千両あれば、共和国軍の物資搬送には足りると概算していたが、実態としては既に三千両の貨車がアミザムに常時留め置かれ、また各地におよそ千両が留め置かれと、一万両少々もあれば運行上の余裕もあったはずの車両整備計画が運行計画の上で既に綱渡りの状態になっていた。同様のことを東部戦線の基地或いは西部や海街道の拠点港でおこなわれれば、おそらくは三万両から五万両ほども必要或いは、その大多数が現状と同じ運行態度であれば更に二桁、百数十万の必要は覚悟が必要かという推計も出ていた。
 先の話は先の話としても、鉄道運行モデルがローゼンヘン工業と兵站本部が鉄道軍団編制以前に描いていた構造とはかけ離れつつあることが予算の拡大を加速していた。
 話の流れとしてはそういう単純に金銭の話だけではなく、前線に出ていた帰還兵や義勇兵が装備や作戦への待遇の格差について不満を漏らし始めていた。
 通常であれば、軍権への造反や越権かと脅し睨みつけまたその場で一笑に付すような内容ではあったが、ロータル鉄工に武器の発注を素気なくされた自治体司法行政がここぞと騒ぎ立ててもいた。
 ローゼンヘン工業の経営幹部たちが聞いたことのない自治体名や見も知らぬ将軍の一部は実際に各地の州や市の有力者であったり地方聯隊長であったりという者たちで、共和国軍以外は軍にあらずというローゼンヘン工業の態度に不満も持っていた。
 軍政上ローゼンヘン工業と関わりが深く、協力的な立場を期待できるはずの共和国軍大本営の各本部も様々に幾つもの悶着の元を抱えていたところで、前線との連絡が画期的に好転したことで目下注目が集まりがちな東部戦線前線においては、兵站上の都合から戦線を再び大きく下げて帝国に土地を譲りつつ損害を抑える方針をとっていたことも、無意味な弱腰ととられていた。
 ならば無謀な戦いに打って出ろというのかというのは、軍事作戦上のひとつの正論ではあったが、幾つかの州は義勇兵を求めていながら戦線に出させない作戦指導に苛立ってもいた。
 義勇兵の質というものは送ってきた土地土地ややって来た者共でばらばらであって、大方はよく云って邪魔な無駄飯喰らい、悪ければ利敵行為をおこなっていることに気がつかない軽薄なお調子者か犯罪者というところなので、戦争を戦っている現場としては三割ほどの優秀な義勇兵団以外はお引き取りいただきたいところなのだが、義勇兵は各地の面子を旗印に掲げている組織でもある。
 確かにかつては求めたこともあり、実際に役に立っている部隊も中にはあり、ということで政治の兼ね合いとしては邪魔だからと追い返すわけにもゆかなかった。
 豚のように悲鳴を上げる仕事というものは戦場にはあって、そういう仕事は最前線以外にも存在していたから、作戦への待遇の格差、というのは全くの言いがかりではなかった。
 もちろんわめきたて騒ぎ立てている大議会の議員たちも、自ら代表する自治体が共和国からの離脱することを求めているのではなく、自分たちの貢献を正当に誇示し名誉と利益を求めてのことで程度と引き際を自ら当然にわきまえていると、彼ら自身は考えていたからなおさら厄介だった。
 得も言われぬ外交ごっこの舞台となった大議会は、戦争中であるにもかかわらず予算の審議が止まる事態になっていた。
 およそその対立は鉄道の届いたところとまだ届いていないところというような対立構造で、全くわかりやすいというべきか、政治資源に正直というべきか、悩ましいところであったが、戦時下であれば議会の決済が行われない場合、議会による決済不要ということで内容は大元帥に一任される。それは議会としては避けたいはずなのだが、誰も引き際を見定められないままに年の瀬が見える時期になっていた。
 まだ大丈夫はもう危ない、だからもう一声、という相場師の警句のとおりに大議会は崖を目指して突っ走っていた。
「そういうわけで来てもらったんだ。なにか面白い方法はないだろうか。もちろん我が弟に損をしない話で兄として力が貸せるものという意味でだが」
 軍都は冬でも雪深いというわけではないがその分寒さ冷え込む。だがデンジュウル大議員の邸宅は春の日差しのような暖かさだった。
 暑さ寒さが嫌いな大議員は夏用の邸宅と冬用の邸宅を一つの地所に設けていた。小さな滝を設けた夏用の邸宅はここしばらくの冬の冷え込みで壁が凍りついていて、それも風流ではあったが、デンジュウル大議員の趣味ではなかった。
「どういう方法がいいのでしょう」
「こういう話は、基本カネと色で手打ちにするのが簡単なんだが、どうも私には打ち手がないらしくてねぇ」
 デンジュウル大議員の膝の上にはしどけない姿の美女がいた。マジンの膝の上にも半裸の女がひざ掛けのように寝そべっている。
 マジンはそのもそもそ動く腰と太ももに肘をつき指を組んだ。
「それでこの女たちですか」
「まぁそうなんだが、どうもそれだけでは足りないらしくてね。もうちょっと先のある話がほしいらしい。そういうわけで何か儲け話が欲しいところなんだ。ときに南の島の経営はどうなってるんだい」
「アレは、儲け話と云うには落ち着きがありませんね。単に南の島に冒険旅行にゆきたいというなら止めませんが、気の利いた接待ができる土地というわけでもありません」
「南の島に冒険旅行か。男なら憧れるな」
「そういうお客様なのですか」
「いや。だが、君の冒険の話をすれば、きっと我が州にもひとつ島をくれ、とぐらいは言う御仁たちだ。君のことだ。登記したのはひとつでも、すでに三つ四つは抑えているのだろう」
「まぁ、幾らかは海域の地図を作っていますし、水路もそれなりに調べさせています」
 なかなか気合の入らないノイジドーラたちにマジンは水路水深を調査して海域を練り歩くように命じていた。多島海での海賊は云ってしまえば釣りと同じ半分は相手の気分とこちらの気分の兼ね合いによるものが多く、ノイジドーラたちの技量や気合だけではどうにもならないわけだが、つまりはその程度には上手くいっていない。
 海賊が出来ないなら釣り船をやれと言ってある。複数の電探と音響探信儀をつかってペルセポネに積まれた電算機は運行中常時、周辺地形と水深を電子的に計算していた。
 そのデータは時々スッポ抜けるような値を残してはいたが、何もしないよりはマシだったし、ペルセポネに乗り込んでいる女たちも次第に海図が正確になってゆくことに最近は何やら新種の楽しさを得たようで、ペルセポネの運行は次第に長い時間になっていた。
 そうでなくとも幾つかの島についてはすでに上空から図面化に十分な撮影が終わっていて、実際に幾つかは測量地図となっている。双眼式の測量撮影機で記録した写真記録は部分的に天然色化或いは用途に応じて色分けされ森林の高さ深さを追いやすくしていた。
「まぁ、そう、嫌な顔をするな。別にひみつの宝島を用立ててくれというわけではない。どのみち多島海の経営なぞ、君を除いてできる者などおらんよ。
 ただまぁ幾人かは、ダッカで潮に錆びついた鐘楼を直してやった気前の良い我が魂の弟とその配下の猛き麗しい女海賊たちに会えれば語り草、そのついでに自分の州で島の登記をしてもらえれば我が名誉、と考えている者たちもいる」
「まぁ、それでケリがつくならそうしますが、それでは足りないのでしょう」
「さすが魂が通じているだけのことはある。十人ばかりはそれでケリがつく。だがまぁあと六十人ばかりは別の方法で口説く必要がある」
 疑わしげな顔で告げたマジンにデンジュウル大議員は笑いかけ明かした。
「どういうことですか。それほどに大議会というものは飯にたかるハエかアリのような連中が多いのですか。いま共和国大議員は戦争の協力に必死だと思っていましたが」
「まぁ、そう悪しざまに云ってやるな。大方の連中は引き際を見失っていることは知っているのだが、理由もなく今更退けない状況でもある。おおよそのところで君の助けとローゼンヘン工業がなければ、戦争さえも立ち行かない事実に焦りと苛立ちを感じている小市民共だ。一私人と私企業が国家の命運を左右するという大冒険に嫉妬と羨望からついぞ大議員の価値を奪われてしまうのではないかとおののき惑う小人たちだよ。だが、まぁ彼らの焦りもわからなくはない。私も魂の弟の活躍には思わずケツを差し出さなければいけないのかと思うほどだ」
「男のケツなんかいりませんよ。これだってホントはいらないくらいだ。ま、なんか暖かいし、肘掛けには意外と厚みと柔らかさがちょうどいい」
 デンジュウルの言葉に苦い顔でそう言いながらマジンは膝の上の女の尻を叩いてみせる。
「私もそうだろうと思うのだが、まぁそれでは常識に頭を固くするのが仕事だと思っている連中の気が収まらない。君がケツがいらないというなら、耳なり目なりをこちらに向けさせたい。そういう餌が必要だ」
 マジンは軽く溜息をついた。
「つまりなんですか。
 お前の汚いケツなんかに用はないんだぜ、ボーイ。
 もうそんなのはさっさとしまって、涙は拭いて鼻はかんで。
 ソラ、飴玉だ。美味しいぞ。
 泣き止んだらあっちいって列に並んでろ。
 とやれ、とおっしゃっているわけですか」
 デンジュウルはマジンの小芝居に目をしばたかせ笑った。
「ああ、まぁ、そこまでやる気があるならそれでもいい。本当はそれは私の役なんだが。しかし、弟よ。それは兄の見せ場だ。かっこいい兄の活躍が見たいなら大議会に呼んでもやるぞ」
「嫌ですよ。バカバカしい」
「それでも確かに、君にはローゼンヘン工業印の飴玉を用意してやってほしいとは思っている。
 あなただけの新色。春色しゅぷりぇるせっぞぉん限定品。みたいな感じで新製品を贈るとか」
 デンジュウルの無責任に明るい寸劇にマジンの口は苦る。
「正直、物で釣るのはワイルの件で懲りているのですが」
「そうしたらカネかぁ。まぁだがしかしなぁ。そういえば、なんとかいう胡散臭い名前の社債はどうなったね。元老共が結構中抜しているとか聞いて呆れたが。アレだけの規模で一分とはやりすぎだと思うがね」
 思い出したようにデンジュウルは確認した。
「まぁ、アレも飴玉のようなものなので。おかげさまで全て捌けました」
「アレをもう一度売り出さないかな。今度はローゼンヘン工業が直に。条件も規模も同じでいい」
「まぁ。できますが」
「先行して募集をかけて、売りつけようと思う。社債の発行そのものが不要であれば売り切ったことにして中途で切り上げてもよろしい」
「それは会計上問題が」
 良いことを思いついたというように目を輝かせるデンジュウルにマジンは首をひねるようにどう断ろうかと考える。だが、手早くここでという案は思いつかなかった。
「そしたら君自身が買ったことにすればいい。まぁ、そのへんは任せるよ。大事なのはお客が喜んで買うものがあって、それがローゼンヘン工業の製品でローゼンヘン工業の業績が悪化すると価値がなくなるようなものがいい。というところだ。大議員というのもこれは因果な商売でね。カネは必要なんだが、稼ぐとなると邦から切り離されているから、商売がしにくくてしょうがない。そういうわけで不正の話が絶えないんだが、こういう不正とはあまり関係ないような話だと随分気が楽になる。現金を直にやり取りすると最近はいろいろうるさいことになるからね。直接には関係ないところをつつけるとたいそう気が楽だ。だが、実のところ急がないと色々困ったことになる。およそふたつきのうちには大議会が閉じてしまってすべてが大元帥に一任されることになる。常識的には様々に問題でその途中で訳の分からない妥協案が生まれてしまうと、更に大問題を引き起こすことは間違いない。力技でも何でもこの流れを一旦破壊する必要があるんだ。全く合議制の面倒なところでね。戦争をしている間は派閥とか主義とか馬にでも食わせてしまえばいいんだが、どうも故郷に愛がありすぎると人々の常識が重荷になるらしい。ひとつき以内にそれなりのものを準備できるだろうか。こう、ウチも大変なんで急いで助けてください~的なものでもいいんだが」
「まぁ、カネに慌てているというほどではないですが、まだ償還分には程遠い状態なので金が必要といえば必要ではありますが」
 いかにも不満気なマジンの顔を見て膝の女が驚くほどにデンジュウルは身を長椅子の背に投げ出して天井を仰ぎ見た。
「銀行をこの際、起こす気は」
 椅子の背にかかった皮のようなだらしなさで天井を見上げながらデンジュウルは尋ねた。
「ないといえば嘘になります。研究はすでにかなりのところまで。尤も社員を相手にするつもりだったので、銀行というか信用組合というか」
「銀行の創業記念社債、とかでも良いと思うよ」
 そう言ってデンジュウルは身を起こす。
「銀行は流石に焦って建てるものではないかと。ですが、そういう流れであればエンドア開拓を財団化しますか。アレは半ば捕虜収容のための事業でもありますし、公共性の高い事業でうちの完全な専任案件です。いくらカネを飲み込むのか今のところほとんどわかっていないところもあります。使えるか使えないかわからない土地についてボクの名義がバリバリと増えているところではありますが、債権と土地の登記先とどちらが喜ばれるところでしょう」
「ふむ。南の島と陸の孤島とどちらがマシかというところか。だが、各州の捕虜送致事業を有料で引き受けてくれるということであれば、間違いなく飛びつくだろう。開拓というか伐採は順調かね」
「順調とは言い難いところですが、なんとか殺さずやっているというところですね」
「生死はわりとどうでもいいところだが、自分の土地に自分でとなると流石に苦労も多いか。それで百万かそこらは引き受ける土地がありそうかね」
「鉄道基地を築きながらというところでまぁなんとかというところです。文字通り根こそぎにしないといけない土地なので仕事はいくらでも果てしなくありますし、いついつまでに完成とか云われなければ、それはなんとかなりそうでもありますね」
「ふむ。そういうことであれば社債と捕虜送致事業との二本立てでゆくか。債券はどれくらいで見本が出来上がるかね」
「全部お手盛りでできるので、名前は十日、物としては半月、住所地の定まった事務所としてはひとつき、それなりに使える建物は三ヶ月というところですか」
「さすがは我が弟。財団理事について幾人か推薦していいかな」
「なまものは腐るから嫌いなんですが」
「そんなこと云って、いっぱい女拾ってきてるじゃないか。知ってるんだぞ」
「どうせどなたかに席を差し上げて給料を出せとか言うんでしょう」
「年に十万タレルも払ってやればニコニコしているような連中だしさ。老人会の会費だと思って欲しいんだが」
「どうせ何もしないなにも出来ない老人にそんなに払えっていうんですか。何人」
「十二。きっと地元の友達を紹介してくれるよ」
「一体何人理事を置かせるつもりですか。理事会開くのに二十五人とかどんな事務所の会議場を考えているんです」
「じゃ、十」
「この部屋に二十一人も年寄りどもを集めるわけですか。ひざ掛け代わりに女とかどんなヒヒジジイどもですか」
 マジンが思わず膝の上の女の尻を叩くと女が可愛く悲鳴を上げた。
「わかったよ。八」
「六人でいいでしょ。堰堤のときと違って戦争の動きで仕事をする必要があるんですよ。お飾り理事って云っても戦争への態度があやふやな人が多いのは困りますし、捕虜を殺せばいいだろう的な人も困ります。戦争が終わったら売り物になるんですよ。彼ら」
「わかってよぉ。八」
「ボクが組織の面倒を見られないような状況は兄上も困るんじゃないかと思うのですが」
「おおっ!兄と呼んでくれたかっ!」
「そこじゃなくてですね」
「まぁ危惧するところはわかる。どういう人物をたてるにせよ、こちらが建てている人物が格下ということであればむこうが舐めてかかるのは当然だからな。弟よ。心当たりは」
「マイルズ卿、スティンク卿、ロンパル卿、ポルカム卿、マサヒロカルナン卿、アーディンメラス司法参事、ユーリセレール嬢、事務局長にはうちのロゼッタワーズマスを当てようかと」
「随分スラスラと八人出てきたじゃないか。ユーリセレール嬢というのはセレール商会の下のご息女か」
「そうです。お父上からあまり本気にならないような仕事を探してもらえるかと言われていまして、うちですと仕事はあるのですが、まぁ少々露骨なので」
「やっぱり八人にしてくれよ。我らの縁故でデカート州が強いのはしょうがないけど、多すぎるのはナニだよ。私物化って云われるのはヤダよ」
「これからお願いして断られるかもしれない人物を宛てにできるわけないじゃないですか」
「弟よ。そういう時は素直にお兄ちゃんを頼っていいのよ」
 少ししなを作ってデンジュウルが言った。
「もちろん兄上にも理事をおねがいいたしますよ」
「いやっふうぅ、だがそういうことなら大バートンの孫のマニグルスバートンを紹介しよう」
「いや。理事が増えるのは嬉しくないのですが」
「そう言うなって。弟よ。お前に今必要なのは同年代の友人だ。ま、あの大バートンの孫だっていうので警戒するのはわかるが、祖父に似ずというか、まぁアレだけアクが強いのが身内にいると流石に人ができてしまうらしい。彼は未婚にもかかわらず百人を超える子持ちだ。鉱夫の遺児をまとめて引き取っている。夫婦共にということはなかなか少ないのだが、どうしても事故はつきものだからな」
「まぁそうでしょうが、百人超とはまた剛毅な」
「私にはわからんがそれなりのなりゆきと思いがあるのだろう。我が魂の弟が、千人近い女を拾ってきて八百も子供を生ませた話をしたら驚いていたよ」
「他人に語るようなことではないと思いますが。ときに兄上どこでその話を」
 ふとマジンはデンジュウルに尋ねてみる。
「二人は魂が通じている兄弟だからな。だが兄弟以外にもこういう話をたまに漏らしてやるのが自分のためにも相手のためにも良いことになることも多い。ともかくはだ。債券見本と目論見書をとりあえずでっち上げてくれ。目論見書はそれらしく見えればいいし、細目は決まっていなくとも構わない。物があるだけで理事の席を勧めやすくなるし、どのみちエンドア樹海などという土地を理解することは誰にもできない。それよりはともかく物証として示せるものがほしい。すでに動いている既成事実があれば細かな理事の人数や実際の帳尻合わせは私がなんとかしよう。すまんが、どうあっても八人前飴を口に突っ込んでやる必要がある。あと、マルグルス君もな」
 こういう流れでエンドア開拓事業団は設立された。
 エンドア開拓事業団が二十万ほどの捕虜労務者の引受を州を問わないかたちでおこなう用意があるという噂が先行し、その基金財源としてローゼンヘン工業引受けの社債が発行されるという話は軍都を中心に広まり、些かの力技としてローゼンヘン工業についての不毛な話題は大議会で鳴りを潜めた。代わりに不愉快な話題もいくらか増えたが、それはそれで仕方ないといえることだった。
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