石炭と水晶

小稲荷一照

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装甲歩兵旅団

ローゼンヘン工業 共和国協定千四百四十五年大寒

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 軍が大議会で公開した炎を背景にしたリザール城塞の光画写真とその謄写写真は、とうとうに共和国軍の勝利の目算が見えた証左として大きく話題になった。
 残念ながら戦力が足りず攻勢そのものは中断をせざるを得ない、と云う事前の発表はあったものの、そんなものは時間の問題であることを感じさせるような出来事として鉄道が電信電話が脊髄となった北街道を殆どその日のうちに駆け巡り、半月と経たぬうちに共和国全土に新聞回覧として巡った。
 それからひとつきほど鉄道駅を持つ各地の印刷所はリザール城塞の攻撃前後の光画とその写しとを印刷し続けた。
 誰が描いたにせよ白黒の風景の細密画としてはよく出来たというしかない城塞の絵は、リザール城塞などという帝国の要塞をこれまで話題にすることもなかった者たちが水路を流れる花弁に春を見るように、戦争の決着を感じたことは雰囲気の醸成という意味において重大な話題だった。
 新聞瓦版の類は収容所内への持ち込みが禁止された物品の一つだったが、収容所内の自治がゆきわたっていることを前提に許されている裁縫道具絵の具インクやカミソリ蝋燭などと同じ境界線上の物品だった。
 それは労務中に自由に入手できる様々と合わせて原則禁止ただし障りなき限り広く例外を認めるという、かなり曖昧な特例措置の拡大でいつでも看守が取り上げられる形で認められていた。
 社員登用が殆ど一年開いた年明けの捕虜労務者の社員登用は飛びつくように一万六千人の申し出枠が全て埋まった。かつて一度断った者たちもことごとくが受けた。
 いよいよ帝国の勝利が見えなくなったことで帰らない方法を受け入れる者たちが増え始めていた。
 それは皇帝や帝国への忠誠がどうのというよりも自身の身の振り方として、彼らの中の戦争が終わりを告げたということでもある。
 その覚悟決心が彼ら以外の殆どの者達にとって無意味であるとしても、ローゼンヘン工業としては技術のある労働者が入社する意志と覚悟を自ら固めたことは喜ばしいことで、そこは無条件で歓迎した。
 身分が確かという意味では捕虜収容所の収監者はある意味で共和国を往来する旅行者よりもよほど身分確かであり、性格能力についても既に十分査定が繰り返されていた。
 ローゼンヘン工業は軍都に至ってからも当然に成長を止めてはおらず、警備や物販をはじめとする幾つかの事業部署を含め人員拡大の必要は増していた。

 ようやく毎年五千人程度を受け入れる社員教育制度が形になったというのは大きなことだった。
 三ヶ月に一回、三千人程度の新人準新人の教育をおこなうことで社員の底上げをおこなうという制度は前々から構想はされていたものの、なにをすればいいのかわからないという点が最大の問題だったが極端な結論から言えば、内容そのものは何でも良かった。
 年間一万超を目指すつもりの当初の構想よりも規模は半分ほどだったが、いずれ拡大するとしてまずは手のつけられる範囲で順番にということでもある。
 ただ、ローゼンヘン工業がどういう組織であるのかなにをおこなっているのか、という点を説明することは必要だった。
 ここしばらくで社主の顔がわからない社員が増えたという点が最大の問題でもあった。
 一般論としては別にそれは全く問題ないのだが、ローゼンヘン工業の私企業としての極端な構造を考えれば、迂闊な社員の迂闊な行動で迂闊な部門がまるごと蒸発しても社主にはまるで影響がなかったかのように振る舞うことも可能だった。
 現実には未だそこまでの逸脱はなかったが、本社との距離が数百リーグという距離を離れていながら、様々な理由で共和国の商業慣習からは完全に逸脱した極端な中央集権的な決裁構造を持っているローゼンヘン工業では本社庶務は神殿の如き意味を持ち、電話連絡の他に数名の社主秘書によって届けられる決裁文書と多くの場合で随員として配置される応援人員は黄金よりも重い意味を持っていた。
 たいていの場合、本社は現場の判断を尊重したが、問題が起きた場合、現場に配置された人員資材だけでは対処不能であることが多かった。
 問題対処に当たる人員体制が次第に充実するとともに専門化が進んでいて、モッコと円匙で決着が着くような工事はただの基礎工事でももはやありえなかった。
 社主については様々な噂も多く尾鰭背鰭の類もたくさん付いているが、数年務めた古参の社員の多くはその噂がより常識的な形に歪められていると考えていた。
 個人崇拝は気持ち悪いところに大抵帰結するのだが、ローゼンヘン工業の場合は悪魔崇拝にも似た狂気と恐怖に満ちた人物理解になった。
 そういう全て引っ括めての理解というものは概ねのところで正着を得つつ、全く意味が異なっていることが多く、物語としての面白みや意味はともかく、こと社主という立場の人物との現場での接し方としての指針には成り得なかった。
 ローゼンヘン工業と云う企業の特殊性を考えれば、不用意な悪魔崇拝は妖精の職人と錬金術士の世界に逆戻りをさせる、業務を停滞させる元でもあったから、上級幹部は現場の掌握と技術教育と機材管理の徹底を急ぎたかったが、これまでのところ、その上級幹部自身が悪魔崇拝と妖精の職人に似た社主の御業に頼ることも多かった。
 ローゼンヘン工業の提供する様々な文物は扱っている社員でさえ把握していないところも多く、地味な部品の仕様変更で性能が変わったりということもあり、現場幹部社員としてはやってみろ、としか言えない状況も多く、そのことがまた様々に混沌を呼んでもいた。
 読み書き算盤や物理因果の成行きを考えた先は結局再び実践経験と試行錯誤という話題に至る。
 そういう混沌とした中でも今年がローゼンヘン工業にとって大きな節目の年であることは社員一同実感していた。
 これまでのところ北街道の軍都までの貫通を第一義にやっていたものが社主の求める期限内にようやく達成でき、複線化に向けても年内目処に向けて計画が建てられている。
 鉄道工事の性質上単線完成後の展開は用地の確保があれば比較的容易で山岳地域での基礎工事も既に技術的資源的な目処が付いていることから、工期を大幅に遅らせる要素は殆どなかった。
 南街道の整備工事もセウジエムルからジョートへの工事が終わり、ジョートの基地駅が稼働し始めたことで、計画が本格化を始めた。このあとジョートからは三本の線がそれぞれ一気に伸び南街道と海街道をつなぐ計画になっている。
 業績上の一里塚をひとつ超えたことでローゼンヘン工業内部の整理見直しの時期でもあった。
 そのことは社外においての様々にも反映されていた。
 単線延長で二千リーグに達した鉄道工事は無論、全体の事業としては端緒についたばかり、と云って良い段階ではあったが、同時に最低限の全てが揃った、と云ってもよくなっていた。
 特に電気通信技術と深く結びついた信号技術は過剰投資である、とも云えたがそのことが州を超えた軽易な連絡手段としての電話の性能信頼を担保していた。
 鉄道沿線の展開に対して電話事業は人員の育成や配置が追いつかないままで苦戦を広げていたが、電話局への工事の協力を申し出る地域組織の支援もあり、電話事業への理解も進んでいた。
 鉄道の本格稼働によってジョートでは市内線が人気だった。自動車を使わずに市内を自由に動ける市内線は乗合馬車や電車とは違う気楽さで動けるために、散歩の延長でふらりと出かけられるようになった。その性質は鉄道や乗合馬車にも似ていたが、それよりも一段簡単な散歩の道具として扱われる事が多く、飛び乗って車掌に小銭を渡して飛び降りて、というちょっとした気軽な運動、気安い冒険として親しまれることが多かった。
 乗合馬車は行き先を告げる必要があったし、鉄道は飛び乗り飛び降りるなんてことができるわけもない早さと造りをしていた。
 定住人口五万程のジョートは街道の要衝で往来が多い街だったが、鉄道が達し基地ができたことで今や日に十万に達するほどの荷駄、人に限れば十万という枡で掬って数えるほどの人々が通り抜けることもあった。
 ヴァーデン川にかぎらず大河を確実に渡れるところというものは山の南側では本当に少なく、ジョートはそういう渡しを目当てに来る者たちで賑わっていた。町中を抜けるように作られた鉄道と一般用のそれぞれの鉄橋は今やジョートの豊かさを支える巨大な水路として機能していた。
 鉄道沿線の街は鉄道と接続するたびに大きく動揺した。
 当然にわかりやすいところは物価であったが、それを追うように人が流れ込みはじめ、新しい商売が生まれ町並みが広がっていた。
 デカートのように予め駅がある場合には尚更、或いはセウジエムルのように町並みを追いかけやすい小型鉄道がある場合、更にわかりやすく町並みは成長していた。
 それなりに街としてバランスが取れていたデカートではわかりにくいものだったが、ジョートのような旅篭町街道街ではこれまで流れ着く先に困っていたような人々が、街の広がりや豊かさによって、手頃に落ち着き先を見つけることができるようになり始めていた。
 絵描きや芸人のような一箇所に居着くと食えなくなってしまっていたような連中が、居着いても食えるようになるほどに街が豊かになり始めて芸術家の集落を作り始めていた。
 十万余と一言で云っていたデカートの人口は鉄道ができてここしばらくで二十万と云うようになっていたし、州全体でも三十数万四十万足らずで推移していた人口が五十万を超えるようになっていた。
 それは土地を大きく持つ元老院に席を置くような地主たちが恐れた季節労働力としての無産階級の枯渇という事態を解消し、再びデカートに貧民街ができるという動きにつながったが、それは思うほどに広がらず、大方はローゼンヘン工業に職を求めて郊外の駅周辺に流れだしていった。
 天蓋周辺に配置した駅の周りに家々の屋根が途切れないほどに街が連なったり、ソイルとひとまとめで呼ばれていたフラムからデカートまでの田園丘陵地域が、様々な形で発展したことも大きい。鉄道が大きくソイル中心の田園を迂回したことで、その周辺に幾つも街が出来上がっていた。ヴィンゼとフラム以外のデカート州内の古い街は鉄道に横断され土地を専有されることを嫌って町中への乗り入れをおこなわせない地域が多かった。ヴァルタは乗り入れを嫌ってというよりも港の利便を優先して入江を横断させ新港を拡大させるために船よりも高い橋と手の込んだ高架駅を作らせた。
 ゴンドラを使った積み込み駅は船乗りの神経を使わせることになったが、鉄道の時計に付き合えるならば作業そのものは早く、陸での面倒は少なかった。
 当然にそういう大型船は櫓船ではなかなか難しいわけだが、ボッシュ式と呼ばれるストーン商会製の往復式の蒸気機関を整理し煮詰めた新しい設計の動力機関は、運転速度が早すぎて周辺装置の面倒もあるローゼンヘン工業製の回転式蒸気機関よりも整備や管理が簡単ということで安く大きめの船の動力として人気を博していた。
 船荷と機関と燃料と速度と更に保守点検の経費というややこしい要素を睨みつつ釣り合いを睨む船主にとって海をまたいだ向こう側に送り出せる船長というものは貴重だったし、そこまで機関船というものが信頼できるものであるかという疑いはまだあった。
 海までのふたつの往来水路が通ったことによって川船の動力は出力そのものよりも値段と扱いやすさというふたつの性能を重視するようになっていた。このことは泥海というおよそ年間を通して凪いだ海においても同じことで、長距離の洋上航続や高速船を計画しないならばストーン商会の船でよいということになった。
 ストーン商会の船にも弱点はあり、洋上で長いこと運行していると塩がたまり配管がつまり悪くすると爆発するという事件が起きる。川の往来でも定期的に石取りをしないと水の中の灰分が詰まってしまう。川で運行していても圧力異常を起こしていれば二日三日かけて配管を酸で洗いエーテルで洗い落とす必要がある。
 不調の原因は設計上の妥協の結果でストーン商会でも既にわかっていることではあるが、値段の折り合いでいろいろ省いた結果でもあるわけで、一旦痛い目をみたりその話を聞くとストーン商会にも蒸留水と冷却器を使った循環式の上級機があり、その見積りをみたり、さらに余裕とコネがあればローゼンヘン工業に船の注文をしたりということになる。
 ややこしいのだがボッシュ博士は他にボッシュ機関と呼ばれる圧縮熱機関の亜種を作ってストーン商会で量産させていた。こちらは一回り小型の船や海に出る船に使われている。
 ローゼンヘン工業の機関と同じく大豆油や灯油或いは重油を燃料としているのだが、圧縮室の一角に小さな石炭をくべるかまどを持っている事が特徴で吸気とともに吸い込まれる燃料を確実に燃やす工夫がなされていることで、機械装置自体の精度や気密にこだわらないままに燃料を燃焼爆発させる事ができた。燃焼室を間借りした石炭室の容量はたかが知れているが、機関の運転がある程度安定すれば機関全体の温度で爆発に必要な空気温度は担保でき、口火が燃え尽きた後も運転は継続される。
 後に口火の燃料はポンプで送られ、そこに火をつけるのも圧電装置がつけられることになったボッシュ機関は、構造上あまり大きなものには向かないが、マスケット銃が作れ歪ない車輪と車軸が作れる工房であれば無理なく作れ直せる内燃機関として人気を博すことになった。
 ストーン商会はローゼンヘン工業があまり関心を払えない一般顧客層を相手に手堅く容易に扱える動力機械を普及させていた。実のところ商会の大番頭のグリスや事実上の会頭であるアエスターは定期的にゲリエ卿に自社の設計や工房設備について意見を求めていて、完全に手を離れたというわけではないが、大方のところでストーン商会の工房は独自に内燃機関を作れる状況を整備できるようになっていた。
 デカート中心部への鉄道の乗り入れは様々に希望があるものの、ローゼンヘン工業の幅千キュビットに渡る専有という話を聞けば当然に感じる困惑で、様々な折衝の末、駅周辺以外は百キュビットとなった現在でもデカートでの折衝は進んでいない。ただ、中心部を諦めるかたちで直径二リーグのいびつな環状線や幾つかの主要道路の部分的な専有を認める形で市電が計画され、そういう形で鉄道は多少共にデカートの便を確保していた。
 ヴィンゼの缶詰は鉄道ができたことでますます需要を伸ばした。加熱梱包食品の手軽さは鉄道車内のような調理の時間にも空間にも余裕のないところでは冷蔵庫の有無にかかわらずほとんど唯一の選択肢だった。
 開けて温めるだけにせよ、そこに配膳の妙を加え料理に仕立てるにせよ、缶詰がなければ鉄道の食堂車は成り立ち得なかった。スープにシチューなどの汁物はもちろん、最後にフライパンやグリルという火で炙って仕上げるものの下ごしらえも缶詰でおこなわれていた。
 殆どの缶詰は加工の不要な状態で納品されていて例外は生肉だったが、それも本当に生というわけではなく下ごしらえをして缶詰工場で凍結させた状態で梱包されていた。
 缶詰を開けると牛脂で固められた状態で入っているそれをグリルで炙り脂が落ちた肉を取り出すと概ねレアと呼べる状態になるそういう加工肉だった。元来は硬い肉を使っているのだが一旦濃い塩水を使って石より固く凍らせることで脂が入り込み柔らかくなるらしく、舌の肥えたお客様にも喜ばれるものに仕上がっている。
 コンビーフとはちょっと方向性の異なる缶詰肉は迫力という意味では物足りない大きさであるが、手軽な大きさで鍋に落ち着いて火をつかえる野営ならば悩まずに肉が食べられることで人気もある。缶詰に余った牛脂で芋や豆を煮揚げるのも美味しい。
 鉄道旅行が次第に定着するに連れ様々なものが世界にあふれ始めていたが、鉄道の食堂車が一般化するに連れその周辺機材として量産が進んだ電気冷凍冷蔵庫も、各家庭にとは云えないものの市井のあちこち、料理店とか商会療院などに普及は進んだ。もちろん富裕層の家庭の厨房には早くから揃い始めていた。
 電気が動力として一般化し機材の部品製造が量産化したことで電気冷凍冷蔵庫は贅沢品ではあるものの町中に登場していた。
 ローゼンヘン工業の様々な物品を普及させる役目を期待されて、駅にあるローゼンヘン工業の物販部が商会としての機能を始めた。

 こういうことをやっているから社員の数が足りなくなるんだ、という社内での声はさておいて、鉄道基地駅を拠点とした物販はしばしば面倒を引き起こしている自動車部品や電球などの偽物騒ぎを一掃する目的で始まったものだったが、巨大なカタログショップとして工場機械設備や自動車や船などの自動機械や食料品などの消耗品或いは雑貨まで注文を受付け巨大な倉庫で品物を引き渡していた。
 商品は必ずしも安くないものの、分かりやすく鉄道時代を感じさせるものばかりで、物販部は連日そこそこ以上に盛況だった。当初基地駅だけで受け付けていたが、受付をすべての駅でおこなうようにしたところ、基地駅と一般駅の駅周辺の住民の増え方や生活が変わるほどの威力があり、各工場が各部での社内在庫を気にしないで生産できるようになったことで、受付と一部製品についての受け渡しをおこなうようになった。
 電話連絡で注文が可能かどうかという話がそろそろ次のサービスとして考えられていはいたが、在庫の確認と来店や到着期日を取り決めるくらいまでにしておいたほうが面倒が少ないだろうというところで今は話が止まっていた。
 顧客の利便さを追求出来るだけの余裕はまだないというのが一般的なローゼンヘン工業の社内的な反応だったが、社主の頭のなかはどうだったかわからない。
 社主は電話連絡での注文そのものは面白いと言っていたが同時に、それが引き起こすだろう問題の研究をおこなえ、と言った。
 社内での様々な在庫管理のやり取りは高速電算機を介したセルシンモータを使った数値転送盤でのやり取りがおこなわれていて、それは一種の互いに覗き込めるソロバンの玉のような使われ方で、例えばアミザムでの機関小銃の在庫と移動中や各駅拠点在庫などが工場生産計画分と合わせて参照できるようになっていた。
 数値転送盤そのものは電話線の伸びた手回し計算機のような構造になっていて、文字記号の表示ができる万年カレンダーのようなものが付いている。計算そのものよりも表示に時間がかかることが皮肉なのだが、まぁそれは仕方がない。
 他に数字表示用の白熱管や蛍光管もあり、こちらは見栄えと反応は早いのだが、数値操作のための入力に別系統が必要になるので、用途に応じてということになる。時計や通達表示などは電光管表示になることが多い。駅の列車到着予定とか速度警告表示とか人員番号符号とかそういうものだ
 技術的な要素そのものは大方のところでそろっていたが、それを電話注文という目的に線形に整理して並べる作業は研究したことがなかった。
 電話連絡で注文を受けるとなれば、実際に顧客が何者なのかを確認する方法と、顧客がなにを注文したのかを確認する方法が必要になる。更には支払の方法も必要だ。
 実を言えばカタログショップでの店頭注文引渡しでさえ面倒がある中で、それを電話でおこなうとなれば、面倒な問題が爆発的に増えることは間違いなかった。
 その問題を回避するための仕組みを準備する必要があった。
 大雑把に、注文の確認の問題と、顧客の信用と支払いの問題との二つの問題に整理できる。
 注文の確認の問題は結局、最後は記録のために書面での注文書とその同意証明と受付証明が必要になる。これは現在電話の普及があることでかなり裏付けが便利になっていて、商品の到着通知などにもつかえることから、顧客にも受け入れられている。
 電話注文では書面が互いに写しとして残らないことが問題になる。
 もう一つの顧客の信用と支払いの問題は、電話があってさえ当人と証拠の書面がその場にあってさえ面倒があった。
 電話があるくらいでは名義人本人かどうかは確認のしようがないし、支払い問題は店頭での引き渡しの瞬間でなくては照会のしようがない。
 軍や商会との取引と違って、個人には確たる信用というものがあるわけではない。
 とはいえ例外はある。
 ローゼンヘン工業の社員の信用情報は存在する。
 より正確に言えば、ローゼンヘン工業の長期社債を購入した者達については信用情報が存在した。社員の多くはその賃金の一部を直接社債を購入することで会社と彼らの債権証書の形で信用情報を残している。また、給与の一部を購買向けの信用口座に蓄えている者もいる。
 社員については当人かどうかも光画や健康診断医療記録或いは勤務状況票などのそれこそ整理に困るほどの記録があった。
 それをより連続的な形に置き換えることで連続的な信用情報にできないか、と云う話題になった。
 ここには二つの利点がある。
 一つには互いに現金を利用しない信用貨幣構造ができること。
 もう一つは現金を直接に扱う必要が無いので、貨幣価値についての切り離しがおこなえること。
 浮動的な通貨価値、貨幣の相場というものは一旦強力な国内通貨である共和国タレルと共和国ダカートの相場連結が出来上がったことで共和国内においては事実上必要なくなったものである。
 州内に独自通貨がなくなったかというとそれが禁止されたわけではない。単に通貨発行の信用維持が難しくなったことで、各州が取りやめただけにすぎない。たかだか百万を維持することに汲々とする規模の流通圏と数千万という流通圏ではなかなか勝負が難しい、と云う話題にすぎない。
 元来はタレルとダカートも連動していない独立した通貨だった。それはキンカイザが軍都の中央銀行の裏打ちをすることを決めた瞬間に連動することが百対一で殆ど決まった。そこに気分的なもの以外の根拠があったわけではない。
 更にキンカイザは中央銀行や逓信院と組んで太陽金貨という高額兌換貨幣を作ることで金地金の巨大な水増しにも成功している。魔術を使った太陽金貨は美術工芸品として偽造が難しい、というのみならず必要であれば魔術によって追跡が可能な触媒でもあった。たかだか酒盃の底敷ほどの工芸品が金と水晶がはめ込まれたものと云って小城と変えられるような価値があるとなれば、偽造を試みるものも多かったが、結局は失敗している。
 しかし、どれほどの技巧が凝らされていたとしてそれは金貨そのものの価値ではなく金の地金としてではなく、云わば何者かが定めた兌換的な価値であって、その何者かが揺るがず価値を与えているという、まさに信用の問題にほかならない。
 ここでローゼンヘン工業が新たに社内通貨を起こしたところで、それを咎め立てられる要件はまるでない。
 実態、社内通貨口座の性質はあちこちの救済院で配っている催事の手帳とその通用印章と何ら変わりがない。貧民が持ち、救済院で食事や酒とともに判子を押されるあの仕組みこそは、通貨流通管理の口座通帳の基本的な姿のひとつでもある。
 そして、その社内通貨を社外の人間が利用したとして、利用に耐えるならそれも問題はない。
 既に数十万が強力かつ先進的な物品を流通担保とした経済圏を構築し始めているローゼンヘン工業が独自通貨を作ったとして、既に太陽金貨の発行がこれまでになく拡大している共和国経済にとっての衝撃は却って小さく和らぐ可能性すらあった。
 今のところ、企業収益の社員への還元は低率に抑えられていたが、鉄道事業の第一段階が完了して、さらに第四堰堤事業が完了して、カシウス湖浄水計画が形になってしまえば、単に物珍しさと勢いで付いて来た社員も報酬での評価を求めるようになる。
 投資と事業を連結することで大きく足を引っ張られていた様々な事業の収益性が明らかになることになる。カシウス湖や鉄道整備事業を他の様々と切り離すことは全くナンセンスであるわけだが、決算の数字として必要なことで、戦争が終わる可能性を誰かが口にしてそれが本当に現実なるとすれば、一つの区切りを求める機運にもなる。
 その後は分社化はともかく社員の待遇に目を向ける者もいるだろう。そういう流れで社内通貨の話題は出た。
 面白いね。と社主は言った。
 マソコヒニツチとモチトカイストは仮想通貨エミュの社内研究をおこない、社員十万人を超えたところで実用に耐えられるように準備することを命じられた。
 今がだいたい七万人前後なので三年か五年か、まさか一年ということはあるまいが、かなりの急ぎということになる。
 既に数万人規模のローゼンヘン工業の社員の給与というものは現金として扱うには面倒な規模になり始めていた。通貨としての硬貨は確かに信用という意味ではわかりやすい実体感を伴っているのだが、それを百千と積み重ねる上では面倒も多く、補助通貨としてのミルが加わることで、より一層の煩雑感が増す。しばしば富裕層がミルを投げ棄てるように扱う気分がよく分かる。多くの者は敢えて捨てはしないが、銅貨や鉄貨は釣銭専用の財布に放り込み、家に帰って壺に空け、そのまま忘れていることも多い。
 給料日の管理職は重たい袋や金庫をガラガラと音を立てることも出来ない台車で運ぶことが一苦労になっている。
 その現金操作をおこなわないで良いだけで様々に楽になる。生産力が経済規模を上回った上での貯蓄経済は信用根拠がくずれにくいことを考えれば、資金収容を目的としない方針であれば十分に運用可能だった。
 信用の監視をおこなう体制は十分とはいえないが、技術的な根拠は電信や電話転送技術が存在している今、殆ど瞬時に帳簿閲覧をおこなうことは整備不可能とまでは云えなかった。
 既に各商会組合や銀行などでは二価電信やテレタイプを使った為替の電信転送がおこなわれ始めている。今は裏書程度の意味合いで予備的におこなわれているが、圧倒的な速度を考えれば予備がどちらになるかは時間の問題だとも云える。
 二価電信は電線と電信機それと小さな交流発電装置があれば、かなりの距離を通信でき記録も残せると云うことで、まだ電話を引きにくいところでもつかわれ始めている。ローゼンヘン工業でも山岳地域では言葉による音声無線や応急電話より遥かに確実であるために無線機にも組み込まれている。
 直流信号を使った更に単純な一価電信は電線一本電池一個ですべて事足りるということで、共和国軍は一価電信を愛用していた。こちらは二価電信でおこなう三個の記号の組み合わせ符号ではなく、長短二個の記号を使って文字を作っていた。
 鏡を使った回折光通信と同じことを電信でおこなっているということで、一価電信は軍にとっては信号符号としてはなじみのものでもあった。
 ローゼンヘン工業で次第に陳腐化が進んでいる電算機とはまた別に、電気の段階的な普及によって共和国全域でも次第に通信の速度が上がり始めた。
 そういった情報転送技術の一つの精華として電算機を電話回線に接続した電算機通信網或いは更に専用の通信回線を使った情報転送技術の研究も始まっていた。
 そういったローゼンヘン工業の展開とは全く歩調を合わせるつもりがないデカート市内では、未だに市内鉄道の運行が始まっていなかったが、南西南西駅から学志館敷地内に向けた全長二リーグほどの市内鉄道はこの春の新学期から運転が計画されている。
 ほかに新港側では新市街での循環線が動き始めていて街の拡張が再び本格化し始めていた。旧市街或いは本市の雰囲気とは全く異なるカノピック大橋を渡った川向うの新市街では、新規建造物や大規模設備のあらかたがローゼンヘン工業を無視しては成り立たない状態だったから、同じデカート市ではあったが、全く別の雰囲気の街になっていた。
 学志館内をのの字に運行して中央広場に向かいまた戻ってくる学志館鉄道は単線の折り返しで複線化している一種の環状線だった。およそ一時間で一周往復するそれは電車が十両ばかり準備されていて学志館内で研究も兼ねて整備がおこなわれている。
 市内電車は電車本体に電池を備え停留所で短時間の充電をおこないながら運行することで、極めて簡便な都市交通として利用されている。同種のものは今年の夏からワイルでも駅からオアシスまでの運行が始まる。既に先行して実用しているセウジエムルでは機構上というよりも運用上で幾らかの問題があって、市内鉄道に関わる法律を定めるまでの熱心さで鉄道運営にあたっていた。
 軍都でも計画は俎上に上がっていて、市政局との調整が進んでいて順調には秋ごろに計画が成立、春予算を待たずに一部基礎工事を着工という予定になっていた。
 鉄道計画の一環として従来の電話電灯に加えて市内鉄道を整備することで、街の発展の形は従来と全く異なる様相を呈し始めていた。
 馬車や馬という一種の贅沢品を維持できない都市生活階級の人々が、商業生産活動に参画する機会を増やし始めていた。都市生活者の殆どは季節労働を充てにした無産階級だったが、土地から離れることを余儀なくされた農家の下の子供達が奉公や事務職に収まったり、と必ずしも経済的社会的な地位が低いわけではない。
 ただ、町中での優先順位として馬を維持することに情熱を傾けられない、というだけの人々も多かったが、そういった人たちが鉄道や電話というもので交流の幅が広がり始めたことは、単に個人的な趣味興味が広がったという話題では収まらない変化につながっていた。
 それは伝言屋が組織だってあたかも駅馬車郵便の市内版のようなことを始めたり、新聞屋が単なる専門情報誌や個人的信念に基づいた事業から、採算を取りうる商売になり始めるきっかけでもあった。
 テレタイプやライノタイプ或いは光画写真の普及という技術的な要素は既にあったが、人々が自分の歩ける範囲から外のことに興味を持ち始めたのは、鉄道や市電の整備が始まったことで生活の地を離れ、他人に興味を抱く意味やその可能性を見出したことがきっかけだった。
 戦争が起きているという話題も、これまでは市井の人々には誰だかが乱暴に徴兵されたとか、義勇兵で誰それが出て行ったとか、或いは商売の景気がどうのという話題にならなければ関係なく、およそ帳簿を睨むような立場の人々以外には関係ないことだった。
 それが鉄道が軍都につながり、大議会というものがデカートまでも往復十日の距離に迫り、電話や電信が通るようになると、戦争というものがどういうものなのか、共和国とはなんなのかという話題が盛り上がるようになり始めていた。
 また、しばらく前にローゼンヘン工業が社債を大々的に発行した記憶もあり、乗りそこねた者や次を期待する者が債券や株式といったものに手を出すようになっていた。
 新聞言論というものが共和国を縦横にする時代について、心に余裕のある者達は早くも夢想していた。
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廣瀬純一
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宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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親友に誘われたVRMMOゲーム現天獄《げんてんごく》というゲームの中で俺は運命の人を見つける。 それは現地人(NPC)だった。 その子にいい所を見せるべく活躍し、そして最終目標はゲームクリアの報酬による願い事をなんでも一つ叶えてくれるというもの。 「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」 「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」 こんなヤバいやつの話。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

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