石炭と水晶

小稲荷一照

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マジン二十六才 2

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 全体の戦況については芳しからざるもお味方優勢、という一般戦況報告は大議会で少し苛立ちを持って受け止められていた。
 師団を配置するのでデカートには捕虜をあと五万受けれいて欲しい、と言われたデンジュウル大議員が議場の机に自らの頭を打ち付け無言で退場したくらいには芳しくなかった。
 師団と聯隊の違いは統帥権、ざっくばらんに云えば、大本営の描く戦区に縛られているか、独自の戦力編成決済権を持つかという点にあったから、デカートがこれまで州として駐留を拒否していた理由でもある。
 有り体に二万から三万という兵隊を養う必要があるほどにデカートは混乱をしていないと自負していたし、些末な例外は幾らかあるにせよ、ある程度事実だった。
 そしてデカート州の軍需倉庫の備蓄の循環は街道に直接接しているためにかなり早い。
 無論、共和国軍の或いはまた様々な駆け引きの結果としての細やかな事象である。
 一年余りで既に三十万に迫る勢いで捕虜を増やしてはいたものの到達を予定しているリザール川までの道はまだ半分ほどだった。
 以前に比べれば土地そのものには余裕があるが、捕虜を残置したまま前進することは兵站連絡上も極めて危険であったし、正面戦力を減らすことは圧している現状の推力を放棄することでもあった。
 帝国軍が土地と民を捨てて自動車を狙い戦力を温存しているのはほとんど明らかであり、正面戦闘力で劣勢に立たされ、しかし縦深で優っている帝国軍としては全く合理的な作戦だった。
 共和国軍が戦線を下げてみても帝国軍は民兵で埋めるだけで捕虜と補給の消費が増えるばかりで、それならば力押しのほうがマシだった。
 戦況報告の内容に少々飽きてきた頃に前線から一団の士官がローゼンヘン館にやってきた。
 リョウバールマン少佐とその部下たちだった。
 新設されるという聯隊の様子を見に来たのと、新規配備されるという装備の研修に回された。
 彼らは途中から鉄道でやってきたが、来るたびに様子が変わるローゼンヘン館の様子に驚いていた。やたらと女子供が増えていることに誰もが面食らっていた。
 マリールの弟のゼクローズが中尉として部下に配属されていて、姪のアーシュラと初めての対面を果たしていた。
 工房に残されているモックアップや予備部品などを参考に、半月ばかりの講習をおこない編成中の部隊と一時合流して意見交換をおこない原隊に復帰する、ひとつきばかりの遠征任務だった。
 予定ではあと十日ほどでミョルナの鉄道基地が稼働を開始する計画で、物資搬送の便が営業に先駆けて動いている予定である。ミョルナの最後の大規模トンネルは再来月貫通予定でその後は低地へ向けた工事が続き早ければ年内にワイル州領内に到達できる。
 だが、今のところはその出来上がったトンネルは街道から離れた集落に導くはずでその先の道はなく、素直にミョルナで街道を下ったほうが早く軍都に帰れるはずだった。
 戦況はまぁ大体大議会の戦況報告の通りで捕虜はたくさん出ているのだが、帝国にしてみれば棄民をするための戦争のようなものだから、こっちが彼らをなぶろうが殺そうが痛くも痒くもない状態であるらしいことが薄々共和国軍にも伝わっていて、それがわかっていても前線ではどうにもならないという状態であるという。
 おそらく帝国が失っては困ると考える土地のあたりで帝国軍の本隊が出るはずだが、そこまでにあまり手の内を晒して消耗するわけにもいかず、ジリジリとした状態で押しているらしい。もちろんそんな状態でも自らの身を守るために民兵は必死になって抵抗している。いい面の皮だとミジェッタはボヤいた。
 問題は民兵植民者を垂れ流し続けているリザール城塞なのだが、今のところそこまで到達できていない。というのが最大の問題でとりあえずリザール川までゆかないと城塞を拝む算段も出来ない。という共和国軍の状態であった。
 小規模な潜入部隊による前線偵察も行われているが、既に占領されて数年たった土地を百万をゆうに超える移民が手を入れた土地でもあり、偵察も必要なのだが果てしなく深く危険の割に収穫が少ないという。
 民兵が中心で顔見知りで構成されていることから、戦線の流動が鈍くなった現在は難しい。潜入した部隊によると、疑心暗鬼の民兵同士の殺し合いというものもあり、地域はなかなか荒んでいるが、ともかくリザール川周辺が面倒極まる状態になっていることは間違いない。
 問題は共和国軍の前線の機動力が完全に殺がれるほどの民兵の密度とその中間の塹壕だった。
 歩兵の携行できる装備を考えれば、どういう場合においても塹壕を破壊できるほどの火力を準備することは難しい。そのためにただの空の塹壕であっても迂回を求められることがある。
 帝国軍は民兵を全く有意義に使い寄せ手である共和国軍が戦地を一日一リーグを進むことさえ難しくしていた。
 単純に速度という意味で言えば徒歩でも数時間の距離を、見え見えの仕掛け爆弾と陰険な罠の組み合わせで合理的に足止めして、いちいち兵隊の手をわずらわせることに成功していた。
 北側から中央部のそこそこに耕作に向いた土地は自動車が自由に往来できないような土地に成り果てていた。
 腐りかけの看板を蹴っ飛ばしただけでまるごと吹き飛んだ分隊もある。
 薬莢と錘を使って釘混じりの火薬の樽を腐れかけの小屋とともに破裂させただけだが、敵も見えない無人の野で地面ごと建物ごと吹き飛ぶ恐怖を味わうと、なかなかに兵の足が止まる。
 銃声や敵の姿があればまだしもだ。
 そういうわけで共和国軍の第二次反抗作戦はまんまと帝国軍の遅滞戦術に嵌っていた。
 そして帝国が共和国に棄民を押し付けることを戦略目標としているのであればそれは全く見事に遂行されつつあった。
 いっそボクがリザール城塞を陥落させてこようか、と云うとミジェッタやラベック・アニリズ・ファンジなどのかつてマジンがローゼンヘン館を急襲したときのことを知る者たち以外はあからさまに嫌な顔をした。
 流石に部下の手前リョウもバールマン少佐として、ご冗談を、と流さざるをえなかったが、兵站から見ても戦線から見ても戦争の要はリザール城塞とその後方であったから、敢えて戦線全体の押し上げを目指さずに東進して城塞後方を直撃するという作戦については幾度か検討はされていた。
 だが最低限聯隊規模、欲目を言えば師団規模で戦力を浸透させないと後方の遮断は難しく、リザール川北側山間シェト山系を大軍で抜けるのは難しい。
 そういう話で考えればオーベンタージュ伯爵領まで言った折に西にすすめばリザール城塞の後方に直撃できた。
 メコンフナン川から遡上して帝国軍後方を荒らして帰ってくるというのはどうだ。と云う話は軍人たちにも流石にどこまで本気か疑われたが、メコンフナン川に大きな人造湖があって流域の治水灌漑に使われていると云う話は笑い話としても興味がそそられた様子だった。
 そういえばシェト山系の北側にはマリールやゼクローズの生地があるはずだった。
 そう話を振ると、まぁそうなんですが別にうちの国の人は戦争が好きなわけではないですよ。とゼクローズは笑って言って嫌な顔を作ってみせた後にふと思いついたような顔をして、また嫌な顔をした。
 同僚が促すと「例えばウチの姉を嫁にもらったと言って里帰りすると、祝いの芸になんかやれっていう話で腕自慢になるのは間違いなくて、例えばリザール城塞に火矢を何本撃ちこむとかの競争になったら、ウチのバカ兄とその辺りで何人か出てゆきそうだなと思いつきました」と自分の郷の有様を恥じるように口にした。
 火矢くらいで、と皆は思ったが、ゼクローズが言うには彼の兄の魔法の才能は調子が良ければ鉄を燃やすくらい容易いことで、城壁をまるごと崩すのは無理でも城を落とすのはまた無理でも、戸口を崩し城門を塞ぐくらいはやりかねないという。おそらく機関銃よりは威力があるし大砲よりは当たりやすい。
 山を抜けるのが一苦労なのは同じことで大したことにはならないだろう。とゼクローズは軽くまとめた。
 だが、魔術魔法というものの得体の知れなさを実感している共和国軍兵士たちにとっては、単に景気の良い法螺話というよりは、兵隊家業でよくある腕試し運試しのような無茶な作戦のひとつとして、雑談のタネを大いに提供することになった。
 実態、連絡参謀として秘蹟の秘宝のように扱われている魔導師が実は強力な兵器であることは、実戦の場で見てはいなくとも兵隊の多くも認識していたし、実際に部隊の急場を凌ぐために無理を承知で魔術師が死力を尽くした魔術を使う光景を目にしたものがいないわけではない。
 そうであればこそ共和国軍は様々な不利にも関わらず、これまで強力な帝国軍を凌ぎ躱し続けていた。
 そして大方の戦争の不利は単純な部隊の火力という一要素だけでは完全な形で払拭できない種類の戦略的要素でもあったから、共和国軍はローゼンヘン工業の様々な支援にも関わらず満足な勝利を掴むことが出来ず、今また扶けをねだるようにローゼンヘン館を訪れていた。
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