石炭と水晶

小稲荷一照

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ローゼンヘン工業

シェッツドゥン砂漠 共和国協定千四百三十八年白露降

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 シェッツドゥン砂漠は広大なミネラル塩湖である。
 その風景は既に暦の上では秋であるにもかかわらずやや赤みがかった白に輝き、日中は目に眩しい明るさで陽炎に風景を滲ませ、夜目にも星明かりで白く淡く山陰を照らすほどだった。気温も日中は季節を疑うほどに熱く、夜は吐く息で霜が落ちるほどになる。
 一見雪原或いは氷原のような、水の青とは違うやや赤みがかった白の中に、だが近寄ってみれば氷の中に小さな草花が閉じ込められたような、様々な色合いの結晶がそこここに見られる。
 その様々な色合いを含みつつ静かな白い彩りを包みなす平原は、リチウムやベリリウム硼素を多く含み、様々な成分の混ざった塩野原だった。一見ただの岩塩にも見えるが、味わうほどに口にすれば概ね一日で死に至る猛毒だった。夜のうちにわかったことをマジンは口にした。
「つまりどういうこと」
 夜のうちに塩野原に立てた水準標識を外縁の丘陵から測量しているマジンの脇で、リザが説明を求めた。
「ここは塩の砂漠ではなくて、ガラスの砂漠だったということだよ。猛毒を含んだ砂漠には違いないが、ボクや錬金術士たちにとっては、一種の大鉱脈だ。多分陶芸家たちにとっても、釉薬や絵の具として重要な意味を持っていると思う」
 マジンが大雑把にリザに説明をする。
「毒で食器に色を付けるの」
 リザは少し不思議そうに改めた。
「このまま舐めれば毒になるというだけで、きちんと焼き付ければ、溶け出すようなものではないからね。とはいえ、もちろん悪意あるそういう細工を研究する者たちもいるかもしれない。けど、そこは本題じゃないんだ」
 リザの勘違いにマジンは説明を足した。
「お家のそばに宝の原があったことに気が付かなくてゴメンナサイってことね」
 リザはマジンの言いたいことを、自分の言葉で言い換えた。
「まぁ、だいたいそういうところだな。鉄道を敷く理由が増えた」
「平らだし線路を並べればいいだけだから、始めればスグなんじゃないの」
 さも簡単そうにリザは尋ねた。
「なんであれだけ平らに硬い砂漠ができたんだと思う。夜走って不思議に思わなかったか」
「なんでって、風のない砂漠ってああいう感じじゃないの」
 共和国のあちこちに様々な種類の砂漠はある。実際に軍都までの道のりにも砂漠と呼ばれる土地はいくつもあって、そういう土地の細いところや脇をかすめるように、街道が通ること自体は珍しくはない。
「まぁ、多分多分の推測なんだが、ここには雨季がある。大きいのか小さいのかわからんけどね。それが偶に野原を平らに均して膜のように固めるんだ。辺りの丘に降った雨が内側の湖に集まって浅く水を満たし、すぐに乾く。そうやって何度も何度も解けて固まってを繰り返して、硬い平らかな原ができた。だと思うよ」
 マジンは土地を眺めて、自分の思いつきをリザに説明した。
「じゃあ、塩だかガラスだかはどこから来たのよ。丘が解けて溜まったものなの」
「それはわからない。窪地にあったものが膜みたいに染み出してきたのかもしれないし、丘がそういうものだったのかもしれない。ただ、丘の反対側は草木が生えているところを見ると表面はともかくそうそう深いところまであるわけじゃないのかもしれない。その辺は工事をするときに地質標本をとってみることにする。そうしないと危なさそうだしね」
 マジンの説明に、リザは不思議そうな顔になった。
「線路なんてあの平らなところに船みたいなの並べて橋作っちゃえばいいんじゃないの」
「それが早そうではあるんだけど、水が出るんだとすると塩が上がってくるのは間違いないところでちょっと考えてる。橋の背を高くすれば当然に沈む量も増えるし、風が吹いて砂が張り付くようになると船は倒されるだろう」
 リザの顔は砂よけの布と眼鏡で面を覆われていたから見えなかったが、肩が動いたのは見えた。
「それにしても随分測量って簡単に進むのね。もっと紐とか巻き尺とか使うんだと思ってたのに」
「昨日の夜のうちに使ったろ」
「そうだけど」
「何シリカ何スパンとかそういう単位で測る必要があるなら必要だけど、一キュビットやそこらずれてても気にしないなら、光学測量で十分だよ。平地に立てた水準標識はそれなりにきっちり立ててきたし、丘の上からなら五リーグ十リーグ離れていても見失うことはない。というよりは見通せる位置を基準に測ればいいんだよ。広く平らかな面があるというのは測量の基準としてはひどく簡単だ。千キュビットの広がりを持つ水平水準点なんて普通は作りたくても作れない。アレだけ立派な水準点を作ったら五十リーグあっても十キュビットかそこらしか誤差は出ないよ。水平線に隠れないかぎり自信を持って使える」
「そんなにすごいの。それ」
「測量儀も自信作だが、塩野原が固くて平らだってのが大きいし、盆地内側の丘陵が禿山だというのが測量をひどく簡単にしている。この暑い中、馬を丸一日駆けさせるのは骨だが、ある程度土地勘があれば、迷わずに横断できるということは間違いないな」
「やっぱり暑いわよね。ここ」
「照り返しがすごく強いからだと思う。鏡の脇に立っているようなものだからな」
「ここって昨日の標識からどれくらいあるの」
「標識の真ん中から十八リーグ半とちょっと。十八万六千七百二十五キュビット。高さで千六百二十三キュビット」
「それってどれだけ信用できるの」
「標識が風や重みで傾いたり沈んだり、ボクが気が付かないうちにお前がわざと傾けてなければ、一番下まで信用していいよ」
「そんなことしてません。でもなに。あれだけの仕掛けでそんな細かく数字って建てられるものなのね」
「ここはちょっと特殊な土地だよ。測量の訓練には都合がいい。荒れ野も見通しが相当いいけど、こっちはまっ平らだから全然事情が変わる。……日が登り切っちゃう前にむこう側の泉だか水源だかにゆこう。午前中にこの暑さだと午後は灼かれる様な気温になるんだろう」
「賛成。マスクとかメガネとか外套とか被り物で篭って暑くてしょうがないわ」
 北の丘陵沿いに一番近い西側の峠を越えると、次第に風景が変わっていった。
 三千キュビット超の峠は、取り立てて険しいという道のりではなかったが、道はうねり風は湿り気を帯び、霧や雲が吹き上げるように駆けていた。
 石塊がちな峠道が、次第に下草や灌木が茂るようになって、豊かな植生の土地に出た。
「抜けたのはいいけど随分すごいところに出ちゃったわね。密林じゃない」
 リザの感想全くそのままの豊かな植生の針葉樹林の密林にでてしまった。馬が通っている様子の見える獣道はない。
 坂の険しさはさほどでもなさそうだが、灌木の密度が高く見極めが難しいことが問題だった。
 測量がてら辺りを見回していると、南に二リーグ半の距離にやはり峠の出口があって山肌にそってそこまで進むほうがここから降りるよりは楽そうだった。
 或いは盆地の内側まで戻り出直すほうが賢明かもしれない。
 ただ、戻るのはいささか不都合もあった。
 今は外しているが外套やら被り物が霧で湿気ていた。
 それは砂漠を抜けるのに砂塵を避けるのに使った物に結露し、毒のしずくも同然のものになっていた。
 だから脱いだわけだが、それをまた纏うのはためらわれたし、外套無しで戻るのもためらわれた。
 砂漠を駆け抜けるには、それなりの装具の準備も必要であるということでもある。
 少しばかりの休憩の後に、豊かな水場につくまでは外套を着るのは諦めて、山肌を巻きながら南側の峠の口を目指すことにした。
 見通し距離三リーグは、たっぷり二十リーグの山肌を滑ったまま、登ったり降りたりを繰り返しつつたどり着いてみると、東側には抜けておらず、峠道というよりは沢が崩れたあとで、確かに見通し見極めは灌木の畝よりも遥かにマシだったが、いかにも車が滑りそうな、車輪が苦手としている種類の下り坂だった。
「もういい。いく。さっきのところよりはだいぶマシ」
 リザはそう言うと、機関車を横滑りに斜面に傾けるようにしながら、谷を睨みながら降りていった。
 足元のペダルとは別に、両手の握りで前後輪の補助ブレーキを巧みに調整しながら降りてゆくリザは、なかなか器用だったが、小さいとはいえ四輪車では幾度か傾いて滑るように転んだ。
 マジンもクラッチと両手のブレーキですべらせるように、くるくると大岩を巡る木の葉のように山肌を降りていったが、あまりに荷車向けの道のりでなかったことで苦労していた。
 リザは転がった機関車の中で膨れ面をしながらマジンの助けを待っていた。
 砂塵よけの外套とその下の革の当物のお陰で怪我はなかった。
「ここ、ひょっとして二輪車のほうが良かったんじゃないの。うちの子供達の持ってる、折りたたみのああいう奴」
 リザが不満顔で思いつきを述べた。
「そうかもしれない。だが難所は超えた。みたいだ」
 リザが乗ったまま機関車を起こしてやると、その先には灌木を踏み割った跡が残る獣道があり、森が割けた明るい野原の色がみえた。
 ナタで灌木を払いながら道を広げてゆくと、これまでの険しい急な下り坂とは少し様子の違う山肌に出て、豊かな沢のせせらぎが聞こえてきた。
「装備を濯ごう」
 水がそのまま飲めるほどに綺麗なものかどうかは怪しかったが、沢の流れには川藻が豊かに生い茂り魚の姿もある程度には生命に満ちていた。
 これだけ豊かな流れで装備を濯いで死ぬとすれば、ここまでも生きて越えられる道理もないわけだが、それでも死ぬかもしれないなぁ、と思うくらいには外套は様々な色付きの砂塵に汚れていた。ともかく天気が良くてよかった、と思うくらいに砂まみれになった装備を二人は濯いで、午後のひとときを水浴びで過ごしてから食事にした。
「ところで町ってどっちなの」
 半裸のリザが濡れた服が陽の光と風に晒されはためくのを風向きを確かめるように眺め、缶詰肉を頬張り茶のおかわりを手でねだりながら肝心なことを改めた。
「実は知らない。山を下ると畑が見える、って話だったけどね。沢沿いに下れば人里に出るだろう、と云うぐらいに考えていたよ」
「あなた本当にいい加減ね」
「まぁ、さっきのところも登るほうが楽だとは思うよ」
「本気で言ってるわけじゃないでしょうね」
 睨みつけるリザにマジンは肩をすくめるしかなかった。
 しかしマジンの推測はあたっていた。
 沢で濯いだ布物が日差しと風に乾かないうちに町が見えてきた。山裾からの豊かな水を農地に注ぎ、確かな秋の実りを楽しみに待つ豊かな田園の風景だった。
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