石炭と水晶

小稲荷一照

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開戦

デカート州 共和国協定千四百三十七年大暑

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 ここまで、マジンの生産計画は奇妙な幸運と不運の波にさらわれながら、微妙に遅れ進み均してみれば概ね上値予定通りという物足りなくも文句のない状態だった。
 面倒なのはデカート元老院が意外と細かく開催されていてデカート以外に住まわる元老たちはどうやってそれに出席しているというのかという疑問が湧くほどだ。
 しかしつまりは、だいたいデカートの元老は寄り添うように住まわっていて、馬で半日くらいのところに互いの家なり別宅があったり、共有の愛人の家があったりということである。
 新参にはかなり尾籠な話が元老と称する権威ある人々の口からこぼれ出てくる有様は、まずはそこを耐える忍辱が必要な様子であった。
 そういう会合には秘書としてパトラクシェかジローナ或いは二人共連れてゆくと年寄りたちのいいツマミになった。
 彼女らは権威ある老人たちを軽率に扱わない程度に慎重であったし、マジンの価値と立場を理解できる程度に賢明であった。
 マジンは彼女らを元老たちの暇つぶしに充てがうことはしたが、手放す件には同意しなかった。
 彼女らを手放したところでその程度の内情がどれだけ漏れても余り問題はなかったが、彼女らは正規の事務職の人員が来ても足手まといにならない程度に有能であったし、女としても具合が良かった。
 閨の睦事が比べる種類のものでないことを承知でなお、ファラリエラあたりには二人の様子を見て勉強しろ、と言いたくなる、そのくらいには気に入っていた。
 尤も最近はファラリエラのメリハリない反応の機微をマジンのほうが理解できるようになっていた。
 そしてまたマジンがまったく期待していなかったことだが、二人の秘書は元老たちが閨で漏らす様々なことをマジンに伝えてくれていて、そのことによってマジンは、自身が知ろうという興味もなかったデカートでの幾つもの事柄について洞察する根拠と機会を得た。
 元老たちが女に漏らす事柄の多くは当然に自分たちには直接関わりのない話題であるわけだが、外堀を埋め渡るには十分な質量の噂だった。
 元老たちも単なる不注意というよりは、女達を伝言伝令として非公式な公言しにくい内容を、半ば自覚的にマジンに伝えていた。
 セントーラは豚の膀胱や羊の腸などにアヘンや黒蓮を詰めた張型などで閨で相手を籠絡する方法などがあると警告をしていたが、今のところはそう云う怪しげなやり取りを行っている徴候はなさそうだとも言っていた。
 ここのところ、元老たちはいかにしてマジンを長く自宅に引き止めるかということを競っているようでもあり、実際にとても忙しいマジンとしては、かかずらいたくもないお遊びやお食事の席が頻繁に用意されていた。
 理由はあるにせよ付き合いの良くない若手の新参が大清介で口にした大望を、単なる法螺と考えていないことは大半の元老が理解していたし、そうであればこそ、その真意と進展を把握しておくことは元老各々にとっては急務でもあったから、単なる遊びではあってもゲリエ卿の人となりの見定めは真剣ごとでもあった。
 新たにゲリエ卿と呼ばれることになったマジンとしても、六十の席しかないまだ三つが空席の元老の末席ということであれば、それぞれに面通し顔を覚えてもらうことは不可欠と時間を融通して様々我慢をしているが、船の建造や小銃弾薬の製造運搬、鉄道建設とその人員資材の手当など、この半年足らずで事業を一気に拡張した結果、まだ手を離せない部分が多数あった。
 暇や権威に不自由しない土地に根付いて長い元老たちの遊びは、それぞれに興味深いもので気が急いていなければ楽しいものであるのは間違いなかったが、生憎一昼夜よりも長い遊びに付き合っているほどの余裕は今のマジンにはなかった。
 全く優雅や典雅とは縁のない態度で遊びの上面を撫でるように去ってゆくマジンを元老やその家族家人の人々は気の毒そうな病人をみるような目をむけることもあったが、共和国の戦争計画の一部に手をかけているマジンとしては、田舎者の面子をたてる以上の付き合いは義理も興味もなかった。
 元老の家に秘書とボーリトンとを置いて、行政局や軍の出張所或いはいくつかの商会に顔を出したり、車から春風荘を呼び出してロゼッタに代書させたりということも少なからずおこなっていた。
 そういう日々の中で待っていた報せがとうとう来た。
 機関小銃と機関銃が正式に調達要求品に並んだという。
 更に銃身清掃具が兵站本部の調達品項目に並んだ。そういう報せだ。
 現地調達の延長である師団の調達とことなり、兵站本部の調達品になれば、調達が最低四半期、基本的には年次単位の注文になり、一々納品のたびに師団の受け入れ先を探してウロウロしないでも良くなる上に現金やら軍票やらの管理をする必要がなくなる。
 機関銃までが共和国軍の調達要求品に並んでしまったことは、マジンにとって大きな困惑の元であったが、歩兵にとっての直掩火砲として機関銃の効果はマジンも予想していたから、見せてしまえば求められるだろうとは想像はしていた。
 軍都での引き渡しであればそのまま大本営で小切手にしたり銀行に入金ということで問題にならないが、遠くの町や軍都に近く砦や演習地であっても現金の取り扱いは面倒がつきまとう。
 たとえマジン本人が気まぐれに太陽金貨を使うような財政状況であっても、使いの者にそれを許す訳にはいかない。
 機関車は旅程を大きく圧縮しているがそれでも往復で十日を越えることはあり、その路銀は様々な理由で頻繁に変動する。
 商品売上とは別に路銀を預け経費の内容の報告を受ける。全く当たり前のことだが、その当たり前をおこなえるかどうかが信用の問題であった。
 そういう商売に立脚した話題のみならず、共和国の戦争計画が転換したことをも示していた。
 大議会での結審はまだ先のことであったが、軍はデカートでの物資調達を本格的に推めており、軍からの予算請求の中には戦費拡大が様々に要求されていた。
 また、デカートの北西アペルディラでは各種の軍用時計の生産が一気に拡大して、真鍮やら鋼やら鉛やらの高品質のものが大量に求められており、ローゼンヘン館から出しているゼンマイ用のバネ鋼の薄板にも増産の要請がかかっていた。
 二枚どり五枚どり十枚どりとか厚み一シリカ以下の薄板バネ鋼板はローゼンヘン工業の得意とするところであった。
 それはこれまでもしばしばついでのようにストーン商会から頼まれていたのだが、ここに来てとうとうまとまった数を要求され始めた。
 デカートの共和国軍連絡室や軍人会館でも春の頃からマジンが独自に受け入れていた師団輜重とは別の軍関係者が増えてきていた。
 デカートや更に西の地域での馬匹や資材の調達や新兵後備兵の募兵が本格化を始め、北の街道の主要中継地であるデカートを通る軍の部隊や騎馬往還の伝令通信士などの通過が増えていた。
 商隊向けの食料を軍人が調達する光景も増えており、デカートの景気が戦争による上乗せを感じさせる雰囲気になってきていた。
 そろそろ機関小銃弾の生産ペースを日産二十万発まであげたいところだったが、機械の調整や小規模な改良では十七万発を超えるあたりでウロウロして、これ以上は専用の屋舎の建設つまりは新型貨物船の運行のあとということになりそうだった。
 ローゼンヘン館では五日に一日の全休、労働四日一日全休の体制を原則として月二十四日労働を標榜していたから、銃弾の製造もだいたい月産で四百万発あたりで頭打ちになっていた。
 今は館の工房の片隅に住み込みになった老人たちはひとつきほど自分たちを御役御免にした弾薬製造機を眺めていたが、ある時脱穀機と自動縫製機と弾薬製造機を組み合わせたような、しかしもっと小型で単純な紙巻弾薬の製造機の絵を描き始めた。
 紙の帯を横方向にではなく縦方向に使うことで様々な薬包に対応するというアイディアは面白く、上手くできるようなら腸詰め機械も同じ仕組で出来そうな造りだった。
 デカートのザブバル川の祭りに合わせてストーン商会の機関船が同時に三杯公開されたことは、デカートの新しい時代を感じさせる物語でもあった。
 様々な理由で石炭臼や給炭機を諦めた木造のそれはグレカーレに比べれば稚拙な出来とも言えたが、ストーン商会の職人たちの独自の設計であるそれも、ともかくも人が漕ぐよりは力強く疲れもなく夜を徹して運行ができた。
 既に次の三杯も建て始めており二杯は買い手があるという。
 マエストラーレの完成はそこから十日ばかり後のことで、引き渡しを急かしていたポルカムの声を漏れ聞いていたストーン商会からは完成をぶつけなかったことへの感謝の言葉もあったが、単にマジンが忙しく引き渡しを前倒しできるほどの余裕がなかっただけであった。


 季節がめぐり、疑う必要もないほどの夏の暑さを実感する頃、ようやくデカートではアタンズでの戦いの優勢が伝わってきた。
 それによると春頃劣勢を承知で無理やりつっかけたワージン将軍の部隊が執拗にアタンズの包囲陣に噛みつき続けついにペイテルを包囲していた帝国軍の一部とアタンズの帝国軍との約三万五千を二万弱のワージン将軍の部隊が引き受けることになった。
 もともとの数の劣勢と状況不明に加え、後続の帝国軍約二万がそこに加わり、ワージン将軍がアタンズ救援を諦め、帝国の追撃を受けつつ後退しているも、果断な帝国軍騎兵に回りこまれたまさにその時、横合いから間に合ったフェルト将軍が帝国の横っ面を叩き、退路を焦った五万の帝国軍を三万数千の共和国が追い回し、アタンズを解放し、ペイテルの残置の帝国軍部隊を後ろ巻きに囲って八万の帝国軍とイモノエ将軍の軍勢が加わって六万の共和国軍が睨み合っている。
 数に劣る共和国軍にとっては、戦区を狭め足を止めれば二重包囲の危機でもあるが、マジンが承知しているだけで冬までにあと二つの師団とそのさらに増援を準備している共和国軍としては国内の奮起を促すためにも勇戦と拮抗を示しておく必要があった。
 アタンズの立て直しもおそらくは不十分の中で帝国がまだ余力を残しているのは確からしく、ペイテルの残置の帝国軍部隊は数的劣勢にもかかわらず陣地を強力に固守し、しばしば小規模に逆襲の姿勢さえ見せるという。
 共和国が優勢というにはペイテルの解放も完了しておらず、戦況は混沌としている様子だったが、春先までのただ不安にペイテルアタンズの戦況を見守ると云う事態からは一歩進んで、ともかくも共和国軍が立て直し動き出したということは確かな様子であった。
 デカートの義勇兵の編成練兵はジリジリと進み、学志館が夏休みと学会を迎える頃にはデカートの戦争の哮りも夏を迎えていた。
 デカートの北のヨーセン将軍の輜重部隊は銃身清掃具七百万発を受け取った後も立ち去る様子もなく、行李や兵人足を脹らませながら東に送り出し続けていた。
 つい春辺りまでは戦争に不安だけを口にしていたデカートの人々も訓練中の義勇兵の行進や共和国軍の行軍を見る機会も増え、戦争の局面が決戦に向けて動いていることを実感し始めていた。
 新しい船であるロゥオゥの完成はソラとユエの帰郷までには間に合わなかった。


 ソラとユエは夏休みで帰省すると川の脇にヴィンゼよりも賑わっているとさえ云える村ができていて学校まであることに驚いていた。
 それよりも何よりも、自分の家の脇の学校には魔法の国のお姫様がいたという衝撃にめまいがしていた。
 二回りあまりも広くしっかりと整備された港口でプリマベラをおりて汽車を待つ間に、すっかり変わった川辺の様子を確認しようと辺りを見渡していると、船を出迎えに来たマリールと出会って二人は相当な衝撃を受けた。
 デカートでは余り見かけないほどの色々な亜人の子供たちや大人たちがいて、少し不思議に思っていたのだけれど、森の妖精のようなつやつやと緑色から玉虫色に輝く髪に金の王冠の様な角を生やしたお姫様のような人がいたのだ。
「この度は御目文字いただきまして嬉しゅうございます。姫様には御機嫌如何でしょうか」
 すっかり二人は戦争で何処かの魔法の国のお姫様が領民たちとともに亡命してきたのかと思って固くなって挨拶した。
「姫さまがたに於かれましては、丁寧なご挨拶をいただき恐悦にございます。私こそお父上様のご厚情いただき日々恙無く過ごさせていただいております。お二方に御目文字頂ける機会を心待ちにしておりました。私マリール・ミラォス・デゥラォン・アシュレイ、お父君様に三度も命を救われ、今またこうして過ごさせていただいております。どうか末姫さま方にはよろしくお見知り置きを」
 そう言ってマリールは地に片膝をつき身を小さくかがめるような礼をした。
 二人は一生懸命知るかぎりのご挨拶をしたところで、相手のお姫様により深く丁寧なそれらしい礼をされてしまったことに自分が無知な子供であることを知らされ圧倒されていた。
「マリール様。ゲリエ・フェイロス・ソラです。ソラと呼んでください」
「マリール様。ゲリエ・フェイロス・ユエです。ユエと呼んでください」
 しばらく動揺して固まった後に二人はマリールと同じ格好になってそう言ってみた。
「姫さまがたにはご丁寧に。私、父君様の下僕なればマリールと気軽にお呼びください」
 身を縮めていたマリールは二人の手を取ると立たせるようにしながらそう言った。
 二人にはマリールがなにを言っているのか全くわからなかったが、相手がマリールという人だということだけわかれば今はいいということにした。
 結局二人は見目麗しいお客様を呼び捨てにする気にはなれず、マリール様と呼ぶことにした。
 しばらくして屋敷から汽車が来てマジンが降りてきた。汽車はそのまま少し先に行って荷物をおろしてから戻ってくるという。
 マジンは改めてマリールに春風荘から帰省してきた子供たちを紹介した。五人はそれぞれにマリールに驚いていたが、マリールがリザの学校の後輩で療養のためにこちらに逗まっているという説明をすると少し納得していた。
 マリールの腕の骨折は綺麗に繋がり、今はもう添え木もなかったが、戦争の負傷でしばらく命が危なかったという説明には皆心配そうにしていた。


 ソラとユエは冬から夏にかけてすっかり様変わりしてしまったローゼンヘン館の東側でなにが起こっているのかを夏休みのうちにしっかり確かめる覚悟を心に据えていた。
 二人は光画とタイプライターを活用して記録をつけ始め、それを軍都の姉たちに手紙として送った。
 それは最初確かに風景を綴った子供の日記だったのだが、マリールがゲリエ村の学校の子供たちの課題と融合して新聞の形にしてしまった。
 その頃には三十台ばかりあった光画機とタイプライターを子供たちに持たせ、光画を取らせ説明文をつけ始めた。
 中心は当然に港口の建設整備や鉄道工事のことが多かったが、子供が生まれただの、家畜が生まれたり死んだりだの、料理が美味しかっただのという光画があり、つまりはそういう日々日常の物語をまとめたものになっていた。
 様々な思惑があったが子供たちが文章を書き留めたり記録をつけたりというきっかけとして新聞は機能し、光画を通して文盲の多い亜人の労務者たちにも文字を忌避しない者たちが増え始めた。
 既に三リーグほども出来上がっている鉄道はまだどこに達しているわけでもなかったが、膨大な量の砕石と枕木と軌条とを並べ日々伸びてゆく線路が日々の仕事の成果としてデカート目指して伸びていた。
 新しい百グレノル積みの貨物船ロゥオゥはおよそ川船としては限界に近い大きさで、狭くもないザブバル川の本流でさえ好きなところで自由に向きを変えることができるというわけではなく、すべての町の港で寄せることができるというわけでもなかった。
 マジンはデカート新港の建設を訴え、実際にひとつきを掛けてこの大きな船を受け入れられるだけの浚渫を天蓋の東の外側に取得した土地で新型爆薬と浚渫機械を使っておこなってみせた。
 天蓋外縁での新港建設については、フラムのミツバリー議員も賛同してくれて鉱山の発破技術者や熟練の土木作業員の紹介と派遣をおこなってくれた。
 工事が順調に進めば冬になる前には港口が整備されるという。
 フラムでも冬から春にかけて港口の整備がおこなわれる。また、ポルカム議員もソイル対岸に新港を整備したい意向を示してくれた。
 それぞれが完成するまではロゥオゥはローゼンヘン館の港口でしか安心して向きを変えられない。デカートの運河は港口にさえ入れなかった。
 しかしそれでもロゥオゥがすぐにも必要なほどにローゼンヘン館の生産量と輸送量は頭打ちになっていた。
 間違った瀬に入ると空荷であってもすぐに腹を擦るロゥオゥは船頭泣かせの巨体であったが、他を圧する巨体とその巨体に似合わない軽快な船足は当然にほかの船頭からは憧れで見られ、巨人のお嬢さんの異名を頂戴することになった。
 マジンはロゥオゥのみならずプリマベラにとっても関門だったカノピック大橋を建て替える計画を訴えた。
 デカートの下流ヴァルタの北のカノピック大橋はザブバル川を渡る貨物車が通過できる事実上唯一の橋だったが、橋桁が低く大船や帆船の行き来を制限していた。
 デカートにはカノピック大橋の橋桁に合わせた背の低い互違百櫓船などという一種芸術的な大船もあったが、小さな強い漕ぎ手を必要としていて、奴隷であれ囚人であれなかなかに選抜が面倒になっていた。
 大橋の建て替えについては定期的に話題に登っていたが、伝統的に船足競いの最下流としてわかりやすい橋を建て替えることに渋る声や、防衛上の理由を商売相手を体よく追い払うのに都合の良い理屈として持ち出す元老もいた。
 しかしヴァルタのスティンク議員のみならずハリス・ストーン議員がここに来て改築案の動議に連名した。
 マジンの新鉄橋案に美観上或いは滑るのではないか錆びるのではないかという懸念や疑問も出ていたが、このままゆけば来年年明けに着工することが決まりそうだった。
 これはマジンにとっては鉄道橋に向けた試験でもあり、海路を目指すための準備でもあった。
 ロゥオゥはその巨体のすべてを活かすことは当面できそうになかったが、それでもプリマベラに数倍する積載で資材と食料を運び、その威力を発揮していた。
 マジンは軍に向けた武器の増産がある程度安定したのを受けて、広大に整地してあった木工所の脇に軽機関車の工房を建設し始めた。
 部品も機材も野ざらし雨ざらしになるのを嫌って寝かせておいたものをそちらに移し、ストーン商会からの注文の残りと追加の二百五十両を組立てはじめ、ロゥオゥとプリマベラの往還に合わせてストーン商会に送り出しはじめた。
 軽機関車に関してはストーン商会のほかにデカート全域で二百両ばかりの注文をかけてきて、それに対する応答を始めていた。
 ロゥオゥの就航は材料の搬送で限界を迎えていたローゼンヘン館の生産方針にかなりの自由度をあたえていた。


 溜まっていた注文といえば製氷庫の建設の件も動き始めた。
 三年ぶりにバーリオ親方に連絡をするとソイルに手に入れた土地にウェッソンの指揮で製氷庫の建設を始めた。
 センセジュに狼虎庵の若者を六人選抜させて製氷庫の建設の助手をさせると告げると、田舎の生活に腐りかけていた若者たちは驚き色めき立つように新しい現場に向かった。
 デカートの職人たちをまみえたウェッソンの絵図面での説明は単純に氷屋というよりは、巨大な食品倉庫という性質を備えていて、市場のような使い方もできるようになっていた。
 三階建ての港口を兼ねた氷屋は昇降機や自走機械を建屋の中外で最初から使うように設計されており、バーリオ親方にとっては少々ばかり不可解な作りでもあった
 しかしコンクリートセメントとレンガを鉄骨と鉄筋で支えるちょっとばかり変わった作りの建物は、久しぶりのゲリエ氏の御指名ということで面白く、お手並み拝見ということで手隙の職人親方衆に声をかけての作業になっていた。
 三年ぶりのゲリエ氏の仕事はバーリオ親方にとってはなにが起こったのか、という様な現場であったが、なるほどこれはゲリエ氏を全く知らなければ仕事の最初から投げ出したくなると納得もした。
 機械力の吊り上げ櫓を使うことで数十キュビット数グレノルという単位で曳船で運んできた鉄骨鉄筋を扱い、鉄を火薬で焼き繋いでみせ、セメントを泥水のように吐き敷き詰める機械を持ってきていたりと、相変わらず驚くようなことをしてみせるが、細かいところの最後はやはり職人できっちり詰めてくれと言われれば嫌も応もなかった。
 ウェッソンの連れてきた若い衆はとかく道具に頼りすぎ、ウェッソンはそのたびに仕上げは職人に助けてもらえと怒鳴り散らしていた。
 ウェッソンは途中で現場を知らない素人同然の若い衆を下げ、職人たちにカラクリ道具の説明を一からしなおして使わせてみせた。
 実のところ使いやすいとは思わなかったが、ヒトがやるよりは一気に仕事が進む感じは、うっかりすると自分の力が強くなった感じがして、余計なところまで機械で一気にやりたくなる若い衆の気分はわかった。
 だがしかし、そこでおじゃんにするわけにいかないと無理やりにも自制をするのが、玄人と素人の境目だった。
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