石炭と水晶

小稲荷一照

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開戦

リザ二十才 3

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 逓信院は連絡参謀、つまりは軍務に従事する魔導士の本山に相当する組織で、各地の連絡参謀などの状況の追跡を主な業務としていた。軍務に従事する全ての魔導師が軍学校を出ているわけではなく、また必ずしも士官というわけではないが、その任務の重要性から逓信院から任務に当てられる魔導師は最低限特務士官としての待遇と従兵を当てられる。
 作戦配置任務を外れた状況ではおよそ従兵にも休息が必要であることから、魔導師の独り歩きがないわけではないが、その場合にも部隊配置された魔導師には状況の追跡監視はおこなわれていて、各地にある逓信院の支部や本部に配置された後方待機中の連絡参謀が訓練や調整の名目で走査している。また、憲兵隊は人員警護や尾行調査の訓練対象に任務外の連絡参謀を無作為に選んでいることも多い。
 師団司令部付のモワルーズ大尉が発信直後に失調したことは既に確認されていて、受付でモワルーズ大尉の名前と状況説明がおこなわれるや否や、待ち構えていた療兵がマジンの腕からモワルーズ大尉をもぎ取るようにして運び去った。
 残って二人から事情の説明を受けた係官の意見では、状況からして軽度の脱霊状態だろうという。
 少なくとも念話の終了後のレイザン少佐を認識できたということから、記憶障害や感覚障害は起こらない程度の軽症だろうと言っていた。
「彼女の軍務経歴を見る限り、この程度のことは安静にしていれば自力で回復できるはずです。とはいえ、逓信院に運んでくださったことは本当に良かった。一般の医院や療養院では却って面倒を増やすかもしれなかったですからね」
 事態の聞き取りに当たった療兵は、二人を慰めるように請け負った。
 しかし、あの程度の肉体的な衝撃で意識を失い全身の脱力を伴うとすれば、露天の軽機関車の後部座席に括りつけられるようにして後退戦の戦場を駆け巡ったというマリールという名の連絡参謀が命の危険にあった、ということも事実と思えた。
 そのまま朝まで残るというレイザン少佐と別れて、マジンがキトゥス・ホテルのサロンでくつろいでいると、リザが肩を怒らせてやってきてマジンの頬を叩こうとした。
 そのまま腕ごと払うように着飾ったままのリザを絨毯の上に転ばせると、リザは無言で立ち上がり、マジンの腕を取り自分の名前で取った部屋に向かった。
「いきなりひどい八つ当たりだったな」
「いいじゃない。あなたも衆目の中で淑女をすっ転ばせるなんて、いいろくでなしっぷりだったわ」
 腹の中の憤りを煙のように吐き出しながらリザが吠えた。
「ボクが出たあと、何かあったのか」
「なにか?なにか。何かあれば、まだよかったわよ。あのあとは本当にただの女子会よ。もうバッカじゃないの。あれだけネタ振って色々あって、食事したらもう完全にガールズトークよ。三十路絡みの独身女の猥談なんて、よっぽど仲が良くなきゃ単なる嫌がらせよ」
 そう言いながら、リザは脱ぎ散らかし、マジンの服を剥ぐ。
「で、欲情しているというわけか」
「欲情?あなたがトンズラしたのに併せて場を逃げたレイザン少佐とモワルーズ大尉を見習って、あたしも逃げ出せばよかったわよ。なんかあるかと思って期待したのがバカみたいだったって腹立ててるの」
 腹の中から愛想笑いを追い出す勢いでため息を付いて膨れ面でリザが言った。
「でも、話の成果はなんかあったんだろ」
「どうだろ。残った人たちは、あんまりわかってないのかも。エルディス少佐は飛んで出てったけど、あのヒトくらいじゃないのかな。重要性をわかってくれたのは。モワルーズ大尉はわかってるっぽかったし、レイザン少佐もかもだけど、残ったヒトはどうだろ。猥談が目的でそれだけじゃアレだから枕の話は欲しかっただけだったんじゃないかと思う。もうわかんないわよ。あの人達の師団、任地遠いし、戦争とかまだあんまり意識していないかもしれない」
 そう言うと、リザは下着姿のままマジンと繋がった。
 コルセットで締めあげられたままのリザの奥は奇妙な硬さと狭さがあって、十分に濡れていたが、少々窮屈だった。
 どうやらリザにも苦しいらしく、顔を歪めていたが、それでも離れるよりはいいだろうと彼女は腰を動かし始めた。
「もうなんか、お前、腹立てるのか、戦争の話か、欲情してハメたいのか、わけわからんな」
「だいたいね。欲情しているかどうかって話なら、あなたが隣にいればいつだって突っ込んで大丈夫なくらいには欲情してるのよ。あたしは。そこらの男だって馬だって小銃だっていいくらいだけど、あんまりあなたに恥をかかすのも悪いと思うから、いろいろ我慢しているんだからね」
「ああ。前もそんなこと言ってたな。よく我慢してたな。偉いぞ」
 マジンがそう言って抱き寄せ頭をなででやるとリザは深く達し身を震わせた。
「ふぁ。わ。……ムカつく。冗談だと思っているところがムカつく。それでも嬉しい自分がムカつく。もう。……ちょっと、もうちょっと頭なでてなさいよ。余韻楽しんでるんだから。気が利かないわね。もっとうえのほうよ。そう。その辺」
 そう要求するリザの頭をマジンは揉むようになでてやる。
「こんななのに、結婚するのはいやなのか」
 幸せそうなリザの顔を眺めながら不思議そうにマジンは何度目かの問いを繰り替えす。
「こんなだから、イヤなのよ。おんなじ部屋で寝起きなんてしてご覧なさい。私死ぬまであなたに絡みついているわよ。お腹から子供出す時だけ離れるような勢いで繋がって暮らしちゃうわ」
 自分で口にして色々腹の中で吹き出すものがあるように、リザは憤りを吐き出すようにため息を付いた。
「それでもいいよ」
「そう言うと思うし、だいたいそれに近い暮らしをしてくれるだろうけど。……私が死ぬまでの五年くらい、あなた工房で遊べなくなっちゃわよ」
 リザの口にした妙に具体的な数字にマジンはどう云うべきか困った表情を浮かべた。
「なんだ、たった五年か。二人はいつまでも仲良く暮らしました。めでたしめでたし、じゃないのか」
「あなたのそういうところホント嫌い。……でも好き」
 そう言って、リザは身を細かく震わせて達した。
「結婚したあと、こうやって繋がっていない間はどうなるんだ」
「どうなるんだろ。お屋敷のヒトを殺したり工房壊したりするかも。あなたにボコボコに殴られてメチャクチャに犯されるの期待して、悪いこといっぱいする。かな」
「……怖いな。ってか、ダメだろ。いくらなんでもそんなの。脅迫としちゃ最悪だ」
「だって。……そういう夢見たんだもん」
「ひどい夢だなぁ。ボクの結婚を阻むとは。どんな夢だよ。言ってごらん」
 そう言いながら頭を撫でてやるとリザは嬉しそうに腰を蠢かした。
「いろんなのがあるんだけどね、三人目が男の子でさ。あなたがローゼンヘン館の名義をその子にやるから結婚しろっていうのね。で、しばらく尾繋がりで本当に暮らしてくれるのよ。お屋敷のヒトとか流石に呆れちゃうんだけど、みんな忙しいし、仕事順調だからあんまり文句は言わないのね。セントーラとなんとか言う若いメイドさん五人がきっちり世話してくれるからアナタもワタシも幸せな隠遁生活を送れちゃうの」
「いいね。それ」
「ところがなんか事件が起こってアナタが出かけちゃうのね。すぐ帰ってくるって言ってたのに全然帰ってこないの。約束の日を過ぎても。で、ワタシ追っかけて出かけるんだけど、いるはずのところにいないのよ。アナタが……で、なんかすっごく怒ってたら町が焼けちゃうの。あとはそうやって街を焼いてアナタを探して歩くんだけど、流石にそうしていると色んな所から賞金稼ぎやら保安官やら軍隊やらが出てくるのよ」
「まるで怪獣か災害だな」
「そうそう。そんな感じ。で、片っ端からやっつけてとうとうあなたの娘たちそろってエリスを連れて五人で現れるの」
「二人目と息子ってのはどうした」
「お留守番」
「で」
「ワタシ追いつめられるんだけど、五人とも私を殺したくないから、殺さない程度に返り討ちにできちゃうのね」
「むう」
「で勝ち誇っているとあなたが出てきてボッコボコに殴られるのよ。もうなんかそれが超気持ちいいの。で、お屋敷の地下牢に閉じ込められちゃうんだけど、なんか、鎖も鉄格子も簡単に壊れちゃうのよ。で、あなたが言うの。どうしてほしいんだ。って」
「どうして欲しいって言ったんだ」
「前掛けみたいにあなたに縛りつけてくれたら、暴れないからって」
「……それで」
「あなた、夢のなかでもそんな風に嫌そうな顔してたけど、結局言うとおりにしてくれるのよ。で、しばらくすると、なんか死んじゃうなって思って夢から覚めた。オシマイ」
 マジンはしばらくなんと言ったらいいのか言葉もなかったが、リザは一仕事終えたという風で再び性欲を貪るように腰を動かし、マジンの精を絞りとると深い溜息をついた。
「……豪快な夢だな」
「似たような感じの夢を何度か見たわ。多分あなたに会う、少し前から」
「運命の人。って言うのは、もうちょっとなんか落ち着きのあるものじゃないのか」
「他の人のことなんか知らないわ。あなたとこうして繋がってハメ狂ってるの、幸せだしなんか色々思いつく。今世界で一番か二番に頭いいわよ、私」
「八万二千五百六十四かける十二万八千五百四十二は」
「知らないわ。そんなの。……八二五六四と一二八五四二よね。……八八六一四九二一六〇一。……十六億千二百九十四万千六百八十八」
「百六億だろ」
「……知らないわよ。暗算なんて得意じゃないもの」
 開き直ったようにリザは唇を尖らかしてマジンの唇に吸い付く。
「……しょうがないな。別の男とくっついちゃえよ。他所の女房になればボクと結婚しろとか言わないぞ」
「いやよ。あなたの他の男なんて。馬や犬猫と変わんないわ。口が聞けて言葉が交わせるだけ不愉快だわ」
「軍でもそんなこと言ってるんじゃないだろうな」
「言うわけ無いわよ。軍の同僚は、家族や家畜じゃありません。れっきとした人間だし他人です。信頼関係は軍の規律と秩序に重要だし戦力要素です。そのくらいの区別はつきます。ただ、わたしにだって好みくらいはあるわ。部隊の戦力維持に股の穴貸してくださいって任務なら作戦状況によっては考えるけど、一般状況としてはお断り」
「なんだ。結局ボクのことは好きなのか」
「好きよ。何度も言ってるのに信用ないのね。わたし」
「お前、デタラメだからな」
「デタラメはお互い様」
「じゃぁ、お前。あの三人にはあれか、戦力維持のために肉棒貸しますって言ったのか」
 リザは氷柱でも飲まされたかのように動きを止める。
「あ。その。あれは」
「どうなんだ」
「リョウはその。恋人いないんだぁって泣くから、初恋はッて聞いたらなんか男に縁がなくって死ぬのやだなぁって話になっちゃって男薬は女の肥だって話になって紹介したげるからことになって」
「なんか、ボク怖がられてるみたいだからアレなんだが、無理やり連れてきたってわけじゃないんだろうな」
「多分そういうことは……、ないと……、いいなぁ……」
「説明も確認もなしか、まさか」
「え、それはない。ってか、休暇取ったんだけど約束通り行くって聞いたら、いいですねぇって言ってくれたし……」
「マークス大尉とレンゾ少尉は」
「セラムは前からあなたに会いたいって言ってた。あんなことになっちゃうなんて思ってなかったし、あなたも目を作ってあげちゃうなんて思わなかったけど。ファラはちょっと籠城してたときに噂になってたから少し引き剥がそうと思った」
「噂ってのは何だ」
「その。男漁りがすぎるって」
「おいてきちゃったんだが、大丈夫だろうな」
「多分。大丈夫……だといいなぁ。あ、やぁだぁ、抜かないで。ちゃんと気持ちよくするから、抜かないで。あぁっあっ。……むう。意地悪」
 マジンはリザの腰を掴み引きぬくように持ち上げ、傍らに下ろす。
「お前なぁ。きちんと説明しろよ。セントーラもいない、お前もいない、娘が四人ともいない、ボクもいない。じゃぁ誰が館をどう仕切るって言うんだ」
「……。セラム。……っあたっ」
 手刀でリザの脳天を打ち据えた。
「なんで、ボクん家をお客に仕切らせようとするんだ。まさか最初からそのつもりで連れてきたんじゃないだろうな」
「だって……。しょうがないじゃない。休暇に付き合ってくれそうで頼りになる友達なんてセラムくらいしか……っあたっ」
 マジンが唇を尖らせるように言い訳するリザの脳天に手刀を入れる。
「そういうつもりなら、マークス大尉だけ連れてくればいいだろ」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない。ファラもリョウもいい娘なんだもん。腐らすのもったいないし、あなたのところならいい仕事あるかなってっ……っあたっ」
 リザの脳天に手刀を入れる。
「うちは療養所じゃないし、社会復帰施設でもありません」
「いいじゃない。あなた、ならず者上手く使って見せているのに、女の二人や三人上手く使えるでしょ。あの娘達、ああ見えて戦場帰り歴戦の士官様よ。セントーラだってメロメロじゃない。それになんか美人親子のメイドとか置いちゃってアレもあなたの種じゃないでしょうねっあたっ」
「セントーラは使える目算と経緯があって見極める時間もあった。オーダルも似たようなものだし、ライアはボクの種じゃないけどいい娘だ。あんまり気の毒なことを言うな。今回は何だ。説明もなく、見極める時間もなく、放置だぞ。お前の連れてきたレンゾは何だ。フワッフワとあちこち歩くのにいちいち躓いて引っ掛けやがって。アレで館が火事になっててもボクは、あぁあって言うしかないだろ」
「でも、アレでも籠城戦の時はいい働きしてたのよ。命令の穴をきちんと埋めるように気もつくし、部下の押さえも聞いてたわっアタっ。なんで叩くの」
「非常時の緊張状態にある人間は最短で行動するから無駄なことはしないんだよ。平時と一緒にするな。それにうちの状況に馴染めるほど時間がないままにボクやお前の監督下を外れてるってのが問題なんだ。わかれ。あとお前、男漁りがすぎるって言っただろう。お前、ウチの連中が女子供かカカシにでも見えるのか、それとも全員男色趣味の衆道者だとでもいいたいのか」
「セントーラだって穴使って油利かせてるんでしょ。っアタッ」
「そりゃ、必要とボクの命令に応じてだ」
「命令してやらせてるの。ヒドっ。アナタ、時々本当にひどいことするわね」
「しょうがないだろ。話を聞くのにそういうのが早い時もあるんだ。それに男の方もボクの命令だってのは知ってるよ」
「セントーラも気の毒に。ひどい男に飼われているものね。なら、ファラもそういう風に使ってもいいわよ。っアタッ。一言毎に打たないでよ。舌かんじゃうわ」
「ひどいのはお前だろ。そういうのはお前が決めることじゃない。ボクがレンゾと話し合うのが先だ」
 そう言ってマジンがリザの脳天に幾度目かの手刀を見舞うと、リザはそのままマジンのあぐらに頭を預けるようにパタリと倒れた。
 口淫でも始めたら頬をつねってやろうかと考えたマジンに反して背を向けるとリザはしばらく黙っていた。
 その頭を優しく撫でるくらいは自然だろうとマジンは自分に許した。
「しょうがないじゃない。わたしだっていろいろ一杯一杯なのよ。戦争になるなんて思わなかったし、子供があんなに可愛いなんて思わなかったし、戦争の勝ち方だって思いついちゃうし、あなたとこうしているだけで幸せなんて思ってもいなかった。絶対壊れているって思うけど、しょうがないじゃない。あなたに頭撫でられているだけでとろけて幸せなんて、世間でいう結婚生活なんて、まともにできないわよ。……いいから、撫でてて」
 リザはそう言うと頭を膝にこすりつけるようにした。
「あなたの妻の座は誰かの別の人に譲るわ。セラムでもいいし、あれだけどセントーラでもいいわ。他の誰かでもいい。ファラやリョウも今はあんなだけどいいお嫁さんにはなると思う」
「どうかな」
「もしもね。もしも、戦争がなんとなくでも落ち着いて、エリスが学校に通うようになって手が離せるようになるまでに次の子供ができてなかったら、二年だけ二人で旅をしましょう。馬でもいいし機関車でも舟でもなんでもいいわ」
「そう言って、あっさり孕んでいるんじゃないだろうな」
「わかんない。もし孕んでいるのが心配なら、また心臓止まるくらいお腹殴ってもいいわよ」
「そう言って死んじゃうんじゃないだろうな」
「まぁ、戦争だしね。そうかもしれない。戦争じゃなくたって死んじゃうことは多いし」
 マジンはふと思い出したことがあった。
「そういえば、さっきモワルーズ大尉が倒れた。魔導でどこかに命令を飛ばしていたみたいだった。君が会の席で口にしていた機関車のことを話した直後だったからそのことかもしれない」
「……バカなことを。無事だったんでしょうね」
「逓信院に担ぎ込んだ。軽症らしいけど、詳細は知らない。マリールって君の後輩だかの話を思い出した」
「念話は軍用魔導の基本だけど、相手が存在するから意識と肉体の接続喪失が起こりやすい危険もあるのよ。接続や切断の途中で肉体に衝撃を与えたりすると、意識がどこにつながっているのかわからなくなるらしいの。わたしも資格はあるけど、念話は上手くないっていうか、全然からきしだから上手く説明できないけど、ともかく動くと危ないのよ。大尉も転んだり倒れたりしたんでしょ。相手が無事なら軽症で済むことも多いけど、マリールは後退中の味方と連絡していたからむこうに巻き込まれてたんだと思う」
「逓信院で療養していたりするのか」
「そのはず。一等魔導資格をもっている人材は貴重だから一年や二年は意識がなくても、生かすように色々しているはず。療養院も全面的に協力しているはずだから」
「見舞いに行かないか。お前の功績を支えた戦友だろ」
「……一緒に行ってくれるの?」
「誰でも面会できるものなのか」
「たぶん。今は、無任所だと思うから、たぶん、機密扱いは、ない、と思う」
「しばらく宿で日を潰さないといけないだろうしね。場所は分かったし、アレなら暇つぶしに短時間だけ様子を見てもいいじゃないか」
「あなたに紹介するわ。あの娘、あなたとの決闘のこと知っている数少ない人物よ。婚約者いたけど、流れちゃったみたい。気の毒だけど、おかげで共和国は負けなかった。アタンズが味方を収容する機運と時間を稼いでくれた。ベルツの砲兵大隊が全滅覚悟で時間を稼いでくれた。中尉少尉の小娘二人が帝国軍の鼻先をウロウロして大佐様の頭越しに少佐殿に命令してたのよ。信じられる?砲兵大隊をもぎ取られて、聯隊はしょうがないからアタンズの前面で畑と小川を掘っ繰り返して陣地作った。砲兵大隊がどれだけ生き残ったのか知らないけど、聯隊が住民と総出で八日がかりで作った陣地のおかげでアタンズは即時降伏も出来ず籠城することになった」
「大活躍だったみたいだな」
「もうほんと、アシュレイ少尉閣下の大軍団指揮の見事さに二人で大笑いしたわ。あの三日間のことは忘れられない。大砲の盲撃ちで私達に突撃してくる敵の騎兵が吹き飛ぶところが見られるなんて思いもしなかった。足元で砲弾が破裂すると馬も空をとぶのよ」
「捕まったら殺されるじゃすまなかったろうな」
「結婚前の最後の火遊びの機会だって話はしたわ。負け戦を生きて帰れるならそれもいいって言ってた」
「そういうことを言うからバチが当たったんじゃないだろうな」
 そう軽口を言うとリザはマジンを睨みつけた。
「軍事活動に作戦行動にバチなんか当たるはずがない。私たちは多くの味方のために様々な努力をしている。あなたには軽薄で些細な言動だって思えるかもしれないけど、私達にとっては友軍を支えるための小石のひと粒だったんだ。軽口一つで二万の味方が救えるなら私は天罰なんか怖くないわよ」
「わるかったよ。言い過ぎた」
 マジンが頭を撫でるのとは反対の手をリザはとって胸に抱えた。
「でも、あなたの竿を貸すって話をしたのは本当。それが理由で起きないんじゃないかと心配しているのよ」
「何だ。そんなことがあるのか」
 相変わらずリザの言うことは今ひとつ説明が足りないように感じたが、どうせ寝物語と流して尋ねる。
「それに私があなたと年中イチャイチャしたいのは本当だからね。取られたらやだ」
「それなら、一緒に住むのが無理でも愛人がどうこうとか言って女を紹介しなけりゃいいんだ。しかもまた体のよさ気な美人ばっかり」
「だって……しょうがないじゃない。なんか、成行きだもの。……セラム。気に入ったみたいね」
「……まぁ、ああいう性格の女は好きだ。可愛げもあるし面倒も少ない。頭も動きもキレがある」
「やっぱりね。マリールもあんな感じよ。……亜人だけど」
「つまりアレか。ボクと寝所をともにするなんて家で飼ってる犬や馬のほうがマシだって、そのマリールが思っているかもしれないってことか」
「ま、ぶっちゃけ、そう。彼女の生地デゥラォッヘは今でこそ地図や道路の上では共和国の一部として組み込まれているけど、四五百年くらい前はもろに敵だったからね。今も封建制度に近い領土の縦割りで戦士階級が小規模だけど強力な地方軍を維持している。帝国の侵攻がなければ今も独立してたと思う。まぁ昔々のラブロマンスと武者修業の武勇伝の多い土地よ」
「そうすると、軍にいるのも人質とか留学みたいな感じなのか」
「流石にそういう時代じゃないし、六女で九番目とかなると格式とか固くならないでもよくって、でも人の世界で苦労が少ないとなると軍人ってことだったみたい。軍学校が亜人の受け入れもしてたしね」
「婚約者っていうのはそうすると」
「土地の人だったみたいなんだけど、他人の死に引きずられ漂魄する不肖の娘では不貞と云うにも等しく不出来というのも恥ずかしい、って父上が破棄を頼んで別の女性をご紹介したようよ。体を救ってくれてありがとうみたいな礼はされたけど、ちょっと色々私としてもズクリときたわよ」
「でもまぁ。そういう言い方をするとアレだし、されるのもどうかと思うけど、ボクにだって好みはあるよ。話して楽しいのと、抱いて楽しいのは違う」
「もし、レゴット曹長とかみたいなの想像してるなら驚くわよ。ティアラみたいな角は生えているけど、しっぽも長い耳もないわ」
「ふうん」
「意外と気のないつまんない返事ね」
「だって、まぁほら。実際あんまり興味ないし。……だいたいなんでお前はボクに女をそんなに押し付けたがるんだ。しかもこう。どっかまともな男にくっつけたら奥様として家庭をきちんと切り盛りできそうな女性を」
「自慢したいじゃない。他の女にうちの。その。旦那様を」
「別にそんなのはどこかで食事をするついでに紹介してオシマイでいいじゃないか。なんで愛人がどうこうとかそういう話になるんだ」
「それは、だって。ほら。あなたについて他の人がどう思っているのか、聞いてみたいし、その、酒場の女性にはちょっと聞きにくい。それにアナタのよろこぶこととか参考になるといいし」
「セントーラにも聞いたんじゃないだろうな」
「……聞いたわよ。セントーラがつかれたとか言ったり気絶すると喉の奥まで突っ込んでおしっこして無理やり起こすって、それがめちゃくちゃ気持ちいいんだって、最初は間違えて気管に入ったりして溺れたりしたけど、最近は無意識に食道にのめるようになって楽になったって言ってた。自分のゲロとかオシッコとかでグチャグチャになった部屋を掃除していると色々胸の中で渦巻いて情けないんだけどそれが気持ちいいんだって言ってた。やっぱり、ほら。繋がって生活出来ちゃうじゃない。って思ったけど、まだそこまで呑めてないから嫉妬してる。……ああ。もう。なんかムカムカする。やっぱりアナタ取られるのイヤ」
「まぁ別にボクは興味ないよ」
「でも、アナタの竿に興味があるかどうかは知らないけど、むこうは絶対興味がある話題があるもの」
 鼻息で笑いを吹き出しリザが言った言葉に色が付いているかのように、マジンはなにかを悟った。
「うわ。それ最悪。想像がついた。想像通りならボクにいいことなんにもないじゃん。どうせその話の流れだったんだろ。ボクの竿がどうとか」
「ん。まぁそう。よくわかったわね」
「で、その彼女の星はどれくらいなんだ」
「百二十七。って言ってた。一日十二勝って日もあったらしいわよ。懲罰房の常連で退屈しのぎに歌ってたからカンムリウグイスって呼ばれてたらしいわ。それだけ勝ってて殺してないってんだから笑っちゃうわ。無事後退できたらアナタと決闘したいって言ってた」
「全然ボクにいいこと無いじゃん」
「拳銃六丁を段平だけでさばいて魔法剣もさばいてみせた挙句に私を殴り飛ばして抑えこんだって話したら、もう目をキッラキラさせてた。そういう悪魔みたいな殿方に組み敷かれ犯されているところを婚約者に助けてもらって、幸せな家庭を築くのが夢だって言ってた」
「ヤラれ役の悪役かよ。やっぱり最低じゃないか」
「なんかね。彼女の先祖が角を生やすきっかけになったって言う物語があって、そういう展開らしいのよね」
「タダビトと亜人のロマンスみたいな感じなのもあるのか」
「なんだ、ほらやっぱり興味が出てきた」
「そりゃ、話をするだけならな。どうせアレだろ。真剣とか実弾とかで立ち会おうって言うんだろ。やだよ。危ない」
「正真正銘お姫様なのにもったいない」
「遊び半分で命をかけるほうがよっぽどもったいないと思わないかね、君は。それに今の話じゃ、お姫様って言っても余録がつくようには聞こえない。せいぜい兄上の門前に轡を並べて武勲を支えるとかそういう感じの余録だろ」
 そう言いながらマジンはリザの耳の穴に指を突っ込みかき回す。
「――まぁ、それでも面会には行ってみよう。事によったらもう復帰していて空振りかも知れないけど、それはそれでめでたいということだろう」
「うん。ありがとう。でさ」
 そう言うとリザはマジンの膝から頭を起こし、反対側に倒れこんだ。
「……何だよ」
 そのままこちらに尻を向けて無言でいるリザに尋ねたが返事がない。股を割るような下着がリザの肛門と息をするように動いている陰唇を晒しているが、リザは気にしていないようだった。
「――色々あったからな。眠くなったのか。お休み」
 マジンが尻の下に敷いていた掛布をリザにかけてやり、部屋の明かりを絞ると、闇の中でリザがこちらを向いた。
「……違うわよ。入れて。突っ込んで。お腹の奥かき回して、犯して」
 そう要求するリザをマジンは夜半すぎまで突き回し果てさせたのちに、身を離して抜けだそうとしたところを捕まり、絡みつくリザを掛布の一枚ごと一抱えにするように離れに連れ込み風呂に入れ、そのまま朝までつながっていた。
 当然に生温く目配り見張られていたようで、朝、離れに五人分の食事が届いたことにリザは関心をしていたが、かと言って食事の時間と起こされるまではマジンから離れる気も服を着る気もない様子でセントーラの目覚ましの来室にもマジンに絡みついて腰を振っていた。
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英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
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異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

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