68 / 248
開戦
共和国軍人会館将校サロン
しおりを挟む
昼食の席でキオール中佐は、マジンの来訪と小銃の試射と貸与について礼を述べた。
射耗し次第返却という条件について、書面で約束することは出来ないが名誉に代えて、と約束をした。
マジンには約束を違えられたとして、軍人の名誉をどうやってなにに変えればよいのか分かりはしなかったが、たかが四丁の試作銃と試し打ちの一万発でうまくゆくなら面倒も少ないとそこは良いことにした。
キオール中佐は新型小銃について「全く画期的な小銃だ」と簡単な言葉でまとめて絶賛した。
しばらく場の言葉が途切れるほどに簡単な言葉で中佐自身がしばし戸惑っていたが、ともかくよく当たるという一点でも兵隊にとっては十分で、更には速射性に優れ、数十発を撃って掃除がいらない、と云うのはこれまでの銃火器とは全く異なる性質を持っていることは明らかだった。
全ては反応性に優れ固体での残留物を残さない火薬の性質と、抑え紙を不要とし燃焼薬室を密閉する金属薬莢の効果であったが、さらには銃身に残留を残しにくい硬く滑らかな銃弾の組み合わせの効果でもあった。
「銃の性能はわかった。アレが一丁千タレルほどで百万丁、年間十万丁準備できるというなら、それはかなり効果的な戦力要素になるということは間違いない。あいにくこの場で即答する権限はないが、自身としては即断したい衝動には駆られる」
キオール中佐は簡潔に感想を述べた。
「で、注文いただけるとしていつごろになりそうですか」
マジンが尋ねたのに二人の佐官は顔を見合わせた。
「正直わからない。今年度の決算は既に終わっているので、これからの年次計画に組み込むとして順調であれば秋には計画採択がおこなわれる。当然案件はひとつではないので、その中で様々あって春には予算の運用が行われるので、そこまでの何処かとしか言えない」
キオール中佐は生真面目な顔で説明した。
「戦争が昨年夏から始まり、まだ春と言うにも厳しい時期に秋、更に次の春のお話ですか」
「そう云われるとなかなかつらいところがあるが、私人の財布ではないのでそこは理解いただきたいところだ」
苦笑するようにキオール中佐は言った。
「すると、後装銃弾の話はやはり同じように夏に改めて考えればよい話でしょうか」
「そちらは継続事業なので修正予算の提携発注契約の変更が効き、四半期で決着がつく。おそらく違約金請求等が発生するのに備えて予算減を求められるだろうが、現状を知る指揮官の数が一定にあれば、本来計画の予算の問題は来年に回されつつ、部隊要求備品としてとりあえず一年分の予算は承認されるはずだ。継続事業案件かつ問題の認知があるのでそういう意味では話は楽だ」
マジンの確認にキオール中佐は説明をした。
「先程も言いましたとおり、銃と銃弾をいただければこちらで調査して利用可能な銃弾を生産すること自体は可能です。値段は正直なところを言えば重量相応なので、大きい銃弾であればそれなりの値段というのはご理解いただければと思いますが。今回はそれよりは他所様の銃弾を勝手にお作りするという件が面倒を起こすかと思います。相手様との取りまとめは私の手には余るので、お任せしたいと思います」
「先ほどひどく安い価格を伺いましたが、やはり小さいほうが安いのですか」
ホライン少佐が尋ねた。
「加工自体は言ったとおり、仕掛けができてしまえば同じことなので、あまり少数ですと仕掛け代が価格に乗ります。が、銃弾程度ですと複雑と言ってもたかが知れていますし、億を目指す百万という単位数になれば、問題にならないかと」
「小銃ですとどの辺りが境ですか」
「万を超えないと一万タレルを越えることになります」
ホライン少佐の重ねての問にマジンが応えた。
「八千丁では」
およそここまでの間で部隊配備の構想について検討していただろう具体的な数字をホライン少佐は口にした。
「単純に考えれば一万三千四百タレルですが、そういうことであればこちらが一切設備拡張をしないという前提でいればもっとお安く出来ます。ただ、そうなった場合には追加の発注を頂いた際にもあまりお安くないままの金額で提供することになり、時間も相応にかかります。理由は部品を必要数だけ作った後、設備を別の用途に転用してしまうからです。
もし仮に十万規模の発注を数年にわたって発注ということでない場合、現状の試験用の生産設備で発注見込数を生産後、設備を廃止転換します。ですので仮に八千の発注で先がないということであれば八千と歩留まり見込み分だけ生産して八千の小銃を引き渡します。八千丁ですと概ね五千五百タレル。合計で四千四百万タレルというところでしょうか。その後、注文を新たに受けたとして、ひとつきから四半年は生産ができません。工作設備を機関車等の部品生産やその他の高価値製品の生産に転用してしまうからです」
「小銃は価値が低いということでしょうか」
マジンの説明に疑問を呈するようにホライン少佐は言った。
「はっきりいえば武器の類を高価に感じることは、戦争にとって利があるとは思えません。適度に安く可能なら壊れない種類のものが良いと思います」
「つまりあなたの小銃は戦争には向かないと」
それはおかしなことを聞いたという表情でホライン少佐が尋ね返した。
「ボクの銃は価格は高いですが既存の銃器よりは数段長持ちです。既存の銃器と同じように撃つ分にはおそらく三十年五十年もつことでしょう。また先ほどご覧のとおり、極めて高密度な火力を持ちます。ただそれを誰もが適切に運用できるかどうかはボクにはわかりかねます。場合によっては槍や弓のほうが効果的なところで、虚しく銃弾をばらまいてしまう判断もありえます。また、適切な銃弾がないなら火力を維持できません。そう考えた上で高いか安いかを判断していただきたいと思います」
「それはどういう――」
ホライン少佐が首を傾げるように問いただそうとしたところで、キオール中佐は手を上げて制した。
「ゲリエ氏は覚悟を問うてるんだよ。遊びでつきあうつもりはないということさ。
半端な備蓄弾量で交戦に入ればあっという間に戦力を失うのはさっきの勢いで弾を使っていれば間違いないだろう。
私はさっき、ふたりに千発づつ試射しろと命じたが、旧来の銃なら二日がかりでも撃ち切れるかわかったもんじゃない。が、あの小銃が正常に動作すれば不慣れなふたりが操作作業に手間取ったとしても小一時間とかからずに撃ち切る。兵一人が千発を半日かからず射耗できる激戦の戦場なんて、キミ、考えたことがあるかね。我々の常識からすれば一日の射耗は百五十発。悪夢のような要塞に立てこもったとしてせいぜい四百発だ。
もちろん戦えば兵は死ぬ。
だがあの小銃を渡された兵が死ぬのは敵の銃弾があたって死ぬよりも、弾が尽きてからということになるだろう。
そう考えれば、あの銃は今の我々の状況からすると諸刃の剣なのだよ。
仮に一万五千丁三千万発の銃と弾を手にしたとしてだね、歩兵全員に百パウンの銃弾を預ける訳にはいかない。一人三百発十五パウンというところだろう。残りの百二十七万五千パウン。一万二千七百五十ストン。行李で四五百両の銃弾、中隊で四両の銃弾だ。少々多めだがそれ自体はよくあることだ。しかし全力ではおそらく五六会戦しか出来ない。もちろん敵が確実に壊滅するならそれは結構だが、そうもゆくまい。勝ち続けるだけ戦い、その後は共和国のどこを探しても弾はなくなり、ゲリエ氏に泣きつくことになる。
我々には兵站計画を含めた戦技研究をおこなう時間が必要だ。だから、いま我が師団で独自にあの小銃を導入することは諦めたほうが良い。師団規模で扱うにはあの小銃は高価過ぎる。
ただ、もちろん共和国軍全体で見た場合には話が変わってくる。だから、貸与いただいた小銃をありがたく有効に使わせて頂く方法を検討する必要はある。
そして師団として本気でお願いする必要があるのは、現行の後装銃弾の大量増産の梃子入れだ。預かったまま倉庫で腐らせているアレをなんとか出来れば、戦列歩兵の射速と命中精度は上がり、今は訓練でさえ懲罰のような事故が起きている前衛散兵との連携が容易になる。今回の小銃は散兵の自由度を大いに上げる。散兵の天敵であるはずの騎兵が丸呑みにできるのだから、散兵の連中は大喜びだ。四丁しかないのは残念だが、それはこっちの都合だ」
キオール中佐は一気に説明すると断ち切るように黙った。
「すると、既存銃弾の改良研究と生産については本気で検討してよろしいのですか」
マジンが尋ねるのにキオール中佐は少しあたりを気にしだした。
「その件は、……お、来た。失礼。――おい、こっちだ」
中級士官向けの食堂は狭くもなく、人が少ないわけでもなかったが、声を張り上げたキオール中佐の声はよく通り、目的の人物にも辺りにも注目を惹きつけた。
「や、すまん。かなり急いできたんだが、やはり間に合わなかった。射場も寄ってみたが既に引き上げる準備をしていたよ」
遅参を詫びるようにやってきた青年の爽やかさを感じさせる士官は従兵に外套を預けると席についた。
「彼はマクマール中佐。キンカイザで再編中のヨーセン将軍の兵站参謀だ。今回の話では我々のような予算上戦力満了した部隊よりも修正の利く部隊の方が短期的な話ができると思って呼んだ。
こちらがデカートからお越しのゲリエ氏。隣のゴルデベルグ大尉の拳銃や機関車の製作者で戦争を受け新型小銃の大量導入の計画を提案なさりに軍都にいらっしゃった。ゴルデベルグ大尉の戦況査問会での報告は目を通したか」
「みた。というか、あちこちで見せられた。時々で感想は違ったが、三万の後備と敗残戦力で五万から七万の侵攻軍の遅滞を継続するとすれば、地の利を活かした敵にまさる優速による機動防御と適切な待ち伏せを支える積極果敢な偵察行動以外にはないとウチの連中は言っている。騎兵共は大絶賛して悔しがっていたよ。連絡参謀には味方の位置や概況はわかるが、敵の位置まではわからんからな。予備の機能していない戦いでは難しい。馬寄に止まっている屋根付きの割に背の低い長いクワガタのメスみたいな車が機関車なんだろう」
キオール中佐の紹介とそれに続く言葉にマクマール中佐は頷き一気に応え尋ねた。
「そうだが、ゴルデベルグ大尉の使ったものとは少し用途が違う旅客用だそうだ」
「なるほど。妙に作りの良い内装と荷物が載せられそうな屋根だった」
そう言うとマクマール中佐は椅子から立ち上がって身を乗り出すように手を差し伸べた。
「――はじめまして。ウィンスキー・マクマールといいます。よろしく」
「はじめまして。ゲリエ・マキシマジンです。よろしくお願いします」
マジンが慌てて立ち上がり握手をかわすと、マクマールは人好きする笑顔で微笑んだ。
「ところで、我々は食事を始めたところなんだが。マクマール、キミは食事は」
「あ。じゃ。頼むか」
そう言ってマクマールが従兵を呼んで注文をした。
「――ところで結局間に合わなかったんだが、試射した銃の報告は後で回してもらうとして、感想は聞けるんだろうか」
マクマール中佐は従兵から受け取った水鉢と蒸しタオルで手と顔を拭い、あちこちの土埃を払っていた。どうやら野外にいた様子の汚れ方で無理を圧してここまで足を向けた様子が伺える。
「一言で言えば、すごすぎて我々の師団で独自に手に入れるのは、却って危険だろうという結論に至っている」
「すごい、の意味がわからないな。具体的に頼めるか」
マクマール中佐はキオール中佐の曖昧な言葉に興味を惹かれたように尋ねた。
「速射性能が極めて高く、短時間に銃弾を大量消費できる。キミはここに来る前に射場で撤収の準備をしていたといったな」
「ああ。なんか大きな長櫃を二つ運んでた。君ンとこの大きな美人は平気そうだったが、あのなんとか言った腕自慢は苦労してるみたいだったな」
キオール中佐の言葉の意味に考えを巡らせるようにしながらマクマール中佐は応えた。
「実は私は立ち会った試射ののちにふたりにそれぞれ千発づつの完熟射撃を命じた。片付けをしているということはふたりで二千発打ち終わった後だろう。こう言えば、おそらく君には小銃がすごいの意味も危険の意味もわかると思う」
マクマール中佐はマジンとその脇のリザに目を向けキオール中佐に目を戻した。
「時間は予定通りだったのか」
「機関車で移動したから多少早かったかもしれないが、射場で修正手続きを必要とせず、文句を言われない程度には予定通りだ」
ふう、と溜息をつくようにマクマール中佐はした。
「弾薬の値段は」
「大量に継続的に導入する限り、かなり安く提案していただいた」
「具体的には」
「十万発で二万タレル」
「安いなぁ。最低数は」
「百万発を希望といっておられるが、年産で億を目に据えた中での数だ」
「年産一億か。戦争を睨めばそれは頼もしい。だが、そういうことなら、弾が回ってこないことが玉に瑕のあっちの銃の弾もお願いしたいな」
ふっとキオール中佐は鼻で笑った。
「――なんだ」
マクマール中佐は咎めるように言った。
「そう言うと思ったよ」
「当然だろう。銃だけ配られて銃弾がないんじゃ話にならない。アレなら槍のほうが安い分だけ面倒が少ない。このままじゃ反攻作戦の参加どころじゃないとヨーセン将軍も怒っているよ。保管品や廃棄しかけた古い銃を型で揃えて集めているところだ」
マクマール中佐は思い出したかのように面倒そうな顔をする。
「そこで提案だ。ヨーセン将軍に現有の後装銃の弾薬の大量増産の手段がこちらのゲリエ氏にあることを伝えてもらえないだろうか。そして我々が軍都を離れたあと、弾薬の補充を受け、余剰分を我が師団に届けてもらえないだろうか」
「そんなことが可能なのか。や、人が作るものだから真似ができないとは言わないが、作った元で苦労しているんだろう。それに職人の仁義の問題もあるだろう」
キオール中佐の言葉に判断に困った顔でマクマール中佐が常識論を述べた。
「ま、そうなんだが、三ヶ月あれば体制を作ってくれると言っている。そんな悠長なことを我々は待っていられないが、キミのところの再編成ならどうだ」
マクマール中佐の疑念を押し切るようにキオール中佐は重ねて尋ねた。
「うちの連中が君ンとこの横に並んで邪魔にならないくらいまで鍛えるとして秋ごろか。しかしそれでもデカートからここまで出てくるだけで荷駄ならひとつきはかかるだろう。そこまでにいくらできるっていうんだ」
疑わしげにマクマール中佐は尋ねたが興味はある様子だった。
「新型銃弾は日産十万を試験的に達成したとゲリエ氏は言っている」
キオール中佐の言葉にマクマール中佐は面白い冗談を聞いたと言わんばかりに鼻で笑った。
「日産十万だと。バカバカしい。……と言いたいが、年産一億を目指して、半日かからずに千発の銃弾をバラ撒くような銃を作るなら、そのくらいの手当はするか。それで、どうすればいい。必要な物は何だ。俺にこの話をするからにはなんかやってほしいことがあるんだろう」
一旦は鼻で笑ったものの、気分を切り替えるようにマクマール中佐はマジンを眺め、視線をキオール中佐に戻し表情を引き締めた。
「ゲリエ氏が求めているものは単純だ。我々や君たちが投げ捨てるべきか悩んでいる小銃を三丁と銃弾五十発を試験用の見本として提供すること。生産にあたって民間で問題にならないように権利問題を明確にすること。納品契約にあたって予算を確実に成立させること。ただし、現状彼はデカートまでしか物販の実績を持っていないので引き渡しがデカートまでしか計算出来ない」
「最後のは、重大問題じゃないか」
「まぁ、そうだ」
あっさり認めたキオール中佐の言葉に、ふんと、マクマール中佐が鼻で笑った。
「これから半年で六百万発が手に入れば、たしかにそこそこの戦力にはなるが、それだけでは足りないだろう。デカートから六千ストンをどう運ぶんだ。見かけた機関車が報告のそれと同じくらい早いだろうというのはわかるが、それでも五十ストン詰めるようにはあまり見えない。仮に六十ストン詰めるとしても百往復だ。その、ゲリエ氏のところではあの機関車を何十両持っているんだ」
「あの型のは他に二両あります。が、荷駄用に一グレノル半を詰める貨車が実用で一両、他に組んでいないもので六両分の部品があります」
「一グレノル半。すごいな。で、その組んでいない部品というのはすぐ組めるものなのかね」
桁を確かめるように言ってからマクマール中佐は尋ね返した。
「ま、二日三日あれば全て組んでしまえるようなものです」
「言い様を丸呑みにすれば、六両だか八両だかで隊を組めば六七往復か」
マクマール中佐は大雑把に確認するように言った。
「道の様子がわかれば将来は一両五グレノルあたりまで拡大するつもりもあります。なにぶん軍都まで足を運んだことがなかったもので、川の渡しの様子などで恐々としていた部分もありますが、主要な街道は馬車が並んで走れるような橋がかかっていたので、軍都までは心配がなさそうです。それでも簡単ごととは言い難いですね。少し考えます」
情報を提供するマジンにマクマール中佐は軽く表情をゆるめたが、少し考え険しくなる。
「しかし、それでも足りないな。六百万が一千万でも……。あ、いや。ゲリエ氏のご提案が気に入らないと言っているわけではないのです。そもそも、ご提案の最初の話では新型小銃の大量導入の計画というのは聞いていたので、今この小銃弾の話が余計なことだというのはわかっているんですがね」
「もし軍なり師団なりで製造元の梃子入れをということであれば、技術提供をすることで権利問題の倍賞とさせていただけるならどうでしょう。私もとくに他所様の銃の銃弾を好んで作ろうと云うわけではないので、本来の製造元が十分に機能できれば手を引くつもりでもありますし」
マジンは軽々と言った。
「そんなこと……。よろしいのですか」
マクマール中佐は一旦言葉を取り消すようにしてマジンに改めた。
「そう言ってくださるなら渡りに船ではある。もちろん、相手のある話だからこの場では決められないが」
キオール中佐も慎重だが乗り気であることを示す。
「仮にですが、手を打つとして経費は私と軍なり師団なりとで折半という事でよろしいですか。それともどこだか存じませんが、私が勝手に株式と債券を抑えてしまうという方法もあるわけでしょうが」
マジンが方法を色々と想像しながら言った。
「全く他人事な無責任さで恐縮だが、後者の方法が許されるならそうしていただきたい。デカートを生産の拠点とするよりはより軍都に近い町を拠点にしていただいたほうが心強い、というのが正直なところではありますな」
キオール中佐が口元を軽く歪めながら感想を述べた。
「しかしどういう方法でも梃子入れいただくとしてどの程度かかるものだろう」
マクマール中佐は疑問の答えを求めるように視線を泳がせる。
「正直、相手がわからないとなんとも。ただ生産に行き詰まり投資を焦っている脆い相手なら債権も株式も出まわっておりましょうし、経営権を獲得するような事態になってもひとつきほどではないかと。個人的には全く単純に生産力向上と輸送経費圧縮までが目的で利益や経営体制そのものは関心がないのですが、相手先の状況によってはそういう方が面倒が少ないかもしれません。或いはそうしてから下請契約を結ぶとかもありえます。軍の監査なり契約条項なり次第ですが」
「軍がどういった契約を結ぶとしても、新たに契約を起こすよりは、既存の取引先が勝手にゲリエ氏と生産下請け契約する形のほうが面倒は少ないな」
マクマール中佐は納得したように言った。
「ロータル鉄工だったな。アミザムだったか」
キオール中佐は確認するように言った。
「近いな。都合がいい。デカートからは多少遠くなるのか」
「とはいえ、ゲリエ氏が機関車を前提にしているなら問題にならない距離だろう」
「まぁそうか。すると、あとはロータル鉄工の後ろで軍の将官連中が糸を引いていなければ問題は起きないか」
マクマール中佐が次の問題を示すように尋ねた。
「まぁ導入からこの体たらくで次の話が出ていないことを考えれば、誰かが糸を引いていないわけもない。が、とはいえ戦争が起きて補給の根幹で問題が起きていることを無視出来もしないだろうし、民間で勝手に事態が進んでいることに乗り込めるほど大胆でもないだろうとは思う。が、用心は必要か。おそらくは株の値の動き方で誰がその当事者であるかははっきりするだろう」
キオール中佐は可能性を示すように応じた。
「憲兵隊に誰か知り合いがいるか」
「ユーノス少佐くらいか」
「俺も彼くらいしか呑みには誘えない。もうひとつ上の人物がいいな」
「あの、マイズ大佐はいかがでしょうか。ヨーセン将軍とは同郷と仄聞しておりますが」
おずおずと上官の話に割り込むように、ホライン少佐は提案した。
「ふむ。マイズ大佐か。確かに睨みの利く役職だし、アミザムなら多分彼も興味のある土地だ」
マクマール中佐が答を得たように言った。
「そうなのか」
「や、前に彼はウチの師団が立ち上がるに際してちょっとした疑獄事件でキンカイザまで出てきてね。結局役にはたてず気の毒をしたんだが、アミザムならキンカイザまでの途中だからね。事件の内容もどういう経緯だったかも私も詳しい話はわからないんだが、まぁともかく、話をしてみれば興味をもつかもしれない」
「面倒にならんかね」
マクマール中佐の説明にキオール中佐は心配そうに尋ねた。
「疑獄の事実があってもなくても軍の内部ではそりゃ面倒は起きるだろうが、ロータル鉄工の買収だけに限って言えば、面倒は減るんじゃないかな」
気軽そうにマクマール中佐が言った。
「仮に経営陣逮捕という事態になると厄介なのですが」
「疑獄が事実としてその辺は、まぁ、憲兵隊が上手く手を抜いてくれることを期待するしかない」
マジンの心配にマクマール中佐は楽観的に応えた。
「既存の小銃弾の問題は当面の課題はロータル鉄工の梃子入れをどうするかという話で決着が出来そうかな」
「まぁそうですね。今のお話ですとロータル鉄工が私を快く頼ってくだされば既存の銃弾の話については面倒が大きく減りそうです」
「ところでゲリエ氏の今後近々の予定はまだ伺っていなかった」
マジンの言葉にキオール中佐が思い出したように言った。
「とりあえず、ゴルデベルグ大尉の話してくれた心づもりではワージン将軍にお目にかかる予定でした。他に娘達の軍学校への入校の試験と準備とがありますが、まぁそちらは家令を連れて来ているので最悪わたしはいなくともなんとかなります。その後、我が家にというつもりですが、立ち寄るところがひとつふたつあるので、いま話の出ているロータル鉄工の様子も見て帰るつもりでいます」
「お嬢さんが軍学校に入校ですか。そちらは是非にも立ち会ったほうがよろしいでしょう」
マクマール中佐が厚く奨めるように言った。
「ご家族の用件は今はまだ先の見えない取引よりも大事にした方がいいと私も思う。ワージン将軍との面会の件は私が責任をもって調整しよう。ゴルデベルグ大尉はまだ無任所で軍令部予備猟兵課で待機任務かね」
キオール中佐も同意した。
「そうです。今は郵便課で郵便物の大本営内の配達管理が主な業務です」
リザの返事にキオール中佐が頷いた。
「では、今後もゲリエ氏との連絡役をお願いしたい。月内は転属辞令は下らないように手配しておく。――ゲリエ氏の月内のご予定はどうなっているだろうか」
「今のところ月内はこちらにいる予定です。流石にそれ以上は。工房の試験の様子も確認する必要がありますし、仮にロータル鉄工の件などがということであれば、資材や資金の手配も必要になります」
マジンの言葉にキオール中佐は黙って頷いた。
「私の方でもヨーセン将軍との面会の機会を設けたい。よろしいだろうか」
マクマール中佐がマジンに申し出た。
「小銃は既に手元にありませんがよろしいですか」
「ま、そっちは報告書を期待することになる。が、小銃弾増産の梃子入れの件で企業買収の話まで出てきたともなると私一人の胸のうちに閉まっておくには少々大きすぎるのでね。将軍にもある程度心づもりをしていただかないと、面倒が起きたときに色々取り返しがつかなくなる」
マクマール中佐の説明にマジンは頷く。
「そういえば、マクマール。新型小銃の量産前の試験品の予価として八千丁生産の場合、一丁五千五百タレルということだった。うちの出立には間に合うことを期待してはいないが、そちらでいくらか手に入れるというのは多分ありだと思うぞ」
軽い様子でキオール中佐が言った。
「五千五百タレルとは安くないな。だがお前がそういうってことはそれなりの価値はあるということだな」
「百丁あれば前衛がかなり楽になる。千丁以上は兵站というか輜重が問題になるだろうがね」
既に新型小銃を前提にした状況の考察を進めていたらしいキオール中佐が確信をもって言った。
「だが、最低の弾薬数は百万とか言ってなかったか。一万発はもつのか」
「わからんが、千発はあっという間に消費したところを見ると、それくらいの積もりで期待はしている」
「まぁそうだろうが」
判断つきかねるように、マクマール中佐は曖昧に言った。
「実射試験では無点検連続十万発を達成しています。泥に埋め騎馬に踏ませるなどの汚損試験も独自に進めていますが、そちらはむしろ現場でお確かめいただかないとこちらとは状況が異なるとは思います」
「十万。なんか、さっきからべつの世界の話を聞いている気分だ」
あっさりといったマジンの言葉の数字を聞き違えではないことを確かめるようにマクマール中佐は言った。
「まぁそう云うな。試射をみた私は銃列に並ぶ立場じゃなくてよかったとしみじみ感じている」
肩をすくめる様にキオール中佐が言った。
「すると、ワージン将軍の言うように中隊規模の方陣と散兵の組み合わせが今後の戦列の基本になるのか」
「おそらく散兵の重要性がまして散兵が単独ではなく分隊規模になり、戦列の意味が怪しくなるのだろうと考えているが、まぁ、そういうことだろう」
「すると、新型小銃を入れるとして百ではなく四百か余裕を見て五百というところか。火力優勢歩兵論の火点散兵と相互援護躍進という概念に従えば中隊に五組かそこら必要だってことなんだろう。アレはまぁ砲兵の負け惜しみ的な怪しいところもある論だったけれど、この際、参考にしてみてもいいかもしれない」
気が変わり思いついたようにマクマール中佐が言った。
「本気か」
「まぁ、最終的に決断をするのは私ではなくヨーセン将軍だし、カネを出すのは私ではなく軍か或いはヨーセン将軍だ。提案まではして見る価値がある。参謀は無責任かつ有意義な提案をするところに本分があり、それを拒否するも採択するも指揮官の責任と権利だ」
「それはそうだ」
「貴様の見たところ、その価値はあるのだろう。キオール」
「銃弾の尽きない限りは、小銃が正確に機能する限りは」
「仮に五百丁なら、余裕をみるとすると一千万発というところか。一千万発ですと重量はどの程度ですか」
「ざっとでよろしければ五千万タレル。五千ストンと云ったところですか」
マクマール中佐はマジンに尋ねた。
「膨らむとして行李で二三百両か。確かに多少多いな。これで部隊全部に行き渡らせたらなかなかの量になる。全軍に行き渡っているなら、抱える備弾も減るだろうが、今のところは手持ちは全て抱えるしかないか」
「一丁二万発は欲張り過ぎだろう」
首を傾げるようにキオール中佐が言った。
「前衛の火力を惜しむようなら散兵の意味は無い。小一時間で千発を撃つというなら、それだけは抱えさせるつもりで散兵に持たせてやるべきだろう。自身の弾薬を減らしてでも弾薬を抱えた援護を前衛散兵につけてやる必要がある。三人付けて四人で一個班を作ってやれば千発を抱えても行動に支障はあるまい。場合によっては千発を抱えた兵員とふたりで組ませても、騎馬でもいい。騎馬だと伏撃はしにくいし、損失した場合に動けなくなる可能性もあるが、まぁそういう配置もありだろう。その後躍進してきた中隊に各四個の散兵が補給を受ける。貴様の言っている散兵の分隊化とはそういうことだろう。そう考えれば中隊の行李には一万発程度は常時いるということだ。一千万発といっても戦役相当量と考えれば、単独行動も同然ならまぁ普通だろう。軍需品倉庫制度があるはずのご時世に少々時代がかった発想ではあるが。
それに火点散兵が見込み無し、という評になったのも、歩兵に大砲を引きずらせてブドウ弾を必要数準備させる、という現場を無視した発想があったからで、一人小一時間で千発の弾幕が張れるというならブドウ弾を二三十は撃ち散らせるということだ。見込みが無いわけではない。
とはいえ、全軍に配備されて補給が確実ということであれば、兵に千発も充当させればいいわけだからだいぶ楽だが、やはりアレだな。速射ができるというのも全く良し悪しだな。むしろこうなると一千万発を出立までに用立てていただけるかのほうが問題だと思っている。仮に日産十万発の試験が成立していたとして百日連続で達成できるものかのほうが俺には気がかりだ。そうでなくとも色々こちらからお願いしたいわけでもある」
マクマール中佐はマジンの顔を見やりながら言った。
「私が帰るまでにご納得いただいて商いとして契約をいただけるなら新型小銃弾の生産については問題にならないとお約束できます。が輸送の方はやはりなかなか難題ですね。デカートお引渡しでしたら先の既存小銃弾の件もそれほど難題ではないのですが、なにぶん準備の瀬踏みが充分でないところなので」
「いっそデカート近郊まで訓練がてら取りに来ていただいたらどうかしら」
リザが気軽な様子で提案した。
「まぁ、いざとなって、定数の見込みが立つならそういう手段もあるか。デカートまでとなると多少遠いが、直の受け渡しは珍しいことでもなし。輸送の件は少し考えることとしましょう。ただこうなるとゲリエ氏には本気でロータル鉄工なりを手に入れていただいたほうが良さそうですね」
マクマール中佐はそう言ってひとまずまとめた。
射耗し次第返却という条件について、書面で約束することは出来ないが名誉に代えて、と約束をした。
マジンには約束を違えられたとして、軍人の名誉をどうやってなにに変えればよいのか分かりはしなかったが、たかが四丁の試作銃と試し打ちの一万発でうまくゆくなら面倒も少ないとそこは良いことにした。
キオール中佐は新型小銃について「全く画期的な小銃だ」と簡単な言葉でまとめて絶賛した。
しばらく場の言葉が途切れるほどに簡単な言葉で中佐自身がしばし戸惑っていたが、ともかくよく当たるという一点でも兵隊にとっては十分で、更には速射性に優れ、数十発を撃って掃除がいらない、と云うのはこれまでの銃火器とは全く異なる性質を持っていることは明らかだった。
全ては反応性に優れ固体での残留物を残さない火薬の性質と、抑え紙を不要とし燃焼薬室を密閉する金属薬莢の効果であったが、さらには銃身に残留を残しにくい硬く滑らかな銃弾の組み合わせの効果でもあった。
「銃の性能はわかった。アレが一丁千タレルほどで百万丁、年間十万丁準備できるというなら、それはかなり効果的な戦力要素になるということは間違いない。あいにくこの場で即答する権限はないが、自身としては即断したい衝動には駆られる」
キオール中佐は簡潔に感想を述べた。
「で、注文いただけるとしていつごろになりそうですか」
マジンが尋ねたのに二人の佐官は顔を見合わせた。
「正直わからない。今年度の決算は既に終わっているので、これからの年次計画に組み込むとして順調であれば秋には計画採択がおこなわれる。当然案件はひとつではないので、その中で様々あって春には予算の運用が行われるので、そこまでの何処かとしか言えない」
キオール中佐は生真面目な顔で説明した。
「戦争が昨年夏から始まり、まだ春と言うにも厳しい時期に秋、更に次の春のお話ですか」
「そう云われるとなかなかつらいところがあるが、私人の財布ではないのでそこは理解いただきたいところだ」
苦笑するようにキオール中佐は言った。
「すると、後装銃弾の話はやはり同じように夏に改めて考えればよい話でしょうか」
「そちらは継続事業なので修正予算の提携発注契約の変更が効き、四半期で決着がつく。おそらく違約金請求等が発生するのに備えて予算減を求められるだろうが、現状を知る指揮官の数が一定にあれば、本来計画の予算の問題は来年に回されつつ、部隊要求備品としてとりあえず一年分の予算は承認されるはずだ。継続事業案件かつ問題の認知があるのでそういう意味では話は楽だ」
マジンの確認にキオール中佐は説明をした。
「先程も言いましたとおり、銃と銃弾をいただければこちらで調査して利用可能な銃弾を生産すること自体は可能です。値段は正直なところを言えば重量相応なので、大きい銃弾であればそれなりの値段というのはご理解いただければと思いますが。今回はそれよりは他所様の銃弾を勝手にお作りするという件が面倒を起こすかと思います。相手様との取りまとめは私の手には余るので、お任せしたいと思います」
「先ほどひどく安い価格を伺いましたが、やはり小さいほうが安いのですか」
ホライン少佐が尋ねた。
「加工自体は言ったとおり、仕掛けができてしまえば同じことなので、あまり少数ですと仕掛け代が価格に乗ります。が、銃弾程度ですと複雑と言ってもたかが知れていますし、億を目指す百万という単位数になれば、問題にならないかと」
「小銃ですとどの辺りが境ですか」
「万を超えないと一万タレルを越えることになります」
ホライン少佐の重ねての問にマジンが応えた。
「八千丁では」
およそここまでの間で部隊配備の構想について検討していただろう具体的な数字をホライン少佐は口にした。
「単純に考えれば一万三千四百タレルですが、そういうことであればこちらが一切設備拡張をしないという前提でいればもっとお安く出来ます。ただ、そうなった場合には追加の発注を頂いた際にもあまりお安くないままの金額で提供することになり、時間も相応にかかります。理由は部品を必要数だけ作った後、設備を別の用途に転用してしまうからです。
もし仮に十万規模の発注を数年にわたって発注ということでない場合、現状の試験用の生産設備で発注見込数を生産後、設備を廃止転換します。ですので仮に八千の発注で先がないということであれば八千と歩留まり見込み分だけ生産して八千の小銃を引き渡します。八千丁ですと概ね五千五百タレル。合計で四千四百万タレルというところでしょうか。その後、注文を新たに受けたとして、ひとつきから四半年は生産ができません。工作設備を機関車等の部品生産やその他の高価値製品の生産に転用してしまうからです」
「小銃は価値が低いということでしょうか」
マジンの説明に疑問を呈するようにホライン少佐は言った。
「はっきりいえば武器の類を高価に感じることは、戦争にとって利があるとは思えません。適度に安く可能なら壊れない種類のものが良いと思います」
「つまりあなたの小銃は戦争には向かないと」
それはおかしなことを聞いたという表情でホライン少佐が尋ね返した。
「ボクの銃は価格は高いですが既存の銃器よりは数段長持ちです。既存の銃器と同じように撃つ分にはおそらく三十年五十年もつことでしょう。また先ほどご覧のとおり、極めて高密度な火力を持ちます。ただそれを誰もが適切に運用できるかどうかはボクにはわかりかねます。場合によっては槍や弓のほうが効果的なところで、虚しく銃弾をばらまいてしまう判断もありえます。また、適切な銃弾がないなら火力を維持できません。そう考えた上で高いか安いかを判断していただきたいと思います」
「それはどういう――」
ホライン少佐が首を傾げるように問いただそうとしたところで、キオール中佐は手を上げて制した。
「ゲリエ氏は覚悟を問うてるんだよ。遊びでつきあうつもりはないということさ。
半端な備蓄弾量で交戦に入ればあっという間に戦力を失うのはさっきの勢いで弾を使っていれば間違いないだろう。
私はさっき、ふたりに千発づつ試射しろと命じたが、旧来の銃なら二日がかりでも撃ち切れるかわかったもんじゃない。が、あの小銃が正常に動作すれば不慣れなふたりが操作作業に手間取ったとしても小一時間とかからずに撃ち切る。兵一人が千発を半日かからず射耗できる激戦の戦場なんて、キミ、考えたことがあるかね。我々の常識からすれば一日の射耗は百五十発。悪夢のような要塞に立てこもったとしてせいぜい四百発だ。
もちろん戦えば兵は死ぬ。
だがあの小銃を渡された兵が死ぬのは敵の銃弾があたって死ぬよりも、弾が尽きてからということになるだろう。
そう考えれば、あの銃は今の我々の状況からすると諸刃の剣なのだよ。
仮に一万五千丁三千万発の銃と弾を手にしたとしてだね、歩兵全員に百パウンの銃弾を預ける訳にはいかない。一人三百発十五パウンというところだろう。残りの百二十七万五千パウン。一万二千七百五十ストン。行李で四五百両の銃弾、中隊で四両の銃弾だ。少々多めだがそれ自体はよくあることだ。しかし全力ではおそらく五六会戦しか出来ない。もちろん敵が確実に壊滅するならそれは結構だが、そうもゆくまい。勝ち続けるだけ戦い、その後は共和国のどこを探しても弾はなくなり、ゲリエ氏に泣きつくことになる。
我々には兵站計画を含めた戦技研究をおこなう時間が必要だ。だから、いま我が師団で独自にあの小銃を導入することは諦めたほうが良い。師団規模で扱うにはあの小銃は高価過ぎる。
ただ、もちろん共和国軍全体で見た場合には話が変わってくる。だから、貸与いただいた小銃をありがたく有効に使わせて頂く方法を検討する必要はある。
そして師団として本気でお願いする必要があるのは、現行の後装銃弾の大量増産の梃子入れだ。預かったまま倉庫で腐らせているアレをなんとか出来れば、戦列歩兵の射速と命中精度は上がり、今は訓練でさえ懲罰のような事故が起きている前衛散兵との連携が容易になる。今回の小銃は散兵の自由度を大いに上げる。散兵の天敵であるはずの騎兵が丸呑みにできるのだから、散兵の連中は大喜びだ。四丁しかないのは残念だが、それはこっちの都合だ」
キオール中佐は一気に説明すると断ち切るように黙った。
「すると、既存銃弾の改良研究と生産については本気で検討してよろしいのですか」
マジンが尋ねるのにキオール中佐は少しあたりを気にしだした。
「その件は、……お、来た。失礼。――おい、こっちだ」
中級士官向けの食堂は狭くもなく、人が少ないわけでもなかったが、声を張り上げたキオール中佐の声はよく通り、目的の人物にも辺りにも注目を惹きつけた。
「や、すまん。かなり急いできたんだが、やはり間に合わなかった。射場も寄ってみたが既に引き上げる準備をしていたよ」
遅参を詫びるようにやってきた青年の爽やかさを感じさせる士官は従兵に外套を預けると席についた。
「彼はマクマール中佐。キンカイザで再編中のヨーセン将軍の兵站参謀だ。今回の話では我々のような予算上戦力満了した部隊よりも修正の利く部隊の方が短期的な話ができると思って呼んだ。
こちらがデカートからお越しのゲリエ氏。隣のゴルデベルグ大尉の拳銃や機関車の製作者で戦争を受け新型小銃の大量導入の計画を提案なさりに軍都にいらっしゃった。ゴルデベルグ大尉の戦況査問会での報告は目を通したか」
「みた。というか、あちこちで見せられた。時々で感想は違ったが、三万の後備と敗残戦力で五万から七万の侵攻軍の遅滞を継続するとすれば、地の利を活かした敵にまさる優速による機動防御と適切な待ち伏せを支える積極果敢な偵察行動以外にはないとウチの連中は言っている。騎兵共は大絶賛して悔しがっていたよ。連絡参謀には味方の位置や概況はわかるが、敵の位置まではわからんからな。予備の機能していない戦いでは難しい。馬寄に止まっている屋根付きの割に背の低い長いクワガタのメスみたいな車が機関車なんだろう」
キオール中佐の紹介とそれに続く言葉にマクマール中佐は頷き一気に応え尋ねた。
「そうだが、ゴルデベルグ大尉の使ったものとは少し用途が違う旅客用だそうだ」
「なるほど。妙に作りの良い内装と荷物が載せられそうな屋根だった」
そう言うとマクマール中佐は椅子から立ち上がって身を乗り出すように手を差し伸べた。
「――はじめまして。ウィンスキー・マクマールといいます。よろしく」
「はじめまして。ゲリエ・マキシマジンです。よろしくお願いします」
マジンが慌てて立ち上がり握手をかわすと、マクマールは人好きする笑顔で微笑んだ。
「ところで、我々は食事を始めたところなんだが。マクマール、キミは食事は」
「あ。じゃ。頼むか」
そう言ってマクマールが従兵を呼んで注文をした。
「――ところで結局間に合わなかったんだが、試射した銃の報告は後で回してもらうとして、感想は聞けるんだろうか」
マクマール中佐は従兵から受け取った水鉢と蒸しタオルで手と顔を拭い、あちこちの土埃を払っていた。どうやら野外にいた様子の汚れ方で無理を圧してここまで足を向けた様子が伺える。
「一言で言えば、すごすぎて我々の師団で独自に手に入れるのは、却って危険だろうという結論に至っている」
「すごい、の意味がわからないな。具体的に頼めるか」
マクマール中佐はキオール中佐の曖昧な言葉に興味を惹かれたように尋ねた。
「速射性能が極めて高く、短時間に銃弾を大量消費できる。キミはここに来る前に射場で撤収の準備をしていたといったな」
「ああ。なんか大きな長櫃を二つ運んでた。君ンとこの大きな美人は平気そうだったが、あのなんとか言った腕自慢は苦労してるみたいだったな」
キオール中佐の言葉の意味に考えを巡らせるようにしながらマクマール中佐は応えた。
「実は私は立ち会った試射ののちにふたりにそれぞれ千発づつの完熟射撃を命じた。片付けをしているということはふたりで二千発打ち終わった後だろう。こう言えば、おそらく君には小銃がすごいの意味も危険の意味もわかると思う」
マクマール中佐はマジンとその脇のリザに目を向けキオール中佐に目を戻した。
「時間は予定通りだったのか」
「機関車で移動したから多少早かったかもしれないが、射場で修正手続きを必要とせず、文句を言われない程度には予定通りだ」
ふう、と溜息をつくようにマクマール中佐はした。
「弾薬の値段は」
「大量に継続的に導入する限り、かなり安く提案していただいた」
「具体的には」
「十万発で二万タレル」
「安いなぁ。最低数は」
「百万発を希望といっておられるが、年産で億を目に据えた中での数だ」
「年産一億か。戦争を睨めばそれは頼もしい。だが、そういうことなら、弾が回ってこないことが玉に瑕のあっちの銃の弾もお願いしたいな」
ふっとキオール中佐は鼻で笑った。
「――なんだ」
マクマール中佐は咎めるように言った。
「そう言うと思ったよ」
「当然だろう。銃だけ配られて銃弾がないんじゃ話にならない。アレなら槍のほうが安い分だけ面倒が少ない。このままじゃ反攻作戦の参加どころじゃないとヨーセン将軍も怒っているよ。保管品や廃棄しかけた古い銃を型で揃えて集めているところだ」
マクマール中佐は思い出したかのように面倒そうな顔をする。
「そこで提案だ。ヨーセン将軍に現有の後装銃の弾薬の大量増産の手段がこちらのゲリエ氏にあることを伝えてもらえないだろうか。そして我々が軍都を離れたあと、弾薬の補充を受け、余剰分を我が師団に届けてもらえないだろうか」
「そんなことが可能なのか。や、人が作るものだから真似ができないとは言わないが、作った元で苦労しているんだろう。それに職人の仁義の問題もあるだろう」
キオール中佐の言葉に判断に困った顔でマクマール中佐が常識論を述べた。
「ま、そうなんだが、三ヶ月あれば体制を作ってくれると言っている。そんな悠長なことを我々は待っていられないが、キミのところの再編成ならどうだ」
マクマール中佐の疑念を押し切るようにキオール中佐は重ねて尋ねた。
「うちの連中が君ンとこの横に並んで邪魔にならないくらいまで鍛えるとして秋ごろか。しかしそれでもデカートからここまで出てくるだけで荷駄ならひとつきはかかるだろう。そこまでにいくらできるっていうんだ」
疑わしげにマクマール中佐は尋ねたが興味はある様子だった。
「新型銃弾は日産十万を試験的に達成したとゲリエ氏は言っている」
キオール中佐の言葉にマクマール中佐は面白い冗談を聞いたと言わんばかりに鼻で笑った。
「日産十万だと。バカバカしい。……と言いたいが、年産一億を目指して、半日かからずに千発の銃弾をバラ撒くような銃を作るなら、そのくらいの手当はするか。それで、どうすればいい。必要な物は何だ。俺にこの話をするからにはなんかやってほしいことがあるんだろう」
一旦は鼻で笑ったものの、気分を切り替えるようにマクマール中佐はマジンを眺め、視線をキオール中佐に戻し表情を引き締めた。
「ゲリエ氏が求めているものは単純だ。我々や君たちが投げ捨てるべきか悩んでいる小銃を三丁と銃弾五十発を試験用の見本として提供すること。生産にあたって民間で問題にならないように権利問題を明確にすること。納品契約にあたって予算を確実に成立させること。ただし、現状彼はデカートまでしか物販の実績を持っていないので引き渡しがデカートまでしか計算出来ない」
「最後のは、重大問題じゃないか」
「まぁ、そうだ」
あっさり認めたキオール中佐の言葉に、ふんと、マクマール中佐が鼻で笑った。
「これから半年で六百万発が手に入れば、たしかにそこそこの戦力にはなるが、それだけでは足りないだろう。デカートから六千ストンをどう運ぶんだ。見かけた機関車が報告のそれと同じくらい早いだろうというのはわかるが、それでも五十ストン詰めるようにはあまり見えない。仮に六十ストン詰めるとしても百往復だ。その、ゲリエ氏のところではあの機関車を何十両持っているんだ」
「あの型のは他に二両あります。が、荷駄用に一グレノル半を詰める貨車が実用で一両、他に組んでいないもので六両分の部品があります」
「一グレノル半。すごいな。で、その組んでいない部品というのはすぐ組めるものなのかね」
桁を確かめるように言ってからマクマール中佐は尋ね返した。
「ま、二日三日あれば全て組んでしまえるようなものです」
「言い様を丸呑みにすれば、六両だか八両だかで隊を組めば六七往復か」
マクマール中佐は大雑把に確認するように言った。
「道の様子がわかれば将来は一両五グレノルあたりまで拡大するつもりもあります。なにぶん軍都まで足を運んだことがなかったもので、川の渡しの様子などで恐々としていた部分もありますが、主要な街道は馬車が並んで走れるような橋がかかっていたので、軍都までは心配がなさそうです。それでも簡単ごととは言い難いですね。少し考えます」
情報を提供するマジンにマクマール中佐は軽く表情をゆるめたが、少し考え険しくなる。
「しかし、それでも足りないな。六百万が一千万でも……。あ、いや。ゲリエ氏のご提案が気に入らないと言っているわけではないのです。そもそも、ご提案の最初の話では新型小銃の大量導入の計画というのは聞いていたので、今この小銃弾の話が余計なことだというのはわかっているんですがね」
「もし軍なり師団なりで製造元の梃子入れをということであれば、技術提供をすることで権利問題の倍賞とさせていただけるならどうでしょう。私もとくに他所様の銃の銃弾を好んで作ろうと云うわけではないので、本来の製造元が十分に機能できれば手を引くつもりでもありますし」
マジンは軽々と言った。
「そんなこと……。よろしいのですか」
マクマール中佐は一旦言葉を取り消すようにしてマジンに改めた。
「そう言ってくださるなら渡りに船ではある。もちろん、相手のある話だからこの場では決められないが」
キオール中佐も慎重だが乗り気であることを示す。
「仮にですが、手を打つとして経費は私と軍なり師団なりとで折半という事でよろしいですか。それともどこだか存じませんが、私が勝手に株式と債券を抑えてしまうという方法もあるわけでしょうが」
マジンが方法を色々と想像しながら言った。
「全く他人事な無責任さで恐縮だが、後者の方法が許されるならそうしていただきたい。デカートを生産の拠点とするよりはより軍都に近い町を拠点にしていただいたほうが心強い、というのが正直なところではありますな」
キオール中佐が口元を軽く歪めながら感想を述べた。
「しかしどういう方法でも梃子入れいただくとしてどの程度かかるものだろう」
マクマール中佐は疑問の答えを求めるように視線を泳がせる。
「正直、相手がわからないとなんとも。ただ生産に行き詰まり投資を焦っている脆い相手なら債権も株式も出まわっておりましょうし、経営権を獲得するような事態になってもひとつきほどではないかと。個人的には全く単純に生産力向上と輸送経費圧縮までが目的で利益や経営体制そのものは関心がないのですが、相手先の状況によってはそういう方が面倒が少ないかもしれません。或いはそうしてから下請契約を結ぶとかもありえます。軍の監査なり契約条項なり次第ですが」
「軍がどういった契約を結ぶとしても、新たに契約を起こすよりは、既存の取引先が勝手にゲリエ氏と生産下請け契約する形のほうが面倒は少ないな」
マクマール中佐は納得したように言った。
「ロータル鉄工だったな。アミザムだったか」
キオール中佐は確認するように言った。
「近いな。都合がいい。デカートからは多少遠くなるのか」
「とはいえ、ゲリエ氏が機関車を前提にしているなら問題にならない距離だろう」
「まぁそうか。すると、あとはロータル鉄工の後ろで軍の将官連中が糸を引いていなければ問題は起きないか」
マクマール中佐が次の問題を示すように尋ねた。
「まぁ導入からこの体たらくで次の話が出ていないことを考えれば、誰かが糸を引いていないわけもない。が、とはいえ戦争が起きて補給の根幹で問題が起きていることを無視出来もしないだろうし、民間で勝手に事態が進んでいることに乗り込めるほど大胆でもないだろうとは思う。が、用心は必要か。おそらくは株の値の動き方で誰がその当事者であるかははっきりするだろう」
キオール中佐は可能性を示すように応じた。
「憲兵隊に誰か知り合いがいるか」
「ユーノス少佐くらいか」
「俺も彼くらいしか呑みには誘えない。もうひとつ上の人物がいいな」
「あの、マイズ大佐はいかがでしょうか。ヨーセン将軍とは同郷と仄聞しておりますが」
おずおずと上官の話に割り込むように、ホライン少佐は提案した。
「ふむ。マイズ大佐か。確かに睨みの利く役職だし、アミザムなら多分彼も興味のある土地だ」
マクマール中佐が答を得たように言った。
「そうなのか」
「や、前に彼はウチの師団が立ち上がるに際してちょっとした疑獄事件でキンカイザまで出てきてね。結局役にはたてず気の毒をしたんだが、アミザムならキンカイザまでの途中だからね。事件の内容もどういう経緯だったかも私も詳しい話はわからないんだが、まぁともかく、話をしてみれば興味をもつかもしれない」
「面倒にならんかね」
マクマール中佐の説明にキオール中佐は心配そうに尋ねた。
「疑獄の事実があってもなくても軍の内部ではそりゃ面倒は起きるだろうが、ロータル鉄工の買収だけに限って言えば、面倒は減るんじゃないかな」
気軽そうにマクマール中佐が言った。
「仮に経営陣逮捕という事態になると厄介なのですが」
「疑獄が事実としてその辺は、まぁ、憲兵隊が上手く手を抜いてくれることを期待するしかない」
マジンの心配にマクマール中佐は楽観的に応えた。
「既存の小銃弾の問題は当面の課題はロータル鉄工の梃子入れをどうするかという話で決着が出来そうかな」
「まぁそうですね。今のお話ですとロータル鉄工が私を快く頼ってくだされば既存の銃弾の話については面倒が大きく減りそうです」
「ところでゲリエ氏の今後近々の予定はまだ伺っていなかった」
マジンの言葉にキオール中佐が思い出したように言った。
「とりあえず、ゴルデベルグ大尉の話してくれた心づもりではワージン将軍にお目にかかる予定でした。他に娘達の軍学校への入校の試験と準備とがありますが、まぁそちらは家令を連れて来ているので最悪わたしはいなくともなんとかなります。その後、我が家にというつもりですが、立ち寄るところがひとつふたつあるので、いま話の出ているロータル鉄工の様子も見て帰るつもりでいます」
「お嬢さんが軍学校に入校ですか。そちらは是非にも立ち会ったほうがよろしいでしょう」
マクマール中佐が厚く奨めるように言った。
「ご家族の用件は今はまだ先の見えない取引よりも大事にした方がいいと私も思う。ワージン将軍との面会の件は私が責任をもって調整しよう。ゴルデベルグ大尉はまだ無任所で軍令部予備猟兵課で待機任務かね」
キオール中佐も同意した。
「そうです。今は郵便課で郵便物の大本営内の配達管理が主な業務です」
リザの返事にキオール中佐が頷いた。
「では、今後もゲリエ氏との連絡役をお願いしたい。月内は転属辞令は下らないように手配しておく。――ゲリエ氏の月内のご予定はどうなっているだろうか」
「今のところ月内はこちらにいる予定です。流石にそれ以上は。工房の試験の様子も確認する必要がありますし、仮にロータル鉄工の件などがということであれば、資材や資金の手配も必要になります」
マジンの言葉にキオール中佐は黙って頷いた。
「私の方でもヨーセン将軍との面会の機会を設けたい。よろしいだろうか」
マクマール中佐がマジンに申し出た。
「小銃は既に手元にありませんがよろしいですか」
「ま、そっちは報告書を期待することになる。が、小銃弾増産の梃子入れの件で企業買収の話まで出てきたともなると私一人の胸のうちに閉まっておくには少々大きすぎるのでね。将軍にもある程度心づもりをしていただかないと、面倒が起きたときに色々取り返しがつかなくなる」
マクマール中佐の説明にマジンは頷く。
「そういえば、マクマール。新型小銃の量産前の試験品の予価として八千丁生産の場合、一丁五千五百タレルということだった。うちの出立には間に合うことを期待してはいないが、そちらでいくらか手に入れるというのは多分ありだと思うぞ」
軽い様子でキオール中佐が言った。
「五千五百タレルとは安くないな。だがお前がそういうってことはそれなりの価値はあるということだな」
「百丁あれば前衛がかなり楽になる。千丁以上は兵站というか輜重が問題になるだろうがね」
既に新型小銃を前提にした状況の考察を進めていたらしいキオール中佐が確信をもって言った。
「だが、最低の弾薬数は百万とか言ってなかったか。一万発はもつのか」
「わからんが、千発はあっという間に消費したところを見ると、それくらいの積もりで期待はしている」
「まぁそうだろうが」
判断つきかねるように、マクマール中佐は曖昧に言った。
「実射試験では無点検連続十万発を達成しています。泥に埋め騎馬に踏ませるなどの汚損試験も独自に進めていますが、そちらはむしろ現場でお確かめいただかないとこちらとは状況が異なるとは思います」
「十万。なんか、さっきからべつの世界の話を聞いている気分だ」
あっさりといったマジンの言葉の数字を聞き違えではないことを確かめるようにマクマール中佐は言った。
「まぁそう云うな。試射をみた私は銃列に並ぶ立場じゃなくてよかったとしみじみ感じている」
肩をすくめる様にキオール中佐が言った。
「すると、ワージン将軍の言うように中隊規模の方陣と散兵の組み合わせが今後の戦列の基本になるのか」
「おそらく散兵の重要性がまして散兵が単独ではなく分隊規模になり、戦列の意味が怪しくなるのだろうと考えているが、まぁ、そういうことだろう」
「すると、新型小銃を入れるとして百ではなく四百か余裕を見て五百というところか。火力優勢歩兵論の火点散兵と相互援護躍進という概念に従えば中隊に五組かそこら必要だってことなんだろう。アレはまぁ砲兵の負け惜しみ的な怪しいところもある論だったけれど、この際、参考にしてみてもいいかもしれない」
気が変わり思いついたようにマクマール中佐が言った。
「本気か」
「まぁ、最終的に決断をするのは私ではなくヨーセン将軍だし、カネを出すのは私ではなく軍か或いはヨーセン将軍だ。提案まではして見る価値がある。参謀は無責任かつ有意義な提案をするところに本分があり、それを拒否するも採択するも指揮官の責任と権利だ」
「それはそうだ」
「貴様の見たところ、その価値はあるのだろう。キオール」
「銃弾の尽きない限りは、小銃が正確に機能する限りは」
「仮に五百丁なら、余裕をみるとすると一千万発というところか。一千万発ですと重量はどの程度ですか」
「ざっとでよろしければ五千万タレル。五千ストンと云ったところですか」
マクマール中佐はマジンに尋ねた。
「膨らむとして行李で二三百両か。確かに多少多いな。これで部隊全部に行き渡らせたらなかなかの量になる。全軍に行き渡っているなら、抱える備弾も減るだろうが、今のところは手持ちは全て抱えるしかないか」
「一丁二万発は欲張り過ぎだろう」
首を傾げるようにキオール中佐が言った。
「前衛の火力を惜しむようなら散兵の意味は無い。小一時間で千発を撃つというなら、それだけは抱えさせるつもりで散兵に持たせてやるべきだろう。自身の弾薬を減らしてでも弾薬を抱えた援護を前衛散兵につけてやる必要がある。三人付けて四人で一個班を作ってやれば千発を抱えても行動に支障はあるまい。場合によっては千発を抱えた兵員とふたりで組ませても、騎馬でもいい。騎馬だと伏撃はしにくいし、損失した場合に動けなくなる可能性もあるが、まぁそういう配置もありだろう。その後躍進してきた中隊に各四個の散兵が補給を受ける。貴様の言っている散兵の分隊化とはそういうことだろう。そう考えれば中隊の行李には一万発程度は常時いるということだ。一千万発といっても戦役相当量と考えれば、単独行動も同然ならまぁ普通だろう。軍需品倉庫制度があるはずのご時世に少々時代がかった発想ではあるが。
それに火点散兵が見込み無し、という評になったのも、歩兵に大砲を引きずらせてブドウ弾を必要数準備させる、という現場を無視した発想があったからで、一人小一時間で千発の弾幕が張れるというならブドウ弾を二三十は撃ち散らせるということだ。見込みが無いわけではない。
とはいえ、全軍に配備されて補給が確実ということであれば、兵に千発も充当させればいいわけだからだいぶ楽だが、やはりアレだな。速射ができるというのも全く良し悪しだな。むしろこうなると一千万発を出立までに用立てていただけるかのほうが問題だと思っている。仮に日産十万発の試験が成立していたとして百日連続で達成できるものかのほうが俺には気がかりだ。そうでなくとも色々こちらからお願いしたいわけでもある」
マクマール中佐はマジンの顔を見やりながら言った。
「私が帰るまでにご納得いただいて商いとして契約をいただけるなら新型小銃弾の生産については問題にならないとお約束できます。が輸送の方はやはりなかなか難題ですね。デカートお引渡しでしたら先の既存小銃弾の件もそれほど難題ではないのですが、なにぶん準備の瀬踏みが充分でないところなので」
「いっそデカート近郊まで訓練がてら取りに来ていただいたらどうかしら」
リザが気軽な様子で提案した。
「まぁ、いざとなって、定数の見込みが立つならそういう手段もあるか。デカートまでとなると多少遠いが、直の受け渡しは珍しいことでもなし。輸送の件は少し考えることとしましょう。ただこうなるとゲリエ氏には本気でロータル鉄工なりを手に入れていただいたほうが良さそうですね」
マクマール中佐はそう言ってひとまずまとめた。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる