石炭と水晶

小稲荷一照

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開戦

試射場

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 四十発入りの弾倉を二十五回詰めるという作業は握力が意外と必要になる。途中で工具の中に爪のついた棒を発見して、しばらく考えていた末に弾倉のバネを固定することに使えることを発見したマイヤールは得意げだったが、教えてやろうと思ったレゴットが既に使っていたことにちょっとがっかりしてしまった。
「なにか」
 その視線に気がついたレゴットがマイヤールに尋ねた。
「いや。いい銃だと思ってな。あの男は気取り屋だけどさ」
「ジェール。あんたも相当に気取り屋だと思うよ。さっきのアレはないわ。お客の前じゃなけりゃ、ビンタひとつじゃ済まないわよ。あんまりあんたがバカで呆れられたから、叩かれさえしなかったじゃない。巻き添えで昼食抜きとかありえないわ」
 同期入隊ふたりきりになって気安くなったのか、呆れたようにレゴットがマイヤールに言った。
「や。モーラ、そりゃ悪かったのかもだが。冗談じゃなくて、この銃は騎兵を殺すよ。目の前のだけじゃなく帝国からも共和国からも」
「歩兵も殺すわ。槍衾とか銃剣突撃なんてやろうものなら綺麗サッパリ一撃よ」
「そうだけどさ。そういう意味だけじゃなくて、こんなのがあって、味方の側面とか援護してたら心強いよな。相手も戦争しようなんて思わないんじゃないかな」
 先任の意識がそうさせるのか、ひどく付き合いよくレゴットはマイヤールに付き合いそれにじゃれつくようにマイヤールが続けた。
「言いたいことはわかるけど、戦争はよりひどくなるわ。こんなのが敵にあるって思ったら、森なんて怖くて近づけないから焼き払うしかない。家なんてあったら怖くてしょうがないから潰すしかない。井戸なんてあったら怖くて近づけないから埋めるしかない。そういう臆病者しか生きられない戦争になる。そしてバカみたいなでかい戦争ともっと気軽な小さな戦争が起こるようになる」
「どういうことさ」
「言ったとおりよ。見かけたものをツンツルテンにするまで怖くて進撃できない連中が戦争をするようになるのよ。さもなきゃ、後先どうでもいいようなちっぽけなダニみたいな連中がね。リザ大尉はこの銃で共和国軍をまず脅しつけるために百万丁の小銃導入が実現可能であることをあちこちに訴えるつもりだけど、そのあと、それが大砲と砲弾や爆弾になっても私は驚かないわ」
「それで戦争に勝つならいいじゃないか」
「戦争が一回で終わるとは限らないわ。戦争の相手だって帝国だけじゃない。それに戦争が終わっていつもの調子で兵隊が土産代わりに持って帰ってきた銃を集めた小賢しいバカが王様を気取ってそれを鎮圧するためにまるごと町が焼かれるのよ。もう間違いなく起こるわ。ジェール。見なさいな。あの人もそう思っているらしくて、銃に名前が書いてある」
「そりゃ工場の刻印だろ」
「ばかねぇ。この小銃には数字が刻んであるでしょ。この銃の名前だよ。多分控えがある」
「それがあるとどうなるんだ」
「名前だけあってもどうもならないわよ。ただどこの誰がやったかというのが分かりやすくなるだけ。でも。どこの聯隊が持っていたかとか誰が管理していたかとかそういう証拠が溜まってくると、どこの聯隊の武器の扱いが悪いとか、どういう経路で横流しが起こっているとかそういうのが見えてくることもある」
 レゴットの言葉にマイヤールは驚いたような顔をする。
「どうやってそんなこと思いつくんだ」
「あんたも少尉なんて立場にいるんだから、自分の部下連中がどんな悪さしているかくらいきちんと把握しときなさいよ」
 そう言うと話はおしまいというようにレゴットは弾倉を四つ束ねて握りこむように立ち上がり、射撃を始めた。
 長さの違う銃声を四回鳴らして放り出した弾倉をレゴットは拾う。
 また弾を込める。
「今ので百二十発かよ。たまねぇなぁ、この銃。たった千発じゃ二会戦も全力でやったら終わっちまうってことかよ」
「この弾倉って考え方は気に入ったわ。要は拳銃のシリンダーみたいな感じね。二種類あるのは多分伏せることを考えたときに長いと邪魔になると思ったからね」
「したら、四十なんて半端なこと言わないで、いっそこの千発入りの箱みたいなの背負っちまえばいいんじゃないか」
「重たくて普通は使えないけど、そういうのがほしいって言ったら作るんじゃないかしら。もうあるかもよ」
「マジかよ。すげぇ。そんな特注みたいな武器ができるんかね」
「わからないけど、銃剣填められそうな刻みがあったりする割に足が二本生えてたりして多分これは伏せて撃つときに使えってことなんだろうね。使い方については色々考えているけど、どう使うべきか、なにが使わない機能なのかよくわかってないんじゃないかしら。連射もあっという間に百二十発とか撃っちゃってまぁそれはそれでありだけど、そういう尻に火をつけるような戦い方を実際にやるかどうかはわからないわね」
 弾の無駄遣いを疑うようにレゴットは言ったのに、マイヤールは不満そうな顔をした。
「でも、一人二人で十人くらい相手にするときはいちいち引き金引いているほど冷静じゃないと思うぜ。夜襲とか偵察とかやってると結構あるんだ。思わぬところでばったりって」
「じゃぁそう報告しなさいよ。あんたそういうのを中佐に期待されてるのよ。いい加減あまえんな。新品少尉じゃないんだから」
 マイヤールは野戦昇進の小隊長配置の後で部隊推薦で軍学校に進み、正規任官で少尉になった謂わば叩き上げからのエリートだった。
 レゴットにどやすように云われてマイヤールが立ち上がって撃つ。別の銃の箱から四個の弾倉を取り出し、長短八回の銃声を響かせる。
「モーラ。何発撃ったさ」
「ん。これで六百かな。あんたは」
「七百二十」
「それがなにか」
「あぁ~。掃除したかなと思って」
「いや全然。引っかかるまでは掃除しないで引っかかったら見てやろうと思ってるんだけど、全然引っかからない」
「だよなぁ。なんかこう云うの変な話なんだが、普段持ってる銃は百発も掃除しないで撃ってたら怒ってこっちに火の粉吹くだろうになぁ」
「百どころか三十も怪しいわ。掃除もしないでこんな間隔で打ってたら玉薬入れた瞬間にドカンと吹き上がるわよ」
「いたなぁ。そういうの」
「ま、作りがはっきり違うってのはわかったわ。後装銃を使っている連中にも聞いてみたいところだわね」
「アレも三十はいけるかもだけど百は無理だね。こんな勢いで撃ってたら弾がちぎれる」
「ああ、あんたか。弾が詰まった挙句に槊杖詰めやがったのは」
「いや。だってよ。連射が利くって話だったからさ、調子に乗ってガンガン撃ってたら妙な音がして弾が出なくてさ。流石にそのまま打つのはやばそうだったから、色々やってたら、ささっちまってさ」
「あんたほんとにバカネコだね」
「反省して懺悔してんだからそういう言い方はないだろ」
「反省も懺悔もしてねぇだろうが。悪さを得意気に言ってるからバカネコだって言ってんだよ」
 そう言いながら立ち上がり、レゴットは百二十発を一息に撃つ。
 マイヤールは二百四十発を長い腕に抱くようにして抱えて隣の新品の標的に向かい、脇にある伝声管で標的を撃つことを伝えた。
 マイヤールは最初単射で、続いて散射で残りの弾数を数えるように中心に集めてゆく。
 そうやって射撃姿勢と銃の挙動を確認しながら長い弾倉に付け替え、連射に切り替えると中心部に綺麗な穴ができた。弾倉を切り替えもう一連射。
「いい銃だなぁ。ほしいなぁ。あぁ~。あと四十発かぁ」
 名残惜しそうに銃弾を詰めてゆくマイヤールを横目にレゴットは立ち上がって的に向かう。
 既に枠しか残っていないように見える標的に向かって弾を捨てるようにバラ撒くレゴットを羨ましげに眺めるマイヤール。
「あと二百八十かぁ。百二十分けてくれると、ちょうど百六十ずつになるんだけどなぁ。協力さしてくれないかなぁ」
そう言いながら三本の空の弾倉を押し出すようにマイヤールは押し出す。
「クソネコが。わかったからこっち来て弾込めんの手伝いな」
「さすが、姉御。話せるなぁ」
 マイヤールはレゴットの言葉に嬉しそうに寄ってゆき弾倉に弾丸を詰め始める。
 手際よく弾を詰めてゆくと調子よく言うと元気よく立ち上がりマイヤールは立ち上がり、弾丸を撃ちぬいた穴にめがけて流しこむように連射をした。
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