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デカート
春風荘 共和国協定千四百三十六年新春
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年が明けて、五人の子供たちが学志館の入学試験に受験することになった。
子供たちは白波を蹴立てて突き進むプリマベラの疾走に驚き、川船としては大きな舟を飲み込む、更に大きな船宿に驚いていた。
ヴェロチペードを改良して車輪からペダルを切り離し、チェーン・スプロケットを動力伝達に使った足踏みの二輪車はよく踏まれて固められなめらかな道では文字通り箍が転がるように軽く走れる乗り物で、デカート郊外学舎の近辺では子供たちの足として機関車よりもよほど手軽で危なくなさそうだった。
ちょっとした籠やかばんを付けてやれば、日常の買い物や用件には充分だったし、馬や機関車のように道塞ぎを心配しないでいきなり店の前に乗り付けても許される大きさだった。
そんな風にして五人の子供たちは春風荘と名のついた船宿での生活をしながら受験の結果を待った。
ソラとユエとグルコは三年生からロゼッタとアミラは六年生からの編入になった。
最低五年は初等部課程を進むことが原則になっているということでロゼッタとアミラは規則の壁の微妙な足踏みに捕まったことになるが、年度末に飛び級試験を受けられるということで、必ずしも五年かかるわけではない。
同年代というか同年令の子供たちと一緒になると楽しみに思っていたソラとユエは少し首をひねったようだった。
学志館の学生課に春風荘を学生寮として登録するとしばらくして受験日までの間にパラパラと希望があり、受験日には受験生で一時埋まり、その後多少減り、合格発表で埋まりということがさざなみのように起こって十四の二人部屋はすべて埋まった。入寮した学生たちにとってはたまに水路にいる大きな舟が興味の対象であったが、あるときソラが、ウチの舟、と明かしたことからちょっとした騒ぎになった。
大きな舟をひとりで扱うミソニアンは入寮している学生たちの話題の人に一躍なりおおせた。
一方で三人組でいることが多いモイヤーとガーティルーにくらべて綺麗な揃いでいるミリズは船長、とあだ名されていた。
「これが、朝晩鏡見ろ、って言いつけをしぶしぶ一年云うこときいてた効果よ」
いかにも作った笑顔でミリズは得意気に同僚のふたりに言う。
モイヤーとガーティルーも冷えた体を風呂で温めるのが嫌いな訳はなく、なんだかんだと陸にいる間は風呂にはいる機会も増えていたが、舟に乗っている経緯を思えば屈託なくいられるはずもなかった。
しかしそうは云っても町中で首に紐を付けられているわけではなく、逃げたければ逃げられないわけではなかったから、どういうつもりで自分たちが舟に乗っているかは年が明ける頃には彼ら自身にもよくわからなくなっていた。
春風荘はマイラとロークが管理人として掃除や炊き出しをしていた。朝晩の食事はローゼンヘン館のそれと大差なく、食事付きの下宿としては贅沢な部類だった。学生の中には自分の家族に食べさせたら泣いて喜ぶとまで言うものもいたので、世間標準からすると値段はともかく贅沢の部類だったのだろう。風呂と灯りが寮費にこまれていてタダというのは世間の常識からすると望外のことであるのは間違いなく、デカートで一番最初に電灯の灯りに触れたのは春風荘の学生たちであった。
ソラとユエにとっては燭台とかランタンというものは野営のときの道具であって、家の中でいちいち火を灯す必要を感じていなかった。偶に蝋燭の火でやけどをしたり前髪を焦がしたという同級生などがいると、ひどく気の毒な様に思うことだが、アタリマエのことでもあった。
食事のことや灯りや風呂について、寮生たちとの生活をするうちにローゼンヘン館がヴィンゼと違うのではなく、デカートとも違い、おそらく共和国一般と全く違うのだという想像に至った。
ふたりにとって、ローゼンヘン館という土地はほぼ唯一絶対の世界の拠点であったし、アルジェンやアウルムと違って旅の記憶というものもなかった。
狼虎庵で姉たちと働いていたときも不思議な感じはしたが、そのときは厠が怖いだの風呂桶が深くて台がないと入れないだのという、もうちょっと違う意味での苦労や違和感であって、いつの間にか父の周りに用人が増えてくるとそれはそれで解決してしまっていた。
寮生たちとの生活はそういうのとは少し違う、何かもっと深いところにある違和感じみたものを感じていた。二人は父親から厄介払いされたのではないかという疑いを密かに抱いていて、その疑いを晴らし切ることはできなかったものの、純粋になにかを学ばせたかったのではないかということにも思い至った。
入学式は比較的簡素だった。
ソラとユエは奇妙に注目されていることに気がついたが、考えてみれば彼女たちの同級生は多くはすでに二年前からこの学舎に通っている者たちばかりで、それなりに慣れたり関係があったりという人々ばかりであるはずだった。
学志館は中途入学者は多く年齢の幅もそれなりにあったけれど、それでも下の方の学年の多くはデカート周辺の子弟や縁者でそういう意味でも友人が少ないふたりに注目が集まるのは仕方ないと言えた。
そういう意味でソラとユエにとってはグルコの存在はなかなかに頼もしいものであった。
世慣れているようで同年代の子供との接し方の分からないソラとユエに比べて、町場で育ったと云えるグルコはそれなりに子供としての付き合いもあった。いきなり母親の都合で引き剥がされたものの再びこうして別の場に戻ったりと、それなりに苦労も多い彼は友達を作る才に長けていた。
単に大人たちの思惑と成り行きに寄って学舎に放り込まれた彼らはそれなりに有意義な日々を過ごすことになる。
子供たちは白波を蹴立てて突き進むプリマベラの疾走に驚き、川船としては大きな舟を飲み込む、更に大きな船宿に驚いていた。
ヴェロチペードを改良して車輪からペダルを切り離し、チェーン・スプロケットを動力伝達に使った足踏みの二輪車はよく踏まれて固められなめらかな道では文字通り箍が転がるように軽く走れる乗り物で、デカート郊外学舎の近辺では子供たちの足として機関車よりもよほど手軽で危なくなさそうだった。
ちょっとした籠やかばんを付けてやれば、日常の買い物や用件には充分だったし、馬や機関車のように道塞ぎを心配しないでいきなり店の前に乗り付けても許される大きさだった。
そんな風にして五人の子供たちは春風荘と名のついた船宿での生活をしながら受験の結果を待った。
ソラとユエとグルコは三年生からロゼッタとアミラは六年生からの編入になった。
最低五年は初等部課程を進むことが原則になっているということでロゼッタとアミラは規則の壁の微妙な足踏みに捕まったことになるが、年度末に飛び級試験を受けられるということで、必ずしも五年かかるわけではない。
同年代というか同年令の子供たちと一緒になると楽しみに思っていたソラとユエは少し首をひねったようだった。
学志館の学生課に春風荘を学生寮として登録するとしばらくして受験日までの間にパラパラと希望があり、受験日には受験生で一時埋まり、その後多少減り、合格発表で埋まりということがさざなみのように起こって十四の二人部屋はすべて埋まった。入寮した学生たちにとってはたまに水路にいる大きな舟が興味の対象であったが、あるときソラが、ウチの舟、と明かしたことからちょっとした騒ぎになった。
大きな舟をひとりで扱うミソニアンは入寮している学生たちの話題の人に一躍なりおおせた。
一方で三人組でいることが多いモイヤーとガーティルーにくらべて綺麗な揃いでいるミリズは船長、とあだ名されていた。
「これが、朝晩鏡見ろ、って言いつけをしぶしぶ一年云うこときいてた効果よ」
いかにも作った笑顔でミリズは得意気に同僚のふたりに言う。
モイヤーとガーティルーも冷えた体を風呂で温めるのが嫌いな訳はなく、なんだかんだと陸にいる間は風呂にはいる機会も増えていたが、舟に乗っている経緯を思えば屈託なくいられるはずもなかった。
しかしそうは云っても町中で首に紐を付けられているわけではなく、逃げたければ逃げられないわけではなかったから、どういうつもりで自分たちが舟に乗っているかは年が明ける頃には彼ら自身にもよくわからなくなっていた。
春風荘はマイラとロークが管理人として掃除や炊き出しをしていた。朝晩の食事はローゼンヘン館のそれと大差なく、食事付きの下宿としては贅沢な部類だった。学生の中には自分の家族に食べさせたら泣いて喜ぶとまで言うものもいたので、世間標準からすると値段はともかく贅沢の部類だったのだろう。風呂と灯りが寮費にこまれていてタダというのは世間の常識からすると望外のことであるのは間違いなく、デカートで一番最初に電灯の灯りに触れたのは春風荘の学生たちであった。
ソラとユエにとっては燭台とかランタンというものは野営のときの道具であって、家の中でいちいち火を灯す必要を感じていなかった。偶に蝋燭の火でやけどをしたり前髪を焦がしたという同級生などがいると、ひどく気の毒な様に思うことだが、アタリマエのことでもあった。
食事のことや灯りや風呂について、寮生たちとの生活をするうちにローゼンヘン館がヴィンゼと違うのではなく、デカートとも違い、おそらく共和国一般と全く違うのだという想像に至った。
ふたりにとって、ローゼンヘン館という土地はほぼ唯一絶対の世界の拠点であったし、アルジェンやアウルムと違って旅の記憶というものもなかった。
狼虎庵で姉たちと働いていたときも不思議な感じはしたが、そのときは厠が怖いだの風呂桶が深くて台がないと入れないだのという、もうちょっと違う意味での苦労や違和感であって、いつの間にか父の周りに用人が増えてくるとそれはそれで解決してしまっていた。
寮生たちとの生活はそういうのとは少し違う、何かもっと深いところにある違和感じみたものを感じていた。二人は父親から厄介払いされたのではないかという疑いを密かに抱いていて、その疑いを晴らし切ることはできなかったものの、純粋になにかを学ばせたかったのではないかということにも思い至った。
入学式は比較的簡素だった。
ソラとユエは奇妙に注目されていることに気がついたが、考えてみれば彼女たちの同級生は多くはすでに二年前からこの学舎に通っている者たちばかりで、それなりに慣れたり関係があったりという人々ばかりであるはずだった。
学志館は中途入学者は多く年齢の幅もそれなりにあったけれど、それでも下の方の学年の多くはデカート周辺の子弟や縁者でそういう意味でも友人が少ないふたりに注目が集まるのは仕方ないと言えた。
そういう意味でソラとユエにとってはグルコの存在はなかなかに頼もしいものであった。
世慣れているようで同年代の子供との接し方の分からないソラとユエに比べて、町場で育ったと云えるグルコはそれなりに子供としての付き合いもあった。いきなり母親の都合で引き剥がされたものの再びこうして別の場に戻ったりと、それなりに苦労も多い彼は友達を作る才に長けていた。
単に大人たちの思惑と成り行きに寄って学舎に放り込まれた彼らはそれなりに有意義な日々を過ごすことになる。
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