石炭と水晶

小稲荷一照

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デカート

デカート 共和国協定千四百三十五年晩夏

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 往復気筒式の蒸気圧機関を自分で組み上げることになったリチャーズは、マジンの設計や工作の速度を脇で見ていて絶望的ななにかをみせつけられたようだったが、もともと望んで職についたわけでもなく、傍らにウェッソンの存在があり、驚異を認識しながらその被害を受けずにすむ位置を確保しつつ作業ができていた。
 ウェッソンはそもそも実用品の職人らしく他人の才能というものを直接比較することのない性格をしていた。ウェッソンに言わせれば若旦那の作品はどいつもコイツもオモチャにすぎる。売り物にはならねぇ、という言い様であった。実際、どの製品作品も、できるからやってみた、という以上の意味があるものではないと主従ともに思っていた。
 そういう中で、純粋に商品としての機械、実用品第一号として、蒸気圧機関が完成した。
 夏の暑い盛りに実証機の運転がローゼンヘン館でおこなわれ、その後、馬車で運べる大きさに分解され、ストーン商会の手配する荷駄で半月あまりかけて運び込まれ、その後デカートで組み立てられて運転がおこなわれた。
 予定では夏の内に引き渡す心づもりで日差しはまだ焼けるほどだったから、辛うじて夏の終わりに間に合ったと言いたいが、馬車に揺られ運び込まれている内に夏は過ぎ、既に暦の上では秋だった。
 しかしそれでも実証機をウェッソンとリチャーズだけで組み上げたという点で意味が大きく、つまりはデカートの職人でも最低限モノにできる、という点で画期的だった。
 ゲリエ氏立会のもとでデカートでの再組立と運転は行われたが、実際の作業はその徒弟二名の指導によって、ストーン商会の手配の人員の手でおこなわれていた。
 攻城砲のような大きさの機械で、組み立てればそれなりに大きく重たな機械であったが、それぞれの部品は馬車で運べ、それなりに組み立てれば、それなりに使える機械だった。
 デカートの工房で扱う鋳鉄を基準に設計され、デカートの工房で制作された往復単気筒で出力を発揮するソレは、先渡しの図面と生産作業工程表を元にデカートの工房で量産機が作られていた。
 図面を渡された時期は実証機も量産機もどちらも似たような日付だったが、デカートの工房では工作が難航していた。
 様々に理由があるが、デカートの工房ではあまり図面を重視しないという慣習があったし、そもそも図面通り作るための技術や工具治具が不足していた。
 そうやって作られた初号機はローゼンヘン館で組み上げられた実証機よりも精度の面でさらに劣るものだったけれど、ともかく動き軸を回しはじめた。
 遡ってこの春先にデカートにある二箇所の冷凍機関の点検をおこない、ロータリースクリューポンプの構造の説明と、蒸気圧機関の回転翼の点検を限定的な公開でおこなった。羽根の欠けや割れがないことの点検をする際に複雑な食器か楽器のような黒く硬い材料でできたものが音も立てずに回っているということを理解した人々は、当面の間デカートの街場では同じものを作ることはできないという状況を認識した。
 蒸気圧機関を秘儀と看做すならこのことは重大な問題だったが、細部に神が宿る程の物であれば秘儀ともいえようが、隠すほどのものでもない、とマジンはしていた。
 そのことは色々な思惑はあるものの、物事の単純化には役だった。
 ゲリエ・マキシマジンのこれまでの実績は言葉とカネに応じたモノだったし、人と人のややこしい絡み合いは感じられなかった。政治的な絡み合いの薄い有能な人物は、市場の新規開拓という意味でも商品としての人材という意味でもとても貴重なものでしかも値付けの難しいものである。
 一般論を抜きにしても彼のもたらした物品の価値は異常なものだった。
 そういう中でデカートでストーン商会が生産計画を立てた蒸気圧機関初号機が動作に成功したということは、つまりストーン商会の先行きを明るくしたという単純な慶事でもあったし、文明の階梯が一歩登られたということでもある。
 マジンがつけた蒸気圧機関の設計図面と完成品一台の値付け千五百万タレルという金額はグリスには絶妙なものとみえた。ストーン商会の中では足元を見た安物と見た者と、素人目にも明らかに先がある未完成品に高いと見た者もいる。
 だが、グリスとしては、マジンの示した全く絶妙に未熟な未完成さをこそ大変に喜んだ。
 ゲリエ氏が製品概要の一節で口にした、子供の水鉄砲を大人向けに実用的にしただけ、という説明はひどく乱暴で傲岸な言い方だったけれど、機構の定性的な説明としては全く誤りではなく、顧客を求めて謳う宣伝の売り口上としては落第であっても、実際の現場での理解の役には立った。
 千五百万タレルという金額はストーン商会にとってもおいそれと捻出できる金額ではなく捨て金とすれば一両年は苦しむ金額だったけれど、二千百万タレルの三年分割を拒否してゲリエ氏はそこを譲らなかった。
 そのことは今回の蒸気圧機関の製品寿命をおそらくは陳腐化を設計者のゲリエ氏当人は三年に満たない、と踏んでいるようでもあった。組み立てる前は首をひねっていた職人たちも、完成して動いているところを見れば、背景や理屈はわからなくともなにがどうしているか、というところの検討はついていたし、ならば、と思うところはそれぞれいくらかあるようだった。
 いずれにせよ五十万から百万タレルの間の値付けで百台程度の量産を考えていたストーン商会としては一つの商機を得た。
 デカートの特産である天蓋材を使った工具は足踏み旋盤用の工作用刃物としては既に並ぶもののない性質を持っていたから、工房ごとに基準の異なる様々による誤差や品質の差異の積み重ねを打ち消せれば金属加工職工としては共和国でも随一のはずだった。
 ストーン商会は部品単位で八十ほどの取引実績のある工房に部品発注をかけた。マジンの示した図面にネジ止め部は一切無かった。嵌め合いと閂鍵によって部品の組立がおこなわれていた。
 デカートの工房で作られているネジには、ネジ山を複数にして進み量を増やした特殊なものもあるが、そういうモノを省いても大きく八種類のネジ切りの方法が使われており、ネジの刃物の工房だけでも三つある。もちろんローゼンヘン館でも独自にネジの規格とそれに合わせた刃物を作っている。
 つまりは整理が面倒だったので避けたわけだが、結果として工具の揃っていない土地でも応急の対処ができる構造になっていた。
 梃子と槌とヤットコがあればなんとかなる。
 それは、もちろん街に鐘の音を響かせる大時計が存在し、ねじ回しくらいは様々にあるこの世界の機械職工の基盤としてもなお原初的過ぎる工具だったけれど、鉱山という野蛮と文明の繊細な折り合いの土地にとって頼もしさを感じさせる道具として機械として全く必要な条件でもあった。
 ともかくも、機械動力としての蒸気圧機関がストーン商会の主導で唸りを上げたことは、この世界における文明が新たな扉を開いたということだった。
 マジンの、ゲリエ氏の手引はここまでだった。
 ストーン商会ではゲリエ氏の設計図面と動作行程が示した蒸気圧機関の構造に着眼を得て加圧ポンプの設計にとりかかった。それはまさに機械の概要を説明したゲリエ氏の口から語られたとおり、巨大な水鉄砲そのものだった。
 大気の静止圧力が土地や天候によって多少の差があるものの水の深さで約二十キュビットであるということはすでにマジンが機械動作を説明する際に伝えていた。実勢として十五キュビットを越える深さの井戸に対しては減圧式の手押しポンプによる汲み上げ配管がほぼ無力であるということは経験的に知られていたし、学志館の過去様々な論文中にはその背景の説明もあったけれど、一般としてどういうことかということについてはほとんど理解がなかった。
 加圧ポンプも構造や理屈が全く知られていなかったわけではないし、深い坑道で似たようなものが使われていなかったわけではない。
 しかし高価な特殊な機械とみなされていたし、何より腕の長さ管の深さ汲み上げる水の深さの分だけ重くなる加圧ポンプは、人の力、獣の力で回すには重たくなりがちで、水車や風車を大胆に使える土地でしか使えない贅沢な機械だった。
 自主設計の大直径の往復管には構造上の不安も大きかったけれど、理屈の上で蒸気を入れる動力部と水を汲み上げる加圧ポンプは必要な寸法と向きが異なるだけだったから、幾度かの試行錯誤の後にストーン商会は実用的な加圧ポンプの自主制作に成功した。
 それは鶴瓶車全体よりも当然に小さく、釣瓶を通し車を回すよりも土地を選ばなかったので、小さな深い坑道にうってつけの機械になった。
 ストーン商会の売りだした蒸気圧機関と加圧ポンプは鉱山地帯の風景を変えるほどの画期的な商品となった。
 鉱山の地下には窒息性のガスが出ているところも多く、換気を絶やさないことは鉱員の命や安全引いては鉱山の採算にも直結していた。
 止まらないフイゴや釣瓶車というモノがどれだけの命につながっているかということは山に潜ったことのない者にはなかなかわからないことで、それを止めない苦労のためにヒトや牛馬が多く関わっていたが、そうであってすらしばしば止まり、人の生死に関わっていた。
 足の水腐れや窒息は落盤よりも気づきにくく、しかし確実に鉱員の寿命を削る厄介なものだったから、どれほど怪しげで未熟とはいえ対策ができたことは大きな進歩だった。
 初夏に実証機に先んじて渡された図面はストーン商会で謄写版印刷を経て複製がおこなわれ、部品単位で工房に発注がかけられた。
 ふたつきほど先んじて運び込まれた実証機を参考に様々な修正が入り、秋の終わりにはデカートで出来た量産初号機が、ひとつきと経たずストーン商会の直営の鉱山に持ち込まれ、水車を使った釣瓶よりも多くの水を汲み上げ始めたのを見て、アエスターは事業の採算性について確信を持った。初号機から量産初期の試し打ちの部品十基分を組み上げる間にお披露目に招待した鉱山主たちから注文が入り始めていた。すでに見込みを含めれば数十であったが、事業の調査をおこなっていた手代頭のバールによれば様子見までを含めれば三百に迫る見込みだという。
 往復機関につなぐ先の装置もストーン商会で設計が間に合っているのはポンプとフイゴだけだったが、勢車の設計が完了すれば釣瓶と同じように石炭の運び上げや鈎を使ったヒトや荷の上げ下ろしに使えるようになるはずである。水車や風車を上回るそれだけの力を蒸気圧機関は備えていた。
 車輪職人は荷車を多数扱う拠点にはつきもので、木製にすれば早く安く作れるが、保ちや荷重を考えれば鉄の車輪ということになり、そのあたりで微妙にもめているらしい。両方作ってしまえということにして一段落させたが、いずれにせよ大きくなれば現地の様子と現場合わせが必要ということで多少時間がかかっている。
 ストーン家ではいっそゲリエ家に何処かの鉱山の経営をしてはもらえまいかと冗談が上るようになっていた。
 ストーン商会の作り売り出した新型の加圧型ポンプは蒸気圧機関とは別に灌漑や散水などにも使われるようになった。その伝播速度は早馬と荷車の限界に縛られつつもかなりの速さで共和国全域にその概念は伝わった。
 少なくとも軍都では冬の声を聞く前に、蒸気圧機関という新型の竈が鉱山地帯の湧水を干している、という話が伝えられ、堀り倦ねていた銀鉱の水が抜かれ空気が送り込まれた、とかそういう話題として伝わっていた。
 ストーン商会は蒸気圧機関に関する製造工程における不合理の整理、すなわち現状完成品の各駆動部品の精度が完成誤差十シリカ程度であるところを一シリカ以下までに落とすべく様々な努力を始めた。削り磨けば精度が詰められることはわかっていたが、大きな軸を早く安定して回すことはひどく難しかったし、小さく回すと結局職人の勘に頼らざるをえない点で苦労していた。
 肝心の心臓部はピストンリングにフェルトとアスファルトを使いどうにか動くようにしていたが、ともかく動きさえすれば様々に仕事の役に立つ機械だった。
 秋には試験が始まった新しい機械ろくろや機械旋盤はやはり今のところ軸が綺麗に出ないということで抜本的な見直しがおこなわれていたが、問題点自体はほとんど設計以前からわかっていた事ばかりなので、苦労しながらひとつづつ直してゆくしかないものだった。当然にゲリエ家に支援を仰いだらどうかという意見もあったが、そこは却下された。
 最終的に精度の不足から様々に意見や支援をもらうにしても、最初からわかっている問題があるならそれを詰め解決するのが職人の責務であろうというのが、ハリス・ストーン氏の方針であった。
 もちろん単なる意地や矜持面子と言うよりは、新時代に向けた工房の実力の見極めという意味が大きい。
 甲斐あって未成の技術であっても、いくらかの前向きな展開は多くあって、ストーン家直下の工房は導入された蒸気圧機関によって幾つかの下部組織や外注を必要としなくなっていた。
 そのことは貧困層にとっては日雇い仕事の口を減らすことになっていたが、今のところ社会のうねりとしてはまだ小さなものだった。
 他にストーン家では独自に機関船の開発に着手していた。舳先から水を吸い、艫から水を吐くという生産の始まった加圧ポンプの応用であったが、旧来の船型と異なるということで様々に難航していた。


 デカートにはかつてデカート派或いはマルグツ派と称される詩歌の主流派の根幹をなした一派があり、伝統派でさえデカート派の持ち込んだ理論を踏襲したうえで、再構築をした新古典派或いは汎伝統派という新しい派閥ができるほどの影響力があった。
 デカート軍十万と呼ばれた四百年ほど昔の話、共和国中興の時代の物語である。デカート軍十万の実態としてはデカートの供出師団が六個だった事実とそこへの輜重隊を合わせた数であって、全員がデカートの市民であったわけではないのだが、ともかくギゼンヌ・クルベツキー元帥とその麾下のデカート軍は帝国軍の奇襲的な侵攻に瓦解寸前だった共和国軍を支え、リザール湿地帯という帝国との一大決戦場を設定した人物時代であった。
 その後、学問所が事実上の解体をされ軍都に持ち込まれることで学問所としての学志館が改めて力を取り戻すために概ね百年が費やされた。その後、ワイル・マルグツのような天才はデカートの文壇にはあらわれなかったが、今以ってマルグツの功績はデカートの歴史に輝いている。
 マルグツ自身は分析的な論考集を発表する他に、一行詩と呼ばれる形式のものを多数発表しており、短すぎる文体は分析に挑戦或いは拒否する姿勢として理解され、それ故に多くの議論や考察を彼自身の論考集を元に重ねられ、その矛盾を含めた議論や考察こそがマルグツ派の文芸論理の根幹を為してもいた。
 靴紐の油に父の顔を思い笑う。や、霜降る夜道であくびを聞く余はひとりか。などはデカート出身者であれば聞いたことのある有名なマルグツの一行詩である。
 学志館の入学手続きについての説明を聞きに出向いていたマジンは、初等教育課程受講生の新入学は十六歳までで十七歳からは高等教育課程になってしまうので、オーダルの長女のライアは難しそうであったが、ソラとユエの他にオーダルの子供のアミラとグルコやロゼッタは受験ができ、その結果次第では通わせても良いだろう年頃だった。アミラとグルコは望んでもいなかったことに驚き、ロゼッタはなんで今更座学とちょっとばかり憤りつつも、セントーラは流れ者をする前はマールン・フィヨドロフという人物の啓いた由緒ある私塾の出であることが分かったりということがあり、ロゼッタも受験をすることになった。
 七歳から受け入れで十年間のカリキュラムを準備された初等教育課程は二十二の春までにこなすことが求められていて、デカートでマトモな家の執事として職を得ようと思えば最低限必要な資格のひとつだったから、ロゼッタの受験そのものは大意としては間違いとは言えなかった。
 修辞学や文法学といったところでは作法院の教育とかぶるところも多いはずだったが、学志館の学問の多くはより数理的な解釈が強く含まれていて、言語の分析についても単純な語順や語感についても伝統的な用法以上により分析的な手法が教育され、その衝突について教育がなされるという、ひとつの流行の発信地でもある。
 ロゼッタはどちらも苦手であったので、苦い顔をした。今の学志館の流行は論理学と記号学であるという話をするとしばらくピンとこないようだったが、言語と数学の接点というセントーラの説明を聞いてとても嫌な顔をした。
 初等教育課程の十年ではロゼッタが嫌な顔をした部分の根幹まで踏み入ることはないだろうと思えたから、単なる意地悪の一環にすぎないわけであったが、公に開かれた学び舎というものは本質的に学究のみを目的とせず、どちらかと言えば同好の士を募る場でもあるので、同年代の友人が少ない、と断定してしまえるローゼンヘン館の未成年者にとってはほとんど唯一の機会といえたので、余裕があって機会があって才能があるなら学舎に放り込んでしまえ、と思ったのは保護者としては一際当然でもあった。
 ともかく、学志館に二百万タレルの寄付をして当り障りのない会話と共に手に入れた今年の発表論文の分厚く散漫な要旨集の分冊を眺めていると、冷凍機関や蒸気圧機関についての論文が幾つか掲載されていることに気がついた。
 出来や内容は大したものではなかったが、五千かそこらのうちで三十篇というのは大した数ではないが、この一年のうちで論文をまとめたにしては多く、来年の論文を読むにあたってはどういう人物なのかについては気にしたほうが良かろうと思えた。
 直接関係がなく面白そうだと思えたのは人の人生一生に起きた全てを記述する方法についての論文要旨だった。だいたい十億文字ほどの説明があれば人の一生に足るはずだという論考であった。
 多くの人々にとっては、印象無しとか前日に同じ、という記号があれば様々なところが省略できるだろうと思ったが、そういうことを抜きにしても日記として頑張ってみた結果としての研究論文であるらしく、それはそれで面白かった。
 それによると一日あたりの出来事をすべて記述すると約三十万文字が最低限必要で、というのがそもそも多いか少ないかは分からないが、日記を書くとして千文字超えるというのはなかなかで、当然に寝ている間のイベントは記述されないので起きている間にそれだけ色々起きているということである。
 紙面や筆記具の消耗を考えればそんな記述をおこなうことは全く困難であるわけだが、高速高効率な記述装置と合理的な表意文字の整備が必要で、音から或いは文字から機能の連想を簡便にする言語の整備が必要であるという流れであった。
 帝国では様式の異なる文字を複数系統使うことで文中での強調や意味上の切り分けをおこなっていたが、複雑化が進みすぎ却って表意文字も複数系統の文字も廃れてしまったが、衒学的な趣味として古語や死語を使う風潮もあり、その中では表意文字も使われるという。
 実用的に整備された表意文字混合の文面ならば少なくとも三割から四割の紙面的な圧縮がおこなえ、線長が増えるであろう筆記具の消耗も二割程度の圧縮が見込めるという。
 表音文字を利用している以上は記述上同じ音で違う意味の言葉が多いと混乱を催すから音と文字の組み合わせを増やすために必然的に一つの言葉に費やされる音と文字は多くなり、意味と音は遠くなる。
 結果として表音文字のみの運用は記述と理解に時間がかかるようになる。
 表音表意文字の混合は紙面の経済的な利用にも繋がる。
 そういう趣旨の結論だった。
 あまりきちんと覚えていないが、どんな文字を使っていただろうと想い出すと、山の向こう、ステアの家の本の一部では確かに複数系統の文字が使われていた記憶もある。
 単に古いからと理解していたが、そういうわけではなくて機能的な学術的な意味があったのかもしれない。
 その他気ままに要旨集を眺めた雰囲気では、機械の流行は時計と水車が中心で、二進数記述による永久時計とか腕木信号時計のような特殊な用途の時計は比較的発表例も多くそれなりに賑わっていた。
 使えるか使えないかわからない面白げな構想や研究が無責任におこなわれているのは、学問の本懐ではあった。
 結局学会を聴講することはできなかったわけだが、来年は幾人か狙って見に行ってみるのも良いかなとマジンは少し楽しみになった。
 デカートには別の用事もあった。
 デカートに土地を買うことにしたのだ。
 デカートの桟橋はそもそも曳船を引いて寄せるようには作られていなかったし、今作っているプリマベラの船格で係留桟橋を借りるとバカバカしい金額が必要になる事が分かったからだ。
 桟橋代は一回のことであれば問題もないし荷積み自体は各商会の桟橋でおこなえるが、ザブバル川本流に面した岸壁に泊めていることも多い。今は曳船を別の舟ということにしてグレカーレ側の巻き上げ機を使って並べて泊めているが、曳船に荷を積んだ状態ではそうそう器用なことはできない。
 本流の係留所はデカートの天蓋の外側で食事をするのも不便な土地ところであった。
 河川輸送の圧倒的な効率と、舟を自由に便利に使おうと思えば出先にもそれなりの拠点が必要であることを思い知らされた一年でもあった。
 マジンはデカートに出てきたついでに不動産を探し求め、学志館にほど近い川に面した水車付きの家を手に入れた。
 天蓋の柱が近く見えるその家は元はどこかの農家の粉挽き小屋だったようだが、いつの間にか川との水路の流れが変わった事で動力としての流れがなくなり使われなくなったという。天蓋の外側とはいえデカートには学志館よりも近いといえる街道は綺麗に均され踏み固められ、ヴィンゼの町中よりもよほど良い道であると言えた。
 マジンの見たところ、水車の不調は流れがなくなったというよりは水の深さが変わり、水門と見まごうばかりに長く大きく連なった重たい設計の水車に合わなくなっただけにも見えた。
 プリマベラの鼻先をねじ込んで艫まで多少余る長さの水路であることと、その幅の水車を回すために両岸に建物があったことが、おあつらえ向きの物件であった。
 試しに動かしてみると、動力としての水車は機能していたが、大きさに似合って様々に欲張った作りの内部のからくりの歯がかけていたり軸が摩耗していたりで上手く動かないことが問題だった。
 先人の努力と叡智には敬意を表したいところだったが、こちらも事情があるということで買ったその日に検分をおこない、翌日一日かけて水車とそれを動力にしていた機械類を解体した。
 どうやらここでは穂で手に入れた麦を脱穀し製粉して塩や酒母と練りパン生地を作ったり、チーズやバターを作るために生乳を遠心脱水するためと思しき機械があった。売り手はここにある機械が古く使われないことだけは知っていたが、なにに使うものであるかはほとんど理解していなかったので買ったときの説明にはなかった。これだけの物が土地建物で一万タレルという金額で買えたことにマジンは軽く驚きを感じた。
 デカートの市井にも賢者の足跡はあった。
 しかしデカートの麦畑を見れば未だに布の上で束ねた干した麦穂を叩いて藁束と分け、その麦をまた棒でたたき、籠や笊を風に仰いで麦粒を集める。そんな風景ばかりだった。
 この水車が顧みられなくなっておそらくは四半世紀という痛み具合であるわけだが、学舎の尖塔が見守る下の人々の退嬰も甚だしく愚かに哀れな光景であった。
 砕いた木材のたぐいを近所の農家に、焚付に、と押し付けたときに聞いた話では、あそこの小屋でパン種を作ったりチーズ・バターを作ったりというのは老人の記憶に残っているばかりであった。
 畑で働いている人々の半分は季節労働者で土地のものでなくいわば加勢の者達で、畑仕事を請け負う名貸し人寄せから派遣されてくる町の者であるという。
 デカートにいる十万の人々のうち土地を持たない自営で店を開かない手に職のない数万はそうやってあちこちの農作業を手伝っているという話であった。
 翌旬からマジンはグレカーレと今はヒツジサルと名のついた曳船に資材をまとめて積み込んで、ひとつきでエイザーを助手に船着場付きの水路に屋根のかかった家を完成させた。マジンの手の速さや仕事の確かさにエイザーは驚いていたようだったが、その四階建ての小さくもない家をマイラに任せるといった時には更に驚いた。
 マイラ自身もかなり驚いていたようだったが、館の子供たちを学志館に通わせるにあたって家をまとめる管理人が必要だ、という説明はそれなりに納得ゆく話で風呂電灯冷凍冷蔵庫水洗便所付きだという物件の説明は、その場にいた者たちの全てが驚くほどに彼女を舞い上がらせる程のものであった。
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