石炭と水晶

小稲荷一照

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リザ

ローゼンヘン館 共和国協定千四百三十四年霜降

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 マジンはローゼンヘン館に戻って昼食の席でセレール商会の早馬の用件を説明した。
 自分は関係なさそう、と少しふてくされていたマキンズも連れてゆくことにした。
 一応デカートには大工のゲノウ親方に預けた三人がいるとはいえ、逃げ出しているとウェッソン一人ではどうにも出来ない。
 ちょっとした用心金みたいなものだが、連れてゆくことにした。
 なにもなければ顔見せだけで帰ってくることになると説明したが、それでも他所のお招きのなにやらということでマキンズは浮かれ返っていた。
 マキンズの喜びようはよほど鬱屈があったのかとマジンに疑わせるほどのものだったけれど、年老けているわけでもないマキンズにしてみれば、刺激のない田舎の生活は奇矯な雇い主の下であっても退屈なものだったし、一方でヨソでの会食ということであれば、雇い主の評価が、置いてよし、という風に定まったという風にも見えた。
 つまり、暢気ではあっても気楽ではいられなかったマキンズにとって見ればこれまでの四半年の勤めが無駄ではなかったという風に感じられた瞬間であった。
 もちろんマジンにしてみれば荒野暮らしの頃からと変わらない目の前のものをやりくりした結果にすぎないが、マキンズの内心を察していようがいまいが、そこはまぁ互いの裁量ということになる。
 マキンズの働きそのものは平凡なものだったが、無能と謗られる種類のものではなく、町まで足を伸ばす役目柄それなりに目端を聴かせてくることができる、気配りのある人間であることは、マジンも理解できた。
 狼虎庵においているジュールのような年長けた砕けようというものはなかったが、筋目の押し引きはきちんと理解した人間で、ローゼンヘン館の新入りのうるさいバカ、というのも愛嬌込みの町の人間の評価であった。
 そんな彼が最近町で起きた出来事でソラとユエに小言を言っていた。
 どういうスジでかしらないが拳銃を使って大の大人に脅しをかけるなんざ、死なせてくださいって言ってるのと変わらない。
 お嬢さんがたはリザさん守ったつもりなのかもしれませんが、お嬢さん方が死ぬと、町の連中、半分死ぬ。ってことになりますぜ。
 ジュールは狼虎庵でマジンに警告するようにそう言っていた。
「お嬢さんが死んだら旦那がお屋敷吹き飛ばす勢いでお怒りになるのは間違いないところでしょう。たぶん、お嬢さん殺したやつ絶対見つけるって剣幕で。ビビって身を守るつもりで銃を抜いたら片っ端から殺していきますよ。旦那は、お父上はそういう御仁だ。……アタシラがここで生きてるのも弾切れで抵抗できなくなるのが、旦那に殺されるより先だったから生きてんで、旦那のお情けで生きてんじゃありませんよ。もうとうの昔におっ死なされたから死なないで済んでんです」
 暴れるだろう本人を前にした言葉は単なる冗談にしかならないわけだが、昨日ジュールがこぼしていたことをマキンズがわざわざ改めて言った。
 子供たちの目がマジンに集まる。
「まぁ。多分、そうなるな。四人の誰が殺されても多分そうする」
 少なくとも二人の用人が自分をそのように見ていることで、そうしないという自信も根拠もないマジンは言葉に困って歯切れ悪くいった。
「……でも、そしたらどうするのがいいの」
 ユエが訊いた。
「う。むう。闇討ちや背中から撃たれないようにすることと、ぐうの音が出ないくらいコッチが正しいことをそこらにいる連中に知らしめること。ですかね。具体的に、どうこうってのは、……分かってりゃ検事様とかやってますよ」
「まぁだが、保安官くらいは務まりそうな理屈だったな。マイルズのじいさんに推薦しとこうか」
 マジンが褒めるとマキンズは照れて頭を掻いた。
「え、えへへ。まぁ先のことは先のことってことで。なんてかその、正しいことしても恨み買って背中から撃たれたんじゃ割り合わないんで、ホント、冗談じゃなくて危ないことはしないでくださいよ。多分、お嬢方が死んだら一番最初にアタシとそこのジジイが旦那にぶん殴られて動けなくなるでしょうから」
「まぁ、短気をお諌めしたらそうなるでしょうな」
 ウェッソンが言った。
 ああ、と思いついたようにマキンズが口を開いた。
「どうしても本当に我慢できないってことになったらアタシに言ってください。アタシがその不埒者を殺しに行ってきます」
「それじゃマキンズさんが人殺しになっちゃう」
 ソラが心配そうに言った。
「それでもですな。多分、旦那がお怒りになるよりは、だいぶだいぶマシです」
 マキンズが真剣な顔で言った。
「ああ。……大事な話してるとこ悪いんだが、マキンズ。留守の間は馬の世話をアルジェンかアウルムが見ることになるからあとで厩舎の日誌ちゃんと渡しとけよ」
 マジンがそう言うとマキンズはあっという顔をした。
「記録ちゃんと書く」
「書かない子はくすぐる」
 アルジェンとアウルムは勘定方としてローゼンヘン館を取りまとめていて、マメに記録に目を通している。
 自分で一家を支えていたウェッソンは割とすぐに台帳の重要性を認め、狼虎庵の三人も三人いることでなんとなく日課としての日誌や台帳に馴染んだが、読み書きが苦手なマキンズはかなり苦労することが多いようだった。
 そんな風にして昼食を終え、三々五々午後の作業に散らばることにした。
「ちょっと庭走るのに付き合わない?」
 ローゼンヘン館の庭、というか森を切り開いた広場は放牧地のようになっていて、背の高い鉄柵と水濠で囲われた一周約一リーグ狭いところの差し渡しで四分の一リーグを越える広さを持っている。
 その広場を走るものばかりと思っていたらリザはその外側、差し渡しで半リーグ超、一周で二リーグの門扉の外の森のなかの道を走りはじめた。
 彼女はたまにソラとユエを誘っておぶったり肩に抱えたりしてなだめすかしながら一緒に走っている。
 一周たっぷり走ると馬も体を熱くする道をリザに併せてマジンは走った。広場に放射状に通じる道は南に伸びるヴィンゼへの道と東に伸びる川への道と他にもう一本山沿いに北西に伸びる道がある。幾度か狩りのために足を運んだことがあるが、どこへ通じているのか、どこを目的として道を開いたのかよくわからない道だった。
 特にどこに伸ばしているのかわからないまま山肌に道が消えているそこには、川沿いにあった古い小屋のような人の手を感じさせるものはなかった。ただ、それでも道としてはそれなりに使われていたことは砂利を厚く敷かれた道が森のなかに残っていることから明らかだった。
 リザに尋ねてみたが、わからないということだった。実のところリザの記憶の中の館というものは酷く曖昧で、家族の思い出の地という以上に何かがあったわけではないようだった。
 リザは軍人としてよく鍛えていた事がわかる健脚ぶりを示した。ことによると、アルジェンやアウルムよりも距離を走るのには向いているかもしれない。
 軍学校では毎年、小銃十六丁小銃弾二千発を運び、二十リーグを二日で歩きぬくという荒行がある。
 一日十リーグというのは軍の標準的な歩兵の行軍距離でその事自体は不可能ではない。
 小銃と弾丸も一人あたりせいぜい十五パウンというところで本来は問題にする必要はない。
 問題は上級生から下級生まで一学年ふたりづつで、十六人の班を作るのだが、上級生は留年や退学で人数が減っているので成績上位の班は下級生が多く上級生が少ないという編成になる。
 最上級生ともなれば末番の劣等生でも当然に場数を踏んでおり、六号七号の末席であってもお荷物ということはない。
 だが一号二号は主席であっても幼すぎる。
 そもそも十二歳である四号生徒までは給与は出ているものの兵士としての身分もない従卒だ。
 読み書きも怪しい子供を大人になっていない子供が指揮して二十リーグを歩きぬく。
 それが鬼の指導教官をして荒行と呼ばれる所以だった。
 その班割と日程は半年前には公開されることから、上級生にとっては如何に準備し下級生を鍛えるか、というところの長期的な計画性も求められる。
 様々な詐術戦術が過去に用いられ、その度に教官によって穴が塞がれている。糧食や代えの荷物を事前に配置したり、敢えて遠回りをして馬や船を使うなどというのは既に陳腐な手になっていた。
 完走は班の全員を旨とするので、脱落者は許されないし、病欠も認められない。
 行軍の一日目二日目の終盤は体力の限界を迎える下級生を上級生が担いで歩くことになる。
 そんな行事を脱落者なしに歩き通した班の生徒には鉄靴褒章が与えられる。
 そして歩ききった年には杖と呼ばれる添章がつく。
 添章を八本揃えたものは卒業生の中でも一際の栄誉として讃えられるもので、リザは同期の八人の中で唯一の女性として八本の杖を揃えた。
 ヴィンゼからローゼンヘン館までは二十四リーグ位ある。マジンがそう言うと、森の小道を十二周かとリザは真剣に考え始めた。日を選んで試す気になったのかもしれない。
 傷めた肋の話をすると、痛くなくなっていたから誘った。と言った。
 森の小道の中には雨宿りができるような小屋がいくつかあって、以前賊徒が詰めていた頃は歩哨の詰め所になっていた。
 マジンはそういうものの一つにリザの手を引いて導いた。
 リザは服を脱ぐのを焦れるように裸を晒し、マジンの体に絡みついた。
「長かった。こんなにつらいものだとは思わなかった」
 ほとんど一息にマジンを胎内の行き止まりまで収め、幾度か絶頂を勝手に味わってからリザは言った。
「なにが」
「あなたの匂いをかぐ度にお腹がうずくのよ。最初はお腹が減っているのか、どこか内蔵を傷めたのかと思ったわよ」
 そう言いながらリザは腰を蠢かせる。
「礼儀正しく嫌われているんだと思った」
「礼儀正しく嫌ってみせたのよ。あんまりみっともないところを見せたら、お嬢さんたちに嫌われちゃうわ」
 リザはまた達し、マジンの精を激しく吸い上げる。
「酒場で女を買うときは子供たちも一緒だったよ。最近はそんなことしないけどね」
 マジンの腰が切なげに震え子宮めがけて精を打ち付けるのに、リザは改めて絶頂する。
「ああ、もうダメ。なんでこれまでの十六年間、男を無視して平気だったのかまるでわからない。軍学校でもなんであんなに男女交際が話題になるのか不思議だったけど、不思議がられていたのは私の方だったのかもしれない」
「三十くらいまで男に興味のない女性もいるだろうさ」
「きっと、もうダメ。全然わかんないわ、そういうヒト。バカになった。アタシあなたにバカにされた」
 そう言いながらリザは勝手に絶頂に震える。
「バカにしてないぞ」
「知ってる。アタシがバカなの。お墓であんな事するから罰が当たったんだ。気持ちいい」
 リザの子宮がマジンの精を吸い上げる。鼓動の音なのか、射精の音なのか、膣の中の空気の音なのか区別がつかない、ジュワジュワという音がリザの腹のあたりでする。
 マジンが音を探るように撫でるとそれでまたリザの内臓が痙攣した。
 リザはもう目を開けていられないらしく、目を瞑ったまま腰を蠢かせている。
 唇を指でなぞると吸い付くように追ってきた。
 追ってきた唇を舌で舐めるとリザは舌を伸ばし、指と舌とを両方追いかけようとする。
「本当にあなたと繋がったまま生活したい」
「結婚する気になったか」
「愛人でいいわ」
「愛人とか側女とか……なんなんだ。一体」
「なにそれ聞き捨てならない」
 そう言うとリザは腹を吸い上げ膣を締め上げ、腰を引き剥がし始めた。
「いたい。痛い痛い」
「あ、やっぱり。結構効くんだ。コレ」
 リザは自分の体が思い通りに動くことを楽しんでいるようだった。
「ほんとうに痛いよ。伸びちゃうよ。そんなんやられてたら」
「ああ、疲れた。でナニ、側女ってやっぱり女できたの」
 優しげにリザは腰をすり寄せる。
 リザの腰は先程までの堅さとはうって変わった柔らかな締りをゆるゆると呼吸に合わせておこなってマジンの精を求める。
「――怒らないから云ってご覧なさい」
「ウチで女中やりたいって二人連れの女に会ったのさ」
「それで味見をしたのね」
 リザは腰を蠢かせながら冷たい目で笑って言った。
「――おいしかったの?その女共」
「なんだ。嫉妬しているのか」
「もうめちゃめちゃ嫉妬している。なんかこう、もうおでこの辺り爆発して弾けそうなくらい嫉妬しているんだけど、つながってるオマタの辺りがぽわわ~んってしてて、たぶんコレアレよ。あなたが萎えたり抜けたりしたら、この場で撃ち殺す勢いで怒りたくなるわ」
「怖いな」
「私も怖い。こんな気持ち悪い女だと思わなかった」
 そう言いながらリザは飛沫を散らせながら腰を弾ませた。
 悍馬の如き勢いでリザは猛り秋の森とは思えない熱を小さな小屋に満たした。
「そろそろ戻るか」
 空の色が朱に染まり始めたのにマジンは言った。
「繋がったまま行きたい」
 萎えたままのマジンを収めた下腹を撫でながらリザがだらしなく言った。
「半リーグはあるだろ、無茶言うな」
「じゃあ、抱っこかおんぶ」
「じゃぁおんぶ」
「抱っこにして」
「袋みたいに肩に担ぐぞ」
「肩車じゃダメ?」
「木に気をつけろよ」
 歳相応の少年少女らしいといえばらしい無軌道な会話でマジンはリザを肩車して館に帰った。
 食事の前に汗を流すくらいの時間はあったが、二人で風呂でくつろぐ時間はなかった。
 リザの肋が治ってから、マジンの仕事の手は明らかに遅くなった。
 それまで夜にこなしていた様々がほとんど滞っていた。
 元来それでなにが困るのだということなのだが、ウェッソンとマキンズがいなければ間違いなく困ったことになっていた。アルジェンもアウルムも理解はしていたけれど、今のところ問題にはなっていないし、何よりマジンが楽しそうなのでそれはいいことだと思っていた。
 そんな風に数日を過ごしている間に荷物が整って、マジンはウェッソンとマキンズを伴ってグレカーレでデカートの町に向かった。
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