石炭と水晶

小稲荷一照

文字の大きさ
上 下
35 / 248
リザ

ローゼンヘン館 共和国協定千四百三十四年白露

しおりを挟む
 リザが顔の腫れを理由に引きこもっている間にグレン・セレールがローゼンヘン館を訪ねてきた。
 要件は冷蔵庫の建設の件だった。
 金額条件は五百五十万タレルでストーン商会の冷凍庫と同等品を建設して欲しいということだった。
 場所についても目星がある、建屋についての建設も人員と資材は準備する、という条件でその指導も併せて依頼された。
 デカートではここしばらくでゲリエ煉瓦と呼ばれる穴あきのレンガが流行りはじめているらしい。縦横六面に七本の貫通穴を持つそれは鉄索と組み合わせて簡単に正確なレンガ積みを強固におこなえるということで、予算面に余裕があり、丈夫で綺麗な仕上げを求める用途でつかわれているそうだ。
 面映ゆいが、予定通りでもある。百ばかり見本に持ち込んだレンガと二組のレンガ造りの木枠が定着したらしい。煉瓦なぞ億千万なくては使いものにならないものだから、よくもふたつきほどでという勢いであったが、話を聞くと鋼索と組でストーン商会が売り出しているらしい。新規格の高級建材として扱い始めたようだ。
 煉瓦の寸法や規格はほとんどの組合や職人がそれぞれ勝手にやっていることでそこに嘴を挟むようなことではないが、名前が冠されているのにはどうも奇妙な気もする。
 どうやら寸法の基本は大きく変えていないようだった。仕切りを通した木枠をネジでまとめて止めて、それをバラして焼き窯に入れる。それだけの作りだ。金串のような棒の造りがやや厄介だけれど、一度見せてしまえばどうということはない。ちょっとした鍛冶なら幾らも真似できるそういうものだった。むしろ、きちんと堅く締まった適切な材料を使った煉瓦が焼けるかのほうがよほど大事だった。
 そういう意味ではストーン商会の冷蔵庫で使った煉瓦は持ち込んだ煉瓦の域には達していなかった。煉瓦なんかどこも同じ、と恐らく人々は思っているだろう。まぁある程度は間違いじゃない。
 そんなことを思いながら目の前のゲリエ煉瓦を眺めていた。
「これがあのあとあちらで作られた煉瓦ですか。うちのとは随分色合いが違いますな。だが使いやすくはありそうだ」
 ウェッソンがグレンの置いていった煉瓦を確かめるように手で転がしながら言った。
「うん。たぶん使いやすい。ストーンさんの時よりもだいぶ積みやすいだろうね」
 問題は季節だった。これからだとおよそひとつきで雪の降る季節になる。ヴィンゼまでの道はもちろん雪で覆われるし、ヴィンゼからデカートまでの道も雪の難所が何箇所かある。馬車での一人旅というのは雪道では危険だし、旅慣れたものでも旅程が読みにくくなる。
「線路があるとよかったけどね」
 マジンが蒸し返すように言った。
「無茶言わんでください。先のことはそれとして、機関車があればとりあえずのことは足りるでしょう」
 ウェッソンが常識的な話をいう。
「船小屋までは道が少し離れているんだ」
「小屋を新しく立て直したほうがよかないですか」
「船小屋の前がいい感じに深みが淀んでいて船溜まりに都合がいいんだ」
 ウェッソンは鼻を鳴らした。
「無線機置いといて困ったらマキンズでも誰でも応援に呼ぶってのがいいんでしょうかね」
「まぁ、そうなるね。鉄道線路が引けるようなら多少の雪は気にしないでもいいわけだが」
「庭先に丸太並べるだけってなら、まぁアタシラだけでもなんとかなりますが、トロッコの線路みたいなのをこさえるってなると、若旦那が本当に五十人前働くとしてもどう考えても若い衆が二三十人必要になりやすぜ。それこそ、こないだの大工衆のような連中がいりゃ別ですがね」
「冬場にヴィンゼで雇ってみるか」
 思いついたようにマジンが言った。
「まぁそれは一考ですが、今年の冬にはちと資材が間に合わないかと」
 ウェッソンが言った。
「食事の話も手当するってなると、寝床は馬舎の隊商が使っている大客間があるからいいとしても食事の手当の蓄えが今からじゃ間に合わないんじゃないすか。ヴィンゼの景気はマシになったってのは間違いないでしょうけど、食い物が余ってるってほどに余裕があるってわけじゃない」
 マキンズが少し考えるように言った。
「なんだオメェどこの知恵だ」
 ウェッソンが驚いたように言った。
「スピーザヘリンのとこのモッサイガキがこないだ言ってたんだよ。穴あいた芋ばっかりよこすから、余計にカネだすからマシなのよこせ、つうたらそう言って返された。文句があるなら町まで足伸ばせ。麦なら出来が良かったから売ってやるってさ。麦じゃ手間かかって夜に好きに食えねえっつうの。ありえねぇだろ。麦より芋が不作とかよ」
 マキンズが思い出して不貞腐れたように言った。
「冬場に町の農家の男衆に力借りるとしても、木を倒したあとの始末も考えるとちょっとまじめに手当してからのほうがいいと思いますね」
 二リーグの道のりを森に開くとなれば倒す木の数も十二十ではすまないから道理であった。
「こうなると蒸気圧船をさっさと組んじまって一回デカートまで乗り込んだほうがいいですな。バラけてる奴、部品の合わせはともかく粗方モノは揃ってるんですよな。したら手伝うんで先に作っちまいましょ。で、アタシがちょっと動かし方覚えてデカートまで行ってきます」
 そんな感じで幾日か船小屋を往復して蒸気圧機関船を建てた。それは手漕ぎの端艇の背を高くしたような寸法をしていた。
 船底は炭素材、外周は木製の蒸気圧機関船が完成したのはリザの腫れが引いた晴れた秋の日だった。朝の掃除が終わるのを待って、館総出で船小屋にでかけた。
 船小屋の脇の小さな斜面には台車に乗った二十五キュビットほどの端艇が据えられて紅白の飾り綱で支えられていた。舟は真ん中に鉄の金庫のような蒸気圧機関を備え水線下の左右に前後に伸びた管のようなものを備えた作りになっていた。
 支えに使っていた綱はソラとユエの力では切れずアルジェンとアウルムがリザに譲るも結局三人で腰の段平を抜いて一斉に切ることになった。
 カンッと台にしていた丸太の目に刃が揃って食い込むとズルズルと支えを失った舟が川に滑り落ちた。
 二十五キュビットの舟は桟橋から見るとやや背が高くも見えたが、重さは充分なようで人が乗ったくらいでは動揺しもしなかった。マキンズは渡し板に慣れていないらしくあまりにおっかなびっくりだったので力仕事はマジンとウェッソンでやっつけて給炭機に炭を貯めると舟はますます落ち着いた。マキンズが配管が長いことで苦労して蒸留水を吸い上げさせていると、ソラとユエも何かやってみたいということだったので、炉に火を入れるのはふたりに任せて少し遅い昼食の準備をのんびりとしていると蒸気圧機関が低いため息のような音と唸りを立て始めた。
「フイゴが動いた」
「もういいぞ。お疲れ様」
 まだ新品の窯は子供たちの顔を煤けさせることはなかった。
 マジンの言葉通り、しばらくすると蒸気圧機関はフイゴの速度が安定するに従って、やがて挽臼のような給炭機の音がするようになった。
「順調だ」
 骸炭を十袋ほど積んだ舟とは思えないほどに軽く走る。もともとの造りの見積もりでいえば百あまり積んでも余裕があるはずだが、機関の見積もりの半分ほどで十六人漕ぎの舟と変わらない速さで走っている。
 ウェッソンがにやりとした。
「やりましたな。あとはどのくらいの時間走れるかってところですが、こればかりは試してみないとでしょうし。火ぃ炊きゃァ速いって言っても進む量はどうなるかわかりませんし、色々動かしてみないとこっから先はなんともですが。途中でなんかしら往生しても、まぁたぶん三日かそこら粘ればソイルの町があるはずなんで、使える目処がどんだけつくかってところですな。最悪帆を立てるってことになるんでしょうが、積み荷は欲張りたいとこです」
 ウェッソンが不安げな言葉とは裏腹に楽しそうに目算を口にした。
 気が付くとソラとユエがマジンを不安げに見つめていた。
「どうした」
「またお出かけするの?ソラたちお留守番?」
 ソラが尋ねた。
「旦那。試運転くらいご家族で舟遊びのつもりで行ってきたらどうだい。どうせガキどもに留守番させんだろ。まぁ奥様がいらしてくれるんだろうけど。たまにはいいんじゃねぇか」
 マキンズはリザをマジンの伴侶として扱うことに決めたらしい。
「ふたりで大丈夫かな。七日か十日かばかりかかると思うが」
「婚前だか新婚だか知りませんがちょうどいい長さだと思いますな」
 ウェッソンがニヤリと言った。
 そんな風にゲリエ一家は久しぶりにまとまって旅をすることになった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

処理中です...