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リザ
ローゼンヘン館 共和国協定千四百三十四年秋分
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工房で冷凍機関の筐体をみてのウェッソンの印象は、やはり小さいですな、というものだった。
冷凍機関本体は去年狼虎庵に組み込んだ原型機を元にしてツインスクリュー式の圧縮機を使っている。
その大きさは一人で持ち上げられる変速機の組み込まれた高圧ポンプと一回り大きいながらこちらは本当に軽い冷媒熱交換器。ここまでが本体でその他に蒸気圧機関の予備水槽と一体になった高温側熱交換器配管と冷媒配管が冷凍庫側に伸びる。動力として蒸気圧機関から伸びてくるシャフトが変速機に繋がることで冷凍機関としては完成で、より大きな蒸気圧機関のほうが存在感がある。
蒸気圧機関からの駆動を調速変速機で圧力に応じた速度にしていることは、もちろん大した仕掛けではあるのだけれど、或いは冷凍機の中心部についてはほとんど金属を使っていないということもウェッソンには驚きだったのだけれど、そこは未だに驚きの評をどう加えるべきなのか判断しかねていた。
そもそも彼の本業は鍛冶で銃や農具刃物の直しが中心だった。
マスケット銃の造りは知っていたから作れないとも思わなかったが、そういう機会はなかったし、ハサミやナタのようなものであってもそれだけの材料を手元に余らせるというのは、そこそこに余裕が必要なことでもある。
マジンのように石を焼いて鋳熔かして鉄にするというのは、素人仕事を飛び抜けているのは当然として、よほどの職人でもやろうと考えないことだったし、普通は考えて準備してで首を傾げ音を上げるような仕事だった。
彼の目で見ればマジンが組み立て作りこんだローゼンヘン館の工房は宝の山も同然で一定の力と速度と間隔で槌を下ろす金槌や果てしなく同じ調子で炉に風を送り込み炎を同じ調子に維持するフイゴというのは、一種の夢の様な機械だった。
それが巨大な炉釜で沸かされた水の湯気によるものだということ或いはそれを急激に冷やすことで動いているということをほぼ三ヶ月ほど教えこまれていた。
鍛冶の仕事のうちでは水の危険さを知ることもあり、そういうことかと思い至ることもあり、ウェッソンにとっては蒸気圧機関というものは納得ゆく面白いものであった。
蒸気圧機関が館を特別の地たらしめている駆動力の源であれば、なおさらだった。
そういう意味では気体を液体にする機械。という冷凍機関本体は、一段わかりにくいものだった。
動作の理論はウェッソンには粗方わかっている。
蒸発と凝集の潜熱部分を熱の運搬に使うという理屈も、そのためにアンモニアを使っていること、アンモニアが銅を侵す性質がありヒトには相当に有害であることなどの説明をウェッソンは受けた。
わかりにくいというのはそういう動作というよりも、なぜそういう高度な働きをする機械が、より単純な水を湯気に変え風車を回しているだけの機械よりも小さくなるのか。というところだった。
結局それはより大きな熱を蒸気圧機関が扱い、その熱の一部を使って冷凍機関が氷を作っているということにすぎないわけで、より精緻に厳密に作れば冷凍機用の蒸気圧機関は小型化できる、ということにつながる。
つまりはマジンも未だ程度問題については測りかねているということだった。
程度問題つってもなぁ。ウェッソンにはしょうがないんじゃないかと思えてきた。
いくらか実測値としてわかっている理屈の上での機構の動きを歯車のように示した図を眺めその中に入るべき数値をいくらか変えてみることで、どういう機械機構になるかという設計の下読みの練習をしながらウェッソンは頭を掻いた。
狼虎庵やローゼンヘン館はその程度問題というものを電気という形で吸収していて、或いは骸炭の生産量の調整という形で飲み込んでいたから、単純に冷凍庫の話だけを語ること自体がナンセンスな問題になり始めてもいた。
ウェッソンの見たところこのあとは電気、発電機と電動機というものが重要になるとここしばらくで理解はした。だが、そうなると質の良い磁石が必要になる。という点がひとつの難問であろうと感じられた。
コイル中を落下させることで磁性を鍛える鍛磁機とでも云うべき装置は既に稼働していたけれど、発電機自体に余裕があるというわけではなく絡繰任せではあるものの鍛磁はなかなか進まない作業であった。
「若旦那。あの磁石作ってる絡繰なんですがね。アレ例えば上に坩堝置いて溶けたまんまな錆鉄を流してやったらもっと早くに磁石に揃いませんかね。で、揃ったところでさっと冷やしちまえば、なまくらにもどらないってこたぁ、ないですか。前に磁石が錆鉄の向きがこうビッと揃えば強くなるって話だったんで、思いついたんですがね」
ウェッソンが手真似を交えて思いつきを語った。
「そりゃまた、随分簡単で乱暴な道理を思いついたね」
単純ではあるけれど、なぜ思いつかなかったのかというくらいの内容だった。
「仰るとおり乱暴な話で寸法通りに作るってのはまず難しいかと思いますが」
例えばよく冷やした鉄板やガラスの板を使って或いは、溝を切ったローラーで冷やすという方法も思いついたが、仕掛けの緻密さよりはできるかどうかのほうが興味があった。
「いやいや。いまは寸法よりも磁石の強さだ。冷やすのは氷水とかでいいかな。いいぞ。やってみよう」
ウェッソンが鉄の船桶に氷水を準備をしている間に錆鉄の粉を鋳熔かして櫓にコイルを支えて鍛磁電界を造った。
溶かした鉄の湯をちびちび、ちょろちょろと電界の中心をこぼすように落とすと櫓の舟はドボドボと沸き立ちコイルを煙突のように凄まじい勢いで湯気を拭きあげた。
零した鉄は空気抵抗や水面への衝突などでやはり不格好に歪んでしまっていたが、これまでよりも数段強力な磁石になっていた。
「こりゃ若旦那が工房を手放したくないのもわかりますわ」
ウェッソンは手の中の大きなどんぐりのような磁石が歪なろうそくのような磁石を回りこんで張り付くのを不思議そうに眺めながら言った。
マジンにはウェッソンがなにを言っているのかわからなかった。
「――イヤね。お嬢さん方に若旦那が以前に工房を爆発させて館の窓を一面あらかた破ったって話を聞いたんですがね。そのときはまぁウチの鍛冶場でも火事出したことあるし、くらいの感じだったんですが、こう思いついたことをバババッとやっちまう若旦那の仕事ぶり見ていると、町中でどなたかと商いの話しながらって訳にはいかないだろうなと。思いついたわけですよ。どちらかの紐付で町中に工房を抱えてたら、こうはいかんですからな」
マジンが移転を拒否した理由について納得したような感じであったが、実のところもうちょっと子供っぽい動機であったように思う。坩堝を片付けコイルの電源を落としたところで工房の電話がなった。食事の支度ができたようだ。
出来立ての磁石を食卓でお行儀悪く転がして子供たちは大喜びした。いつもは諌める役のアウルムもどんぐりの様な磁石が跳ねながら踊るのに歳相応の興奮を見せていた。体が大きいからしばしば忘れてしまうのだが、彼女はマジンの半分も生きていないソラとユエとひとつしか離れていない年子だった。
食事が終わっても子供たちは磁石が気になっているようでどんぐりのように固まって削りだすのが面倒くさそうなものを与えると大喜びで食卓の片付けを始め午後の掃除に向かった。
昼食を終えたところでマジンの興味が冷凍機の説明ではなくてすっかり発電機の改良改善とその根拠になる磁石の強化製造に転っていることにウェッソンは笑ってしまいそうになったのだが、流石に咎める気にはならなかった。
むしろマジンが工房に戻って中断する前と同じように冷凍機関の説明を続けながら手の中の磁石の棒を割ったりつなげたりしているのが気になって、そちらを咎めようかと思いだした頃に来客を知らせるベルの音がなった。それは門の扉に仕込まれた電気式のブザーで半刻かそこらで来客があることを告げるものだった。
ウェッソンは来客を告げ、自分は日常的な業務である自動窯の管理に向かうから、来客の応対をするようにマジンに頼んだ。
「磁石の件は晩にでも少し考えましょう。どうせ深い水槽と坩堝を櫓に運びやすくどうにかしないと危なくて仕方ありません。あと、煙突のたぐいも」
ウェッソンの言葉はマジンも懸念していたことなのでなるほどと、午後の冷凍機関の講義を打ち切って解散になった。
来客にでむかえてみるとリザだった。
リザはなぜマジンが来訪の気配に気がついたのか驚いたようだったが、今回は前回とは違って挨拶に応え、来訪の目的が墓参にあることを告げる程度には落ち着いていた。
マジンが馬を牽いて水場と飼葉をあてがい、その足で墓の案内をするのもリザは嫌がらなかった。
それどころか、道々の労をねぎらう世間話にも多少の受け答えさえリザはしてみせた。
ちょうど偶々墓の掃除を三人の娘たちがしていた。
「綺麗にしてくれているようね」
「ボクの家でもあるからな」
墓地には建物の由来に相応しく探検で亡くなった者達の墓標として石碑があった。
「――話によるとキミの一家はこの土の下にまとめて埋められたらしい。誰が死んだかも正しくわかってはいない」
跪き祈りを捧げるリザの背中にマジンは声をかけた。
慰めるつもりなど一毫もなかったが、思いの外静かな声が出たのにマジンは自ら知らず驚いた。
「赤の他人に荒野の流儀以外を求める気はないわ。私も戦場といえるほどのところには行っていないけどヒトの生き死には見てきた。ケントに頼んであなたの三年前の仕事の調書も読んだわ。長かったしつまらないものだったし、酷いものだったし、知りたいことはわからなかったけれど、わかったこともいくらかあった」
そう言ってリザは言葉を切った。
「……それで今晩は食事はしてゆくくらいはするのか。もちろん裁判の命令というつもりもないが今からだとヴィンゼへの途中で夜明かしをすることになる」
リザが口を開かないのでマジンが尋ねた。
「館がいまどうなっているのか、一回り見せてもらってよろしいかしら」
「もちろん」
いまはすっかり様変わりしてしまった井戸や馬舎そして変わり映えのない二棟の側塔。厨房や工房に使っている一角には驚きを隠せないようだった。
だが、リザが一番感情をハッキリと示したのは玄関の階段が変わっていたことだった。
「もう、私の家じゃないのね」
階段の手すりを撫でながらリザが言った。
「あの提案はいまでも有効だ」
マジンが自然に代名詞を使った言葉をリザは笑って聞き流した。
「お墓にゆきましょう。しっている?日が傾きかけたこの時間、山の陰と雲と空とが綺麗にあの石碑に映えるのよ」
そういう彼女は少しはしゃいで見えた。
リザのいうとおり、午後の墓地の風景はさわやかな秋のひかりと残照の暑さと涼やかな山の風とを感じさせる美しいものだった。
「決闘しましょう」
リザの言葉は唐突だった。
「……賭けるべきものはないはずだ」
「命で充分」
言葉に迷って出てきた陳腐な言葉にリザが静かに応じた。
「死がふたりを分かつまで、という冗談。ではないようだな」
「そんな不謹慎な冗談は言わないわ」
冗談を笑うようにリザは言った。
「……証人はどうする」
「命乞い?やめてよ。百人殺しが女一人にそんなみっともないこと」
マジンの探るような言葉にリザは不思議そうに応じた。
「武器はどうする」
「証人もいない果たし合いで約束なんていらないでしょう。応じないっていうならお嬢さんを人質にとってみましょうか」
流石にマジンの表情が険しくなる。
「いまからか」
「日のあるうちは死体の始末は流石に面倒くさそうね。夜、お嬢さんたちの就寝後。住み込みの男たちは馬舎から遠ざけてくれると助かるわ。場所はここで。死んだら埋めればいいだけってステキでしょ」
リザはいたずらに誘うように言った。
マジンはリザの真意を探ることを諦めた。
「ボクは強いよ」
「知っているわ。あのときは頭に血が上ってわかってなかったけど、相手が油断していれば百人殺すのは容易いだろうし、その気になった相手でも百人殺せるかもね。あの日あの場所で殺さないでくれたことに感謝しているわ」
ならば、とは問わなかった。笑って応えた彼女の中に答を見たからだった。少なくともそれは命乞いをする目ではなかったし、無謀な遊びに挑む目でもなかった。
強いてあげれば彼女には勝算があり、必要なことだと確信している目だった。
ソラとユエには説明した記憶が無いのだが、リザこそがこの屋敷の前の住人でマジンが結婚を申し込んだ相手だという確信があったらしい。
春先に面識のあったアウルムは警戒をしていたが、妹ふたりが楽しそうに話している相手を邪険にすることも出来ず、なんとなくポロポロと受け答えをしていた。アルジェンも話に聞いていた裁判の相手の女性というものが、意外と普通の女性で軍服が板についた酷く凛々しい女性だ、という以上に感想もなく、ステアと重ねて比べていた。
ソラとユエがリザを風呂に誘いアルジェンとアウルムも一緒に入ることになったことで、居間には男たちだけになった。
マキンズが誂い混じりに一晩馬舎空けましょうか。といったのにマジンはそのまま頼んだ。
多分に冗談のつもりだったマキンズは驚いたが、婚前交渉においでの女性と内緒の話もあるだろうと、笑って納得した。
もう少し事情を知っているウェッソンはなにか不審を感じていたようだったが、敢えて踏み込んで尋ねようとはしなかった。
リザはかつてステアが着ていた深く暗い藍色のドレスを着ていた。
昼間固く結われていた栗毛は汗を流し今は柔らかく解かれていた。
着ていた服は娘たちが洗濯をするのに合わせて洗われたらしい。
母性や女性を強調するには若すぎるリザは、ステアに比べてひと回り小さく細かったが、窮屈な服ではなかったから却ってスラリとした手足が健康的に見えた。
大人扱いするにはアルジェンもアウルムも見た目が幼すぎたから、固い服装の客人が見目麗しい女性であることを示したことに男たちはちょっとした驚きと新鮮さを感じていた。
冷凍機関本体は去年狼虎庵に組み込んだ原型機を元にしてツインスクリュー式の圧縮機を使っている。
その大きさは一人で持ち上げられる変速機の組み込まれた高圧ポンプと一回り大きいながらこちらは本当に軽い冷媒熱交換器。ここまでが本体でその他に蒸気圧機関の予備水槽と一体になった高温側熱交換器配管と冷媒配管が冷凍庫側に伸びる。動力として蒸気圧機関から伸びてくるシャフトが変速機に繋がることで冷凍機関としては完成で、より大きな蒸気圧機関のほうが存在感がある。
蒸気圧機関からの駆動を調速変速機で圧力に応じた速度にしていることは、もちろん大した仕掛けではあるのだけれど、或いは冷凍機の中心部についてはほとんど金属を使っていないということもウェッソンには驚きだったのだけれど、そこは未だに驚きの評をどう加えるべきなのか判断しかねていた。
そもそも彼の本業は鍛冶で銃や農具刃物の直しが中心だった。
マスケット銃の造りは知っていたから作れないとも思わなかったが、そういう機会はなかったし、ハサミやナタのようなものであってもそれだけの材料を手元に余らせるというのは、そこそこに余裕が必要なことでもある。
マジンのように石を焼いて鋳熔かして鉄にするというのは、素人仕事を飛び抜けているのは当然として、よほどの職人でもやろうと考えないことだったし、普通は考えて準備してで首を傾げ音を上げるような仕事だった。
彼の目で見ればマジンが組み立て作りこんだローゼンヘン館の工房は宝の山も同然で一定の力と速度と間隔で槌を下ろす金槌や果てしなく同じ調子で炉に風を送り込み炎を同じ調子に維持するフイゴというのは、一種の夢の様な機械だった。
それが巨大な炉釜で沸かされた水の湯気によるものだということ或いはそれを急激に冷やすことで動いているということをほぼ三ヶ月ほど教えこまれていた。
鍛冶の仕事のうちでは水の危険さを知ることもあり、そういうことかと思い至ることもあり、ウェッソンにとっては蒸気圧機関というものは納得ゆく面白いものであった。
蒸気圧機関が館を特別の地たらしめている駆動力の源であれば、なおさらだった。
そういう意味では気体を液体にする機械。という冷凍機関本体は、一段わかりにくいものだった。
動作の理論はウェッソンには粗方わかっている。
蒸発と凝集の潜熱部分を熱の運搬に使うという理屈も、そのためにアンモニアを使っていること、アンモニアが銅を侵す性質がありヒトには相当に有害であることなどの説明をウェッソンは受けた。
わかりにくいというのはそういう動作というよりも、なぜそういう高度な働きをする機械が、より単純な水を湯気に変え風車を回しているだけの機械よりも小さくなるのか。というところだった。
結局それはより大きな熱を蒸気圧機関が扱い、その熱の一部を使って冷凍機関が氷を作っているということにすぎないわけで、より精緻に厳密に作れば冷凍機用の蒸気圧機関は小型化できる、ということにつながる。
つまりはマジンも未だ程度問題については測りかねているということだった。
程度問題つってもなぁ。ウェッソンにはしょうがないんじゃないかと思えてきた。
いくらか実測値としてわかっている理屈の上での機構の動きを歯車のように示した図を眺めその中に入るべき数値をいくらか変えてみることで、どういう機械機構になるかという設計の下読みの練習をしながらウェッソンは頭を掻いた。
狼虎庵やローゼンヘン館はその程度問題というものを電気という形で吸収していて、或いは骸炭の生産量の調整という形で飲み込んでいたから、単純に冷凍庫の話だけを語ること自体がナンセンスな問題になり始めてもいた。
ウェッソンの見たところこのあとは電気、発電機と電動機というものが重要になるとここしばらくで理解はした。だが、そうなると質の良い磁石が必要になる。という点がひとつの難問であろうと感じられた。
コイル中を落下させることで磁性を鍛える鍛磁機とでも云うべき装置は既に稼働していたけれど、発電機自体に余裕があるというわけではなく絡繰任せではあるものの鍛磁はなかなか進まない作業であった。
「若旦那。あの磁石作ってる絡繰なんですがね。アレ例えば上に坩堝置いて溶けたまんまな錆鉄を流してやったらもっと早くに磁石に揃いませんかね。で、揃ったところでさっと冷やしちまえば、なまくらにもどらないってこたぁ、ないですか。前に磁石が錆鉄の向きがこうビッと揃えば強くなるって話だったんで、思いついたんですがね」
ウェッソンが手真似を交えて思いつきを語った。
「そりゃまた、随分簡単で乱暴な道理を思いついたね」
単純ではあるけれど、なぜ思いつかなかったのかというくらいの内容だった。
「仰るとおり乱暴な話で寸法通りに作るってのはまず難しいかと思いますが」
例えばよく冷やした鉄板やガラスの板を使って或いは、溝を切ったローラーで冷やすという方法も思いついたが、仕掛けの緻密さよりはできるかどうかのほうが興味があった。
「いやいや。いまは寸法よりも磁石の強さだ。冷やすのは氷水とかでいいかな。いいぞ。やってみよう」
ウェッソンが鉄の船桶に氷水を準備をしている間に錆鉄の粉を鋳熔かして櫓にコイルを支えて鍛磁電界を造った。
溶かした鉄の湯をちびちび、ちょろちょろと電界の中心をこぼすように落とすと櫓の舟はドボドボと沸き立ちコイルを煙突のように凄まじい勢いで湯気を拭きあげた。
零した鉄は空気抵抗や水面への衝突などでやはり不格好に歪んでしまっていたが、これまでよりも数段強力な磁石になっていた。
「こりゃ若旦那が工房を手放したくないのもわかりますわ」
ウェッソンは手の中の大きなどんぐりのような磁石が歪なろうそくのような磁石を回りこんで張り付くのを不思議そうに眺めながら言った。
マジンにはウェッソンがなにを言っているのかわからなかった。
「――イヤね。お嬢さん方に若旦那が以前に工房を爆発させて館の窓を一面あらかた破ったって話を聞いたんですがね。そのときはまぁウチの鍛冶場でも火事出したことあるし、くらいの感じだったんですが、こう思いついたことをバババッとやっちまう若旦那の仕事ぶり見ていると、町中でどなたかと商いの話しながらって訳にはいかないだろうなと。思いついたわけですよ。どちらかの紐付で町中に工房を抱えてたら、こうはいかんですからな」
マジンが移転を拒否した理由について納得したような感じであったが、実のところもうちょっと子供っぽい動機であったように思う。坩堝を片付けコイルの電源を落としたところで工房の電話がなった。食事の支度ができたようだ。
出来立ての磁石を食卓でお行儀悪く転がして子供たちは大喜びした。いつもは諌める役のアウルムもどんぐりの様な磁石が跳ねながら踊るのに歳相応の興奮を見せていた。体が大きいからしばしば忘れてしまうのだが、彼女はマジンの半分も生きていないソラとユエとひとつしか離れていない年子だった。
食事が終わっても子供たちは磁石が気になっているようでどんぐりのように固まって削りだすのが面倒くさそうなものを与えると大喜びで食卓の片付けを始め午後の掃除に向かった。
昼食を終えたところでマジンの興味が冷凍機の説明ではなくてすっかり発電機の改良改善とその根拠になる磁石の強化製造に転っていることにウェッソンは笑ってしまいそうになったのだが、流石に咎める気にはならなかった。
むしろマジンが工房に戻って中断する前と同じように冷凍機関の説明を続けながら手の中の磁石の棒を割ったりつなげたりしているのが気になって、そちらを咎めようかと思いだした頃に来客を知らせるベルの音がなった。それは門の扉に仕込まれた電気式のブザーで半刻かそこらで来客があることを告げるものだった。
ウェッソンは来客を告げ、自分は日常的な業務である自動窯の管理に向かうから、来客の応対をするようにマジンに頼んだ。
「磁石の件は晩にでも少し考えましょう。どうせ深い水槽と坩堝を櫓に運びやすくどうにかしないと危なくて仕方ありません。あと、煙突のたぐいも」
ウェッソンの言葉はマジンも懸念していたことなのでなるほどと、午後の冷凍機関の講義を打ち切って解散になった。
来客にでむかえてみるとリザだった。
リザはなぜマジンが来訪の気配に気がついたのか驚いたようだったが、今回は前回とは違って挨拶に応え、来訪の目的が墓参にあることを告げる程度には落ち着いていた。
マジンが馬を牽いて水場と飼葉をあてがい、その足で墓の案内をするのもリザは嫌がらなかった。
それどころか、道々の労をねぎらう世間話にも多少の受け答えさえリザはしてみせた。
ちょうど偶々墓の掃除を三人の娘たちがしていた。
「綺麗にしてくれているようね」
「ボクの家でもあるからな」
墓地には建物の由来に相応しく探検で亡くなった者達の墓標として石碑があった。
「――話によるとキミの一家はこの土の下にまとめて埋められたらしい。誰が死んだかも正しくわかってはいない」
跪き祈りを捧げるリザの背中にマジンは声をかけた。
慰めるつもりなど一毫もなかったが、思いの外静かな声が出たのにマジンは自ら知らず驚いた。
「赤の他人に荒野の流儀以外を求める気はないわ。私も戦場といえるほどのところには行っていないけどヒトの生き死には見てきた。ケントに頼んであなたの三年前の仕事の調書も読んだわ。長かったしつまらないものだったし、酷いものだったし、知りたいことはわからなかったけれど、わかったこともいくらかあった」
そう言ってリザは言葉を切った。
「……それで今晩は食事はしてゆくくらいはするのか。もちろん裁判の命令というつもりもないが今からだとヴィンゼへの途中で夜明かしをすることになる」
リザが口を開かないのでマジンが尋ねた。
「館がいまどうなっているのか、一回り見せてもらってよろしいかしら」
「もちろん」
いまはすっかり様変わりしてしまった井戸や馬舎そして変わり映えのない二棟の側塔。厨房や工房に使っている一角には驚きを隠せないようだった。
だが、リザが一番感情をハッキリと示したのは玄関の階段が変わっていたことだった。
「もう、私の家じゃないのね」
階段の手すりを撫でながらリザが言った。
「あの提案はいまでも有効だ」
マジンが自然に代名詞を使った言葉をリザは笑って聞き流した。
「お墓にゆきましょう。しっている?日が傾きかけたこの時間、山の陰と雲と空とが綺麗にあの石碑に映えるのよ」
そういう彼女は少しはしゃいで見えた。
リザのいうとおり、午後の墓地の風景はさわやかな秋のひかりと残照の暑さと涼やかな山の風とを感じさせる美しいものだった。
「決闘しましょう」
リザの言葉は唐突だった。
「……賭けるべきものはないはずだ」
「命で充分」
言葉に迷って出てきた陳腐な言葉にリザが静かに応じた。
「死がふたりを分かつまで、という冗談。ではないようだな」
「そんな不謹慎な冗談は言わないわ」
冗談を笑うようにリザは言った。
「……証人はどうする」
「命乞い?やめてよ。百人殺しが女一人にそんなみっともないこと」
マジンの探るような言葉にリザは不思議そうに応じた。
「武器はどうする」
「証人もいない果たし合いで約束なんていらないでしょう。応じないっていうならお嬢さんを人質にとってみましょうか」
流石にマジンの表情が険しくなる。
「いまからか」
「日のあるうちは死体の始末は流石に面倒くさそうね。夜、お嬢さんたちの就寝後。住み込みの男たちは馬舎から遠ざけてくれると助かるわ。場所はここで。死んだら埋めればいいだけってステキでしょ」
リザはいたずらに誘うように言った。
マジンはリザの真意を探ることを諦めた。
「ボクは強いよ」
「知っているわ。あのときは頭に血が上ってわかってなかったけど、相手が油断していれば百人殺すのは容易いだろうし、その気になった相手でも百人殺せるかもね。あの日あの場所で殺さないでくれたことに感謝しているわ」
ならば、とは問わなかった。笑って応えた彼女の中に答を見たからだった。少なくともそれは命乞いをする目ではなかったし、無謀な遊びに挑む目でもなかった。
強いてあげれば彼女には勝算があり、必要なことだと確信している目だった。
ソラとユエには説明した記憶が無いのだが、リザこそがこの屋敷の前の住人でマジンが結婚を申し込んだ相手だという確信があったらしい。
春先に面識のあったアウルムは警戒をしていたが、妹ふたりが楽しそうに話している相手を邪険にすることも出来ず、なんとなくポロポロと受け答えをしていた。アルジェンも話に聞いていた裁判の相手の女性というものが、意外と普通の女性で軍服が板についた酷く凛々しい女性だ、という以上に感想もなく、ステアと重ねて比べていた。
ソラとユエがリザを風呂に誘いアルジェンとアウルムも一緒に入ることになったことで、居間には男たちだけになった。
マキンズが誂い混じりに一晩馬舎空けましょうか。といったのにマジンはそのまま頼んだ。
多分に冗談のつもりだったマキンズは驚いたが、婚前交渉においでの女性と内緒の話もあるだろうと、笑って納得した。
もう少し事情を知っているウェッソンはなにか不審を感じていたようだったが、敢えて踏み込んで尋ねようとはしなかった。
リザはかつてステアが着ていた深く暗い藍色のドレスを着ていた。
昼間固く結われていた栗毛は汗を流し今は柔らかく解かれていた。
着ていた服は娘たちが洗濯をするのに合わせて洗われたらしい。
母性や女性を強調するには若すぎるリザは、ステアに比べてひと回り小さく細かったが、窮屈な服ではなかったから却ってスラリとした手足が健康的に見えた。
大人扱いするにはアルジェンもアウルムも見た目が幼すぎたから、固い服装の客人が見目麗しい女性であることを示したことに男たちはちょっとした驚きと新鮮さを感じていた。
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小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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