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リザ
デカート州裁判所民事法廷 共和国協定千四百三十四年小暑
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試運転の翌日からストーン商会では製氷作業の実習が始まった。試運転に立ち会った四人の他に夜詰めなどで十二人の都合十六人が入れ代わり立ち代わり操作にあたった。取りまとめとしてウェッソンとジュールを置いたがヒドい悪筆であることがわかったので、日誌についてはストーン商会の者達に任せることにして、一週間ほどマジンはローゼンヘン館に戻った。
機械は概ね順調で夏の暑さにかかわらず四百樽の半ばを日中に作ることができ、欲張れば日産で七百ほど作れることがわかった。これはストーン商会の男たちが全く精力的に働いたことで冷凍庫の回転率が上がったということと、建物が数段大きくなったのに開口部はヴィンゼのものと変わらない大きさであることが大きく影響しているようだった。数が増えれば人足の出入りも増え氷のできが遅くなるし、樽を馬車に移す手当で限界がくるとはいえ、なかなかの数であった。樽に塩を入れ、より冷たい氷を作るという試みもあった。
こうなると問題はほぼ休みなく動く蒸気圧機関の状態が気になるところだったが、こればかりは半年後におこなう予定の点検を見てから考えないとならなかった。これまで危険の兆候は出ていなかったし、同種の機械の日々の保守や不調の兆候についてはマジンは説明していたが、一品物の新しい絡繰機構ということであれば当面は分をわきまえつつ見守るしかなかった。
早くも市場などではストーン商会の氷の価値を認める評判が立ち、商売としての製氷業は画期的というべき成功と影響を与えていた。
そういう中でマジンの裁判が再開した。
結局、判事忌避申請は差し戻しになったが、全く改めての再審理になった。
マジンとイノールは開庁と同時に待合に入り、随分待たされることになったが、昼前に改めてリンス判事と面談し、裁判の内容についての確認を口頭で受け、争うことを宣言した。
翌週、リンス判事は、半年以内にローゼンヘン館からの立ち退きをおこなわない場合、リザ・チェルノ・ゴルデベルグは六百八十万タレルの請求をおこなうと告げた。これは地上四層地下二層の補助構造物を持つ石造り建築物としては十分正当な評価で、過大な歴史的価値については加味しないものだと判事は資料に目を伏せるように告げた。
イノールはリンス判事に資料を示し内容を説明した。それは一種の歴史書であり家系図でもあった。
合わせて、マジンはある提案をした。
更に翌週最終弁論がおこなわれることとなった。
「既に提出された他に新たに示されるべき事実はありますか」
隙のない表情と言葉でリンス判事が法廷を見渡した。
それぞれに既に出尽くしていた。
「判決を言い渡す。被告ゲリエ・マキシマジンは原告リザ・チェルノ・ゴルデベルグに三万四千タレル支払え。また敷地内の墓所の維持に努めゴルデベルグ氏に墓所への参拝権を与えよ。これは永年とする。但し、墓所の維持を怠った場合三万四千タレル支払え。墓所への参拝を妨害した場合にも同じくする。以上判決を半年以内に不履行の場合、判決より一年以内に退去せよ」
リンス判事が厳かに言った。
「なんで、そんな金額っ!桁を間違えているんじゃないの」
リザは弾けるように立ち上がって叫んだ。
「原告は座りなさい。これから理由を述べる」
リザはしばらく怒りに震えていたが、弁護士に牽かれるように腰を下ろした。
「本裁判における不動産物件、通称ローゼンヘン館の所有者は故フランド・ローゼンヘン氏である。しかし氏の系譜は戸籍上絶えている。一方で原告の系譜の祖であるイズル・ゴルデベルグ氏との間には施設管理人のひとりとしての任命記録がある。このことはローゼンヘン氏とゴルデベルグ氏の間に雇用関係があり、物件の居住権があることを意味している。
実態としてゴルデベルグ家にはローゼンヘン氏及びその関係者からの支払い関係はなく両家の代替わりの際も更改請求或いは解雇通告もなかった。したがって雇用関係はあったが、その報酬は物件への居住とその資産運用であるとみなすことができる。またその期間は永年であると考えられる。
一方で所有者が死亡し血脈が絶えその時点での準継承者である管理人、原告の曽祖父ザドゥ・ゴルデベルグ氏より資産の継承請求がおこなわれず資産の所有そのものは公有された。なおこの時点ではヴィンゼは自治体として存在しない。また、デカート州または市としても行政執行はおこなっていない。故に資産運用の権限を含む居住権の移動はおこなわれていない。
のちにヴィンゼが成立し一帯が所管される。
更にそののち管理人バージオ・ゴルデベルグ氏一家を悲劇が襲い居住の連続が失われた。この詳細は省く。
この時点で居住の権利の継承が失われた。
ただし、ローゼンヘン氏の遺志である物件管理の契約は管理人一家の死亡時点まで果たされており、一般的な不動産物件からの引き払い金として物件価値の一分を継承する権利を認める。本件は貸借費用は無料であるのでその引き払い金はその満額が継承者に権利がある。
また、永年を前提とした管理人一家の墓所は物件敷地内にあり、その参拝は認める。
しかしまた、敷地における墓所の管理権及び責任は被告に認め、支払うべき引き払い金の半分を以って経費とし、永年の墓所の維持に努めることを命ずる。
したがって、被告は物件価値の五厘を原告に支払え。
また、被告は墓所の参拝を原告の権利として認め、墓所の維持をおこなえ。
これを怠るときは管理費用として預かる物件価値の五厘を原告に支払え。
本件は複数の事件の終段に起こった財産継承の段を扱うものであるから、ヴィンゼ行政においての過失の審理は当法廷の扱うところではないものとする。
更なる審理を要する場合、別法廷に預ける。
物件価値は原告の評価申請を満額認め六百八十万タレルとする。
支払い及び退去の期日は一般的な不動産資産の受け渡しに準じ、例外的な事項の必要を認めない。
以上が判決である」
リザが立ち上がって拳を振りかぶり机に叩きつけた。
「そんなデタラメがあるものか!」
いかづちのような響きを引き裂くような声でリザが叫んだ。
「学志館のローゼンヘン氏の記録と市の公文書に公式な記録として残されていた。その内容の保証はデカート州がおこなうものでひいては共和国の権威の源泉でもある。十分な根拠なしに疑いを差し挟むことは当法廷を侮辱するに等しい。原告は控えなさい。――原告弁護人。資料を確認し資料の正当性を原告に伝えたまえ。この種の裁判としては異例に古い資料であるので、貴職の専門性が必要になる。原告を助けてさし上げなさい」
リンス判事が鉄の如き毅然さで告げ、一方でマジンには意外に感じられるほどの慈悲に富んだ声で弁護士に命じた。
しばらく待っていると、資料を調べていた弁護士が諦めたように首を振った。
「――全く異例のことながら、被告から別種の提案がなされている。……被告、自分で告げるかね」
「いえ、判事。お願い致します」
頷くリンス判事をリザが唇を噛むように睨みつけた。
「では被告よりの提案を告げる。被告は原告に結婚を申し込む」
「はぁっ? 」
判事の言葉にリザが素っ頓狂な声を上げた。
「被告は原告に結婚を申し込む」
同じ言葉を判事が告げた。
「決闘を申し込むって?結婚って聞こえたけど」
「結婚といった」
判事がリザの確認に改めて告げた。
「そんなバカな命令があるものなの」
「これは裁判の判決を受けての命令ではない。被告からの提案である。被告は原告に結婚を申し込む」
リンス判事は三度同じ言葉を告げた。
「結婚ですって?なにをこんな賞金稼ぎの青二才と? 」
リザが混乱したように言った。
「なお我が法廷は、次代の国家の柱梁を担う共和国軍士官と実績ある若き実業家といずれをも決闘で失う未来を望まない。異論なければこれにて閉廷とする」
リンス判事はいうべきことを言ったと退廷した。
「情けをかけたつもりなの」
リザが瞳で焼きつくさんばかりにマジンを睨みつけながら言った。
「キミがボクの提案をこの場で受け入れるとは思っていなかったが、理論的に両者の利害を一致させうる提案をしてみただけだ」
肩をすくめるようにマジンは言った。
「ふざけないで」
「ふざけてはいない。結婚は神聖なものでもあるが、妥協によるものでもある」
リザの手が腰のあたりを探るが、法廷の中では武装は預かられている。
「女がほしいなら、どこかの酒場女でも買えばいいでしょう。アンタが街に出る度に猟色しているのは知っているわよ。どうせ我慢なくなればあの獣娘ともまぐわっているんでしょう。穢らわしい」
「ボクのことをよく調べているようであらかた事実だが、我が家の家族に対する憶測と誤解に基づいた侮蔑は許しがたい。弁護士くん。キミの依頼人が落ち着くようになんとかしてさしあげたまえ。いずれにせよ、裁判所命令には従うさ。お支払いは約束するし、墓所の管理はこれまで通りおこなう。尤も墓所に気がついたのは最近のことだが。いつでも様子を見に来てくれていい。銃や剣を抜かないでくれるなら宿と食事くらいは出す。墓所には興味が無いからカネを払えというならそうしても良い。裁判所からの命令なぞなくとも、一度見つけた以上は草刈りと掃除をおこなうくらいはする」
そう言うとマジンは席から立ち上がり、すでに席を立って待っていたイノールに先導されるように歩き出した。
「どこへ行く気!にげるの!」
「判決は下ったが裁判の手続自体は終わっていない。誓紙と証紙に署名をして帰るだけだ。落ち着いたらお前も来い。ボクと顔を合わせたくないならしばらくここにいろ。……。結婚を申し込みはしたが二度とあわないほうがお互いのためだとも思う」
マジンの中ではリザの弁護士の無能を罵ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、それがどういう種類のものかは今ひとつ判然としなかったので、口を開いたところで言葉にするのは止めた。代わりにリザに別れを告げる事をした。
そういう風にして裁判は結審した。
機械は概ね順調で夏の暑さにかかわらず四百樽の半ばを日中に作ることができ、欲張れば日産で七百ほど作れることがわかった。これはストーン商会の男たちが全く精力的に働いたことで冷凍庫の回転率が上がったということと、建物が数段大きくなったのに開口部はヴィンゼのものと変わらない大きさであることが大きく影響しているようだった。数が増えれば人足の出入りも増え氷のできが遅くなるし、樽を馬車に移す手当で限界がくるとはいえ、なかなかの数であった。樽に塩を入れ、より冷たい氷を作るという試みもあった。
こうなると問題はほぼ休みなく動く蒸気圧機関の状態が気になるところだったが、こればかりは半年後におこなう予定の点検を見てから考えないとならなかった。これまで危険の兆候は出ていなかったし、同種の機械の日々の保守や不調の兆候についてはマジンは説明していたが、一品物の新しい絡繰機構ということであれば当面は分をわきまえつつ見守るしかなかった。
早くも市場などではストーン商会の氷の価値を認める評判が立ち、商売としての製氷業は画期的というべき成功と影響を与えていた。
そういう中でマジンの裁判が再開した。
結局、判事忌避申請は差し戻しになったが、全く改めての再審理になった。
マジンとイノールは開庁と同時に待合に入り、随分待たされることになったが、昼前に改めてリンス判事と面談し、裁判の内容についての確認を口頭で受け、争うことを宣言した。
翌週、リンス判事は、半年以内にローゼンヘン館からの立ち退きをおこなわない場合、リザ・チェルノ・ゴルデベルグは六百八十万タレルの請求をおこなうと告げた。これは地上四層地下二層の補助構造物を持つ石造り建築物としては十分正当な評価で、過大な歴史的価値については加味しないものだと判事は資料に目を伏せるように告げた。
イノールはリンス判事に資料を示し内容を説明した。それは一種の歴史書であり家系図でもあった。
合わせて、マジンはある提案をした。
更に翌週最終弁論がおこなわれることとなった。
「既に提出された他に新たに示されるべき事実はありますか」
隙のない表情と言葉でリンス判事が法廷を見渡した。
それぞれに既に出尽くしていた。
「判決を言い渡す。被告ゲリエ・マキシマジンは原告リザ・チェルノ・ゴルデベルグに三万四千タレル支払え。また敷地内の墓所の維持に努めゴルデベルグ氏に墓所への参拝権を与えよ。これは永年とする。但し、墓所の維持を怠った場合三万四千タレル支払え。墓所への参拝を妨害した場合にも同じくする。以上判決を半年以内に不履行の場合、判決より一年以内に退去せよ」
リンス判事が厳かに言った。
「なんで、そんな金額っ!桁を間違えているんじゃないの」
リザは弾けるように立ち上がって叫んだ。
「原告は座りなさい。これから理由を述べる」
リザはしばらく怒りに震えていたが、弁護士に牽かれるように腰を下ろした。
「本裁判における不動産物件、通称ローゼンヘン館の所有者は故フランド・ローゼンヘン氏である。しかし氏の系譜は戸籍上絶えている。一方で原告の系譜の祖であるイズル・ゴルデベルグ氏との間には施設管理人のひとりとしての任命記録がある。このことはローゼンヘン氏とゴルデベルグ氏の間に雇用関係があり、物件の居住権があることを意味している。
実態としてゴルデベルグ家にはローゼンヘン氏及びその関係者からの支払い関係はなく両家の代替わりの際も更改請求或いは解雇通告もなかった。したがって雇用関係はあったが、その報酬は物件への居住とその資産運用であるとみなすことができる。またその期間は永年であると考えられる。
一方で所有者が死亡し血脈が絶えその時点での準継承者である管理人、原告の曽祖父ザドゥ・ゴルデベルグ氏より資産の継承請求がおこなわれず資産の所有そのものは公有された。なおこの時点ではヴィンゼは自治体として存在しない。また、デカート州または市としても行政執行はおこなっていない。故に資産運用の権限を含む居住権の移動はおこなわれていない。
のちにヴィンゼが成立し一帯が所管される。
更にそののち管理人バージオ・ゴルデベルグ氏一家を悲劇が襲い居住の連続が失われた。この詳細は省く。
この時点で居住の権利の継承が失われた。
ただし、ローゼンヘン氏の遺志である物件管理の契約は管理人一家の死亡時点まで果たされており、一般的な不動産物件からの引き払い金として物件価値の一分を継承する権利を認める。本件は貸借費用は無料であるのでその引き払い金はその満額が継承者に権利がある。
また、永年を前提とした管理人一家の墓所は物件敷地内にあり、その参拝は認める。
しかしまた、敷地における墓所の管理権及び責任は被告に認め、支払うべき引き払い金の半分を以って経費とし、永年の墓所の維持に努めることを命ずる。
したがって、被告は物件価値の五厘を原告に支払え。
また、被告は墓所の参拝を原告の権利として認め、墓所の維持をおこなえ。
これを怠るときは管理費用として預かる物件価値の五厘を原告に支払え。
本件は複数の事件の終段に起こった財産継承の段を扱うものであるから、ヴィンゼ行政においての過失の審理は当法廷の扱うところではないものとする。
更なる審理を要する場合、別法廷に預ける。
物件価値は原告の評価申請を満額認め六百八十万タレルとする。
支払い及び退去の期日は一般的な不動産資産の受け渡しに準じ、例外的な事項の必要を認めない。
以上が判決である」
リザが立ち上がって拳を振りかぶり机に叩きつけた。
「そんなデタラメがあるものか!」
いかづちのような響きを引き裂くような声でリザが叫んだ。
「学志館のローゼンヘン氏の記録と市の公文書に公式な記録として残されていた。その内容の保証はデカート州がおこなうものでひいては共和国の権威の源泉でもある。十分な根拠なしに疑いを差し挟むことは当法廷を侮辱するに等しい。原告は控えなさい。――原告弁護人。資料を確認し資料の正当性を原告に伝えたまえ。この種の裁判としては異例に古い資料であるので、貴職の専門性が必要になる。原告を助けてさし上げなさい」
リンス判事が鉄の如き毅然さで告げ、一方でマジンには意外に感じられるほどの慈悲に富んだ声で弁護士に命じた。
しばらく待っていると、資料を調べていた弁護士が諦めたように首を振った。
「――全く異例のことながら、被告から別種の提案がなされている。……被告、自分で告げるかね」
「いえ、判事。お願い致します」
頷くリンス判事をリザが唇を噛むように睨みつけた。
「では被告よりの提案を告げる。被告は原告に結婚を申し込む」
「はぁっ? 」
判事の言葉にリザが素っ頓狂な声を上げた。
「被告は原告に結婚を申し込む」
同じ言葉を判事が告げた。
「決闘を申し込むって?結婚って聞こえたけど」
「結婚といった」
判事がリザの確認に改めて告げた。
「そんなバカな命令があるものなの」
「これは裁判の判決を受けての命令ではない。被告からの提案である。被告は原告に結婚を申し込む」
リンス判事は三度同じ言葉を告げた。
「結婚ですって?なにをこんな賞金稼ぎの青二才と? 」
リザが混乱したように言った。
「なお我が法廷は、次代の国家の柱梁を担う共和国軍士官と実績ある若き実業家といずれをも決闘で失う未来を望まない。異論なければこれにて閉廷とする」
リンス判事はいうべきことを言ったと退廷した。
「情けをかけたつもりなの」
リザが瞳で焼きつくさんばかりにマジンを睨みつけながら言った。
「キミがボクの提案をこの場で受け入れるとは思っていなかったが、理論的に両者の利害を一致させうる提案をしてみただけだ」
肩をすくめるようにマジンは言った。
「ふざけないで」
「ふざけてはいない。結婚は神聖なものでもあるが、妥協によるものでもある」
リザの手が腰のあたりを探るが、法廷の中では武装は預かられている。
「女がほしいなら、どこかの酒場女でも買えばいいでしょう。アンタが街に出る度に猟色しているのは知っているわよ。どうせ我慢なくなればあの獣娘ともまぐわっているんでしょう。穢らわしい」
「ボクのことをよく調べているようであらかた事実だが、我が家の家族に対する憶測と誤解に基づいた侮蔑は許しがたい。弁護士くん。キミの依頼人が落ち着くようになんとかしてさしあげたまえ。いずれにせよ、裁判所命令には従うさ。お支払いは約束するし、墓所の管理はこれまで通りおこなう。尤も墓所に気がついたのは最近のことだが。いつでも様子を見に来てくれていい。銃や剣を抜かないでくれるなら宿と食事くらいは出す。墓所には興味が無いからカネを払えというならそうしても良い。裁判所からの命令なぞなくとも、一度見つけた以上は草刈りと掃除をおこなうくらいはする」
そう言うとマジンは席から立ち上がり、すでに席を立って待っていたイノールに先導されるように歩き出した。
「どこへ行く気!にげるの!」
「判決は下ったが裁判の手続自体は終わっていない。誓紙と証紙に署名をして帰るだけだ。落ち着いたらお前も来い。ボクと顔を合わせたくないならしばらくここにいろ。……。結婚を申し込みはしたが二度とあわないほうがお互いのためだとも思う」
マジンの中ではリザの弁護士の無能を罵ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、それがどういう種類のものかは今ひとつ判然としなかったので、口を開いたところで言葉にするのは止めた。代わりにリザに別れを告げる事をした。
そういう風にして裁判は結審した。
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