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20話 恋の成就

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 笑顔で近寄ってくる勇者が気持ち悪い。

 縋るように伸ばされた手を、スライムはバシリと容赦なく叩き落とした。



「なんだか昔に、戻ったみたいだな」

「勝手に懐かしまないでちょうだい!」

「俺の懐は、いつでも空いているぞ」

「あんた、全裸なの分かってる!?」



 こんなやり取りも、いつぶりだろう。

 求めていたものがここにある。

 勇者は目の奥が熱くなった。



「精液を搾り取られるなら、俺が起きているときがいい。お前に罵られると、元気が出る」



 その証拠に、勇者の剣は隆々と上を向いていた。

 先ほど空っぽにしたはずなので、スライムはぎょっとする。

 

「あんた、性癖が変わったんじゃない?」

「そうかもしれん。以前の俺に、Mっ気はなかったはずだ」

 

 だが、ちょうどいい、と勇者は言う。



「なにしろお前は、本物の女王さまになったからな」

「意味が分からないわ……」

「これ、なんとかしてくれよ」

「擦りつけるんじゃないわよ!!!」



 ぶち切れたスライムが喚く。



「私はどうせ、オナホなんでしょ!?」

「その中でも最高級だ」

「人型の魔物の方がいいんでしょ!?」

「サキュバスは完璧なラブドールだった」

「……ラブドールって何よ?」

「Hするための人形だ」

「あんたの世界、どこまでそっち方面に飛び抜けてるの?」



 怒っていたのが虚しくなった。



「お前は、話し相手にもなれるじゃないか」



 うっすらと頬を染めた勇者が言う。

 もしかしなくても、勇者が心から求めていたのは、『仲間』だった。

 見知らぬ異世界に召喚されたと思ったら、たったひとりで魔王を倒せと放り出された。

 武器も防具も与えられず、大雑把な知識だけで、壮大な使命を背負わされたのだ。

 王様や神官の前では強ぶったが、不安で、怖くて、寄る辺ない気持ちを持て余していた。

 そんなときに出会ったのが、ピンク色のスライムだった。



「お前は俺の、希望の光なんだ」

「なによ……突然、褒めるなんて」

「いなくなって、やっと分かった。お前なしでは、俺は生きていられない」

「……それはちょっと、大袈裟なんじゃない?」

「これまでの苦労譚を、聞かせてやろうか? お前と別れた俺が、どんな情けない目に合ったのか」



 身振り手振りを交えて、勇者が魔王城に辿り着くまでの道程を、面白おかしく説明する。

 ぶふっ、と堪えきれずにスライムが噴き出すと、ふたりの間にあった冷たい垣根は、いつしかなくなっていた。



 ◇◆◇◆



「あ~、3Pなんてもんじゃない。これは何Pだ?」



 大きくなったスライムの、もちもちとした軟体に絡みつかれ、へこへこと腰を動かす勇者の顔はだらしなく緩みっぱなしだ。



「あっちにもこっちも、極上の桃尻と巨胸だらけ。俺の夢がようやく叶った!」

「情けないわ。こんな勇者、あり得ないわ」



 しっかり勇者の精液を搾り取りながら、スライムは呆れる。

 あの夜の後から、勇者の希望も交えて、こうした形で聖力の譲渡をしていた。

 

「なんであんたみたいなのが、勇者に選ばれたのかしら?」

「それには俺も同意する。しかし、人魚たちの話を聞く限り、どうも欲深な人間が選ばれているようだぞ」

「あんたは金にも名誉にも、興味なさそうだけど……」

「俺の場合は性欲だろうな」



 それなら自信がある、とドヤる勇者に、ますますスライムは白い眼を向ける。

 しかし、やはり表面上は何も変わらない。

 そして勇者だけが、それに気がつくのだ。

 

「今、俺を蔑んだだろう? 背中がゾクゾクして、我慢できず射精してしまった。やっぱりお前は、最高の相棒だ」

 

 嬉しそうに両手でスライムを抱きしめる勇者と、なんだかんだと勇者を許してしまう甘いスライム。

 そんな二人を見守る、元四天王の鶏とロバと蝙蝠と蜘蛛。

 おかげで魔王城は今日も賑やかだった。



 ――魔王に捕まった勇者が、鎖に繋がれ飼われているニュースは、やがて人魚たちの住む湖まで届いた。

 三人になった姉妹と二匹のフナが、これが『恋の成就』かどうかで揉めていることを、勇者もスライムも知らない。



 ◇◆◇◆



「なんど追い返しても戻ってくるって、元四天王から報告があったんだけど」



 そう言って、スライムが連れてきたのは見慣れた犬だった。



「犬! 俺を追いかけてきたのか!?」

「わんわん!」

「あれほど言い聞かせたのに……なんて義理堅いんだ」



 ひしっと勇者と犬は抱き合った。

 スライムはその光景を物珍しく眺める。



「元がコボルトなのに、よくあんたを怖がらずにいるわね」

「こいつと俺は、魔物と勇者じゃなく、犬と人間として仲間になったんだ!」



 勇者は一匹と一人の友愛について、熱く語り出す。

 スライムはいい加減にそれを聞き流した。



「すでにうちには、鶏もロバも蝙蝠も蜘蛛もいるから、犬が増えたところで困りはしないわ」

「飼ってもいいのか!?」



 歓びを隠せない勇者だが、自分がスライムに飼われている存在なのを忘れている。



「ただし、あんたが面倒を見るのよ」

「分かった! 犬は賢いんだ! 餌だって自分で見つけるし、水場も教えてくれる!」

 

 いい遊び相手ができて、勇者は犬と一緒にはしゃいだ。

 

 なぜ、スライムが簡単に犬を魔王城へ招き入れたのか。

 それは、ここまでスライムを追ってきた勇者と、犬の姿が重なってしまったからだった。



(あんなに必死になって、雪山を登ってくるのだもの。同情しちゃうのも、仕方がないわよね)



 スライムは自分の行いを、なんとか正当化させた。
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