【完結】勇者はクズの自覚がない~「私の価値も分からない男と、一緒にいるつもりはないわ!さようなら!!!」から始まる旅~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
7 / 22

7話 もふもふは正義

しおりを挟む
 勇者は肩を落とす。

 そしてピンク色のスライムとの行為を、思い浮かべた。

 

「あいつはこれまでに、何度も俺の精液を吸収してた。それにも関わらず、別れる最後の瞬間まで、しっかりスライムだったぞ?」



 目の前の犬に疑問をぶつけるが、わんという鳴き声以外の返答はない。



「どういうことなんだよ……あいつが言っていたように、あいつだけが特別だったってことか? スライムの中で異色なんじゃなくて、魔物の中でも異色だったってことか?」



 はあ、と大きな溜め息が出た。

 勇者にとってコボルトは、スライムに次いで、旅のお供になり得る存在だった。

 その夢があっけなく潰えてしまって、意気消沈しないはずがない。

 

「元から魔王討伐とか、ダルいだけだったけど……今や完全に、他人事になっちまったな」



 あーあ、と勇者は大の字に寝転ぶ。

 下半身は裸のままの不審者スタイルだが、ここにそれを注意するような常識人はいない。



「あいつがいたら、『そんなものを出しっぱなしにするんじゃないわよ!』とか、叱られたかもしれんな」

 

 ふは、と勇者は笑う。

 王様からはただの駒として利用され、神官からは不憫な子扱いをされ、姫君からは汚物を見る目で蔑まれた。

 勇者がこの異世界にやってきて以降、勇者を一人の人間として見てくれたのは、ピンク色のスライムだけだった。



「どこに行ったんだよ、あいつ。女心がなんとかって言ってたけど、そんなの俺に分かる訳ないだろ。女とまともなお付き合いなんて、したことがないんだからさあ」



 自分で言った台詞に傷ついていると、くう~ん? と元コボルトだった犬が鼻を寄せてきた。

 無理やり精液をぶっかけられ、魔物から犬にされたというのに、律儀に勇者の前で待てをしている。



「お前、可愛いとこあるな。慰み者みたいにして、悪かったよ。俺とお前は、勇者と魔物じゃなく、人間と犬だ。だから……仲良くしような」



 わしわしと耳の間をかいてやると、犬は目を細める。

 それで勇者の心は、少しだけ回復した。



「これが『もふもふは正義』ってやつか。……人間は弱いからな。こうして側にいてくれる存在がいないと、苦境に立ち向かえないんだろうな」

 

 スライムがいなくなってから散々だ。

 だから勇者にも分かった。

 自分には、ピンク色のスライムが必要なのだと。



「あいつを探しに行こう。最初から、そうしていればよかったんだ。代わりを見つけるなんて、無理なことだったんだ」



 前向きな気持ちになった勇者は、がばりと起き上がる。

 そしておもむろに、スウェットの上を脱いだ。



「犬、この服には、あいつの匂いが残ってるはずだ。移動するときは懐に入れて、持ち運んでいたから。手がかりらしいものは、これしかない。頼む、俺に力を貸してくれ!」

「わわん!」



 全裸になった勇者が頭を下げると、犬が頼もしく吠えた。

 元は魔物だっただけあり、こちらの言葉は理解ができるのか。

 くんくん、と鼻先をスウェットへ押し付け、しきりに匂いを確認している。

 しばらくそうしてから、犬は周囲をぐるりと見渡した。



「分かるのか? あいつがどっちに行ったのか」

「う~、わん!」



 犬が森の奥へ進み始めたので、勇者は慌ててスウェットの上下を身につけ後を追う。

 装備をなにも用意してもらえなかったので、足元にいたっては便所サンダルだ。

 だが、それでも勇者は犬を信じて、どこまでも歩く覚悟をする。



「魔王なんて知るものか。どうせ使い捨ての勇者だ。俺が駄目でも、すぐに次が呼ばれるだろう。今度はオッサンじゃなく、もっとマシなのが来るといいな」



 そう思っていたが、犬の後について暗い森を抜けると、うっすらと遠目に雪山が見えてきた。

 スライム狩りや、新たな魔物探しをしていたせいで、魔王城のある方角にはすっかり無頓着になっていた勇者だったが、雪山のおどろおどろしいシルエットに思わずぶるりと身震いをする。



「……本当にあるんだな、魔王城って。まあ、俺には関係ないけど」



 しかし、何となく犬は、そこへ向かっている気がする。



「まさかな……そんなはずないさ」



 嫌な考えを、勇者は頭から押し退けた。

 そして雨の日以外、勇者と犬は、道なき道を歩き続けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

聖女は聞いてしまった

夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」 父である国王に、そう言われて育った聖女。 彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。 聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。 そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。 旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。 しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。 ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー! ※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...