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7話 もふもふは正義

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 勇者は肩を落とす。

 そしてピンク色のスライムとの行為を、思い浮かべた。

 

「あいつはこれまでに、何度も俺の精液を吸収してた。それにも関わらず、別れる最後の瞬間まで、しっかりスライムだったぞ?」



 目の前の犬に疑問をぶつけるが、わんという鳴き声以外の返答はない。



「どういうことなんだよ……あいつが言っていたように、あいつだけが特別だったってことか? スライムの中で異色なんじゃなくて、魔物の中でも異色だったってことか?」



 はあ、と大きな溜め息が出た。

 勇者にとってコボルトは、スライムに次いで、旅のお供になり得る存在だった。

 その夢があっけなく潰えてしまって、意気消沈しないはずがない。

 

「元から魔王討伐とか、ダルいだけだったけど……今や完全に、他人事になっちまったな」



 あーあ、と勇者は大の字に寝転ぶ。

 下半身は裸のままの不審者スタイルだが、ここにそれを注意するような常識人はいない。



「あいつがいたら、『そんなものを出しっぱなしにするんじゃないわよ!』とか、叱られたかもしれんな」

 

 ふは、と勇者は笑う。

 王様からはただの駒として利用され、神官からは不憫な子扱いをされ、姫君からは汚物を見る目で蔑まれた。

 勇者がこの異世界にやってきて以降、勇者を一人の人間として見てくれたのは、ピンク色のスライムだけだった。



「どこに行ったんだよ、あいつ。女心がなんとかって言ってたけど、そんなの俺に分かる訳ないだろ。女とまともなお付き合いなんて、したことがないんだからさあ」



 自分で言った台詞に傷ついていると、くう~ん? と元コボルトだった犬が鼻を寄せてきた。

 無理やり精液をぶっかけられ、魔物から犬にされたというのに、律儀に勇者の前で待てをしている。



「お前、可愛いとこあるな。慰み者みたいにして、悪かったよ。俺とお前は、勇者と魔物じゃなく、人間と犬だ。だから……仲良くしような」



 わしわしと耳の間をかいてやると、犬は目を細める。

 それで勇者の心は、少しだけ回復した。



「これが『もふもふは正義』ってやつか。……人間は弱いからな。こうして側にいてくれる存在がいないと、苦境に立ち向かえないんだろうな」

 

 スライムがいなくなってから散々だ。

 だから勇者にも分かった。

 自分には、ピンク色のスライムが必要なのだと。



「あいつを探しに行こう。最初から、そうしていればよかったんだ。代わりを見つけるなんて、無理なことだったんだ」



 前向きな気持ちになった勇者は、がばりと起き上がる。

 そしておもむろに、スウェットの上を脱いだ。



「犬、この服には、あいつの匂いが残ってるはずだ。移動するときは懐に入れて、持ち運んでいたから。手がかりらしいものは、これしかない。頼む、俺に力を貸してくれ!」

「わわん!」



 全裸になった勇者が頭を下げると、犬が頼もしく吠えた。

 元は魔物だっただけあり、こちらの言葉は理解ができるのか。

 くんくん、と鼻先をスウェットへ押し付け、しきりに匂いを確認している。

 しばらくそうしてから、犬は周囲をぐるりと見渡した。



「分かるのか? あいつがどっちに行ったのか」

「う~、わん!」



 犬が森の奥へ進み始めたので、勇者は慌ててスウェットの上下を身につけ後を追う。

 装備をなにも用意してもらえなかったので、足元にいたっては便所サンダルだ。

 だが、それでも勇者は犬を信じて、どこまでも歩く覚悟をする。



「魔王なんて知るものか。どうせ使い捨ての勇者だ。俺が駄目でも、すぐに次が呼ばれるだろう。今度はオッサンじゃなく、もっとマシなのが来るといいな」



 そう思っていたが、犬の後について暗い森を抜けると、うっすらと遠目に雪山が見えてきた。

 スライム狩りや、新たな魔物探しをしていたせいで、魔王城のある方角にはすっかり無頓着になっていた勇者だったが、雪山のおどろおどろしいシルエットに思わずぶるりと身震いをする。



「……本当にあるんだな、魔王城って。まあ、俺には関係ないけど」



 しかし、何となく犬は、そこへ向かっている気がする。



「まさかな……そんなはずないさ」



 嫌な考えを、勇者は頭から押し退けた。

 そして雨の日以外、勇者と犬は、道なき道を歩き続けたのだった。
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