上 下
4 / 22

4話 ホーンラビットの孔

しおりを挟む
「なんだよ、訳わかんねえ。いろんなパターンを試した方が、Hは楽しいだろうが」



 ピンク色のスライムにはもう届かない愚痴をこぼし、勇者は歩き始める。

 端正な顔立ちの神官からは、夜は目印となる星を頼りに、昼は昇った陽を背にして、魔王城のある方角を目指すように教えられた。

 しかし、勇者は馬鹿らしくて、正直やってられなかった。



「……唯一のお楽しみだったのによ」



 ピンク色のスライムと出会ってから、暗い森で過ごす夜も悪くなかった。

 絶倫になったせいで、何発抜いても、すぐに勇者の息子は復活する。

 頭の芯まで快楽に溺れれば、曖昧な自分の存在意義について、うっかり考えなくて済んだ。

 そしてスライムは、ぎゃあぎゃあ文句を言いながらも、勇者が射精するとキレイにしてくれたのだ。



『本当にあんたは、しょうがないわねえ!』



 やれやれと言いたげなスライムの声が、勇者は嫌いじゃなかった。

 むしろ――。

 

「今日まで、いいコンビだったじゃねえか。それなのによ……」



 己の呟きの女々しさに気づき、勇者は頭を振った。

 勝手にいなくなったスライムなんて、もう忘れよう。



「次のパートナーを、見つければいいさ。あいつ以上のスライムはいなかったけど、魔物はスライムだけじゃないだろ」



 スライム狩りをしていたから、あまり森の奥へは進まなかったが、きっとこの先には、多種多様な魔物がうろついているはずだ。



「俺はなにも、スライムにこだわる必要はなかったんだ。広く探せば、もっと人型に近い魔物も、いるかもしれん!」



 そうやって気持ちを高揚させて、勇者はより深部へと分け入った。

 頭のどこかで、あのピンク色がチラチラしたが、それを無視して進む。



「俺は勇者だ。魔物となあなあで仲良くするのは、おかしなことだったんだ。次に魔物を捕まえたら、しっかり躾けて、俺に服従させないと」



 ――また逃げられるのは、嫌だ。

 勇者はそんな言葉をぐっと飲み込んだ。



 湿った枯葉を踏み分け、うっそうとした樹海を数日かけて歩き回っていると、ついに勇者はスライムではない生き物と遭遇した。

 それは長い耳をもった白い毛皮の塊で、勇者が元いた世界の、とある草食動物によく似ている。



「多分あれは、ウサギだろう? いや、額に角があるから、ここでは魔物なのか?」



 勇者はホーンラビットの名前を知らなかった。

 ホーンラビットは普通のウサギよりも大きく、鋭い一本角を持ち、後ろ足がやけに逞しい。

 こちらの存在に、まだ気がついていないホーンラビットを観察し、どうするか考える。



「あまり俺の役に立ちそうにないが、取りあえず捕まえてみるか」

 

 自身に自覚はないが、攻めると決めた勇者の動きは、目で追えないほどに速かった。

 あっけなく首根っこを押さえつけられ、ホーンラビットは地面にねじ伏せられる。

 だが怖いもの知らずなホーンラビットは、歯をカチカチ鳴らして勇者を威嚇した。

 

「手を離せ! きさまなど、齧歯の餌食にしてくれる!」

「威勢がいいな。ところで、お前はメスか?」

「………………オスだ!」

「怪しい。返答を躊躇ったのはなぜだ?」



 にやにや笑う下衆な勇者は、完全に正義の味方ではない。

 さらには聖力が漏れ出ているのか、察したホーンラビットが震えだす。



「な、何をする気だ!?」

「ちょっと具合を確かめるだけだ」

「お、おい、まさか……」

「狭いな、唾つけただけじゃ無理か?」

「や……やめてくれ! 体格差を考えろ!」



 ひぎゃああああああ!



 憐れなホーンラビットの悲鳴が、森中に響き渡った。

 近辺にいただろう他の魔物は、即座に危険を感じて気配を消す。



「マジかよ、まだ中指の第一関節しか入れてないぞ。これくらいで失神されたんじゃ、とても俺の役に立ちそうにないな」

 

 脱力した勇者は、押さえつけていたホーンラビットから体を起こした。

 気絶しているホーンラビットは、口から泡を噴き、白目を剥いている。

 勇者に敵対感情がなかったおかげで、命までは失っていないのが幸いだった。

 

「もっと大きな魔物がいいってことか」



 気持ちを切り替えて、それからも勇者は周辺を探したが、まるで魔物は見つからなかった。



 ◇◆◇◆

 

 数日間におよぶ執念の捜索の結果、地面に埋まって動かない、大根みたいな生き物がいるのに気づいた。

 一般的にはマンドラゴラと呼ばれる、触るな危険の代表的な魔物だが、やはり勇者にはその知識がない。



「なんだこりゃあ? これで隠れてるつもりか? やれやれ、ウサギの次は大根かよ」

 

 勇者はよく考えずに、葉っぱ部分をつかむと、思い切り引き抜いてみる。



 ――その瞬間、超高音の金切り声が、勇者の鼓膜を突き破った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:77

【完結】ニートが死んで、ゴブリンに

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:31

La Roue de Fortune〜秘蜜の味〜

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:16

婚約者の密会現場を家族と訪ねたら修羅場になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:83

処理中です...