【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
64 / 76

63話 知らぬ存ぜぬ

しおりを挟む
「それからボクは、馬だったり運河だったりをとにかく乗り継いで、早急にヨアヒム殿下へ救援を求めようと……エルゲラ辺境伯領で会えたのは、幸いでした。どうか姉を助けてください。お願いします!」



 アダンはヨアヒムへ平伏した。

 カーサス王国のことに、ヘルグレーン帝国が関わるのは越権行為だが、ヨアヒムはファビオラの正式な婚約者だ。



「父も母も、王家へ抗議をしています。でも、レオナルド殿下が知らぬ存ぜぬと嘘をつき通し、姉は行方不明の扱いになっているのです。ボクが見張りをつけていた屋敷には、シトリン嬢が駆け付けてくれたのと同時刻に、王家の紋章がついた馬車が乗り入れたと報告がありました。姉は間違いなく、そこに監禁されています」



 呼吸も忘れて訴え続けたアダンは、咳き込んだ。

 ヨアヒムは跪いて、その背をさすってやる。



「ファビオラ嬢は私の大切な人だ。必ずや王太子から取り戻そう」



 力強いヨアヒムの声に、涙がにじむ。

 

「ありがとうございます。やはり、ヨアヒム殿下を推してよかった」

「私を、推して?」

「あなたはボクの憧れなんです。いつだって、あなたみたいになりたいと、頑張ってきました」



 ぐい、と拳で目尻を拭うと、青いアダンの瞳が、赤いヨアヒムの瞳を真っすぐ捉えた。



「ボクは当時のことをよく覚えていないけれど、姉は何度だって教えてくれました」

「もしかして、それは……」

「ヨアヒム殿下は、オーズですよね?」



 にこりと笑ったアダンの顔は、幼かったポムを彷彿とさせる。

 ヨアヒムはくしゃりと髪をかき上げ、少し顔を赤らめた。



「ファビオラ嬢には、求婚するときに打ち明けようと思っていた」

「じゃあ、それまでボクも、黙っています」



 人差し指で、しーっと、アダンは唇を押さえる。

 どうやらアダンは、恋するヨアヒムの味方のようだ。

 背後からは成長を見守る、バートの生暖かい視線を感じる。



「一緒にファビオラ嬢を助けに行こう」



 ヨアヒムは握った拳を、アダンへ突き出した。

 パッと顔を輝かせたアダンが、同じ動作をして合言葉をいう。



「幸運あれ!」



 ◇◆◇◆



「エバ、まさかと思うが、パーティの火事について、関わってはいないよな?」

「知らないわよォ。お兄さまったら、外務大臣の娘にデレデレしちゃって、私をほったらかすんだもの。退屈でしょうがなかったわァ」

「だからって、約束の場所から動いたら駄目だろう!」

「ちょっと飲み物を、取りに行ったの。すぐに戻ったんだけど、今度はお兄さまを見失っちゃってェ」

「私はエバを探して、あちこち走り回っていたんだ」

「じゃあ、すれ違ってしまったのねェ。それで? 外務大臣の娘とは、うまくいきそうなのォ?」



 説教がうるさくて、エバは話をすり替える。

 ホセが顔を赤くして、話しやすかっただの、可憐だっただの、やたら令嬢を褒めるのに、エバは上の空で相槌を打つ。



(当たり前じゃない。レオさま狙いだったのが、お兄さまに照準が変わったんだもの。気に入られようとして、いいところしか見せないわよォ)



 腹の底でホセを馬鹿にしながら、エバは肝心の質問をくりだす。



「あの火事で、誰か死んだのォ?」

「火元と思われる休憩室には、二人の令嬢がいたらしいが、バルコニーから助け出されたそうだ。内部はほとんど全焼したというから、救援が遅れていたら大変なことになっていただろう」

 

 ホセは神妙な顔をしているが、エバは舌打ちしたい気分だった。



(殺しそこなったんだわ! 悔しいィ!)



 あの日、パーティ会場に現れたレオナルドは麗しく、やっぱりエバの王子さまなのだと感じた。

 ふらふらと吸い寄せられるように近づくと、その隣に目障りなファビオラがいるのに気づく。

 しかも、あろうことかレオナルドの色であるピンクで全身を固め、銀色の宝飾品をこれでもかと装着していた。

 いよいよレオナルド殿下も婚約者を決められたのか、と貴族たちが噂する中、二人は息の合ったダンスを披露する。

 さらには、時おり顔を近づけて、ひそひそと内緒話までする始末。

 そんな光景を見せつけられて、黙っていられるエバではない。

 

(レオさまと別行動になった瞬間を狙って、あの部屋に閉じ込めてやったのよォ。銀髪ごと燃え落ちればいいと思って火を放ったのに、生き延びたなんて腹が立つわ!)



 だがホセが言うには、ファビオラはその後、行方が分からなくなったらしい。



(このまま、見つからなければいいのよ。そうすれば、レオさまの隣は、永遠に私のものなんだからァ!)



 エバは銀髪のかつらを、ぎゅっと握り潰した。



 ◇◆◇◆



「ファビオラ、元気にしてたようだね」



 予知夢の中と同じ屋敷へ閉じ込められて、半月ほどが経過した。

 レオナルドは時間を見つけては、ファビオラの様子を確認に来る。

 そしてあの夜から、レオナルドはファビオラに敬称をつけなくなった。

 それが許されるのは、特別な関係だけだというのに。



「王太子殿下、これを外してください」

 

 ファビオラはレオナルドに、右腕を持ち上げて訴えた。

 白い手首には、傷がつかないように布をかませた手錠がはめられ、そこから長い鎖が伸びていた。

 鎖の先は、壁に埋め込まれた鉄輪に繋がっていて、ファビオラの行動範囲を制限している。

 この部屋の中には、生活するのに困らないだけのものが揃っているが、だからと言って居心地がいい訳ではない。



「駄目だよ。また逃げようとするだろう?」



 ファビオラは連れて来られたその日のうちに、脱走を試みた。

 屋敷のどこを通れば外に出られるのか、ファビオラは『知っている』。

 しかし――その抜け道は、使えなかった。

 逃げたのがバレたファビオラは、レオナルドに手錠をかけられ、鎖で繋がれて今に至る。



「あんなところから、外に出られるなんて、僕も知らなかったよ。だから二度目は先回りして、塞がせてもらったんだ」

「二度目?」



 ファビオラは違和感を覚える。

 以前にもこうして、レオナルドは誰かをここへ、閉じ込めたのだろうか。

 考えを巡らせるファビオラをよそに、レオナルドは満足げだ。



「使用人は、口が利けない者ばかりを集めた。ファビオラがここにいると、うっかり漏らされてはいけないからね」



 それはお世話をされているときに、ファビオラも気づいていた。

 みんな、身振り手振りで、意思疎通を図ろうとするのだ。

 

「彼女たちは僕に忠実だ。味方にしようとは、思わないようにね」

「そんなことは……」



 考えてもいなかった。

 きっと彼女たちにとって、仕事を得るのは大変なことだ。

 同情してファビオラに手を貸そうものなら、レオナルドから叱責され、最悪の場合、職を失うだろう。

 ファビオラの表情から、そう思っているのを読み取ったレオナルドが、ふっと微笑む。



「優しいね。双子の妹のラモナを亡くして、ずっと空虚だった僕の心を、ファビオラは慰めて癒してくれた。あの運命の日から、僕は君を神様には、絶対に渡さないと決めたんだ」

「……?」



 また、だ。

 レオナルドは、誰かとファビオラを重ね見ている。

 ファビオラはレオナルドを避け続けていたから、まともに会話をしたのは数回しかない。

 だからレオナルドの言う運命の日など、存在しないのだ。

 

「もう戻らなくては。次こそ、ファビオラの食べたいものを教えてね。必ず持ってくるから」



 レオナルドはファビオラの銀髪に口づけると、屋敷から去った。

 執務の合間だけだから、長居はしない。

 そのおかげで、ファビオラも耐えられた。

 

「王太子殿下は完全に人払いをして、いつも私と二人きりになる。……未婚の男女には、許されない行為だわ」



 見咎められ、既成事実を問われたら、言い逃れができない。

 レオナルドの距離の詰め方が、ファビオラには苦痛だった。

 

「ヨアヒムさまのときは、こんなことを感じなかったのに」

 

 はあ、と口から深い溜め息がもれる。

 予知夢の中でレオナルドは、犯罪者であるファビオラを、衆目から隠すために監禁していた。

 ただし、今はそれとは状況が違う。

 

「こうなってしまったのは、私がパーティ会場で、火事に巻き込まれたせいよね。王太子殿下は私が、神様に連れて行かれると思って、過剰に警戒しているんだわ」



 かつて、レオナルドが言っていた。

 神様が銀髪を愛するあまり、ラモナの魂を欲した。

 そのせいで、不思議な死に方をしたのだと。



「不思議といえば、どうして火事が起きたのかしら。あの休憩室には、他にあんな手燭なんてなかった。誰かが故意に持ち込んだとしか――」



 そこでファビオラは思い出す。

 パーティ会場で令嬢にぶつかられたとき、その銀髪が気になったのを。

 

「ウルスラさまの専属侍女として、変装をしていたから分かる。あの銀髪はかつらだった」



 カーサス王国では、銀髪は神様の御使いの一族の象徴だ。

 ファビオラは父トマスも銀髪なので珍しくも感じず、あまり意識したことはないが、そうでない髪色の人からは憧憬の対象とされている。

 さらにはレオナルドが銀髪を好むと知っていれば、気を引くために、かつらを被ってパーティに参加する令嬢がいてもおかしくはない。

 

「だけど……妙だわ」



 令嬢が呼びに行ったはずのメイドは、いつまでたっても休憩室には来なかった。

 赤ワインで染まったドレスの裾ばかり見ていて、ファビオラはくだんの令嬢と目を合わせていない。

 さらにはパーティ会場の騒がしさもあって、令嬢とはっきりした言葉のやりとりも出来なかった。

 ――『朱金の少年少女探偵団』のオーズだったら、真っ先にその正体不明の令嬢を疑っただろう。

 

「シトリンさんと逃げようとしたら、扉には鍵がかけられ、内側からは開かなかった。最後にあの扉に触ったのは、立ち去った令嬢なのよね」



 ファビオラは確信する。

 あの令嬢が休憩室に火を放ったのだ。



「おそらく、命を狙われたのは私――シトリンさんは、巻き添えを食ったのだわ」



 申し訳なくて、両手で顔を覆う。

 しゃらりと、鎖が右側で音を立てた。



「あの令嬢の正体は、アラーニャ公爵令嬢だったのね」



 ファビオラを殺したがる令嬢が、そうそういるはずがない。

 ヘルグレーン帝国でヨアヒムの婚約者になったときでも、罵られはしたがそれだけだった。

 これまで直接、ファビオラに手をかけようとしたのは、エバだけなのだ。



「自宅謹慎中なのに、どうやって抜け出したのかしら。変装までしてパーティに潜りこむなんて……」



 その行動力をもってすれば、やがてこの屋敷にも来るのではないか。

 ロープで首を絞められた予知夢が蘇る。

 

「鎖に繋がれている場合じゃないわ。なんとかして外さないと!」



 しかし、巧妙につくられた手錠には鍵穴もなく、ファビオラに待ち受けるのは絶望だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

あなたに、愛などないはずでした

空野はる
恋愛
貴族学園の卒業パーティーが数日後に迫ったその日。 婚約者であるブレイドは、ティアに婚約解消を提案してきた。 身勝手な理由に一度は断るティアだが、迎えた卒業パーティーで婚約破棄を宣言されることに。 今までずっと耐えてきた果ての婚約破棄。 ついに我慢の限界を迎えたティアは、断罪を決意する。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...