【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
57 / 76

56話 開戦の予感

しおりを挟む
 そこまでヨアヒムが口にしたとき、執務室から大きな物音がした。

 二人してそちらへ目を向ける。

 足音を忍ばせ近づくと、隠し通路がある本棚が開き、息せき切ったウルスラが現れた。



「母上!?」

「どうされたのですか!?」



 ヨアヒムとファビオラが駆け寄ると、ウルスラはホッとした顔をする。



「良かった、あなたたちは無事ね」

「何かあったのですか?」



 疲れた様子のウルスラを支えながら、ヨアヒムが尋ねる。



「私の部屋の近くで、不審者が見つかったの。護衛が追っているけれど、入り組んだ皇城に詳しいみたいで、逃げられる可能性が高いわ」



 それを伝えるため、ウルスラは自ら走って来たのだ。

 

「ここはバートが見張っていますから、大丈夫だと思います」

「ええ、顔を見たら安心したわ。ちょっと休ませてもらえる?」



 ソファへ腰かけたウルスラへ、ファビオラが水差しから水を注いで渡している。

 しばらくすれば、護衛たちが報告にやってくるだろう。



「これから義兄上は、大きな戦を仕掛けようとしているのに、今さら暗殺者を寄こすのは変ですね」

「暗殺者ではなく、間諜かもしれないわね。あちらに都合のいい開戦のタイミングを探っているとしたら、納得できるわ」

 

 いよいよ、皇位継承争いも詰めに入る。

 ウルスラがファビオラを見た。



「ファビオラさんには、一時的にカーサス王国へ帰ってもらおうと思っているの。あなたをヘルグレーン帝国の戦に巻き込みたくないというのが、赤公爵家の総意よ」

「でも、私だけ安全圏にいるのは……」



 躊躇いを見せるファビオラを、ウルスラは説得する。



「私にとってもヨアヒムにとっても、あなたは弱点なの。もし、ファビオラさんが攫われでもしたら、形勢は一気に逆転してしまうわ」

「っ……! 分かりました」

「あまり時間はないかもしれない。必要な物だけをまとめて。戦なんてすぐに終わらせて呼び戻すから、それまで待っていてね」



 ファビオラに帰国準備をさせようとするウルスラへ、ヨアヒムが待ったをかける。



「母上、その前にファビオラ嬢と、話をさせてもらえませんか?」



 しかし、運はヨアヒムに味方しない。

 侵入者を見失ってしまったと、護衛からの報告が届けられたのだ。



「今は一刻を争うわ。ヨアヒムは指揮を執る準備を。ファビオラさんのことは、私に任せて!」



 そう言って、ウルスラはファビオラをつれて、寝室の扉から皇子妃の部屋へ行ってしまう。

 仕方なしにヨアヒムは頭を切り替え、指示を待つ護衛たちへ向き合うのだった。



 ◇◆◇◆



 夜が明けると同時に、ファビオラは馬車に乗って、カーサス王国を目指した。

 ウルスラの予想では、今月中にも戦が始まる可能性が高いそうだ。

 安全なうちにヘルグレーン帝国の国境を越えて欲しいと、足の速い頑丈な馬を用意してくれた。

 ヴィクトル辺境伯領に入れば、そこでさらに馬を替えて、一気にカーサス王国を目指す予定だ。

 いつもの旅程よりも慌ただしい中、揺れる車内でファビオラはぽつりと呟く。



「ヨアヒムさまに、挨拶もできなかった」



 ファビオラが皇城を発つ寸前まで、ヨアヒムは赤公爵家とそれに連なる一族との会議に出ていた。

 作戦について詳しくは知らないが、マティアスを自由に泳がせて、あえて事を大きくするらしい。

 それゆえ、こちら側にも被害が出る恐れがあり、先にファビオラを逃がすと言っていた。



「……昨夜は驚いたわ」



 ファビオラが寝入る直前、存在を忘れようとしていた扉から、ヨアヒムの声がした。

 それが切羽詰まった感じだったので、悪いことだと思いながらも、ファビオラは鍵を外してしまう。

 婚前の男女が人気のない場所で二人きりになるなど、本来ならば神様に顔向けできない行為だ。

 しかしファビオラは、それよりヨアヒムの願いを優先した。

 疲れていたのか、ぼうっとしていたヨアヒムだったが、ついにソフィの名を口にする。

 

「ソフィさまとの秘密の関係を、私に説明しようとしたのね」



 だが、それをファビオラが聞く前に、事態が急変する。

 現れた不審者の目的は、作戦や会議の資料だと思われた。



「第二皇子派の極秘会議は、全て口頭で行われる。だから記憶を覗かない限り、漏洩することはない」



 紙に情報を残さない。

 第一皇子派は、そのルールを知らないのだ。

 

「ヨアヒムさまやウルスラさまが、敗けるとは思えないわ。けれど、怪我をしないかどうかまでは、分からない」



 とくに、ヨアヒムは前線に出る。

 

「どうか、ご無事で」



 ファビオラは、ヨアヒムたちがいるだろう皇城の方角をみて、祈った。

 しかし、危機と闘わなくてはならないのは、ヨアヒムたちだけではなかった。



 ◇◆◇◆



 ファビオラが無事に国境を越え、エルゲラ辺境伯領に入るとすぐ、数名の騎士によって進路を遮られる。

 ヘルグレーン帝国の御者とカーサス王国の騎士が問答を始めたのを、ファビオラは馬車の中から窺った。



「騎士がつけている紋章は、王家のものだわ」



 これ以上、揉めるのは得策ではない。

 そう判断したファビオラは、馬車から下りる。



「グラナド侯爵家のファビオラです。私に御用があるのでしょう?」



 騎士たちは、ファビオラの銀髪を確かめるように見て、頷き合う。

 そしてファビオラの前に跪いた。



「グラナド侯爵令嬢、我々と一緒に来てください。レオナルド殿下がお呼びです」



 王家の紋章を見たときから、嫌な予感はしていた。

 ファビオラが19歳になって、そろそろ2か月が経過する。

 それだけ死期が近づいたということだ。

 しかし、レオナルドの婚約者候補にもなっていないし、エバはいまだ自宅謹慎中だからと油断していた。

 

「私は帰国したばかりで、まだ家族にも会っていないのですが――」

「ヘルグレーン帝国から戻り次第、すぐにお連れするように、と我々は命じられています」



 騎士たちが数名しかいないのは、交代でこの国境を見張っていたからだろうか。

 いつ帰るかも分からないファビオラのために、レオナルドはここまでするのだ。

 それはファビオラへの執着が、まったく薄れていないことを示していた。

 騎士たちに隠れて、粟立つ腕をさする。



(ここには味方がいない。なんとか逃げなくては……どうする?)



 ファビオラは騎士たちに断って馬車に近づくと、荷物の中から一通の封筒を取り出した。

 それは鮮やかな赤色をしており、ひときわ目を引いた。

 封緘が見えやすいように裏返し、ファビオラは騎士たちの前に差し出す。



「これは?」

「ヘルグレーン帝国の、皇帝陛下が使用する紋章です。私はこの手紙を、父のグラナド侯爵へ手渡すように、言いつけられています」

「っ……!」



 騎士たちの顔に当惑の色が浮かぶ。

 カーサス王国の王太子レオナルドと、ヘルグレーン帝国の皇帝ロルフと、どちらの命令を優先するべきか迷っているのだ。



(嘘はついていないわ。この手紙を書いたのは、皇帝陛下ではなくウルスラさまだけど)



 ロルフの仕事を代行しているウルスラは、皇帝の紋章がついた封緘を日常使いしていた。

 騎士たちは集まって、どうしたらいいかを話し合っている。

 だが、誰もが責任を取りたくなくて、具体的な案を出せずにいるようだ。

 ファビオラはその隙に、つけこむことにする。



「こうするのはどうでしょう? 騎士さまも一緒に、王都のグラナド侯爵家まで同行して、私がこの手紙を父へ渡し終わってから、王太子殿下のもとへ向かうというのは?」

 

 これは賭けだった。

 取りあえずグラナド侯爵家へと逃げ込んで、そこからなんとか言い訳をして、レオナルドと会うのを引き延ばせないか。

 その内に、皇位継承争いが終わってくれれば、ヨアヒムの婚約者であるファビオラは、ヘルグレーン帝国へ戻らなければならない。

 

「確かに、合理的ではありますね」



 ファビオラの提案に乗れば、レオナルドの面子も潰さずに済む、と騎士たちは考えたようだ。

 本当は、エルゲラ辺境伯家にも立ち寄る予定だったが、それも許されない急ぎの旅になってしまった。

 馬車の周囲を、騎士たちが取り囲む。

 ファビオラは緊張を強いられる御者を労った。

 

(帰ったら、お父さまにお母さま、そしてアダンの知恵も借りましょう)



 ファビオラは一人ではない。

 運命に抗うのを、諦めるのはまだ早い。

 しっかりと前を見据える碧の瞳には、生きたいと願う力がみなぎっていた。



 ◇◆◇◆



「お姉さま! お帰りなさい!」



 グラナド侯爵家にファビオラの乗った馬車が到着すると、アダンが飛び出してきた。

 久しぶりの邂逅に、姉弟はしばらく抱擁をかわす。

 その間に、ファビオラはアダンの耳元で、これまでの経緯を小声で話した。

 瞬時に状況を理解したアダンは、すぐに人好きのする笑顔を浮かべる。

 そして、ずらりと居並ぶ騎士に向かい、少しだけ休憩するように勧めたのだ。



「騎士のみなさま、これまで姉を護衛していただき、ありがとうございます。これから姉は、レオナルド殿下にお会いするため、旅の汚れを落としてまいります。よければ騎士のみなさまも、厩舎で馬を休ませてください」



 騎士は自分の馬を大切にする。

 馬を口実にすれば、足止めができるとアダンは見越した。

 

「ありがたい。ここまで早駆けで来たので、馬が砂だらけなのだ」



 うまく乗せられた騎士たちは、使用人の案内に従い、グラナド侯爵家の厩舎へと馬をつれていく。

 ファビオラはようやく、騎士たちの監視の目から逃れられた。

 

「助かったわ、アダン」

「すぐにお父さまも帰ってきます。みんなで対策を考えましょう!」



 しかし、父トマスが乗って帰って来た馬車には、なぜかレオナルドも同乗していたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...