【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
55 / 76

54話 すれ違う二人

しおりを挟む
 城内に何カ所もある隠し通路の出入り口を、ひとつひとつ回っていたヨアヒムが、そろそろ皇帝ロルフから鍵を奪おうかと考え出した頃、やっとバートがファビオラの居場所を突き止めてきた。

 

「母上のところに?」

「侍女さんに変装する更衣室があるじゃないですか。あそこで倒れていたのを、発見されたそうです」

「容態は? 無事なのか!?」

「気絶してるだけって、医者は言ってるみたいですね」



 ファビオラが見つかって、ホッとする反面、何がどうしてそうなったのかが分からない。



「取りあえず、ファビオラ嬢を見舞おう」

「ウルスラさまも、もうじきお戻りになるでしょう」



 今日のウルスラは、会いたくない相手が城内にいるとかで、外へ出かけていた。

 

「ファビオラ嬢は、また危険な目に合ったのだろうか。そうでなければ、隠し通路になんて入らないだろう?」

「その可能性は高いですが、たまたま人目を避けて、ヨアヒムさまに会いに来ただけかもしれませんよ?」

 

 その結果、どうなったのか。

 ずんと落ち込むヨアヒムの腕を引っ張り、バートはファビオラがいる医務室へと向かわせた。



 ◇◆◇◆



 その日は意識を失ったままのファビオラだったが、次の日には目を覚ました。

 医務室のベッドで診察を受けていると、ヨアヒムとウルスラが見舞いにくる。

 まずは心配をかけてしまったことをファビオラが詫びたら、逆に二人から謝られてしまった。



「ファビオラ嬢、昨日は申し訳なかった」

「私も肝心なときに留守にしていて、ごめんなさいね」

 

 ファビオラは首を横に振り、改めて真剣な眼差しを二人へ向けた。

 人払いをお願いしてから、核心について触れる。



「私の記憶が鮮明なうちに、一言一句、違わずにお伝えします」



 それはマティアスの後をつけ、密会の現場を押さえたことから始まった。

 そこで誰と何を話していたのか、ファビオラは正確に覚えている。

 まさかという顔をしているヨアヒムと、複雑な表情で考え込むウルスラ。

 しばらくの静寂の後、ヨアヒムがポツリと呟く。

 

「カーサス王国の宰相が、なぜヘルグレーン帝国の皇位継承争いに加担を?」



 その理由は分からないが、告白しなければならないことがある。

 ファビオラは申し訳無さそうに付け加えた。

 

「私の父は、カーサス王国で財務大臣を拝命しています。そして長らく、国庫から横領されたらしいお金の行方を追っていました。しかし、カーサス王国内では使われた形跡が見つからず、もしかしたら……」



 ウルスラが顎に指をあて、賛同した。

 

「ファビオラさんの考えは、あたっていると思うわ。宰相の言葉を噛み砕いて解釈するに、定期的にヘッダへ渡していたお金がそれに該当しそうね」



 オラシオは外交のため、数ヶ月おきにヘルグレーン帝国を訪れていた。

 マティアスがハネス親方を呼び出していた時期とも、それは重なる。



「そのお金で、マティアスは私兵団をつくったのね」

「父が言うには、監査を厳しくしたので、横領されたのは多額ではないそうです」

「だから兵士の質が悪いし、装備も行き渡らないし、雇ったものの給金が払えず、退団が相次いでいるんだわ」



 ウルスラの予想に、ヨアヒムが同意して頷く。

 しかし、オラシオは加えて、個人的にも出資をすると口約束をしていた。

 その後押しのせいで、俄然マティアスは張り切ってしまって――。



「いよいよ、戦になるのではないかと思いました」



 それでファビオラは、急ぎ走ったのだ。

 一日遅れてしまったが、ちゃんと伝えられて安堵する。



「ありがとう、ファビオラさん。おかげでこちらも、万全な状態で迎え撃てるわ」



 ウルスラの笑みは力強かった。

 役に立てたという自負で、ファビオラも誇らしい。

 じわり、と視界が滲みそうになり、ぎゅっと目をつむった。



「ファビオラ嬢、恐ろしい思いをしただろう。それなのに、昨日は力になれず――」



 ヨアヒムに忘れたかった話を持ち出され、ファビオラは慌てて言葉を遮る。

 

「ちょっと、緊張の糸が切れたみたいで……情けなくも、ウルスラさまの部屋に着いた途端、気を失ってしまいました」

「もうファビオラさんは、偵察を止めた方がいいわね。万が一、マティアスに侍女の姿を見られていたら、危険だもの」

 

 報復があるかもしれない、とウルスラは言う。

 ファビオラは素直に受け入れた。

 『朱金の少年少女探偵団』だったら、いくらシャミが無茶をしても、最後にはオーズと仲間たちが助けに来てくれる。

 だが、現実に生きるファビオラは、その法則には当てはまらない。

 昨日の経験で、ファビオラは思い知った。



(ヨアヒムさまは常に、こんな世界に身を置いているのだわ。それは、どれほどの緊張を強いられる日々なのかしら)



 そっとヨアヒムを窺うと、なぜかファビオラよりも顔色が悪かった。

 

「ファビオラ嬢、こんなときだけど、話がしたい。昨日の状況を、説明させて欲しくて――」

「ヨアヒム、せっかくファビオラさんが、急ぎでもたらしてくれた知らせよ。すぐに対策を取るための、会議を開くべきだわ」

「いえ、少しの時間でいいんですが――」

「前代未聞の大捕り物になるのよ。赤公爵たちも呼び出して、今度こそ一網打尽にするわよ!」



 ヨアヒムは襟を掴まれ、ずるずるとウルスラに引きずられていく。

 ファビオラへ手を伸ばしていたが、あえなく扉の向こうへ連れて行かれた。

 医務室に残されたファビオラは、ふう、と肩を落として息をつく。



(対外的なヨアヒムさまの婚約者は、今は私だわ。だから、ああして執務室で人目を忍んで、ソフィさまと逢瀬を重ねていたのね)



 それを知らず、うっかり覗いてしまった。

 ヨアヒムはファビオラに、そうした情報を共有しておこうと思ったのだろう。



(まだ冷静に聞ける自信がない。ウルスラさまが別の話を持ち出してくださって、助かった)

 

 しかし、いつまでも避けては通れない。

 ヨアヒムとソフィの関係を、受け止めなければならない。

 心の中で泣きじゃくっている、朱金色の髪をした少女を、ファビオラは慰めるしかなかった。



 ◇◆◇◆



 その頃、カーサス王国では――。



「今、何と言ったのですか、母上?」

「つい最近、パトリシアから聞いたのよ」



 久しぶりに、母ペネロペの見舞いに訪れたレオナルドは、ファビオラがヨアヒムと婚約したと知らされる。

 

「ファビオラさんは、ヘルグレーン帝国でお仕事をしていたでしょう? その関係で、第二皇子殿下とお知り合いになって、そのまま話がまとまったらしいわ」

 

 ファビオラがカーサス王国に帰ってきたら、その身をかどわかし、あの屋敷に閉じ込めてしまおうとレオナルドは考えていた。

 しかし、ヘルグレーン帝国の第二皇子と婚約したならば、もうファビオラはカーサス王国に戻ってこないかもしれない。



「どうして……」



 茫然自失なレオナルドに、ペネロペはかける言葉が見つからない。

 亡くなったラモナと同じ銀髪を持つファビオラに、執着しているレオナルドの精神は、ペネロペと同じでまだ回復していないのだ。



「レオ、私たちの中に、いつでもラモナはいるわ」



 ファビオラとラモナを、同一視してはいけない。

 そう諭したつもりのペネロペだったが、レオナルドには通じない。



「いませんよ。ラモナは無慈悲にも、神様が連れて行ったじゃないですか」

「レオ……」

「僕が護ってあげないと、ファビオラは早死にするんです。もう失敗は許されません」



 二度目はないのだから、と呟き、レオナルドは離宮を出て行った。

 その不穏な言葉に、動悸を感じてペネロペは胸を押さえた。



「もしかして、すでに、レオも使ったの? 時を巻き戻せる、神様の恩恵を――」



 普段は大人しく温厚なペネロペが、たった一度だけ、号泣しながらダビドを詰ったことがある。



『どうして! どうして使ってしまったのですか! その力は、もっと崇高な目的のために、神様が授けてくれたものでしょう!』



 これから、どれほど恐ろしい災禍がカーサス王国を襲おうとも、ダビドはそれを無かったことにはできない。

 ペネロペが落馬して命を落とした際に、時を巻き戻してしまったからだ。

 神様の御使いの血が流れる一族として、もう民を救えない。

 その罪を償うかのように、ダビドは真面目に政務に取り組んでいる。



 しかし、政略により結ばれたと思っていたダビドが、ペネロペに対して示した愛の深さに、乙女心が歓喜してしまったのも事実だ。

 その一瞬は、ペネロペは自分が王妃であることを忘れた。



「私は……レオを責められない」



 ペネロペの言葉は、澱みを含んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...