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48話 駆け引きの場
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ヘルグレーン帝国の皇城内へ、居を移したファビオラのもとに、アダンからの手紙が届いた。
学校の卒業式でシトリンからファビオラへの言付けを預かったことや、論文が素晴らしかったと先生たちの間で話題になっていたことと合わせて、レオナルドの近況についても書かれている。
『予想はしていましたが、お父さまへの追求が激しかったみたいです。先回りして国王陛下や王妃殿下へ、釘を刺していたのが功を奏しました。それ以降、レオナルド殿下はめっきり大人しくなって、逆に裏で何かをしているのではないかとボクは疑っています』
アダンは、予知夢の中でファビオラが監禁されたという屋敷が、実際に存在するのを確かめたそうだ。
今の持ち主の名前は、もちろんレオナルドではなかった。
だが、高貴な身分の方が出入りしていると、周囲では噂になっているらしい。
『それがレオナルド殿下なのか、まだ分かりません。これからも十分に警戒をしていきます』
ファビオラを護りたいというアダンの強い意志が、その筆跡には現れていた。
「アダンもお父さまもお母さまも、一丸となって戦ってくれている。私も頑張らなくちゃ!」
手紙を大切に仕舞うと、ファビオラは姿見の前に立つ。
今日はヨアヒムの婚約者として、お茶会へ出席しなくてはならない。
主催者は、赤公爵家とも青公爵家とも繋がりのない、中立派の伯爵夫人だ。
「何事もなく終わりますように」
ファビオラは黄色のドレスをひるがえし、皇子妃の部屋を後にした。
◇◆◇◆
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
温厚そうな伯爵夫人の挨拶に会釈を返し、ファビオラは案内された庭園をのんびり歩く。
あらかじめ席が決まっているのかと思ったが、どうやら散策をしながら、疲れたら近くのベンチや椅子へ腰かける形式のようだ。
そうしないと、第二皇子派と第一皇子派で、完全にテーブルが分かれてしまうからだろう。
席が自由ならば、偶然、反発する同士が隣り合ってしまっても、一言二言、礼儀として会話をし、さっと立ち上がってまた歩き出せる。
回遊性のある庭園だからこそ、余計な揉め事を避け、そして交流をするという名目も立つ。
(よく考えられているわ。いくら争っていても、まったく接触しない訳にはいかないものね。こうしたあいまいな場を設けることで、両家の緩衝材になっているのね)
はっきりと立場を表明している貴族ばかりではない。
そうした家門を己の派閥に勧誘するのにも、こんなお茶会は便利なのだろう。
「お隣、よろしいですか?」
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
少し前から椅子に座っていたファビオラを、窺っていた令嬢たちの集団の一人だ。
ファビオラは中立の伯爵家を慮って黄色のドレスを選んだが、その令嬢は淡い紫色のドレスを着ている。
ふくよかな体つきで、大きな胸を隠すような、フリルの多いデザインだった。
(紫色は赤と青を混ぜた色だけど――正妃殿下の髪色だから、基本的には青公爵家の色とされている)
ウルスラから得た知識を思い返し、ファビオラはゆったりと微笑む。
「どうぞ。今日は少し、日差しが強いですものね」
木陰になっている席を手のひらで示すと、令嬢は美しい所作で腰かけた。
その際に水色の髪が揺れ、さらりと灰色の瞳に影をつくる。
皇帝もそうだが、灰色の瞳はヘルグレーン帝国に多い。
青公爵家とそれに連なる一族の系譜を頭に入れているファビオラだが、髪色だけでは令嬢の名前が分からなかった。
(おそらく彼女は、あの集団の中で最も下位な爵位の令嬢なのでしょう。使い走りのように、私を探ってきなさいと言われて来たのね)
給仕が令嬢へ、カップの乗ったソーサーを渡す。
しばし、お茶の香りが漂う、静かな時間が流れた。
「カーサス王国グラナド侯爵家のファビオラと申します」
先んじて名乗ると、相手もそれに続く。
「オーバリ子爵家のポーリーナです。初めまして」
令嬢の正体が判明して、ファビオラは納得する。
ウルスラに渡された系譜には、子爵家以下は含まれていなかった。
ポーリーナを使い走りにした令嬢たちなら、もう少し近づいてくれれば、名前が分かるかもしれない。
遠くから様子をうかがっている集団へ、探る視線を投げたファビオラを遮るためか、ポーリーナが唐突に話を始めた。
「ファビオラさまとヨアヒム殿下の、馴れ初めをお聞きしたいですわ。お二人はどうやって、知り合われたのですか?」
しかしすぐに、ポーリーナは失敗した、という顔をする。
親しい仲でもないのに、あまりにも単刀直入すぎる質問をしたからだ。
本来はもっと気の利いた話題の後に、さりげなく聞く内容である。
焦るポーリーナはチラチラと集団を振り返り、そのたびに「こっちを見るな!」と言わんばかりの、怒り顔の令嬢たちから扇を振られている。
まったく腹芸ができないポーリーナを、ファビオラはしげしげと見つめた。
(なんだか、憎めないわね)
ポーリーナはというと、背後の令嬢たちの苛立ちの視線と、眼前のファビオラの興味津々な視線を浴びせられて、こめかみから汗がつたっていた。
ファビオラがドレスの隠しポケットからハンカチを取り出そうとしたが、ポーリーナのほうが早かった。
汗を吸うポーリーナのハンカチを、ファビオラは凝視する。
(あの刺繍の柄は……まさか)
ファビオラはポケットに突っこんだままだった指で、ハンカチ以外のものを摘まんだ。
そしてそれを、ポーリーナに差し出す。
「ミルクキャンディ、いかがですか?」
「っ……!」
大きく口を開けて、ポーリーナが固まる。
驚きで丸くなった目は、ファビオラの指先に向けられていた。
ヘルグレーン帝国にも多く輸出されているエルゲラ辺境伯領の乳製品には、赤いほっぺの女の子がブランドマークとして描かれている。
もちろんミルクキャンディの包み紙にも、その女の子はいた。
「お好きなんですね、この女の子が」
自分のハンカチに刺繍を施してしまうほどに。
ファビオラが飲み込んだ台詞は、正しくポーリーナへと届いた。
パッと頬を真っ赤にした姿は、赤いほっぺの女の子にそっくりだ。
「……昔から大好きなんです。可愛いから」
ぎゅうと握りしめられたポーリーナの手の中で、刺繍の女の子は笑っている。
素人の手によるものだと分かるが、とても上手だった。
あの町を好きになってもらうため、地道な草の根運動をしているファビオラにとって、それは喜ばしい出来事だ。
「このミルクキャンディは、私の母の故郷で製造しているんです。女の子の絵をつけようと言い出したのは、曾祖母にあたる人で――」
ファビオラが語る、女の子誕生の秘話に、ポーリーナは食いついた。
いつしか、令嬢たちから使い走りにされていたのを忘れ、夢中になって耳を傾けている。
「乳製品を食べた人が、女の子みたいな笑顔になるように。その願いは今も、受け継がれているのです」
「素敵ですわ! この温かい表情には、町の皆さんの祈りが、込められているのですね!」
ポーリーナはうるうるとした瞳で、もらったミルクキャンディの包み紙を見つめる。
ファビオラが長らく話をしている間に、令嬢たちの集団は立ち去っていた。
「貴重な話を、ありがとうございました。……お気づきだったとは思いますが、私は第二皇子の婚約者が、どんな人なのか探るように言われて……特に出会いのきっかけを、聞き出すようにと……」
「いきなり他国の令嬢が婚約者になったのですから、敵陣営としては気になりますよね」
ファビオラがはっきり敵陣営と断じたので、ポーリーナが首をすくめる。
「ああ、怖がらせるつもりで言ったんじゃないんです。その気持ちは、とても理解できると伝えたくて――」
「弁解はしません。本当のことですもの」
しょんぼりと肩を落としたポーリーナは、これからあの集団に戻るのだろうか。
うっかりファビオラと意気投合してしまったのだ。
きっと叱られるはずだ。
「ポーリーナさま、情報交換をしましょう。私とヨアヒムさまの馴れ初めを教えますから、私にも何か教えて欲しいのです」
「私の知っている情報でよければ……」
おずおずと申し出るポーリーナとファビオラは、しばらくおしゃべりを続けた。
『七色の夢商会』を通じてヨアヒムと出会った話は、隠すことでもないのでそのまま伝える。
頷きながら傾聴していたポーリーナは、これで課せられた使命を果たせると喜んだ。
(これでポーリーナさまがあの令嬢たちに、役立たずと罵られるのは避けられそうね)
その代わりにファビオラが聞き出したのは、先ほどの令嬢たちがマティアスの婚約者候補たちで、その中で最も爵位が下なのに最も気に入られているポーリーナが、いじめに合っているという事実だった。
学校の卒業式でシトリンからファビオラへの言付けを預かったことや、論文が素晴らしかったと先生たちの間で話題になっていたことと合わせて、レオナルドの近況についても書かれている。
『予想はしていましたが、お父さまへの追求が激しかったみたいです。先回りして国王陛下や王妃殿下へ、釘を刺していたのが功を奏しました。それ以降、レオナルド殿下はめっきり大人しくなって、逆に裏で何かをしているのではないかとボクは疑っています』
アダンは、予知夢の中でファビオラが監禁されたという屋敷が、実際に存在するのを確かめたそうだ。
今の持ち主の名前は、もちろんレオナルドではなかった。
だが、高貴な身分の方が出入りしていると、周囲では噂になっているらしい。
『それがレオナルド殿下なのか、まだ分かりません。これからも十分に警戒をしていきます』
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「アダンもお父さまもお母さまも、一丸となって戦ってくれている。私も頑張らなくちゃ!」
手紙を大切に仕舞うと、ファビオラは姿見の前に立つ。
今日はヨアヒムの婚約者として、お茶会へ出席しなくてはならない。
主催者は、赤公爵家とも青公爵家とも繋がりのない、中立派の伯爵夫人だ。
「何事もなく終わりますように」
ファビオラは黄色のドレスをひるがえし、皇子妃の部屋を後にした。
◇◆◇◆
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
温厚そうな伯爵夫人の挨拶に会釈を返し、ファビオラは案内された庭園をのんびり歩く。
あらかじめ席が決まっているのかと思ったが、どうやら散策をしながら、疲れたら近くのベンチや椅子へ腰かける形式のようだ。
そうしないと、第二皇子派と第一皇子派で、完全にテーブルが分かれてしまうからだろう。
席が自由ならば、偶然、反発する同士が隣り合ってしまっても、一言二言、礼儀として会話をし、さっと立ち上がってまた歩き出せる。
回遊性のある庭園だからこそ、余計な揉め事を避け、そして交流をするという名目も立つ。
(よく考えられているわ。いくら争っていても、まったく接触しない訳にはいかないものね。こうしたあいまいな場を設けることで、両家の緩衝材になっているのね)
はっきりと立場を表明している貴族ばかりではない。
そうした家門を己の派閥に勧誘するのにも、こんなお茶会は便利なのだろう。
「お隣、よろしいですか?」
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
少し前から椅子に座っていたファビオラを、窺っていた令嬢たちの集団の一人だ。
ファビオラは中立の伯爵家を慮って黄色のドレスを選んだが、その令嬢は淡い紫色のドレスを着ている。
ふくよかな体つきで、大きな胸を隠すような、フリルの多いデザインだった。
(紫色は赤と青を混ぜた色だけど――正妃殿下の髪色だから、基本的には青公爵家の色とされている)
ウルスラから得た知識を思い返し、ファビオラはゆったりと微笑む。
「どうぞ。今日は少し、日差しが強いですものね」
木陰になっている席を手のひらで示すと、令嬢は美しい所作で腰かけた。
その際に水色の髪が揺れ、さらりと灰色の瞳に影をつくる。
皇帝もそうだが、灰色の瞳はヘルグレーン帝国に多い。
青公爵家とそれに連なる一族の系譜を頭に入れているファビオラだが、髪色だけでは令嬢の名前が分からなかった。
(おそらく彼女は、あの集団の中で最も下位な爵位の令嬢なのでしょう。使い走りのように、私を探ってきなさいと言われて来たのね)
給仕が令嬢へ、カップの乗ったソーサーを渡す。
しばし、お茶の香りが漂う、静かな時間が流れた。
「カーサス王国グラナド侯爵家のファビオラと申します」
先んじて名乗ると、相手もそれに続く。
「オーバリ子爵家のポーリーナです。初めまして」
令嬢の正体が判明して、ファビオラは納得する。
ウルスラに渡された系譜には、子爵家以下は含まれていなかった。
ポーリーナを使い走りにした令嬢たちなら、もう少し近づいてくれれば、名前が分かるかもしれない。
遠くから様子をうかがっている集団へ、探る視線を投げたファビオラを遮るためか、ポーリーナが唐突に話を始めた。
「ファビオラさまとヨアヒム殿下の、馴れ初めをお聞きしたいですわ。お二人はどうやって、知り合われたのですか?」
しかしすぐに、ポーリーナは失敗した、という顔をする。
親しい仲でもないのに、あまりにも単刀直入すぎる質問をしたからだ。
本来はもっと気の利いた話題の後に、さりげなく聞く内容である。
焦るポーリーナはチラチラと集団を振り返り、そのたびに「こっちを見るな!」と言わんばかりの、怒り顔の令嬢たちから扇を振られている。
まったく腹芸ができないポーリーナを、ファビオラはしげしげと見つめた。
(なんだか、憎めないわね)
ポーリーナはというと、背後の令嬢たちの苛立ちの視線と、眼前のファビオラの興味津々な視線を浴びせられて、こめかみから汗がつたっていた。
ファビオラがドレスの隠しポケットからハンカチを取り出そうとしたが、ポーリーナのほうが早かった。
汗を吸うポーリーナのハンカチを、ファビオラは凝視する。
(あの刺繍の柄は……まさか)
ファビオラはポケットに突っこんだままだった指で、ハンカチ以外のものを摘まんだ。
そしてそれを、ポーリーナに差し出す。
「ミルクキャンディ、いかがですか?」
「っ……!」
大きく口を開けて、ポーリーナが固まる。
驚きで丸くなった目は、ファビオラの指先に向けられていた。
ヘルグレーン帝国にも多く輸出されているエルゲラ辺境伯領の乳製品には、赤いほっぺの女の子がブランドマークとして描かれている。
もちろんミルクキャンディの包み紙にも、その女の子はいた。
「お好きなんですね、この女の子が」
自分のハンカチに刺繍を施してしまうほどに。
ファビオラが飲み込んだ台詞は、正しくポーリーナへと届いた。
パッと頬を真っ赤にした姿は、赤いほっぺの女の子にそっくりだ。
「……昔から大好きなんです。可愛いから」
ぎゅうと握りしめられたポーリーナの手の中で、刺繍の女の子は笑っている。
素人の手によるものだと分かるが、とても上手だった。
あの町を好きになってもらうため、地道な草の根運動をしているファビオラにとって、それは喜ばしい出来事だ。
「このミルクキャンディは、私の母の故郷で製造しているんです。女の子の絵をつけようと言い出したのは、曾祖母にあたる人で――」
ファビオラが語る、女の子誕生の秘話に、ポーリーナは食いついた。
いつしか、令嬢たちから使い走りにされていたのを忘れ、夢中になって耳を傾けている。
「乳製品を食べた人が、女の子みたいな笑顔になるように。その願いは今も、受け継がれているのです」
「素敵ですわ! この温かい表情には、町の皆さんの祈りが、込められているのですね!」
ポーリーナはうるうるとした瞳で、もらったミルクキャンディの包み紙を見つめる。
ファビオラが長らく話をしている間に、令嬢たちの集団は立ち去っていた。
「貴重な話を、ありがとうございました。……お気づきだったとは思いますが、私は第二皇子の婚約者が、どんな人なのか探るように言われて……特に出会いのきっかけを、聞き出すようにと……」
「いきなり他国の令嬢が婚約者になったのですから、敵陣営としては気になりますよね」
ファビオラがはっきり敵陣営と断じたので、ポーリーナが首をすくめる。
「ああ、怖がらせるつもりで言ったんじゃないんです。その気持ちは、とても理解できると伝えたくて――」
「弁解はしません。本当のことですもの」
しょんぼりと肩を落としたポーリーナは、これからあの集団に戻るのだろうか。
うっかりファビオラと意気投合してしまったのだ。
きっと叱られるはずだ。
「ポーリーナさま、情報交換をしましょう。私とヨアヒムさまの馴れ初めを教えますから、私にも何か教えて欲しいのです」
「私の知っている情報でよければ……」
おずおずと申し出るポーリーナとファビオラは、しばらくおしゃべりを続けた。
『七色の夢商会』を通じてヨアヒムと出会った話は、隠すことでもないのでそのまま伝える。
頷きながら傾聴していたポーリーナは、これで課せられた使命を果たせると喜んだ。
(これでポーリーナさまがあの令嬢たちに、役立たずと罵られるのは避けられそうね)
その代わりにファビオラが聞き出したのは、先ほどの令嬢たちがマティアスの婚約者候補たちで、その中で最も爵位が下なのに最も気に入られているポーリーナが、いじめに合っているという事実だった。
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よろしくお願いいたします。
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