【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

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42話 不思議な共通点

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「わざわざ改まって、どうしたの?」



 ルビーが淹れてくれたお茶は、火傷しそうなほど熱い。

 ふうふう、とそれを冷ましながら、ファビオラは提案した。



「今年度いっぱいで、商会長から退こうと思うの。ルビーさん、この『七色の夢商会』を、来年度から引き継いでくれないかしら?」

「まだ創業して三年しか経ってないのに、早過ぎない?」

「ルビーさんのおかげで、思っていたよりも早く、必要な資金が貯まったのよ」

「そう言えば、そのために商会を立ち上げたんだったわね」



 目標金額に到達したら、すっぱりと身を引く。

 そして商会をルビーへ譲渡する。

 これはファビオラが最初から決めていたことだ。



「設立時の申し合わせでは、私の引退時に『七色の夢商会』を、ルビーさんに買い取ってもらう契約だったけど――」



 予想以上に『七色の夢商会』は繁盛したので、すでに店舗が入っている建屋は、賃貸ではなく所有物件になっている。

 さらには、地方に支店を出す話も進んでいて、候補としていくつかの不動産を購入済みだ。

 『七色の夢商会』の資産価値は、ルビーには手が出ないほど上がってしまっている。

 だからファビオラは考えた。



「その契約を、反故にしたいの。これは私の一方的な不履行だから、違約金が発生するわ」

「ちょっと待って、話についていけないわ。つまり、『七色の夢商会』はどうなるの?」



 狼狽しているルビーに、ファビオラは種明かしをする。



「違約金として、『七色の夢商会』を支払うわ。だからルビーさん、これからも辣腕を揮ってね」

「えええええええ!? ただで私にくれるってこと!?」



 絶叫してソファから引っ繰り返ったルビーを、ファビオラは助け起こす。

 

「大陸を股に掛ける商人になりたいと、ルビーさんは言っていたでしょう? ぜひ『七色の夢商会』で実現して欲しいのよ」

「そんなの……嬉し過ぎるわ! ありがとう!」



 がばっと抱き着かれ、ファビオラも尻もちをつく。

 ルビーは声を上げて泣いた。



「男爵家の長女として、家業を継いで、入り婿をとって……そんな責務を果たさなくちゃいけないのは、分かっていたの。それでも、自分の力を試したいって気持ちを、諦めきれなかった」

「それは『七色の夢商会』で叶った?」

「もちろんよ! ファビオラさんと一緒に、ここまで育てたんだもの。今以上に、『七色の夢商会』を大きくしていくわ!」

 

 満面の笑みを浮かべるルビーに、ファビオラも微笑み返す。

 右も左も分からないヘルグレーン帝国で、二人で力を合わせ、困難を乗り越えてきた。

 そんな中で、ほんの少しだけファビオラより年上だからと、ルビーはいつも手を引いてくれた。

 お姉さん気質なルビーに、ファビオラは何度も助けられたのだ。

 

「そうだわ、私もファビオラさんに、相談したいことがあったのよ」



 濡れた頬を手の甲で拭うと、ルビーは机に戻り、先ほどまでにらめっこをしていた書類を持ってくる。

 それをファビオラに見せながら説明した。



「ファビオラさんは、孤児院の支援に熱心だったでしょう?」



 紙面に書かれていたのは、多額の寄付に対する孤児院からのお礼だった。

 こうした手紙は毎年、定期的に受け取っていたが、今回は下の方に追記がしてある。

 

「……卒院する予定の子どもたちが、どうしても恩を返したいと、『七色の夢商会』で働かせて欲しいと願っています……」

「きっとファビオラさんなら、子どもたちを受け入れるだろうから、孤児院に行く日を決めようと思っていたの」



 いつがいいかしら? とルビーが予定表をめくる。

 ファビオラは不思議な共通点を感じて、じわりと滲んだ温かい涙を、指でそっと払った。

 そして平静を装い、なるべく早くに行きましょうと返答する。



(『朱金の少年少女探偵団』のメンバーはみんな、元孤児だった。そこから養子縁組されて、オーズは新聞記者の息子に、シャミは食堂の娘に、ポムは商会の息子に……他のみんなも、それぞれが違う家へと巣立っていくわ。だけど、ひとたび事件が起きれば集まって、力を合わせて謎を解き明かしていく)



 朱金の少年少女探偵団の本拠地は、彼らが育った孤児院で、そのシンボルマークは団旗にもある七色の虹だ。

 

(物語のように、『七色の夢商会』が子どもたちの拠点になれたらいいわ。これまでは寄付しかできなかったけれど、もう一歩踏み込んだ、孤児院への支援に繋がるかもしれないし)



 でも間もなく、ファビオラは商会長ではなくなる。

 ルビーはこの考えを、どう思うだろうか。



「ルビーさんは子どもたちを雇うことに、反対ではないの?」

「まさか! むしろ好都合だと思ったわ」



 訪問する日を丸で囲みながら、ルビーはご機嫌だった。



「だって、これから支店も増えて、絶対的に人が足りなくなるのだもの。『七色の夢商会』の役に立ちたいっていう熱心な働き手を雇えるのは、幸運だわ。なんなら私が子どもたちを教育をして、支店長にするのもいいんじゃないかしら?」

「素晴らしい考えだわ。ルビーさんの発想はいつも柔軟で、新しいのね」

 

 ファビオラは、ルビーの語る人材育成の計画に感心する。



「ファビオラさんが下地を整えてくれたからよ。人工薪だって、孤児院の子どもたちだって、そこに磨けば光る原石があるから、私の意欲がムクムクと湧くの」



 ルビーは型にとらわれない。

 

「それこそ今年に限らず、希望する子どもたちは全部、面倒を見たっていいわ。働く場所なら、店舗でも支店でも工場でも、たくさんあるんだから。それぞれの素質にあった、適材適所な職が見つかるはずよ」



 『七色の夢商会』は、ルビーに任せていれば大丈夫だろう。

 改めてルビーと一緒に、事業を始めて良かったとファビオラは思う。

 

「どんな子どもたちなのか、会うのが楽しみね」



 ファビオラには、これからも栄え続ける、『七色の夢商会』の未来が見えた。



 ◇◆◇◆



「ねえ、もっと金額を増やせないの? マティアスが言うには、鍛冶屋への支払いが滞っていて、兵士に装備が行き渡らないそうなのよ」

「……これ以上は、横領が露呈してしまいます」



 正妃ヘッダの強欲ぶりに、オラシオは顔をしかめた。

 すでに財務大臣のトマスからは、疑いの目を向けられている。

 今はブロッサの支度金をつかって、なんとかやり繰りしているというのに。

 

「最初に雇う兵士の数が、多すぎたのではないですか? その給与だって、馬鹿にならないでしょう?」

「だって、十人や二十人じゃ、格好がつかないとマティアスが零すから」



 だからって、百人はないだろう。

 二言目には「マティアスが」を口走るヘッダに、苛立ちが募る。

 もっと息子を躾けろ、と心の中で罵って、それをトマスから言われた日のことを思い出してしまう。

 ぎりっと悔しさで奥歯を噛みしめたオラシオに、紫色に塗られたヘッダの唇から言葉が続く。



「マティアスが稽古をつけてやると言って、木剣しか持たない兵士に真剣で切りかかるから、それは危ないと止めさせたわ。死に物狂いで向かってくる兵士が、どんな汚い手を使うか分からないでしょう? そういうところが、まだまだマティアスは若くて未熟ね」

 

 ヘッダはコロコロと笑うが、オラシオは笑えない。



(兵士が怪我をすれば、その治療費がかかる。そんなことも分からないのか)



 金勘定をするようになって、オラシオは財務大臣の苦労を少し理解した。

 国庫にある金は有限で、好き放題に使える訳ではない。

 

「兵士も備品と同じです。大事に使わねば、壊れてしまう」

「壊れてもすぐに補充できるでしょう? 備品とはそういうものよ」



 ヘッダとの会話は、嚙み合わない。

 いい加減、オラシオは辞去したくなってきた。

 だが、まだ話が終わらない。



「予定では、そろそろ赤公爵家を襲撃するつもりだったけど、装備が揃わないのなら延期するしかないわ。これからも、継続して融資をお願いね」

「……かしこまりました」



 ヘッダはオラシオが従順に頭を下げたのを見て、機嫌よく頷く。

 まだこの男には使い道がある。

 それまでは殺さず生かさず、掌で転がさなくてはならない。

 ヘッダはオラシオに褒美を与える。



「今夜のウルスラの予定だけど、忌々しいあれとの晩餐があったはずよ。食事に毒でもぶち込んで、まとめて始末したいところだけど、いい毒見役がいるのよね」



 がりっと音をさせて、ヘッダが爪を噛む。

 オラシオは欲しかった情報を得たので、さっさと立ち上がった。



「それでは、御前を失礼します」



 これ以上、ヘッダの不平不満を聞くのは、時間の無駄だ。

 背後でヘッダが呆れていようと、オラシオは気にせず退室した。

 早足で歩きながら、頭の中で皇城内の地図を広げる。



(晩餐の席を覗けるのは奥庭だ。季節的に葉が落ちて、樹々に身を隠すのは難しい。黒いマントを着れば、闇に紛れられるだろうか)



 カーサス王国では、国王に頭を下げただけで社交界の話題になるオラシオが、ヘルグレーン帝国では、こそこそ人目をはばかり盗み見の算段をしている。

 妻のブロッサから、溶けることのない氷に例えられた金色の瞳は、今やギラギラと欲に滾っていた。



(ウルスラ――早くこの腕の中に囲いたい。この世界に存在するのは、私たち二人だけでいい)

 

 オラシオの暗い想いは、年月をかけただけあって、複雑に絡み合っていた。
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