【完結】必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
41 / 76

40話 三人の母親

しおりを挟む
 ファビオラは卒業と同時に、ヘルグレーン帝国へ逃げるつもりでいた。

 しかし、アダンはそれでは間に合わないと言う。



「今度の長期休暇中に、必ずヨアヒム殿下に相談してください。お姉さまが助けて欲しいと願えば、絶対に手を差し伸べてくれます」



 自信たっぷりなアダムの口調に、ファビオラの心も揺さぶられる。

 

(第二皇子殿下は優しいから。それに、相談に乗ってくれるとも、言っていたし……)



 逃げる方法が、ヨアヒムとの婚約だけとは限らない。



(長期休暇が終わっても、ヘルグレーン帝国に留まれないかしら。仮病でも何でもいいから、カーサス王国に戻れない状況になればいいんだもの……)



 遠慮していては、レオナルドに捕まってしまう。

 

「分かったわ。なんとか第二皇子殿下にお会いできるよう、頑張ってみる!」



 ファビオラはアダンの助言を、前向きに検討することにした。

 アダンのホッとした顔に、ファビオラも笑顔を返す。



「そうと決まれば、論文を仕上げてしまわなくちゃ! 先生たちが合格を出すしかない、完璧な内容にするわよ!」

 

 長期休暇に入るまで、レオナルドからは、また贈り物が届けられるだろう。

 そのたびに、底知れぬ執着を思い出し、怖気が走るかもしれない。



(でも弱気になっては駄目! 20歳まで生き延びて、運命に打ち勝つのよ!)

 

 いっそのこと、ヘルグレーン帝国へ行ったら、銀髪を染めてしまおうか。

 朱金色の髪に変わったファビオラを見て、誰かが何かを思い出すかもしれない。



(あの男の子の面影が、どうしても第二皇子殿下に重なる。もしかして、という思いが捨てきれない……)



 はっきりさせたいような、有耶無耶でいたいような。

 ファビオラの気持ちは、定まらないのだった。



 ◇◆◇◆



「あら、お見舞いに来たのは、私だけじゃなかったのね」



 花籠を手にしたブロッサは、ペネロペが暮らしている離宮へ足を踏み入れると、まもなく先客の存在に気づく。

 艶のある黒髪を背に流した女性が、ペネロペと向かい合ってお茶を飲んでいるが、ブロッサからは顔が見えない。

 

「ブロッサさま……お約束した面会日は、明後日では……?」



 ブロッサの登場に驚くペネロペの声には、戸惑いが隠せない。

 わざわざ日にちを指定したのは、こうした状況を防ぐためだったのに。

 

「たまたま時間が空いたのよ。私は忙しい毎日を過ごしているんだから、急な予定の変更には、ペネロペさんが合わせてちょうだい」



 カーサス王国において、自由奔放なブロッサの動向に苦言を呈すことができるのは、国王ダビドのみ。

 ブロッサは勧められるより先に、勝手に席へ着いた。

 ペネロペが侍女に頼んで、追加のお茶を用意させる。

 そんな様子を、ブロッサはじっくりと観察した。

 結われた薄桃色の髪は、レオナルドに似ているが、全体的にハリがない。

 服で隠せない手首の細さから、痩せ過ぎて、骨が浮き出ているのが分かる。

 特別製のカウチに横たわり、体を起こすのも億劫そうなペネロペに、ブロッサの気持ちは明るくなった。

 

(ああ、安心した。私よりもずっと、ペネロペさんは不幸だわ。もとから華のない容姿だったけれど、それに磨きがかかっているじゃない。きっと王妃という立場がなければ、生きている意味もない女性なのよ)



 ふふっと含み笑いを漏らしたブロッサの隣で、黒髪の女性がソーサーをテーブルへ戻した。

 優雅なその仕種が気になり、ブロッサがちらりと目線を投げる。

 そこには目鼻立ちがくっきりとした美女が、意味深な微笑を浮かべていた。

 その顔に、思い当たる節のあったブロッサは声をかける。

 

「グラナド侯爵夫人、でしたわね?」

「ごきげんよう、アラーニャ公爵夫人」



 親しくもないパトリシアを、ブロッサが覚えていたのには理由がある。

 

(エルゲラ辺境伯家の長女パトリシア……オラシオさまの元婚約者だった少女。当時の面影を、そのまま残しているのね)

 

 皺ひとつない、若々しいパトリシアの容貌に妬み心が湧く。

 

(でも……このパトリシアにも、オラシオさまはなびかなかったのよ。年齢不詳な面構えも、無駄ってことよね)



 そう思うとブロッサは、パトリシアに対しても気持ちが大きくなった。



(オラシオさまに捨てられて、次に婚約した相手は平凡な侯爵家。しかも夫は金勘定しかできない財務大臣なんて、たいした価値はないということね)



 政治の花形は、やはり外交だ。

 数ある大臣職の中でも、最も人気が高いのは外務大臣で、オラシオはその統括をしている。

 パトリシアもグラナド侯爵家も、恐れるに足りない。



(せいぜい王妃の親友という地位に、しがみついているといいわ。どうせペネロペさんは、長生きしないでしょうけど)



 温かいお茶が、ブロッサの前に用意される。

 それを一口、飲んでから会話を始めた。

 

「ペネロペさん、今日は顔色がいいようね」

「おかげさまで。……パトリシアが私に、元気を分けてくれました」

「だったら少しは、公務を手伝ったらどうかしら? いつまでも寝たきりなんて、ただの役立たずじゃない。お兄さまに対して、申し訳ないと思わないの?」

「っ……!」



 ブロッサの言葉に、ペネロペが傷ついた顔をする。

 ニヤリと、口角が持ち上がるのをこらえられない。



(気持ちがいいわ! なんて無様なんでしょう! 罵られるだけで反論もできない! お粗末な存在なのよ!)



 興が乗ったブロッサが、更なる攻撃をしかけようとしたが、先にパトリシアが口を開いた。



「そうね、少しは世間の様子を、知るのもいいわよ。心身に負担がかからない程度で、復帰を考えてみたらどう?」

「パトリシア……あなたまで……?」



 親友を庇うのかと思われたパトリシアだったが、むしろブロッサの意見に乗った。

 ペネロペはへにょりと眉を下げる。



(面白くなってきたわ! 親友に裏切られるなんて、とても可哀そう! だけど当たり前よね。どうせ媚びを売るなら、より偉い者に擦り寄った方が賢明だもの!)



 変わり身の早さにブロッサが感心していると、パトリシアが暴露する。



「だって、ペネロペは知らないでしょう? アラーニャ公爵令嬢が王城内で刃物を振りかざして、謹慎処分の罰を受けている最中だっていうのを」

「まさか……エバが!?」

「プライドの高い宰相閣下が、減刑を請うために国王陛下へ頭を下げたと、社交界でもっぱらの噂になっているわ。アラーニャ公爵夫人はご息女の再教育のために、これまで通りに公務をしている暇もないのよ」

「そうだったの。じゃあ……私に出来ることがあるなら……」



 ペネロペがブロッサへ、同情を込めた眼差しを向けた。

 カッとブロッサの頬が赤くなる。

 それは、羞恥と憤怒のせいだった。



「余計なお世話よ!!!」



 ブロッサは勢いよく立ち上がると、見舞いの品として持ってきた花籠を投げ捨て、足音も高く離宮から出て行った。

 

(なんてこと! この私が憐れまれるなんて! 嘲笑うつもりで来たのに! 気分が悪いわ!)



 頭に血が昇ったブロッサが、カンカンになって立ち去った後、パトリシアは楽しげに声を上げて笑う。

 そして、オロオロしているペネロペを褒めた。



「あの眼差しは最高だったわ!」

「どうしましょう……ブロッサさまを怒らせてしまったわ」

「約束を守らず勝手に来たのだから、追い返したっていいのよ」

「そうなの?」



 幼少期からダビドの婚約者に内定していたペネロペは、数多のものから護られ過ぎて、今もなお世間知らずなところがある。

 その欠点を補完するのに、淑女の皮を被った野生動物なパトリシアは、あまり最適ではなさそうだった。

 だが、この二人はなぜか馬が合い、学生時代からの親友なのだ。

 

「だけど、エバがそんな事件を起こしていたなんて……」

「きっとショックを受けると思って、国王陛下もペネロペには言わなかったのね」

「昔はよく、エバが慰めに来てくれたのよ。私がラモナの代わりになる、なんて可愛いことを言ってくれて」



 侍女がブロッサの残した花籠を片付けようと持ち上げると、ころりと花束が転がり落ちた。



「あら、その花は……」



 花びらが銀色にも見える、カーサス王国だけに生える珍しい花だ。

 ペネロペはラモナを思い出したが、パトリシアはファビオラを思い出した。



「そう言えば、レオナルド殿下からファビオラに、過剰なまでの贈り物が届いているのよ」

「あの子ったら、限度を知らないんだから……」

「ラモナ殿下と同じ銀髪だから、興味を持つのは分かるわ」

「私と同じでレオも、まだラモナの幻影が見えるのかしら……」

「でもそれは、生きている身のファビオラにとって、迷惑なのよ」

「迷惑?」

「アラーニャ公爵令嬢が刃物を振りかざした相手は、ファビオラなの。理由は嫉妬よ」



 レオナルドを巡るファビオラとエバの関係を、パトリシアは説明した。

 ペネロペは初めて知る事実に、口元を手で押さえる。



「グラナド侯爵家としてはこれ以上、レオナルド殿下に近づいて欲しくないの」

「こんなことがあったのだもの。……そう考えるのも、当然よね」

「それにファビオラには、政略結婚をさせるつもりはないから」

「もしかして、どなたか既に?」



 ペネロペの頬がうっすらと染まる。

 恋愛ごとがからっきしなパトリシアと違って、ペネロペは恋の話題が大好きだ。

 それを知っているダビドが、王城の図書室の恋物語の品ぞろえを良くしているのは、司書たちの間では有名だった。

 しかしパトリシアは、う~んと首を傾げる。



「アダンいわく、最適な人がいるらしいわ。ただ……」

「ただ?」

「ファビオラの反応は、いい友人って感じだったわね」

 

 ファビオラの淡い恋心を正しく見抜けたのは、アダンとトマスだけだった。

 

「そこから、恋に発展するかもしれないわよ?」

「私にはあまり経験がないから、よく分からないわ」

「そうねえ……パトリシアは恋を自覚する前に、仕事の速いグラナド侯爵によって、政略結婚という名目で外堀を埋められたから……」

「その前の婚約者とは、会ったこともなかったしね」



 本当の政略で決まったオラシオとの婚約は、瞬く間に解消された。

 横やりを入れたのがブロッサだと知ってはいるが、それには何の恨みもない。

 

「ファビオラが恋をして、その相手と結婚したいと望むなら、願いを叶えてあげたいわ。だから、ごめんね」

「選ばれなかったのなら、それはレオが悪いのよ」



 そう言いながらもペネロペは、いつまでも銀髪を追いかけるレオナルドの気持ちが、分かってしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...