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乙女を幸せにするのは雄っぱいでしょう?

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「この間、教えたでしょう? オスカー王子が食堂から立ち去ったら、すかさず使用済みスプーンを回収するの」



 悪役令嬢エリザーベトに、私はストーカーの極意を熱血指導している。

 それもこれも、うらやましすぎる隠しエンディング『雄っぱいルート』に、エリザーベトが最短で進むために必要なのだ。



「ライラさま、スプーンは学園の備品です。持ち帰るなど、してはいけませんわ」

「このスプーンを持ち帰らないと、ストーカー悪役令嬢としてのエリザーベトのポイントが上がらないのよ」



 ライラというのが、ここでの私の名前よ。

 マッスル愛好家の女子大生だった私は、どうやら死んだみたいで、死ぬ間際にプレイしていた学園系乙女ゲームの世界に転生してしまったの。

 転生先がヒロインだと知ったときには、絶望したわ。

 なにしろ私の推しはヒロインの攻略対象ではなく、悪役令嬢エリザーベトと結ばれる、隣国のイケオジ将軍アヒムだったのだから。

 アヒムは全身が筋肉でバッキバキ、40歳にして国宝級の雄っぱいの持ち主なの。

 乙女なら誰しも、その胸に顔を挟まれたいと思うでしょう?

 だからこうして、エリザーベトの断罪後に始まる『雄っぱいルート』への案内役を、買ってでていると言うのに。

 

「さあ、このスプーンをオスカー王子コレクションに加えるのよ。コレクション数が10点を越えたら、また次のルート選択肢が現れるから」

「あの……実はこれまでに、ライラさまから渡されたスプーンは、全て食堂に返却していて……」

「な、なんですって……私のこれまでの努力が……」

「オスカーさまはこんなことをされたら嫌がりますわ。自分の使用済みのスプーンを持ち帰られるなんて、いい気持ちがしませんもの」

「それでいいのよ。そうやって粘着して嫌われて、オスカー王子から婚約破棄をされて、隣国に追放されるのがエリザーベトの『雄っぱいルート』への道なんだから」



 頭を抱える私の背後から、件のオスカーの声がする。



「私の使用済みスプーンを回収していたのは、ライラ嬢だったのか。エリザーベトが困り顔で食堂へ返却しているから、何が起きているのかと調べさせてみれば……」



 ヒロインの攻略対象者であるオスカーは、金髪緑眼の王子さまらしい外見の王子さまだけど、どう贔屓目に見ても細マッチョ。

 これじゃ、胸筋の間に顔を挟むなんて無理。

 やっぱりアヒムしか勝たん。

 私がブツブツ呟いているのを、オスカーがいぶかしそうに聞き返す。

 

「アヒムというのは、隣国の将軍の名前だな。ライラ嬢はもしかして、隣国のスパイか何かなのか? それで私とエリザーベトの仲を、裂こうとしているとか?」

「オスカー王子は何も分かっていない! 乙女を幸せにするのは雄っぱいの力なのに! その薄い胸筋では、顔は挟めませんよ!」



 これまでの孤軍奮闘を台無しにされた私は、王族への敬いなんてどこかへ放り投げて、オスカーを指さして糾弾する。

 私の乱心ぶりに、エリザーベトが心配して駆け寄ってきた。



「ライラさま、どうしてしまわれたの? そんなことをしては、不敬罪に問われてしまうわ」

「私よりも先に、オスカー王子が筋肉に対して不敬罪を働いているの! メインヒーローなのに! シャツの第3ボタンも弾けさせられないなんて!」

「ライラ嬢、君の言動は私には理解しがたい。スパイではないというのなら、一体何が目的なのだ?」



 人が好いオスカーは、私を気遣うエリザーベトの肩を抱き、話を聞こうとする。

 だから私はぶっちゃけたのよ。

 至高の『雄っぱいルート』へエリザーベトを導くために、どれだけ尽力してきたのか。

 私は二人に筋肉愛を語りつくし、最後には感極まって涙ぐんでしまった。

 ぐすぐすと洟をすする私に、オスカーとエリザーベトはお互いの顔を見合わせ、そして申し訳なさそうに告げる。



「私はエリザーベトを愛している。決して婚約破棄をするつもりはない」

「ライラさまが私の幸せを願ってくださったことは、とても嬉しく思います。ですが私も、オスカーさまとの結婚を心待ちにしているのです」

 

 つまり私が熱く薦めていた『雄っぱいルート』は、余計なお世話だったということか。

 ここにきて、ようやくその事実に気がつき、私はうなだれる。

 そんな私が可哀そうに見えたのか、オスカーがこんな提案をしてきた。



「よければ、隣国への留学許可を出そう。乙女の幸せと信じて止まない『雄っぱいルート』とやらに、ライラ嬢が挑戦してみてはどうだ」

「な、なんですってっ?」



 そんな簡単にシナリオからの逸脱が許されるの?

 ヒロインの私が学園にいなくても、乙女ゲームは進行するってこと?

 バグらないのだったら、最初から全力でアヒムに愛を伝えに行けばよかった。



「今すぐ旅立ちます!」

「いや、手続きをするまでは、待って欲しいのだが……」



 オスカーとエリザーベトに宥められ、私はなんとか許可が出るまでは大人しくした。

 しかし、許可が下りてからは即断即決、隣国のアヒム目指して一直線、幸せの雄っぱいルートへ突撃したのだった。

 





 ――かなり年が離れた私に求愛されて戸惑っていたアヒムを、3年かけて納得させ、無事にふわふわ雄っぱいに顔を挟まれたことを皆様に報告します。



「やっぱり、幸せはここにあったのよ」

「ライラは僕の雄っぱいだけが好きなの?」

「そんなことないわ! 乙女ゲームをプレイするだけでは分からなかった素敵なアヒムを、この3年間でたくさん見てきたもの」

「良かった。僕はこれから年を取って枯れていくだけだから、萎れた筋肉に用はないとライラに言われたら、どうしようかと思ったよ」

「ああああ、ギャップ萌えぇ……ガチムチの体に宿る傷つきやすいピュアな心……アヒム、愛してるわ!」



 私はアヒムの逞しい体に抱き着き、それを軽々と抱き留めてくれるアヒムと、これからも二人の世界を繰り広げていくつもりだ。

 このポジションを譲ってくれたエリザーベトには、感謝しかない!!!
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