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9話 男から生えるキノコ

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「目を開けていいよ、ウェンディ」



 躊躇いがちにかけられた声は、デクスターのものだ。

 やや掠れているのは、緊張しているせいだろう。

 まるで初めて裸を見せ合う、初々しいベッドシーンのようだが、そうではない。

 これからウェンディが確認するのは、淫魔となったデクスターの姿だ。

 デクスターを怖がらせないよう、そっと閉じていた瞼を開く。



「大丈夫です。怖くありません」

「無理はしてない?」

「はい、本当に大丈夫です」



 眼前に現れたのは、スチルで見た通りのデクスターだ。

 ねじれたヤギの角は天を突き、背中には大きな蝙蝠の黒い羽根、半裸の上半身からはすぐに目をそらし、白蛇の下半身へと視線をやる。

 目を瞑る前はベッドに腰かけていたデクスターだったが、今はベッドの上でとぐろを巻いていた。



「外見は変化しても、内面は勇者さまのままですから」

「その、呼び方を変えないか? 勇者さまと呼ばれるのは、気恥ずかしいんだ」



 本当に恥ずかしいのだろう。

 褐色の頬がうっすらと赤らんでいる。



(尊い!)



 ゴホンと咳をして、心の声をそのまま叫びかけたのを、ウェンディは誤魔化す。



「では、デクスターさまと呼ばせていただきます」

「俺は平民だから、呼び捨てにされても構わないが、ウェンディは育ちがいいから、難しいだろう?」



 名前で呼ばれるのが嬉しかったようで、デクスターが柔らかく微笑む。

 二人の間の垣根が、どんどん取り払われていく。

 ウェンディはそれが喜ばしかった。



「それでは経過を観察しますので、このポーションから経口摂取をお願いします。発動した作用を抑えるポーションの濃縮版です。どろっとしているので、飲みにくいと思いますが」

 

 ウェンディからデクスターに手渡された試験管の中には、黄緑色の液体が入っている。

 これを飲むことで、淫魔の性質がコントロールしやすくなるはずだ。

 前回のものより、かなり濃度を上げていて、その分、効果がすぐに表れる。

 蓋をきゅぽんと開けて、デクスターが喉を鳴らしてそれを飲み干した。

 

(セクシーすぎる! これは目に毒!)



 慌ててウェンディは、シーツの上にごろっと寝そべるホレイショに目を移す。



「ホレイショ、どうかしら? 魔王の核の香りは変化した?」

【ん~、凝り固まったみたいな感じだなあ。香りがそこにあるのに、ちょっと届かないみたいな?】

 

 ホレイショの表現を、ウェンディがノートに書きつける。

 その間、デクスターには体温を測ってもらっている。

 前回は微熱で済んだが、今回のポーションは強いものが多い。

 デクスターが不調を感じたら、すぐに実験は止めるつもりだ。



「デクスターさまはどうですか? 熱は……微熱ですね」

「前回よりも、体の中に何かある感じがする。異物とはっきり分かる何かが」



 デクスターが下腹部を撫でているのが気になる。

 もしかして、そこに魔王の核があるのか。

 ダニング伯爵は頭か心臓だろうと当たりをつけていたが、違うのかもしれない。

 ウェンディはデクスターの仕種も、ノートに書き留めた。



「では、新しいポーションを摂取してもらいます。今のポーションが抑えているのは作用だけど、このポーションは魔王の核そのものに働きかけます」

「核そのものに?」

「時を遡るポーションが、デクスターさまと一体化しかけている核の動きを止めて、逆行させるんです。その効果をよりよくするため、同時に範囲を絞るポーションも接取してもらいます」



 ウェンディの手には、紫色をしたポーションが入ったフラスコと、無色透明のポーションが入った試験管がある。



「先ほど、下腹を撫でていましたよね? そこに違和感があるのでしょうか?」

「うん、この辺りに何かを感じる」

「まだ検証段階ですが、そこに意識を集中して、このポーションを飲んでもらえますか?」



 ウェンディが渡す紫色のポーションをデクスターが飲むと、下腹部がほのかに光り出した。

 すかさずウェンディは、無色透明のポーションを差し出す。



「今です、光っている間に、これを!」

「わかった」



 予め栓が抜かれていた試験管を口にあて、デクスターが喉を反らす。

 サラサラとした液体は、零れることなく口の中に入り切る。

 それを見守っていたウェンディだったが、すぐにデクスターに異変が起きた。



「ぐぅ……」



 光っていた下腹部を押さえ、デクスターが苦しみだしたのだ。

 とぐろを巻いていた下半身は解け、小刻みに痙攣しているようだ。



「ふっ、ふっ、ふっ」



 息が荒く乱れ、額に玉のような汗が浮かぶ。

 非常事態だ。

 

「デクスターさま、どこかに痛みがありますか? 下腹部ですか?」



 ウェンディの質問は聞こえているのだろうが、あまりの苦しみに、耐えるのに精いっぱいなデクスター。

 飲ませてしまったポーションは、すでに体に吸収されてしまったので、もう吐かせることも叶わない。

 ウェンディは融合釜を取り出し、デクスターの症状をどうにか緩和するポーションを作ろうとした。



【お嬢ちゃん、見ろよ! ギンギンだぜ! デクスターはこれが原因で苦しんでいるんだ!】



 しかし、それをホレイショが止める。

 そして小さな爪がついた指で示しているのは、デクスターの股間だった。

 腕で隠そうとしたデクスターよりも、バッと振り向いたウェンディの動きのほうが早かった。

 白蛇の下半身から、キノコのようなものが生えていた。

 しかも二本だ。



「これは何? 体からキノコが生えてる?」



 疑問をそのまま口にしたウェンディに、ホレイショが呆れた顔をした。



【は~、男の体から生えるキノコなんて、ひとつしかないだろ? いや、デクスターのはひとつじゃないから、戸惑ってるのか?】

「ひとつしかない? ひとつじゃない?」

【ペニスを見たことがないのか? デクスターのはヘミペニスって言って、二本あるんだぞ】

 

 二本あるペニス? と呟いて、ウェンディはもう一度、デクスターの股間を見た。

 R18なゲームでは、白抜きやモザイクがかけられていたけど、二本ではなかった。

 そして形も、ウェンディの記憶にある男性器とは、似てもにつかない。

 びっしり棘があるし、色は白いし、膨らんだ風船みたいだ。



「これが? 入れたら痛そうだけど?」



 つい、女性側の意見を言ってしまったウェンディは、ハッと自分の口を塞いだ。

 だがそれを聞いて、ホレイショがゲラゲラ笑う。



【だからデクスターも苦労してるんだよ。自分で扱こうにも、こんなに棘があるんじゃ、手が血だらけになるだろう?】

「もしかして、デクスターさまは自慰ができないの?」

【そうだよ。何か硬いものに擦りつけても、もどかしい思いをするだけだ。蛇の下半身を持つデクスターにとって、淫魔になったのは不幸中の不幸なんだぜ】



 性欲が旺盛な淫魔は、常に致したいと考えている。

 それをデクスターは精神力で押さえ込み、自慰すらせずに、耐えてきたというのか。



「なんて地獄……」

【その地獄が、現在進行中という訳だ。デクスターの苦しみが分かっただろ?】



 一切をバラされて、もうウェンディに合わせる顔もないのか、デクスターはシーツに顔を押しつけ、ただひたすら熱情に耐えていた。

 どうしてこの状況が生まれたのかの解釈は後にして、今は苦しんでいるデクスターを助けなくてはいけない。



「私に任せて。前世のR18な知識で、チートしてやるわ」



 融合釜に、鞄から取り出した各種素材を入れて、ぐるぐるかき混ぜる。

 出来上がったオレンジ色のとろりとしたポーションを、ウェンディは丁寧にフラスコへ注いだ。

 部屋の明かりに透かして見て、濁りがないのを確認する。



「これでいいはずよ。デクスターさま、すぐに地獄の苦しみから解放されますからね!」



 駄々をこねる子のように、嫌々をするデクスターをひっくり返し、無理やり仰向けにさせると、ウェンディは二本のキノコ目がけてフラスコを逆さにする。

 バシャッとかかったポーションが、いきり立つ男性器をしとどに濡らした。

 びくりと震えて、垂れ落ちる雫にも快楽を感じているデクスターの様子を、ウェンディは観察する。



【まだ勃起したままだけど? 何が変わったんだ?】

「棘がふにゃふにゃになったはずよ。イソギンチャクのようにね」

【はあ?】
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