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五話 画策する高位貴族たち
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セオドアはうんざりしていた。
それは本日、議会に集まった上院に属する高位貴族たちの言葉に対してだ。
半年ほど前に議会が決定を下したことで、先々月に王子妃を選ぶ舞踏会が開催された。
それはまだいい。
自分にもそろそろ妃が必要なことは分かっていたし、時期としてもちょうどよかった。
そしてなにより、そこでソフィアという最愛に出会えた。
だから感謝こそしていたのだが。
そのあとが、いただけない。
「王子殿下、お考え直される気はありませんかな」
「ソフィア嬢は貴族の娘ではあるけれど、その貴族の父を亡くしている」
「後ろ盾として、いささか不安を感じますな」
「それに……王子妃にするには華がない」
「諸外国の妃と比べても、見劣りします」
「外交面に大いに影響を与えてしまいますぞ」
この高位貴族たちが集まって言うことは、ソフィアの文句ばかりだ。
そもそも高位貴族たちは、妃を選ぶ舞踏会へは高位貴族の令嬢しか招くつもりがなかった。
だが、議会で下院からの反発にあい、貴族の血が流れる令嬢であれば参加の資格ありと決まったのだ。
それでも高位貴族たちは高をくくっていたのだろう。
どうせ選ばれるのは、美しく着飾った高位貴族の令嬢だと。
ところがふたを開けてみると、僕が選んだのはソフィアだった。
こんなつもりじゃなかったと、今更文句を言っているわけだ。
僕は室内にいるときは遮光眼鏡を外しているし、外交や視察時にも、なるべく相手に失礼のないよう眼鏡をつけないことが多い。
そもそも王子に生まれながらの病気があるなど、大っぴらに公表できることではないから、あの遮光眼鏡はあくまでも、外出時のお洒落の一環だと多くの者には思われている。
なにしろ高価な色付きガラスを使用した逸品の眼鏡だ。
王族の財力とか威信とかを、示すための道具だと考えられても仕方がない。
つまり高位貴族たちは僕がソフィアを選んだ理由が本気で分からないのだ。
いくら癒しだと言っても伝わらない。
隣において目の保養になるのは、きらきらしく麗しい令嬢だと欠片も疑っていないからだ。
まったくもって面倒だな。
「何度も言うが、ソフィアは僕の癒しなんだ。それに妃教育も始まって、教師陣からは軒並み適性があると褒められている。外見だって、素晴らしいじゃないか。楚々とした美しさがある。僕はソフィアを心底気に入っているんだ」
高位貴族たちは苦虫を嚙み潰したような顔だ。
僕がソフィアの外見を褒めたことが気に入らないのだろう。
自分たちの娘には、ギラギラ輝くドレスと装飾品を買い与え、僕を篭絡してこいと舞踏会に送り出したはずだ。
それが目立つ色彩を持たない、保護色のドレスを好むソフィアにしてやられた。
「その、王子殿下はソフィア嬢の外見も気に入っていると?」
「そうだよ、可愛らしいだろう」
「あまり目を引くようには見えませんが」
「そこがいいんじゃないか」
「そこがいいんですか?」
「心が落ち着くだろう?」
高位貴族たちは集まって、顔をしかめたまま、ひそひそと意見を交わし合う。
どうやら作戦を変更させるらしいな。
だが、それも今更だ。
僕はもうソフィアに出会った。
ソフィアの外見に惹かれて始まった関係だが、お城で暮らすソフィアと親交を深めているうちに、その内面の温かさにも触れることができた。
姉の先行きを心配し、妹の世話を焼く。
姉妹だろうが蹴落とし合う令嬢も多くいるというのに、ソフィアは決して人を押しのけようとしない。
それを消極的と言うか、お淑やかと言うかは、それぞれだと思うが、僕は美点だと思う。
ソフィア……今、何をしているかな。
議会が始まるまでの短い間、僕はソフィアを想った。
その頃、ソフィアはグレイスとシンデレラに、何度目かになる手紙を書いていた。
三人が同じ屋敷で暮らしていたときは、毎日が騒々しくて少しもゆっくりできないと思っていたものだが、こうして離れ離れになると現金なもので寂しさを感じる。
グレイスからもシンデレラからも、不定期に返事がきた。
グレイスは貿易商の夫の仕事に付き添い、諸外国を豪遊していると教えてくれた。
今は海を越えた先にあるオリエンタルな国にいて、そこの文化をドレスに取り入れられないかデザイナーと話し合っているところだとか。
シンデレラの七色ゲーミングドレスに刺激を受けたのだろう。
一緒に送られてきたデザイン案にはラスボス感が漂っていた。
シンデレラからは訓練の楽しさが綴られた手紙が届く。
レオさんに指導を受けながら、体術を習っているのだそう。
レオさんは、剣を持たせるにはまだ早く、噛み付き癖の矯正から始めなくてはいけないと言っていた。
シンデレラのやる気を削がず、うまい方法を見つけてくれるレオさんには感謝しかない。
ソフィアからは、こんなことを妃教育で習っているとか、こういう人と交流を持ったとか、お城での生活を伝えている。
うっかりするとセオドアさまのことばかりになってしまうから、書き直したりする。
ケンカばかりしていたソフィアたち姉妹だったが、案外、仲が良かったのかもしれない。
こうして文通をするようになってからは、そう思うようになった。
「ディランシア王国からの外交官ですか?」
セオドアさまと夕食を一緒にしていると、今日の議会で決まったことなんだがと前置きをして、セオドアさまが話し始めた。
「そうなんだ。関税について交渉をするために、数週間ほど城に滞在する。来週にも入国する予定なので、ソフィアも知っておいてほしい」
「分かりました。私がおもてなしをする機会はありますか?」
「実は、外交官はディランシア王国の第三王子なんだ。僕としては可愛いソフィアを、他の男に見せたくはないのだけどね」
「そ、それは……っ」
またぶっ込んできた!
セオドアさまの甘い台詞に、ソフィアは慣れることがない。
「ふふ、だけど未来の王子妃ともなれば、そうも言ってはいられないな。本当は隠しておきたいけれど、先方からの要望があれば、お願いするよ」
「分かりました、お任せください」
ソフィアはおもてなしや段取りには一日の長がある。
なにしろ元秘書だ。
そういったことはお手の物だった。
ディランシア王国の第三王子がどういった人物なのか、まずは調べるところから始めよう。
我が国に好印象を持ってもらえるよう、微力ながらお手伝いをしたい。
ソフィアもセオドアさまも、このときは知らなかった。
ディランシア王国と我が国の高位貴族たちの繋がりを。
自分たちの娘を王子妃に据えることができなかった彼らが、ソフィアを引きずり下ろすために何を企てているのかを。
その悪意を目の当たりにしたのは、外交官を出迎えるセレモニーでのことだった。
ディランシア王国の第三王子の好みに合わせてセッティングをした会場に現れたのは、まったく別の人物だったのだ。
セオドアさまも驚いていた。
ざわつく会場で、したり顔をしているのは高位貴族たちだけ。
諮られたのだ。
「初めまして、兄に代わって外交官として参りました。ディランシア王国の第一王女、ブルーベルと申します」
見事なカテーシーを披露してみせたのは、焦げ茶色の髪に深淵なる黒目、セオドアさまと同じ色彩を持つ楚々とした美しい王女だった。
高位貴族たちが、ソフィアが王子妃に内定したことに対して不満を持っているのは知っていた。
セオドアさまに会うたびに、どんな不平をこぼしているかも。
そしていよいよ対抗馬を用意してきたのだろう。
華やかな自分たちの娘ではセオドアさまの好みに合わないと判断し、落ち着きのある色彩と、完璧な身分を持つ美姫ブルーベルさまを外交官代理として推した。
高位貴族たちがディランシア王国との強い繋がりを希望しているのか、もしくはディランシア王国側からすり寄ってきたのか。
どちらにしろソフィアは正面をきってケンカを売られた。
セオドアさまもそれは分かったのだろう。
ソフィアの腰をぐいと引き寄せて、すでにあった密着度をさらに高める。
「よく参られた、ブルーベル王女。私が王子のセオドアで、こちらは王子妃のソフィアだ。歓待する」
まだ内定の身分であるソフィアを、王子妃として紹介した。
ブルーベル王女はちょっと驚いて、ちらりと高位貴族に視線をやったが、すぐにソフィアへ微笑んだ。
「こちらに滞在の間、お世話になります。どうぞよろしく、ソフィアさま」
グレイスとシンデレラの取っ組み合いのケンカばかりを見ていたソフィアは、こんな静かなケンカの始まりもあるのだと、どこか冷静にそれを見ていた。
それは本日、議会に集まった上院に属する高位貴族たちの言葉に対してだ。
半年ほど前に議会が決定を下したことで、先々月に王子妃を選ぶ舞踏会が開催された。
それはまだいい。
自分にもそろそろ妃が必要なことは分かっていたし、時期としてもちょうどよかった。
そしてなにより、そこでソフィアという最愛に出会えた。
だから感謝こそしていたのだが。
そのあとが、いただけない。
「王子殿下、お考え直される気はありませんかな」
「ソフィア嬢は貴族の娘ではあるけれど、その貴族の父を亡くしている」
「後ろ盾として、いささか不安を感じますな」
「それに……王子妃にするには華がない」
「諸外国の妃と比べても、見劣りします」
「外交面に大いに影響を与えてしまいますぞ」
この高位貴族たちが集まって言うことは、ソフィアの文句ばかりだ。
そもそも高位貴族たちは、妃を選ぶ舞踏会へは高位貴族の令嬢しか招くつもりがなかった。
だが、議会で下院からの反発にあい、貴族の血が流れる令嬢であれば参加の資格ありと決まったのだ。
それでも高位貴族たちは高をくくっていたのだろう。
どうせ選ばれるのは、美しく着飾った高位貴族の令嬢だと。
ところがふたを開けてみると、僕が選んだのはソフィアだった。
こんなつもりじゃなかったと、今更文句を言っているわけだ。
僕は室内にいるときは遮光眼鏡を外しているし、外交や視察時にも、なるべく相手に失礼のないよう眼鏡をつけないことが多い。
そもそも王子に生まれながらの病気があるなど、大っぴらに公表できることではないから、あの遮光眼鏡はあくまでも、外出時のお洒落の一環だと多くの者には思われている。
なにしろ高価な色付きガラスを使用した逸品の眼鏡だ。
王族の財力とか威信とかを、示すための道具だと考えられても仕方がない。
つまり高位貴族たちは僕がソフィアを選んだ理由が本気で分からないのだ。
いくら癒しだと言っても伝わらない。
隣において目の保養になるのは、きらきらしく麗しい令嬢だと欠片も疑っていないからだ。
まったくもって面倒だな。
「何度も言うが、ソフィアは僕の癒しなんだ。それに妃教育も始まって、教師陣からは軒並み適性があると褒められている。外見だって、素晴らしいじゃないか。楚々とした美しさがある。僕はソフィアを心底気に入っているんだ」
高位貴族たちは苦虫を嚙み潰したような顔だ。
僕がソフィアの外見を褒めたことが気に入らないのだろう。
自分たちの娘には、ギラギラ輝くドレスと装飾品を買い与え、僕を篭絡してこいと舞踏会に送り出したはずだ。
それが目立つ色彩を持たない、保護色のドレスを好むソフィアにしてやられた。
「その、王子殿下はソフィア嬢の外見も気に入っていると?」
「そうだよ、可愛らしいだろう」
「あまり目を引くようには見えませんが」
「そこがいいんじゃないか」
「そこがいいんですか?」
「心が落ち着くだろう?」
高位貴族たちは集まって、顔をしかめたまま、ひそひそと意見を交わし合う。
どうやら作戦を変更させるらしいな。
だが、それも今更だ。
僕はもうソフィアに出会った。
ソフィアの外見に惹かれて始まった関係だが、お城で暮らすソフィアと親交を深めているうちに、その内面の温かさにも触れることができた。
姉の先行きを心配し、妹の世話を焼く。
姉妹だろうが蹴落とし合う令嬢も多くいるというのに、ソフィアは決して人を押しのけようとしない。
それを消極的と言うか、お淑やかと言うかは、それぞれだと思うが、僕は美点だと思う。
ソフィア……今、何をしているかな。
議会が始まるまでの短い間、僕はソフィアを想った。
その頃、ソフィアはグレイスとシンデレラに、何度目かになる手紙を書いていた。
三人が同じ屋敷で暮らしていたときは、毎日が騒々しくて少しもゆっくりできないと思っていたものだが、こうして離れ離れになると現金なもので寂しさを感じる。
グレイスからもシンデレラからも、不定期に返事がきた。
グレイスは貿易商の夫の仕事に付き添い、諸外国を豪遊していると教えてくれた。
今は海を越えた先にあるオリエンタルな国にいて、そこの文化をドレスに取り入れられないかデザイナーと話し合っているところだとか。
シンデレラの七色ゲーミングドレスに刺激を受けたのだろう。
一緒に送られてきたデザイン案にはラスボス感が漂っていた。
シンデレラからは訓練の楽しさが綴られた手紙が届く。
レオさんに指導を受けながら、体術を習っているのだそう。
レオさんは、剣を持たせるにはまだ早く、噛み付き癖の矯正から始めなくてはいけないと言っていた。
シンデレラのやる気を削がず、うまい方法を見つけてくれるレオさんには感謝しかない。
ソフィアからは、こんなことを妃教育で習っているとか、こういう人と交流を持ったとか、お城での生活を伝えている。
うっかりするとセオドアさまのことばかりになってしまうから、書き直したりする。
ケンカばかりしていたソフィアたち姉妹だったが、案外、仲が良かったのかもしれない。
こうして文通をするようになってからは、そう思うようになった。
「ディランシア王国からの外交官ですか?」
セオドアさまと夕食を一緒にしていると、今日の議会で決まったことなんだがと前置きをして、セオドアさまが話し始めた。
「そうなんだ。関税について交渉をするために、数週間ほど城に滞在する。来週にも入国する予定なので、ソフィアも知っておいてほしい」
「分かりました。私がおもてなしをする機会はありますか?」
「実は、外交官はディランシア王国の第三王子なんだ。僕としては可愛いソフィアを、他の男に見せたくはないのだけどね」
「そ、それは……っ」
またぶっ込んできた!
セオドアさまの甘い台詞に、ソフィアは慣れることがない。
「ふふ、だけど未来の王子妃ともなれば、そうも言ってはいられないな。本当は隠しておきたいけれど、先方からの要望があれば、お願いするよ」
「分かりました、お任せください」
ソフィアはおもてなしや段取りには一日の長がある。
なにしろ元秘書だ。
そういったことはお手の物だった。
ディランシア王国の第三王子がどういった人物なのか、まずは調べるところから始めよう。
我が国に好印象を持ってもらえるよう、微力ながらお手伝いをしたい。
ソフィアもセオドアさまも、このときは知らなかった。
ディランシア王国と我が国の高位貴族たちの繋がりを。
自分たちの娘を王子妃に据えることができなかった彼らが、ソフィアを引きずり下ろすために何を企てているのかを。
その悪意を目の当たりにしたのは、外交官を出迎えるセレモニーでのことだった。
ディランシア王国の第三王子の好みに合わせてセッティングをした会場に現れたのは、まったく別の人物だったのだ。
セオドアさまも驚いていた。
ざわつく会場で、したり顔をしているのは高位貴族たちだけ。
諮られたのだ。
「初めまして、兄に代わって外交官として参りました。ディランシア王国の第一王女、ブルーベルと申します」
見事なカテーシーを披露してみせたのは、焦げ茶色の髪に深淵なる黒目、セオドアさまと同じ色彩を持つ楚々とした美しい王女だった。
高位貴族たちが、ソフィアが王子妃に内定したことに対して不満を持っているのは知っていた。
セオドアさまに会うたびに、どんな不平をこぼしているかも。
そしていよいよ対抗馬を用意してきたのだろう。
華やかな自分たちの娘ではセオドアさまの好みに合わないと判断し、落ち着きのある色彩と、完璧な身分を持つ美姫ブルーベルさまを外交官代理として推した。
高位貴族たちがディランシア王国との強い繋がりを希望しているのか、もしくはディランシア王国側からすり寄ってきたのか。
どちらにしろソフィアは正面をきってケンカを売られた。
セオドアさまもそれは分かったのだろう。
ソフィアの腰をぐいと引き寄せて、すでにあった密着度をさらに高める。
「よく参られた、ブルーベル王女。私が王子のセオドアで、こちらは王子妃のソフィアだ。歓待する」
まだ内定の身分であるソフィアを、王子妃として紹介した。
ブルーベル王女はちょっと驚いて、ちらりと高位貴族に視線をやったが、すぐにソフィアへ微笑んだ。
「こちらに滞在の間、お世話になります。どうぞよろしく、ソフィアさま」
グレイスとシンデレラの取っ組み合いのケンカばかりを見ていたソフィアは、こんな静かなケンカの始まりもあるのだと、どこか冷静にそれを見ていた。
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