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十一話 それからの二人
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騎士団を退団したばかりと手紙に書いてあったから、私はてっきり定年退職をした老騎士が来るのだと思っていた。
すっかり国王陛下にしてやられてしまった。
あの親バカな夫婦が大事な息子の恋路を応援しないわけがなかった。
そう、面接にきたのはヴェルナーだった。
取りあえず、店にいる興味津々の目をしている薬師見習いたちの前で修羅場を繰り広げるのはまずい。
私はお悩み相談室へヴェルナーを誘導して、ソファに座らせる。
向かいに私も腰を落ち着けると、ヴェルナーが頭を下げた。
「警備員として面接を受けに来ました。よろしくお願いします」
「どうしてなの? 階級を上げてもらったのではないの? 騎士としての誉れでしょう?」
「騎士団は退団してきました。騎士に未練はありません」
「いずれ騎士団長になるのではなかったの?」
「僕はなりたくて騎士になったわけではありません。正妃に命を狙われている間、騎士団長の傍にいたほうが身の安全が保たれるから、僕の意思とは関係なく入団させられただけです。ですが、こうして警備員としてエーリカのお役に立てるのなら、厳しい訓練に耐えてきたかいがありました。初めて騎士になって良かったと思いました」
「だからってなにも警備員だなんて……」
「今の僕には夢があって、それを追いかけているのです。僕の夢はエーリカ、あなたです。だから僕はあなたを追いかけます」
しまった、ぐっと胸にきた。
これはもう私の敗けなのでは。
「お願いします。警備員として一生懸命に働きます。エーリカの夢を叶えるこの大店を、僕にも護らせてください」
しかもきれいな金髪をサラサラさせて、頭を下げ続けている。
押しに弱かったはずのヴェルナーが、ここまで粘って我を通したのだ。
本気なのだろう。
私だって分かっていた。
ヴェルナーが本気だってことは。
だけど自分のくだらない卑下意識のせいで、真に受けたくなかったのだ。
どうせ飽きられるとか。
どうせ若い子に取られるとか。
そんなことにウジウジすることが、ヴェルナーを泣かせるより価値があるとは思えない。
「分かった、分かったわよ。本当に私でいいのね? あとでいらないとか、文句は受け付けないからね! 私は返品不可なのよ!」
それからヴェルナーは嬉しそうに荷物を抱えて、使用人部屋に住み着いた。
晴れて恋人同士になったのか、主従関係になったのか、ちょっとあやふやだが。
◇◆◇
薬店も無事に開業できて、薬師見習いたちも薬の処方に慣れてきた。
そろそろ私は空いた時間を利用して、新しい人気商品を開発したいと思っている。
以前のしょうが湯は薬というよりは嗜好品だったので、今回は本腰を入れて世の中の女性たちが本当に必要としている薬を考えたい。
う~ん、と手元の紙に候補を書き連ねる。
ふと顔を上げて、警備員の制服を着てカウンター横に立つヴェルナーを見た。
「ねえ、ヴェルナー? 男性のあなたに聞くのもどうかと思うのだけど、懐妊薬と避妊薬だったらどっちの需要があると思う?」
「え!? そ、それはもしかしなくても、薬の効能を調べるために、また人体実験をするんですか?」
途端にヴェルナーは顔を真っ赤にした。
私たちは恋人同士になったと思ったけど、ヴェルナーは全然手を出してこない。
それもそうだろう。
ずっと清らかだった人だ。
手の出し方が分かるはずがない。
あの強烈な媚薬に支配されても、ずっと抑えよう堪えようとしていた高潔なヴェルナー。
そんなヴェルナーを私は今、煽りに煽っている。
「もちろんよ、だって成果をあげないといけないでしょう?」
ヴェルナーが首まで赤くした。
成果を上げるために何をするかは分かっているようだ。
さんざん私を相手にしたことなのだから、赤くなられるとこちらも同罪で照れる。
「それなら、僕は懐妊薬をおすすめします。でも、使う前にはちゃんとエーリカと結婚をしたいです。僕たちの間に産まれる子は望まれて産まれてくる子なのだと、その子が誤解をしなくていいように」
カウンターの並びにいた薬師見習いたちから、ほうっと熱い溜め息が出る。
実はヴェルナーには、私の生まれ育ちを話した。
ヴェルナーもなかなか他に類を見ない人生を送っているのだが、私も産まれだけは凄絶だ。
そんな私の話を聞いて、しばらくヴェルナーは黙っていた。
そして、生きて産まれてくれてありがとうございますと私にお礼を言ったのだ。
医師もいない田舎で出産など、生死をかけた無謀な行為だ。
実際に母は命を落とし、私もおばあちゃんが母の腹を割いてくれなければ死んでいた。
だが、それが田舎の日常だ。
田舎では女性が顧みられることは少ない。
苦しみの多くは女性にのしかかる。
そこから逃れるために王都へ来た。
そして同じ目にあう子を救うため、薬師見習いとして呼び寄せた。
私が始めたことはまだまだ小さな一歩だけれど、ゆくゆくは私が育てた女性薬師が女性薬師見習いを育てる連鎖をつないで、女性が虐げられることの多い田舎まで、ちゃんと処方のできる薬師を派遣できるようにしたい。
望まない妊娠や出産で命を落とす母子が少しでも救われますように。
そして多くの子が望まれて産まれてきますように。
「分かったわ! 結婚しましょう!」
「いいんですか? 本当に?」
瞳をウルウルさせているヴェルナーは私よりも断然に美しい。
しかしそんなことでは、もう私は動じないのだ。
「二言は無いわ!」
「嬉しいです。エーリカは最近とてもきれいになったので、僕は心配だったんです。誰かに奪われてしまうのではないかと」
前言撤回するわ。
ヴェルナーは私を動じさせる天才だ。
ヴェルナーの隣にいても恥ずかしくないように、薄化粧をして髪に櫛を通すようになったし、作業着もたびたび洗って草の汁で迷彩柄にならないようにした。
そんな些細な変更点に気がつかれていたなんて。
恥ずかしい!
真っ赤になってうつむく私と、そんな私をニコニコ眺めるヴェルナー。
それは薬師見習いたちにはすっかり見慣れた光景だった。
私たちが結婚をすると報告をした途端、王都と王都の隣の領地で、どっちの教会が素敵か戦争が勃発したようだが、まだその頃の私たちは与り知らぬことだった。
◇◆◇
結婚を契機に、私は田舎からおばあちゃんを呼び寄せた。
そして田舎でまだくすぶっている子がいたら、連れてきて欲しいとお願いした。
最初に呼び寄せた子たちのうち数人が、年明けあたり薬師になって独立しそうだったからだ。
その独立時に、薬師見習いをひとり連れていってもらおうと思っている。
田舎にいたときから知識だけはしっかりしていた子たちだ。
経験さえ積めば薬師になることは難しくはない。
私の薬店では希望するだけ処方を学べる。
これからもどんどん女性薬師を誕生させるつもりだ。
おばあちゃんも王都に来て薬師の育成に力を貸してくれる。
私は人生が回り始めたのを感じた。
物語と言うのはそういうときに動き出す。
私はヴェルナーとの子を懐妊した。
ヴェルナーの言う人体実験の結果だ。
いくつかの方向性から薬の効能を見ていたが、母体が安心しているときに受精しやすいというのが私の得た知見だ。
だから私の懐妊薬には、母体である女性がくつろいだ気持ちになれるような成分と、行為のさなかには愛を囁き合うようにという注意書きを入れてある。
私が懐妊した成果も相まって、ドクダミの花印の懐妊薬はたちまち人気商品になった。
こっそりヴェルナーの異母兄である国王陛下がお忍びで買いに来たほどだ。
「そろそろ私たち夫婦も子が欲しくてね」
先代の国王陛下そっくりの顔なので、お忍びには向いてなかったが。
「ポケットに石ばかり詰め込んでいた可愛い弟が、もうすぐパパになるなんて。信じられないな!」
しかも警備中のヴェルナーに話しかけては、嫌がられていた。
この薬店に来るのは国王陛下だけではなかった。
なんと引退した元騎士団長までやってくるのだ。
しかもヴェルナーの助手として。
警備員の助手ってなに?
ときどきヴェルナーの速写画を描いているので、私も数枚もらった。
残りは奥様に届けられるのだろう。
私は年明けに女の子を産んだ。
しばらくはヴェルナーが赤ちゃんを抱っこして子守りしながら警備をする姿が話題となった。
国王夫婦にもお世継ぎが産まれて国内でベビーブームが起き、それもドクダミの花印の懐妊薬のおかげとあって私の店はますますの大繁盛となるが、それはもう少しあとのお話。
すっかり国王陛下にしてやられてしまった。
あの親バカな夫婦が大事な息子の恋路を応援しないわけがなかった。
そう、面接にきたのはヴェルナーだった。
取りあえず、店にいる興味津々の目をしている薬師見習いたちの前で修羅場を繰り広げるのはまずい。
私はお悩み相談室へヴェルナーを誘導して、ソファに座らせる。
向かいに私も腰を落ち着けると、ヴェルナーが頭を下げた。
「警備員として面接を受けに来ました。よろしくお願いします」
「どうしてなの? 階級を上げてもらったのではないの? 騎士としての誉れでしょう?」
「騎士団は退団してきました。騎士に未練はありません」
「いずれ騎士団長になるのではなかったの?」
「僕はなりたくて騎士になったわけではありません。正妃に命を狙われている間、騎士団長の傍にいたほうが身の安全が保たれるから、僕の意思とは関係なく入団させられただけです。ですが、こうして警備員としてエーリカのお役に立てるのなら、厳しい訓練に耐えてきたかいがありました。初めて騎士になって良かったと思いました」
「だからってなにも警備員だなんて……」
「今の僕には夢があって、それを追いかけているのです。僕の夢はエーリカ、あなたです。だから僕はあなたを追いかけます」
しまった、ぐっと胸にきた。
これはもう私の敗けなのでは。
「お願いします。警備員として一生懸命に働きます。エーリカの夢を叶えるこの大店を、僕にも護らせてください」
しかもきれいな金髪をサラサラさせて、頭を下げ続けている。
押しに弱かったはずのヴェルナーが、ここまで粘って我を通したのだ。
本気なのだろう。
私だって分かっていた。
ヴェルナーが本気だってことは。
だけど自分のくだらない卑下意識のせいで、真に受けたくなかったのだ。
どうせ飽きられるとか。
どうせ若い子に取られるとか。
そんなことにウジウジすることが、ヴェルナーを泣かせるより価値があるとは思えない。
「分かった、分かったわよ。本当に私でいいのね? あとでいらないとか、文句は受け付けないからね! 私は返品不可なのよ!」
それからヴェルナーは嬉しそうに荷物を抱えて、使用人部屋に住み着いた。
晴れて恋人同士になったのか、主従関係になったのか、ちょっとあやふやだが。
◇◆◇
薬店も無事に開業できて、薬師見習いたちも薬の処方に慣れてきた。
そろそろ私は空いた時間を利用して、新しい人気商品を開発したいと思っている。
以前のしょうが湯は薬というよりは嗜好品だったので、今回は本腰を入れて世の中の女性たちが本当に必要としている薬を考えたい。
う~ん、と手元の紙に候補を書き連ねる。
ふと顔を上げて、警備員の制服を着てカウンター横に立つヴェルナーを見た。
「ねえ、ヴェルナー? 男性のあなたに聞くのもどうかと思うのだけど、懐妊薬と避妊薬だったらどっちの需要があると思う?」
「え!? そ、それはもしかしなくても、薬の効能を調べるために、また人体実験をするんですか?」
途端にヴェルナーは顔を真っ赤にした。
私たちは恋人同士になったと思ったけど、ヴェルナーは全然手を出してこない。
それもそうだろう。
ずっと清らかだった人だ。
手の出し方が分かるはずがない。
あの強烈な媚薬に支配されても、ずっと抑えよう堪えようとしていた高潔なヴェルナー。
そんなヴェルナーを私は今、煽りに煽っている。
「もちろんよ、だって成果をあげないといけないでしょう?」
ヴェルナーが首まで赤くした。
成果を上げるために何をするかは分かっているようだ。
さんざん私を相手にしたことなのだから、赤くなられるとこちらも同罪で照れる。
「それなら、僕は懐妊薬をおすすめします。でも、使う前にはちゃんとエーリカと結婚をしたいです。僕たちの間に産まれる子は望まれて産まれてくる子なのだと、その子が誤解をしなくていいように」
カウンターの並びにいた薬師見習いたちから、ほうっと熱い溜め息が出る。
実はヴェルナーには、私の生まれ育ちを話した。
ヴェルナーもなかなか他に類を見ない人生を送っているのだが、私も産まれだけは凄絶だ。
そんな私の話を聞いて、しばらくヴェルナーは黙っていた。
そして、生きて産まれてくれてありがとうございますと私にお礼を言ったのだ。
医師もいない田舎で出産など、生死をかけた無謀な行為だ。
実際に母は命を落とし、私もおばあちゃんが母の腹を割いてくれなければ死んでいた。
だが、それが田舎の日常だ。
田舎では女性が顧みられることは少ない。
苦しみの多くは女性にのしかかる。
そこから逃れるために王都へ来た。
そして同じ目にあう子を救うため、薬師見習いとして呼び寄せた。
私が始めたことはまだまだ小さな一歩だけれど、ゆくゆくは私が育てた女性薬師が女性薬師見習いを育てる連鎖をつないで、女性が虐げられることの多い田舎まで、ちゃんと処方のできる薬師を派遣できるようにしたい。
望まない妊娠や出産で命を落とす母子が少しでも救われますように。
そして多くの子が望まれて産まれてきますように。
「分かったわ! 結婚しましょう!」
「いいんですか? 本当に?」
瞳をウルウルさせているヴェルナーは私よりも断然に美しい。
しかしそんなことでは、もう私は動じないのだ。
「二言は無いわ!」
「嬉しいです。エーリカは最近とてもきれいになったので、僕は心配だったんです。誰かに奪われてしまうのではないかと」
前言撤回するわ。
ヴェルナーは私を動じさせる天才だ。
ヴェルナーの隣にいても恥ずかしくないように、薄化粧をして髪に櫛を通すようになったし、作業着もたびたび洗って草の汁で迷彩柄にならないようにした。
そんな些細な変更点に気がつかれていたなんて。
恥ずかしい!
真っ赤になってうつむく私と、そんな私をニコニコ眺めるヴェルナー。
それは薬師見習いたちにはすっかり見慣れた光景だった。
私たちが結婚をすると報告をした途端、王都と王都の隣の領地で、どっちの教会が素敵か戦争が勃発したようだが、まだその頃の私たちは与り知らぬことだった。
◇◆◇
結婚を契機に、私は田舎からおばあちゃんを呼び寄せた。
そして田舎でまだくすぶっている子がいたら、連れてきて欲しいとお願いした。
最初に呼び寄せた子たちのうち数人が、年明けあたり薬師になって独立しそうだったからだ。
その独立時に、薬師見習いをひとり連れていってもらおうと思っている。
田舎にいたときから知識だけはしっかりしていた子たちだ。
経験さえ積めば薬師になることは難しくはない。
私の薬店では希望するだけ処方を学べる。
これからもどんどん女性薬師を誕生させるつもりだ。
おばあちゃんも王都に来て薬師の育成に力を貸してくれる。
私は人生が回り始めたのを感じた。
物語と言うのはそういうときに動き出す。
私はヴェルナーとの子を懐妊した。
ヴェルナーの言う人体実験の結果だ。
いくつかの方向性から薬の効能を見ていたが、母体が安心しているときに受精しやすいというのが私の得た知見だ。
だから私の懐妊薬には、母体である女性がくつろいだ気持ちになれるような成分と、行為のさなかには愛を囁き合うようにという注意書きを入れてある。
私が懐妊した成果も相まって、ドクダミの花印の懐妊薬はたちまち人気商品になった。
こっそりヴェルナーの異母兄である国王陛下がお忍びで買いに来たほどだ。
「そろそろ私たち夫婦も子が欲しくてね」
先代の国王陛下そっくりの顔なので、お忍びには向いてなかったが。
「ポケットに石ばかり詰め込んでいた可愛い弟が、もうすぐパパになるなんて。信じられないな!」
しかも警備中のヴェルナーに話しかけては、嫌がられていた。
この薬店に来るのは国王陛下だけではなかった。
なんと引退した元騎士団長までやってくるのだ。
しかもヴェルナーの助手として。
警備員の助手ってなに?
ときどきヴェルナーの速写画を描いているので、私も数枚もらった。
残りは奥様に届けられるのだろう。
私は年明けに女の子を産んだ。
しばらくはヴェルナーが赤ちゃんを抱っこして子守りしながら警備をする姿が話題となった。
国王夫婦にもお世継ぎが産まれて国内でベビーブームが起き、それもドクダミの花印の懐妊薬のおかげとあって私の店はますますの大繁盛となるが、それはもう少しあとのお話。
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