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十三話 クリスタの妊娠

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 カールの大捕り物があったあと、マルテが王宮に帰ってきた。
 どうやら私を囮にする計画に、アデーレと一緒に反対したせいでケップラ侯爵家に軟禁されていたらしい。
 アデーレは、「今度は私が身代わりになる」と最後まで抵抗をしていたそうで。
 それというのも――。
「私が? 妊娠しているですって?」
「そうです、お嬢さま。下腹が出ているのは太っているせいではありません。そこにコンラート殿下とのお子が宿っているからです」
「知らなかったわ……」
「そうでしょうね。関係者一同、お嬢さまに気づかせないよう必死に隠しておりました。お嬢さまはもとから生理不順でいらしたので、月の障りがなくても何も思われないでしょうし、大きくなり始めたお腹を見ても太っていると勘違いされていましたから、そのまま勘違いしてもらおうと思ったのです」
「どうしてそんなことを?」
「お嬢さまは前回の妊娠で大変つらい思いをされました。そのことで心身ともに傷つき、回復に数か月を要しました。ケップラ侯爵家とライプニッツ王家で話し合いの場を持ち、お嬢さまの精神に動揺を与えないように、安定期に入ってからお嬢さまには打ち明けようと決まったのです。これまでお嬢さまに隠し事をしていたことを、心よりお詫び申し上げます」
 マルテはそう言って深々と私に頭を下げた。
 マルテだってお父さまから命じられただけなのに。
 ひとりだけ仲間外れにしてしまったことに、心を痛めているのだ。
「いいわよ、マルテ。そんなに謝らなくても。たった一度の契りだったけど、それで赤ちゃんが宿ったというのなら嬉しいことだわ。みんなが私を心配してくれた結果、今があるのでしょう。お腹の赤ちゃんはもう安定期なのね?」
 だからコンラート殿下は走るなと大声で叫んでいたのだ。
 お風呂場で下腹を撫でていたのも、そこに赤ちゃんがいることを知っていたからだわ。
(私の赤ちゃん、本当にここにいるのね)
 私も下腹を撫でてみる。
 もうすぐ五カ月になるのだそうだ。
 一人目の赤ちゃんのときは、常に医師が私についていたから、妊娠の兆候もすぐに分かった。
 だけど寝たきり生活のあと、私の生理は不順になってしまい、毎月くるものだという意識がなかった。
 コンラート殿下とたった一度の契りを交わした日、もしかしたらと思ったことが本当になった。
「本来でしたら、ご懐妊を告げるのはコンラート殿下のお役目かと思いますが、あの人は私とアデーレお嬢さまを先日の計画の折に軟禁したので、腹いせに先陣を切らせてもらいました」
 マルテがいつものお茶を入れて差し出してくれる。
「こちらのお茶も、妊娠した母体が飲んでも大丈夫なお茶なんです。ちなみにこれを取り寄せたのは忌々しいコンラート殿下です。お嬢さまがわざわざ御礼をしなくてもいいと思いますが、念のためお伝えしておきます」
 すっかりコンラート殿下のアンチになってしまったマルテ。
 私は妹のアデーレを見ているようで、笑ってしまった。
 
 その後、コンラート殿下が私の部屋に来て、実は……と語りだした内容は、マルテから聞いたのと同じ内容だった。
 仲間外れにしてしまったことをしょんぼりして謝ってきたのも同じで、かわいい人だなと思った。
 私はぎゅっとコンラート殿下に抱き着き、幸せをありがとうと伝えたのだった。

 ◇◆◇

 お腹が目立ちすぎる前に、私はコンラート殿下と結婚式を挙げることになった。
 王妃殿下から妃教育に合格をもらったのは、教育が始まってから四カ月と数週間が経過した頃で、最短記録だと褒めてもらえた。
 実は、これまでに開催された『壁尻の儀』において、初めての契りで妊娠するという例が多くみられたため、国王陛下は私の体調をよく見ておくようにコンラート殿下に指示していたのだそうだ。
 コンラート殿下は私の体調ももちろん見ていたが、なんとなく、もう子が宿っている気がしたという。
 だから最初からそういうつもりで、私を扱っていたと話してくれた。
(お姫さま抱っこはそんな理由があったのね)
 結婚式の前日、私とコンラート殿下は国王陛下に呼ばれて私室へお邪魔した。
『壁尻の儀』について、もう少し詳しいお話をしてくれるのだそうだ。
 侍従によって開けられた扉の向こうには、国王陛下と王妃殿下が待ち構えていた。
「さあさあ、クリスタ、座っておくれ。長くなるかもしれない。楽な格好でいるように」
「ありがとうございます、国王陛下」
「明日からは親子になるのだ。堅苦しいのはなしだよ」
 私は国王陛下にウインクされる栄誉をたまわった。
「父上、クリスタに色気を振りまいてないで、さっそく話を聞かせてください。そもそも、あの『壁尻の儀』とはなんなのですか? これまでに見たことも聞いたこともない、奇妙な儀式でしたよね」
「ふむ、お前が知らぬのも仕方がないのだ。あの『壁尻の儀』は、国王となって初めて読むことが許される古文書の中にだけ詳細な記録が残されている。これはサザリー王女から聞いた話なのだが、前回の『壁尻の儀』は数百年前に開催されたそうで、その記録が偶然クマリクク王国にあったそうだ」
「数百年前? つまり私と同じ悩みを抱えていた者がいたのが、数百年前だったと?」
「そういうことになるな」
「コンラート殿下と同じ悩みとは?」
 つい気になってしまった私は口を挟む。
「……実はそれまで私は性的興奮を覚えたことがなくてね。後継者が必要な王太子にとっては大問題だろう?」
 苦い顔でコンラート殿下が答えてくれた。
「今となっては過ぎたことだけれど、『壁尻の儀』の日、三体並んだ女体の下半身と直面して、私はとんでもないことになったと気まずく思ったものだよ」
「だが成功しただろう? 成功するようになっているのだ。なにしろ我々王族は、壁尻が大好きな一族なのだからな!」
「壁尻というのが、あの壁からお尻を突き出す独特なポーズのことを指すのですね?」
「そうだ、クリスタよ。女性にとっては屈辱を感じることだろう。しかし、あのポーズこそが、我が国のおとぎ話にも出てくる聖女さまが顕現されたときの、ありがたいポーズなのだ」
 話のスケールが急に壮大になってきたわ。
 卑猥に思っていたあのポーズが、まさか聖女さまと関係していたとは。
 そもそも我が国の聖女さまのおとぎ話とは、異世界からやってきた才媛な聖女さまとこの国の勇敢な王子さまが助け合って困難を乗り越え、その後ふたりは結ばれるという子どもの頃に必ず読んでもらうお話なのだ。
 そう、子どもの頃に読んでもらったお話には、くだんの壁尻ポーズなど出てこない。
 このあたりが国王陛下しか読むことを許されない所以なのかしら。
「実は異世界から現れた聖女さまは、始め下半身しかなかったのだ」
 えええ!?
 それって生きていないのでは?
「おとぎ話の真相を話そう。昔々、この国の王子の部屋に異世界から下半身だけの聖女さまが現れた。年頃だった王子は魅力的な下半身に欲情して、そのまま愛してしまった。すると不思議なことに、少しだけ聖女さまの上半身が現れた。もしかしてと思った王子は、それから数日かけて聖女さまを愛し続け、精を注ぎ続けたところ、完全に聖女さまの全身が顕現したというわけだ。異世界からの渡りが不完全だった聖女さまは、王子の精を注がれることでこの世界との繋がりを得て、ようやく辿り着けたと仰ったそうだ。あのままでは死んでいたかもしれないとも。この王子というのが、当時の王族最後の一人でな、しかもコンラートのように性的興奮を感じない人だったらしい。血が絶えると心配されていたところに、救いの女神が異世界からやってきたのだ。おとぎ話にもなろう」
 なるほど。
 語り継がれるようなおとぎ話にするため、かなり子ども向けの脚色が入ったのね。
「聖女さまが王子の子を産んだので、その代の王族の血が途絶えることはなかった。しかし、それからも性的興奮を覚えない王族が現れてな、当代の宰相が『壁尻の儀』を考案したのだ。聖女さまと同じ状況を作り上げることで、王族がその気になるのではないかと。その狙いは当たった。その代でも王族は無事に血を繋ぐことができたのだ」
「それ以降、『壁尻の儀』は王族に性的興奮を思い出させるための儀式として、秘密裏に定着していったというわけですか」
 コンラート殿下が深くため息をつきながら、ソファの背もたれに背を預ける。
「納得がいきました。過去に実績がある『壁尻の儀』だから、父上は成功を疑わなかったのですね」
「そうだ。そしてコンラートだけでなく、ディーターにも効果があった。もしかしたら、ハイノにも」
 国王陛下はニコニコしてた。
 独身王族三人が縁付いて嬉しいのだろう。
 今いる王族の中で、既婚者は国王陛下だけだ。
 すぐに血が途絶えるわけではないが、それでも心配だったのだろう。
「私も、アデーレに代わって役を引き受けたとき、とんでもないことになったと思いました。しかしこうしてコンラート殿下とのご縁をいただき、『壁尻の儀』には感謝しかありません」
「不思議なものだね。あんなに興味がなかった女体なのに、クリスタにはいとしさといじらしさを感じたんだ。ありがとう、クリスタは退屈だった私の人生の光だよ」
 国王陛下と王妃殿下の前だが、コンラート殿下は気にせずチュッチュと私の頭に口づけをし始める。
「明日からはお前たちも正式な夫婦だ。これから何かあったときは手を取り合い、乗り越えていくのだぞ」
「クリスタ、コンラートを支えてやってね。あなたは完璧な淑女ですよ」
 お二人からのありがたい励ましのお言葉に感謝して、私たちは部屋を退室した。
 明日の結婚式を楽しみにしながら。
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