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十話 マルテの居ない日
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私が噂を知って、さらに数日が経った。
あの噂はもう王宮のあちこちに広がったようで、使用人たちから刺さる視線が痛い。
私に否定的な印象を持つ人が多いようだ。
それもそうだろう、王宮に勤めるということは王族に敬意を払っているということ。
王太子殿下をないがしろにする私を許せるはずがないのだ。
「最近、周りがうるさいでしょうけれど、もう少しですからね。この調子で頑張れば、一か月前倒しで婚姻の儀をすることも可能よ」
相変わらず王妃殿下はお優しい。
私が噂にうろたえないでいいように、しっかりと支えてくださる。
コンラート殿下の隣に立ちたいのはもちろんだが、王妃殿下の期待にもこたえたいと思った。
私が出戻りであるのも、コンラート殿下より年上であるのも、そして子を死産してしまったことも、どれも事実で変えようがない。
だったら私が変えられるのは、これからの未来だけ。
未来を変えるために、今できることをしなくては。
王太子妃教育もその一環だ。
私が私を変えるために。
アデーレにも言われたことだ。
うつむいていては駄目なのだと。
私をないがしろにする相手を喜ばせるだけだから。
私を愛してくれるコンラート殿下と、私を支えてくれる王妃殿下と、いつも見守ってくれる家族に恥じないよう、私はしっかり前を見よう。
◇◆◇
マルテの入れてくれるお茶は味も香りも優しくて、とても飲みやすいのだが、今日のメイドが持ってきてくれたお茶はなんだかいつもより色が濃くて匂いがきつく、どうしても飲みたくなかった。
そのまま下げてもらうのは申し訳なかったので、そのメイドが隣の部屋に行った隙に、ベランダからお茶の中身を捨てた。
そしてさも味わったかのように、ふうと吐息をついたのだ。
メイドはそれを聞きつけて、お代わりをお持ちしますか?と戻ってきたが、もちろんお断りさせてもらった。
最近はお茶を飲むとすぐにお手洗いに行きたくなる。
それを理由に飲む回数を控えているから、ここで断っても怪しまれないはずだ。
王太子妃教育中に何度も席を立つのは恥ずかしいので、と言い訳がたつ。
王太子妃教育は佳境を迎え、あと数週で終わりそうだと王妃殿下に褒めてもらった。
「こんなに短期間で王太子妃教育を終えるのは貴女が初めてよ。貴女自身が優秀だったのもあるけど、とても頑張ったからここまで出来たのだと思うわ。それだけ早くコンラートと結婚したいと願ってくれているのね。あの子の母として、これほど嬉しいことはないわ」
そんな言葉を昨日いただいたばかりだ。
今日も精一杯頑張らなくては。
「クリスタ様、そろそろ王太子妃教育のお時間です。ご準備はよろしいですか?」
先ほどのメイドが私に声をかける。
私はよっこいしょっとソファから立ち上がる。
最近、体が重たいのだ。
どうも下腹が出ているような気がする。
マルテに聞いても、お嬢さまは今までが細すぎました、としか言ってくれない。
正直にお菓子の食べ過ぎですと注意してくれてもいいのに。
マルテは私がなにかを食べていると、とても喜ぶ。
実家で寝たきりだった数か月のやつれようを知っているからだろう。
さて、今日はたしか図書室で王妃殿下と待ち合わせだ。
メイドの先導についていく。
マルテはケップラ侯爵家からの呼び出しに応じて、短期の暇をもらって王宮を下がっている。
先導してくれているメイドは、その間だけ私についてくれることになった。
(マルテに会いたいな)
そんなことを思いながらついていくが、どうも図書室には向かっていないようだ。
このメイドは不慣れなのかもしれないと、私は優しく注意を促した。
「場所が違っているみたいよ。今日の王太子妃教育は図書室で行われるわ」
「いいえ、こちらで間違いありません。王妃殿下のお使いの方が来られて、中庭のガゼボに変更になったと連絡があったのです。ですから今はそちらにご案内しております」
「あら、そうだったの、ごめんなさいね」
いつの間にそんなやり取りがあったのか。
(私がお手洗いに行っているときかな?)
中庭は王妃殿下の好みにあうように、赤バラの垣根を増設されたのだと聞いた。
国王陛下からのプレゼントだそうだ。
国王陛下と王妃殿下は大変仲がよい。
コンラート殿下と私も、おふたりを将来の目標にしている。
ああ、コンラート殿下のことを思い出すと、どうしても頬が染まる。
こんなにも誰かを乞い慕ったことはない。
もうすぐガゼボに着く直前、私がコンラート殿下のことを考えている間にメイドがいなくなった。
私は辺りを見渡すが、どこにも人影はない。
それにガゼボにも使用人のいる気配がない。
(おかしいわ、王妃殿下がいらっしゃらなくても、準備をする侍女たちは早くから来ているはず)
ガゼボの中を覗き込んだとき、誰かに手首を掴まれ、そのまま引き倒された。
「きゃっ!」
「こんなに手間をかけさせて、悪い雌犬だ」
ガゼボのベンチに私を押し付け、上からのしかかっているのは元夫のカールだった。
(どうしてここに――!)
全身に鳥肌が立ち、うなじから冷や汗が流れた。
正装をしていて、普段よりも飾りの多い外套を着ている。
髪はいつものオールバック、むすっと引き結ばれた唇もよく見たものだ。
今日、王宮で正装をするような行事が予定されていただろうか?
私がカールをまじまじと見ているように、カールも私をじろじろ見ていた。
「クリスタ、少し太ったか? 居候している王宮で図々しくもくつろいで過ごすなど、お前には繊細な神経がないのか」
「どうしてそんなことを言われなくてはいけないの。あなたには関係ないはずよ」
とっさの恐怖は拭えなかったけど、すぐに言い返すことができた。
しかしカールにとっては私が口答えをしたことが意外だったようで、ひどくビックリしていた。
いい気味だわ、今までの私とは違うのよ!
もうあなたたち家族に怯えて暮らしていたクリスタではない。
コンラート殿下に愛され、王妃殿下に磨かれ、家族から大切にされる私なのだ。
無下に虐げてきたあなたの思い通りにはなってやらない。
あの噂はもう王宮のあちこちに広がったようで、使用人たちから刺さる視線が痛い。
私に否定的な印象を持つ人が多いようだ。
それもそうだろう、王宮に勤めるということは王族に敬意を払っているということ。
王太子殿下をないがしろにする私を許せるはずがないのだ。
「最近、周りがうるさいでしょうけれど、もう少しですからね。この調子で頑張れば、一か月前倒しで婚姻の儀をすることも可能よ」
相変わらず王妃殿下はお優しい。
私が噂にうろたえないでいいように、しっかりと支えてくださる。
コンラート殿下の隣に立ちたいのはもちろんだが、王妃殿下の期待にもこたえたいと思った。
私が出戻りであるのも、コンラート殿下より年上であるのも、そして子を死産してしまったことも、どれも事実で変えようがない。
だったら私が変えられるのは、これからの未来だけ。
未来を変えるために、今できることをしなくては。
王太子妃教育もその一環だ。
私が私を変えるために。
アデーレにも言われたことだ。
うつむいていては駄目なのだと。
私をないがしろにする相手を喜ばせるだけだから。
私を愛してくれるコンラート殿下と、私を支えてくれる王妃殿下と、いつも見守ってくれる家族に恥じないよう、私はしっかり前を見よう。
◇◆◇
マルテの入れてくれるお茶は味も香りも優しくて、とても飲みやすいのだが、今日のメイドが持ってきてくれたお茶はなんだかいつもより色が濃くて匂いがきつく、どうしても飲みたくなかった。
そのまま下げてもらうのは申し訳なかったので、そのメイドが隣の部屋に行った隙に、ベランダからお茶の中身を捨てた。
そしてさも味わったかのように、ふうと吐息をついたのだ。
メイドはそれを聞きつけて、お代わりをお持ちしますか?と戻ってきたが、もちろんお断りさせてもらった。
最近はお茶を飲むとすぐにお手洗いに行きたくなる。
それを理由に飲む回数を控えているから、ここで断っても怪しまれないはずだ。
王太子妃教育中に何度も席を立つのは恥ずかしいので、と言い訳がたつ。
王太子妃教育は佳境を迎え、あと数週で終わりそうだと王妃殿下に褒めてもらった。
「こんなに短期間で王太子妃教育を終えるのは貴女が初めてよ。貴女自身が優秀だったのもあるけど、とても頑張ったからここまで出来たのだと思うわ。それだけ早くコンラートと結婚したいと願ってくれているのね。あの子の母として、これほど嬉しいことはないわ」
そんな言葉を昨日いただいたばかりだ。
今日も精一杯頑張らなくては。
「クリスタ様、そろそろ王太子妃教育のお時間です。ご準備はよろしいですか?」
先ほどのメイドが私に声をかける。
私はよっこいしょっとソファから立ち上がる。
最近、体が重たいのだ。
どうも下腹が出ているような気がする。
マルテに聞いても、お嬢さまは今までが細すぎました、としか言ってくれない。
正直にお菓子の食べ過ぎですと注意してくれてもいいのに。
マルテは私がなにかを食べていると、とても喜ぶ。
実家で寝たきりだった数か月のやつれようを知っているからだろう。
さて、今日はたしか図書室で王妃殿下と待ち合わせだ。
メイドの先導についていく。
マルテはケップラ侯爵家からの呼び出しに応じて、短期の暇をもらって王宮を下がっている。
先導してくれているメイドは、その間だけ私についてくれることになった。
(マルテに会いたいな)
そんなことを思いながらついていくが、どうも図書室には向かっていないようだ。
このメイドは不慣れなのかもしれないと、私は優しく注意を促した。
「場所が違っているみたいよ。今日の王太子妃教育は図書室で行われるわ」
「いいえ、こちらで間違いありません。王妃殿下のお使いの方が来られて、中庭のガゼボに変更になったと連絡があったのです。ですから今はそちらにご案内しております」
「あら、そうだったの、ごめんなさいね」
いつの間にそんなやり取りがあったのか。
(私がお手洗いに行っているときかな?)
中庭は王妃殿下の好みにあうように、赤バラの垣根を増設されたのだと聞いた。
国王陛下からのプレゼントだそうだ。
国王陛下と王妃殿下は大変仲がよい。
コンラート殿下と私も、おふたりを将来の目標にしている。
ああ、コンラート殿下のことを思い出すと、どうしても頬が染まる。
こんなにも誰かを乞い慕ったことはない。
もうすぐガゼボに着く直前、私がコンラート殿下のことを考えている間にメイドがいなくなった。
私は辺りを見渡すが、どこにも人影はない。
それにガゼボにも使用人のいる気配がない。
(おかしいわ、王妃殿下がいらっしゃらなくても、準備をする侍女たちは早くから来ているはず)
ガゼボの中を覗き込んだとき、誰かに手首を掴まれ、そのまま引き倒された。
「きゃっ!」
「こんなに手間をかけさせて、悪い雌犬だ」
ガゼボのベンチに私を押し付け、上からのしかかっているのは元夫のカールだった。
(どうしてここに――!)
全身に鳥肌が立ち、うなじから冷や汗が流れた。
正装をしていて、普段よりも飾りの多い外套を着ている。
髪はいつものオールバック、むすっと引き結ばれた唇もよく見たものだ。
今日、王宮で正装をするような行事が予定されていただろうか?
私がカールをまじまじと見ているように、カールも私をじろじろ見ていた。
「クリスタ、少し太ったか? 居候している王宮で図々しくもくつろいで過ごすなど、お前には繊細な神経がないのか」
「どうしてそんなことを言われなくてはいけないの。あなたには関係ないはずよ」
とっさの恐怖は拭えなかったけど、すぐに言い返すことができた。
しかしカールにとっては私が口答えをしたことが意外だったようで、ひどくビックリしていた。
いい気味だわ、今までの私とは違うのよ!
もうあなたたち家族に怯えて暮らしていたクリスタではない。
コンラート殿下に愛され、王妃殿下に磨かれ、家族から大切にされる私なのだ。
無下に虐げてきたあなたの思い通りにはなってやらない。
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