【完結】壁尻マッチング☆~アンニュイな王太子さまをその気にさせる古の秘策!~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
上 下
1 / 15

一話 王太子の個人的な問題

しおりを挟む
 ライプニッツ王国は大陸の三分の一を占める大国で、長い歴史が表す通り、激動の時代も物ともせず、負け戦知らずでここまで続いてきた。
 今代の国王は愛する王妃との間に二人の王子をもうけ、つつがなく国を治めていた。
 国境を脅かす敵国もなく、甚大な自然災害にも襲われず、貴族同士の小競り合いはあれども、頭を悩ませることは無さそうに思えた。
「う~む、どうしたものか」
 ところが先ほどから腕を組み、首をひねり、しきりに唸っている。
 この豊かな国に似つかわしくない悩み事があるようだ。
 国王陛下専用の執務室には、黒光りする重厚な机と、それにふさわしい豪奢な椅子、左手の壁一面には歴代の国王陛下の肖像画が並ぶ。
 机の上には職人の手によって仕上げられた素晴らしい羽根ペンが数本、決裁に使われる金色の印璽、100年前から置いてある大樹を模したランプ、その横に積みあがる書類の山。
 いつもと何も変わらない風景に見えた。
 そこへ侍従が王太子の来室を伝える。
「国王陛下、王太子殿下がいらっしゃいました」
「おお、待っていた!すぐに通せ」
 護衛騎士が静かに開けた扉を通ってやってきたのは、国王にそっくりな顔をしている王太子のコンラートだった。
 肩につかない長さの銀髪は少し片目を覆い、不凍湖のような青い瞳は王家に引き継がれる美貌を冴えわたらせ、程々に引き締まった筋肉と長身はコンラートを完璧な王子様然として見せた。
 だがしかし、国王の悩みの種は正にこのコンラートであったのだ。
 さっそく応接用のソファに向かい合って座り、侍従が用意するお茶を待たずに国王は話し始める。
「さて、先月の誕生日でコンラートも24歳になった。そろそろ三人の王太子妃候補から、妃にする女性を一人に絞ってもいいのではないか?」
「父上、それは……」
 コンラートが憂鬱そうに何か言い返す前に、国王は畳みかけるように言葉を繋げる。
「いい加減、儂も王妃からせっつかれるのに疲れたのだ!あれが24歳の頃にはすでに息子を二人産んでいた。だからなのか、早く孫を抱きたいと隙あらば毎日のように儂に言うのだぞ。もう王太子妃候補たちを選定してから四年が経つ。彼女たちの人柄についても、それぞれ十分に検討できただろう?」
 ほとほと困っているという表情を隠さず、国王はコンラートのうつむきがちな顔を覗き込む。
 そして覗き込まれたコンラートも困っていた。
 頭の中で四年前に王太子妃候補となった三人を思い浮かべる。
 さすがに顔や名前は覚えた。
 でもそれだけだ。
 心惹かれることも、ましてや添い遂げることなど、自分にはできそうになかった。
 王太子には妃が必要だと分かってはいるが、気持ちが付いてこないのだ。
 小さいときから神童と言われ、なんでも上手くこなしてきたコンラートは、毎日をとても退屈だと思いながら生きてきた。
 教育の過程で閨事を習ったときも、面倒だなと感じた。
 指導役の女性をあてがわれそうになって、慌てて断ったほどだ。
 あんなことをしないと世継ぎが出来ないだなんて。
 自分は本当に王太子向きではない。
 最近ではそんなことまで考えるようになった。
 王太子妃候補たちには申し訳ないと思う。
 彼女たちは王太子妃に相応しい礼節や知識を学び、この国の礎となるべく研鑽を積んでいる。
 そんな努力する姿を見ても響かない自分の心は、きっとおかしいのだ。
「父上、彼女たちは優劣をつけがたい、みな素晴らしい女性です。問題があるのは私の方なのです」
「問題?どんな問題だ?」
「…………女性を抱きたいと思えないのです」
 言いにくそうにコンラートが伝えてきた理由を、国王は何度か頭の中で繰り返した。
 そして脳の奥底に沈んでいた記憶を手繰り寄せる。
(王家の古文書に似たような記述があったぞ。まさか息子の代でこの問題に遭遇するとは――)
 確信を深めるため国王は質問を重ねる。
「コンラート、念のために確認するぞ。それは男性を抱きたいという意味か?」
「違います。性別に関わらず、そういう気持ちになれないのです」
「候補者たちがお前の好みに合わないというわけではないのだな?」
「それも違います。おそらく私には好みすらないのでしょう。性行為自体に興味が持てません」
「なるほど……ちなみに、勃つか?」
「お恥ずかしながら、朝はきちんとその状態になっております」
 国王は、24歳の息子がちゃんと朝立ちをすると聞いて間違いないとうなずいた。
「よし、分かった。悩めるお前に必要なのは『壁尻の儀』だ!」
「カベシリノギとは何ですか?」
「国王にしか見ることを許されていない古文書に記された儀式だ。我ら王族の中には、まれにコンラートと同じ症状に悩まされる者が現れる。そうした者が現れたときには『壁尻の儀』を執り行うことで解決するとあった」
「父上、それは一体どのような儀式なのでしょう?私の空虚な気持ちが一朝一夕で変わるとは思えません」
「悩みを抱える本人にとっては、懐疑する内容だろう。だが儂に任せておきなさい。すべては好転する!」
 ニカッと笑う国王の顔に不安しか覚えないコンラートだったが、ここで強く意見するほどの気概もなく、しぶしぶ了承して退室するのだった。
 もっと自分事に興味を持って儀式について質問でもしていれば、後になってあんなに気まずい思いをすることもなかっただろうに。
 コンラートがいなくなった国王専用の執務室では、張り切って侍従たちに指示を飛ばす国王の声が響き渡った。
「『壁尻の儀』への招集は王命であるから、万が一にも逆らうのであれば王太子妃候補を辞退してもらうよう先方には伝えるんだ」
「開催は一か月後としよう。大きな行事もなく、コンラートの予定も合わせやすい」
「儀式に使用する壁を造ってもらわなくてはならない。ただちに職人ギルドに依頼をしてくれ」
「詳細について確認したい。あの古文書を持ってきてくれるか」
 早く孫を抱きたい攻撃から逃れられる解放感ですがすがしい気持ちになった国王は、今日の執務にも意欲的に取り掛かるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...