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10話 自分以外の異世界人

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「何がいいかな?」



 古都子はひとりで、活況な市場に来ていた。

 月に一度、他の都市からフィーロネン村へ隊商がやってくる。

 村の人々も楽しみにしていて、この数日間はお祭りのような賑やかさだ。



「イルッカおじいさんには麦わら帽子、ヘルミおばあさんにはスカーフにしよう」



 古都子がこの世界へ飛んできたときから、ふたりは同じものを使い続けている。

 そろそろ新調してもいいはずだ。



「隊商だと、村にはない珍しい形や色のものが、見つかるかもしれないし」



 古都子はワクワクしながら、日常とは違う華やかな空気を楽しんだ。

 衣服をあつかっている露天の店で、ヘルミおばあさんの瞳の色に似た、赤い花柄のスカーフを見ていると、店主だろう女性に声をかけられる。



「お嬢さん、こちらでは見ない顔ね? もしかして、異世界人かしら?」



 びくりと古都子が肩をすくませ、用心したのが分かったのだろう。

 女店主は両手を挙げて、何もしないというポーズをする。



「ごめんなさい、怖がらせてしまった? 少し前にも異世界人と話をしたから、つい気軽に声をかけてしまったの」



 首を横に振ってしきりに謝るので、古都子も警戒を解く。

 

「私以外の異世界人を、知ってるんですか?」

「王都の近くで会ったわ。うちの手袋を買ってくれたの」



 これよ、と革製の茶色の手袋を見せる。

 それは農夫が使うような手袋ではなく、もっと分厚くてゴツゴツとしていた。

 しげしげと手袋を眺めていた古都子へ、女店主が説明する。



「これは主に、騎士や兵士が使うのよ。その異世界人も、腰に剣を差していたわ」

「もしかして、異世界人は男性?」

「ええ、あなたくらいの年齢だったわよ」



 どきん、と古都子の胸が跳ねる。



(もしかして……)

 

 ずっと諦めていた。

 もう会えないのだと。

 離れ離れになってしまったのだと。

 だが――。



(その異世界人、晴くんかもしれない)



 たまらず、古都子は口早に質問をする。



「髪の色は? 瞳の色は? 名前とか聞いてませんか?」

「え? まさか知り合いだったの?」



 驚きながらも、女店主は覚えている限りのことを教えてくれた。



「髪も瞳も、色は黒かったわ。お嬢さんと一緒よ。名前は聞いていないの。一緒にいた体格のいい男性からは、『坊主』と呼ばれていたわ」



 思い出すように目を瞑り、うんうん唸り出す女店主。

 古都子は聞き漏らすまいと前のめりになる。



「そうねえ、背の高さは私よりもちょっと上、声は少年にしては低かったわ」

「その男性、しゃべったんですか? じゃあ、違うのかな……」



 晴臣ならば、見知らぬ人へは特に、口を閉ざすはずだ。

 途端に、期待で膨らんでいた心が萎む。

 

「この世界では、女の子にどんな贈り物をするのか、と聞かれたわ」

「女の子への贈り物?」

「ええ、誕生日だって言ってた」



 古都子は悩む。

 実は、晴臣からは毎年、誕生日にプレゼントをもらっていた。

 

「それがいつだったか、覚えていますか?」

「五月だったことは確かよ」



 古都子の誕生日は五月五日だ。

 晴臣のような、そうでないような。

 もどかしさでむずむずする。



「女の子に喜ばれるのは、宝飾品が多いわって教えたの。そうしたら、あの前ですごく悩みだして……」



 女店主が指さしたのは、髪飾りや首飾り、指輪が並べてあるコーナーだ。

 小さな輝石がついていて、いかにも女の子受けしそうである。

 これまでに、古都子が晴臣から宝飾品をもらったことはない。

 そういうのは、なんだか友だちの一線を越えてしまうんじゃないか、という認識が古都子にはある。

 果たして晴臣もどきは、宝飾品を買ったのだろうか。

 古都子はドキドキして話の続きを待つ。



「結局、時間切れで手袋だけ買っていったわ」



 がくり、と古都子は肩を落とした。



「異世界人って珍しいんですよね?」

「商売であちこちを回るけど、そう出会わないわね」



 古都子と同じくらいの年齢で、髪と瞳の色が黒い異世界人。

 そして五月が誕生日の女の子のために、贈り物を選んでいた男性。

 この条件だけなら、晴臣の可能性が高い。

 しかし、初対面の女店主に話しかけるのは、らしくない。



(分からない……今いくら悩んでも、答えの出ない問題だわ)



 そう思って、古都子はすっぱり思考放棄した。

 もし晴臣がこの世界にいるのなら、来年、魔法学園で会うはずだ。

 

(億劫だった魔法学園への入学が、少しだけ楽しみになる。それだけでも、良かったと思おう)



 古都子は頭を切り替える。

 そして、持っていた赤いスカーフを女店主へ差し出した。



「これを買います。大切な人への贈り物にしたいの」

「趣味がいいと思うわ。これは王都で、流行り始めたばかりの柄なのよ」



 女店主は、キラキラした刺繍入りのリボンで包んでくれた。

 驚かせてしまったからサービスよ、と言いながら。

 

「その異世界人と知り合いだったのなら、どこかで会えるといいわね」



 ありがたくスカーフを受け取った古都子へ、女店主は眉を下げた。

 女店主が異世界人について、どれだけのことを知っているか分からないが、古都子と晴臣が離れ離れになったのは、なんとなく伝わったのかもしれない。



「大丈夫です。きっと来年、会えますから」



 そう言って、古都子は店を後にした。

 女店主が手を振るのに、手を振り返しながら。



「さあ、次はイルッカおじいさんの麦わら帽子よ」



 つば広であご紐つきの、大きな麦わら帽子を見つけるまで、古都子は市場をねり歩いた。

 晴臣がこの世界にいるかもしれない。

 その可能性があるだけで、自然と頬が緩んでいるのを自覚しながら。



 ◇◆◇



 その頃、王都近くにある兵士訓練場で、晴臣は剣の素振りをしていた。



 ――この世界に飛ばされていたのは、古都子だけではなかった。

 理科実験室の爆発によって晴臣が飛ばされた先は、ムスティッカ王国で多くの兵士をたばねる、若き兵団長ウーノの執務室だった。

 突如現れた晴臣に、咄嗟に剣を突きつけたウーノだったが、すぐにその刃をおさめる。



「なんだ、坊主、さては異世界人か?」



 幸いなことに、ウーノもまた、異世界人の存在を知る者だった。



「初めて見たな、異世界人が飛んでくるところを。何もない所から、突然落ちてくるのか」



 ウーノは穴も開いていない天井を見上げる。

 訳が分からないという顔をしている晴臣に、ウーノはこの世界について教えてくれた。

 そして晴臣は絶望したのだ。

 古都子と離れ離れになってしまったことに。



 しかし、現実は待ってくれない。

 ウーノに誘われ、兵士と一緒に生活を始め、やがて剣の握り方を教わった。

 この世界で生きていくのに、晴臣は必死だった。

 そんなとき、ウーノがこんな噂を拾ってきた。



「商業ギルドで聞いてきたんだが、坊主以外にも、この世界へ異世界人が飛んできてるらしい」



 商業ギルドというのは、王都にある商人たちの組合で、そこには世界中の噂が集まるという。

 晴臣のために、わざわざ足を運んでくれたのだろう。

 いかつい顔の割に、ウーノはとても面倒見がいい。



「俺以外にも?」



 寡黙だった晴臣だが、古都子のいない世界では、しゃべらなければ意思が伝わらない。

 否応なしにコミュニケーションをとる必要があり、日本にいるときよりも会話をするようになっていた。



「どうやら女のようだ」



 古都子だろうか。

 性別だけで判断するのは早計だが、古都子を求める心が騒ぐ。

 ドキドキと高鳴る胸に、晴臣はそっと手をあてた。



「坊主よりも、かなり年上みたいだ。魔法の素質があるだろうからと、魔法学園が身柄を引き取ったと言っていた」

「年上……」



 古都子の日本人顔とおかっぱ頭では、どう見ても年上に間違われることはない。

 晴臣に宿った希望の光は、一瞬で消えた。

 

「知り合いじゃなさそうだな?」



 年上と聞いてがっかりした晴臣を見て、ウーノは心中を察する。

 しっかりしているようで、年相応な部分も持ち合わせている晴臣を、ウーノは弟のように思い、心配していた。



「そう気を落とすな。もしかしたら魔法学園で、巡り合うかもしれないだろう?」



 異世界人は、この世界の貴族や王族と同じく、魔法がつかえる素質があるとウーノから聞いた。

 そうした者は16歳になる年に、魔法学園へ入学して、三年間は魔法について学ぶそうだ。



「同い年なら、なおさらだ。だからそれまで、しっかり剣の腕を磨け。今度こそ、その子を護れるように」



 ウーノは晴臣から、この世界へ飛んでくる前の話を聞いている。

 幼馴染を護れなかった、と零した晴臣の、無力感の漂う顔がウーノの脳裏を過る。

 ウーノは魔法をつかえない。

 だが剣なら教えられる。

 まだ魔法を発現できない晴臣のために、ウーノは今日も晴臣を訓練に誘う。
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