2 / 4
2話
しおりを挟む
こうして二人の奇妙な共同生活が始まった。
ジゼッラと同じく、下級聖女として集められた少女たちは、ステファノの存在を面白がる。
「ジゼッラったら、狸を飼い出したの?」
「でも、ちょっと変じゃない? 黒いオーラが出てるわ」
「もしかして呪われてるの?」
ジゼッラは隠すことなく真実を告げる。
「この狸は王子さまなの。呪いをかけられて、今はこんな姿をしているのよ」
すると少女たちは一斉に笑い出した。
「いいわね、その設定!」
「ジゼッラにしては、夢があるじゃない」
「いつ王子さまになるの?」
そこでジゼッラは狸を持ち上げて、ズイッと少女たちへ突き出した。
「みんな、余ってる聖力があったら、狸さんに使ってあげて。少しでも早く、人間に戻してあげたいの」
真剣に頼み込むジゼッラに、少女たちは気軽に頷く。
「どうせ使わないから、いくらでもどうぞ」
「まさか毎日、上級聖女の身の回りの世話をする羽目になるなんて、ここに来るまでは思わなかったわよね」
「街にいた頃は、こんな僅かな聖力でも有り難がられたのに……」
ここにいる下級聖女はみんな、ジゼッラと似た身の上の少女ばかりだ。
人助けになるからと言われて連れてこられたら、待っていたのは終わりのない雑用だった。
「私たちが聖力を持っていても、宝の持ち腐れだもの」
「狸さん、早く王子さまになって、ジゼッラを迎えに来てあげてね」
「そのときには、私たちも一緒に連れ出してほしいわ。もうここにいるのはうんざりよ」
口々に好き放題なことを言うと、少女たちはそれぞれの持ち場へ戻った。
今日も今日とて、下級聖女のジゼッラたちには、掃除や洗濯が待っている。
『ジゼッラたちは、仲がいいんだな』
枯れ葉を箒で掃いているジゼッラの足元で、全身が枯れ葉まみれになっているステファノがつぶやく。
「私たちは同じ境遇で、励まし合って過ごしているからでしょうか。助け合うのが、当たり前になっているというか」
『すごくいい関係だな』
「恵まれていると思います。実際そうしなければ、私たちはやりきれなかったでしょう」
聖堂は、人助けをする機関ではなかった。
それを知らされずに集められ、飼い殺しにされている下級聖女たち。
しかも一度その門をくぐれば、嫁ぐ以外は死ぬまで出られないのだ。
「生きる望みも、死ぬ勇気もなく、私たちは日々を繋いでいます。ここには、そんな下級聖女たちが山のようにいるんです」
『誰もそれを問題視しないのか?』
「聖女の持つ聖力を欲する者は、聖堂の行いを非難できません。それは貴族だけではないんです」
ジゼッラの含んだ言い方で、ステファノは自分が属する王族も、悪だくみに加担しているのだと分かった。
身をもって知った呪いだったが、上級聖女にもなると、穢れを自由自在に操れる。
権力者ほど、こうした異能を欲する機会もあるのだろう。
『父上が、悪者だったなんて。ごめんな、ジゼッラ』
欲にまみれた貴族や王族とは違って、無償で人助けをしたいと願うジゼッラや下級聖女たちの真摯な姿に、ステファノは感銘を受ける。
もしも人間に戻れたら、必ず苦しんでいる下級聖女たちの力になろうと決意を固めた。
(そのためにも、絶対に元へ戻らないと。たくさん聖力を注いでもらえるよう、俺も頑張るぞ)
その日から、ステファノは下級聖女たちを見ると、しっかり愛嬌を振りまくようになった。
みんな、狸がジゼッラのペットだと知っているので、撫でたり聖力を注いだりして可愛がる。
そうして数か月が経つと、ステファノに変化が現れた。
「ジゼッラ、俺だ。一瞬だけ人間に――」
戻れるようになった、と言い終わる前にステファノは狸へと変化する。
「本当に一瞬ですね」
あまりの短さに、ジゼッラはポカンと口を開けた。
『だが、これは喜ばしい変化だろう?』
「ええ、光明が見えてきました」
『その……ジゼッラの目には、どう映った? 人間の俺の姿は……』
恰好よかったか? とは聞けない。
惚れそうか? とも聞けない。
曖昧なステファノの質問に、ジゼッラは率直に答えた。
「大変、美しかったです」
そうなのだ。
ステファノは女優だった母に似て美しい。
第三王子として、これまで何もせずに怠惰に過ごせていたのも、国王の寵愛が母にあるからなのだ。
「聖堂に飾ってある、大聖女像よりも美しいなんて、ステファノさまは罪な方ですね」
ふふふ、とジゼッラに笑われて、照れたステファノはクシクシと顔をかく。
(悪くない反応だ。俺の長所なんて、顔しかないからな。ここでジゼッラに、アピールしておかないと)
いつしか自分の恋心を自覚していたステファノは、もっと長時間、人間に戻ることが出来たら、ジゼッラに告白したいと思っていた。
(うっかりジゼッラが俺を好きになってくれたら、く、口づけをもらえるかもしれないし!)
今はひたすら、下級聖女たちからお裾分けの聖力を分けてもらう日々が続く。
しかも数か月かけても、一瞬しか人間に戻れない茨の道だ。
それでも協力してくれる下級聖女たちに、ステファノは心から感謝していた。
だから毎日、熱心に愛嬌を振りまくのに余念はない。
――そんなある日、ステファノに事件が起きた。
ジゼッラと同じく、下級聖女として集められた少女たちは、ステファノの存在を面白がる。
「ジゼッラったら、狸を飼い出したの?」
「でも、ちょっと変じゃない? 黒いオーラが出てるわ」
「もしかして呪われてるの?」
ジゼッラは隠すことなく真実を告げる。
「この狸は王子さまなの。呪いをかけられて、今はこんな姿をしているのよ」
すると少女たちは一斉に笑い出した。
「いいわね、その設定!」
「ジゼッラにしては、夢があるじゃない」
「いつ王子さまになるの?」
そこでジゼッラは狸を持ち上げて、ズイッと少女たちへ突き出した。
「みんな、余ってる聖力があったら、狸さんに使ってあげて。少しでも早く、人間に戻してあげたいの」
真剣に頼み込むジゼッラに、少女たちは気軽に頷く。
「どうせ使わないから、いくらでもどうぞ」
「まさか毎日、上級聖女の身の回りの世話をする羽目になるなんて、ここに来るまでは思わなかったわよね」
「街にいた頃は、こんな僅かな聖力でも有り難がられたのに……」
ここにいる下級聖女はみんな、ジゼッラと似た身の上の少女ばかりだ。
人助けになるからと言われて連れてこられたら、待っていたのは終わりのない雑用だった。
「私たちが聖力を持っていても、宝の持ち腐れだもの」
「狸さん、早く王子さまになって、ジゼッラを迎えに来てあげてね」
「そのときには、私たちも一緒に連れ出してほしいわ。もうここにいるのはうんざりよ」
口々に好き放題なことを言うと、少女たちはそれぞれの持ち場へ戻った。
今日も今日とて、下級聖女のジゼッラたちには、掃除や洗濯が待っている。
『ジゼッラたちは、仲がいいんだな』
枯れ葉を箒で掃いているジゼッラの足元で、全身が枯れ葉まみれになっているステファノがつぶやく。
「私たちは同じ境遇で、励まし合って過ごしているからでしょうか。助け合うのが、当たり前になっているというか」
『すごくいい関係だな』
「恵まれていると思います。実際そうしなければ、私たちはやりきれなかったでしょう」
聖堂は、人助けをする機関ではなかった。
それを知らされずに集められ、飼い殺しにされている下級聖女たち。
しかも一度その門をくぐれば、嫁ぐ以外は死ぬまで出られないのだ。
「生きる望みも、死ぬ勇気もなく、私たちは日々を繋いでいます。ここには、そんな下級聖女たちが山のようにいるんです」
『誰もそれを問題視しないのか?』
「聖女の持つ聖力を欲する者は、聖堂の行いを非難できません。それは貴族だけではないんです」
ジゼッラの含んだ言い方で、ステファノは自分が属する王族も、悪だくみに加担しているのだと分かった。
身をもって知った呪いだったが、上級聖女にもなると、穢れを自由自在に操れる。
権力者ほど、こうした異能を欲する機会もあるのだろう。
『父上が、悪者だったなんて。ごめんな、ジゼッラ』
欲にまみれた貴族や王族とは違って、無償で人助けをしたいと願うジゼッラや下級聖女たちの真摯な姿に、ステファノは感銘を受ける。
もしも人間に戻れたら、必ず苦しんでいる下級聖女たちの力になろうと決意を固めた。
(そのためにも、絶対に元へ戻らないと。たくさん聖力を注いでもらえるよう、俺も頑張るぞ)
その日から、ステファノは下級聖女たちを見ると、しっかり愛嬌を振りまくようになった。
みんな、狸がジゼッラのペットだと知っているので、撫でたり聖力を注いだりして可愛がる。
そうして数か月が経つと、ステファノに変化が現れた。
「ジゼッラ、俺だ。一瞬だけ人間に――」
戻れるようになった、と言い終わる前にステファノは狸へと変化する。
「本当に一瞬ですね」
あまりの短さに、ジゼッラはポカンと口を開けた。
『だが、これは喜ばしい変化だろう?』
「ええ、光明が見えてきました」
『その……ジゼッラの目には、どう映った? 人間の俺の姿は……』
恰好よかったか? とは聞けない。
惚れそうか? とも聞けない。
曖昧なステファノの質問に、ジゼッラは率直に答えた。
「大変、美しかったです」
そうなのだ。
ステファノは女優だった母に似て美しい。
第三王子として、これまで何もせずに怠惰に過ごせていたのも、国王の寵愛が母にあるからなのだ。
「聖堂に飾ってある、大聖女像よりも美しいなんて、ステファノさまは罪な方ですね」
ふふふ、とジゼッラに笑われて、照れたステファノはクシクシと顔をかく。
(悪くない反応だ。俺の長所なんて、顔しかないからな。ここでジゼッラに、アピールしておかないと)
いつしか自分の恋心を自覚していたステファノは、もっと長時間、人間に戻ることが出来たら、ジゼッラに告白したいと思っていた。
(うっかりジゼッラが俺を好きになってくれたら、く、口づけをもらえるかもしれないし!)
今はひたすら、下級聖女たちからお裾分けの聖力を分けてもらう日々が続く。
しかも数か月かけても、一瞬しか人間に戻れない茨の道だ。
それでも協力してくれる下級聖女たちに、ステファノは心から感謝していた。
だから毎日、熱心に愛嬌を振りまくのに余念はない。
――そんなある日、ステファノに事件が起きた。
3
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる
kae
恋愛
魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。
これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。
ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。
しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。
「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」
追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」
ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
研磨姫と姫王子 ~初めての殿方磨き!?~
つつ
恋愛
原石を磨くことだけに情熱を捧げる”研磨姫”こと公爵令嬢ケイティ (15) と、病弱で気弱な性格から ”姫王子” と呼ばれることになった第三王子エリオ(15)。
ある日、偶然、姫王子を目にした研磨姫はこう叫んだ。
「わ……わたくしの――原石!!!」
そこに輝き秘めたる原石あれば、磨きたくなるのが研磨姫。
原石扱いされた姫王子には、受難の日々が待っていた――!?
※たぶんラブコメです。ラブ薄め、コメディ薄め……あれ、何か残った??

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる