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十話 乙女ゲームは終わる
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ジェニファーはすっかり忘れていた。
この世界が乙女ゲームの世界だということを。
生徒会役員名が発表されたときにゲームは始まり、オープニングの曲が流れて花が舞ったというのに。
オープニングがあるということは、エンディングがあるのだ。
それがどんなエンディングかというと――。
ジェニファーは連絡をうけて、すぐに学園に駆け付けた。
そこにはマイルズとベネディクトがすでにいて、消防隊やほかの教師陣との情報共有をしていた。
王族であるアラスターは、危険がないと判断されるまではここに近づけないだろう。
ジェニファーもさっそく情報共有の場に混ざる。
まとめると、全焼したのは生徒会室で、その周囲にあった部屋へのわずかな延焼だけで火は消し止められたという。
明らかに火の気のない生徒会室から勢いよく火が噴き出したことから、放火が疑われているそうだ。
生徒会室には紙の書類が山積みされていたので、火がつけば燃え盛るだろうが、その勢いをはるかに凌ぐ猛火ぶりだったらしい。
おそらく可燃性のなにかがまかれ、それに火をつけた可能性が高い。
「何が目的だと思う?」
マイルズがジェニファーに尋ねる。
「放火だなんて強い恨みを感じるわ。私たち生徒会にそんな恨みを抱くのは……」
リコリスしか思い浮かばなかった。
「俺も同じことを考えている。リコリス嬢は第八回役員会議には出席していないが、第七回役員会議には出席している。その時に、次回は『もったいない革命』についての手引き書を作ると決めた。おそらくは俺たちの一年間の活動の集大成である手引き書を燃やしたくて、生徒会室に火をつけたのではないかと思う」
「え? でも手引き書は……」
アラスターが国王陛下に見てもらうのだと、打ち上げの後に持ち帰った。
つまり生徒会室には保管されておらず、燃えてもいない。
「そうだ、だがリコリス嬢は生徒会室に手引き書がないことを知らない。知らないからこそ、放火の犯人として考えられないか?」
マイルズがその考えをベネディクトに伝える。
ベネディクトは苦しそうな顔をして、それを消防隊に伝える。
もしかして放火犯は、生徒会役員の一人かもしれないと。
消防隊からは、一度リコリス嬢に任意で話を聞くことになるだろうと言われた。
いわく、だいたい放火犯というのは火事の現場を見に来るのだそうだ。
野次馬の中にまぎれた放火犯を、捕まえたことは数多いという。
だが、ここにリコリスの姿はない。
ということは、火をつけたときに何らかの火傷を負ったのかもしれない。
日頃から火の取り扱いに慣れていない者が、急に可燃物を扱うと事故が起きやすい。
その治療をしているから、火事場にいないのではないかというのが消防隊の考えのようだ。
数日後、消防隊から新たな知らせがあった。
リコリスの顔の右半分に大きな火傷があったという。
消防隊は話を聞きに行ったパーソン子爵家で強く面会を拒まれたが、これはアラスター王子からも依頼されている大事な事件であるとパーソン子爵を説得し、ベッドに横たわるリコリスと対面した。
リコリスのふわふわの金髪は短く縮れ、右頬から首にかけて大きくガーゼが当てられていたそうだ。
体は布団に隠れて分からなかったが、おそらく火をつけた瞬間、手にかかった可燃物を伝って顔まで炎が昇ってきたのだろうと想像できた。
消防隊はリコリスと話すこともせず、火傷の確認だけでパーソン子爵家を辞した。
パーソン子爵は娘のしでかしたことが発覚して、膝から崩れ落ちたという。
おそらく、これから証拠集めが行われ、リコリスの顔を燃やした可燃物と生徒会室の床にまかれた可燃物が一致すれば、逮捕となる。
放火は大罪だ。
それほど悪役令嬢が憎かったのか。
しかしリコリスは乙女ゲームの攻略対象者に興味がないようだった。
なにがリコリスをそこまで突き動かしたのか。
◇◆◇
リコリスは笑っていた。
乙女ゲームの舞台となる生徒会室を燃やしてやったからだ。
これできっとこの乙女ゲームはリセットされる。
もう一度、最初からやり直すのだ。
今回は悪役令嬢のジェニファーが、おかしなことを始めたからバグが起きた。
それにつられて続編のメイン攻略対象である第一王子を攻略してしまったから、大幅にストーリーが狂った。
ジェニファーを排除すればいいと思っていたけど、なかなかうまくいかなくて。
あの第一王子もあまり役には立たなかった。
せっかくあたしの純潔をあげたのに!
北の砦に一緒に行かないかと誘われたが、行く訳がない。
あんな何もない土地でどうやって過ごすというの。
これまで以上の宝飾品やドレスを贈られたって、着飾っていく場所がないじゃない。
学園内で私を褒め称えていた取り巻きたちも、あっという間にいなくなった。
こんな状況から改めて攻略対象者たちを落としていくのは無理だ。
もうリセットするしかない。
あたしはリセットの方法を考えた。
オープニングは生徒会役員名の発表の場から始まった。
恋の相手は生徒会長と副会長、その護衛騎士に顧問の先生。
お邪魔キャラとなる悪役令嬢は、本当は学年順位が四位で役職も書記のはずだった。
あたしが会計じゃなかったところから、もうバグは始まっていたんだ。
もっと早くに気がついていれば。
好感度をあげる恋のイベントの多くは、生徒会室で発生する。
うっかり顧問の先生と二人きりになる夜、重たい書類を持つのを手伝ってくれる護衛騎士。
逆ハー狙いでいくはずだった。
全ての攻略対象者の好感度を、平均的にあげていくつもりだったのに。
マイルズに腕を振り払われて拒絶されたとき、カッと頭に血が昇った。
そのときにマイルズルートで行こうと決めたのだ。
あたしを冷たくあしらうマイルズだが、好感度が上がれば溺愛が始まる。
主人公の細やかな心の変化にいち早く気づき、悩みが解決するまでずっとそばで支えてくれる頼りになる存在。
あの冷淡な態度が一変するかと思うと、楽しみでならなかった。
それが、それが――。
マイルズは明らかにジェニファーを意識していた。
そこからあたしの転落は始まっていたんだ。
だけどもう生徒会室は燃えてなくなった。
恋の舞台がなくなったのだから、このゲームはもう成り立たない。
ああ、エンディングの曲が聞こえる。
やっぱりね。
終わるのよ。
乙女ゲームはここで終わるのよ。
ジェニファーたちのもとに、リコリス急逝の知らせが来たのは、事件から数日後のことだった。
この世界が乙女ゲームの世界だということを。
生徒会役員名が発表されたときにゲームは始まり、オープニングの曲が流れて花が舞ったというのに。
オープニングがあるということは、エンディングがあるのだ。
それがどんなエンディングかというと――。
ジェニファーは連絡をうけて、すぐに学園に駆け付けた。
そこにはマイルズとベネディクトがすでにいて、消防隊やほかの教師陣との情報共有をしていた。
王族であるアラスターは、危険がないと判断されるまではここに近づけないだろう。
ジェニファーもさっそく情報共有の場に混ざる。
まとめると、全焼したのは生徒会室で、その周囲にあった部屋へのわずかな延焼だけで火は消し止められたという。
明らかに火の気のない生徒会室から勢いよく火が噴き出したことから、放火が疑われているそうだ。
生徒会室には紙の書類が山積みされていたので、火がつけば燃え盛るだろうが、その勢いをはるかに凌ぐ猛火ぶりだったらしい。
おそらく可燃性のなにかがまかれ、それに火をつけた可能性が高い。
「何が目的だと思う?」
マイルズがジェニファーに尋ねる。
「放火だなんて強い恨みを感じるわ。私たち生徒会にそんな恨みを抱くのは……」
リコリスしか思い浮かばなかった。
「俺も同じことを考えている。リコリス嬢は第八回役員会議には出席していないが、第七回役員会議には出席している。その時に、次回は『もったいない革命』についての手引き書を作ると決めた。おそらくは俺たちの一年間の活動の集大成である手引き書を燃やしたくて、生徒会室に火をつけたのではないかと思う」
「え? でも手引き書は……」
アラスターが国王陛下に見てもらうのだと、打ち上げの後に持ち帰った。
つまり生徒会室には保管されておらず、燃えてもいない。
「そうだ、だがリコリス嬢は生徒会室に手引き書がないことを知らない。知らないからこそ、放火の犯人として考えられないか?」
マイルズがその考えをベネディクトに伝える。
ベネディクトは苦しそうな顔をして、それを消防隊に伝える。
もしかして放火犯は、生徒会役員の一人かもしれないと。
消防隊からは、一度リコリス嬢に任意で話を聞くことになるだろうと言われた。
いわく、だいたい放火犯というのは火事の現場を見に来るのだそうだ。
野次馬の中にまぎれた放火犯を、捕まえたことは数多いという。
だが、ここにリコリスの姿はない。
ということは、火をつけたときに何らかの火傷を負ったのかもしれない。
日頃から火の取り扱いに慣れていない者が、急に可燃物を扱うと事故が起きやすい。
その治療をしているから、火事場にいないのではないかというのが消防隊の考えのようだ。
数日後、消防隊から新たな知らせがあった。
リコリスの顔の右半分に大きな火傷があったという。
消防隊は話を聞きに行ったパーソン子爵家で強く面会を拒まれたが、これはアラスター王子からも依頼されている大事な事件であるとパーソン子爵を説得し、ベッドに横たわるリコリスと対面した。
リコリスのふわふわの金髪は短く縮れ、右頬から首にかけて大きくガーゼが当てられていたそうだ。
体は布団に隠れて分からなかったが、おそらく火をつけた瞬間、手にかかった可燃物を伝って顔まで炎が昇ってきたのだろうと想像できた。
消防隊はリコリスと話すこともせず、火傷の確認だけでパーソン子爵家を辞した。
パーソン子爵は娘のしでかしたことが発覚して、膝から崩れ落ちたという。
おそらく、これから証拠集めが行われ、リコリスの顔を燃やした可燃物と生徒会室の床にまかれた可燃物が一致すれば、逮捕となる。
放火は大罪だ。
それほど悪役令嬢が憎かったのか。
しかしリコリスは乙女ゲームの攻略対象者に興味がないようだった。
なにがリコリスをそこまで突き動かしたのか。
◇◆◇
リコリスは笑っていた。
乙女ゲームの舞台となる生徒会室を燃やしてやったからだ。
これできっとこの乙女ゲームはリセットされる。
もう一度、最初からやり直すのだ。
今回は悪役令嬢のジェニファーが、おかしなことを始めたからバグが起きた。
それにつられて続編のメイン攻略対象である第一王子を攻略してしまったから、大幅にストーリーが狂った。
ジェニファーを排除すればいいと思っていたけど、なかなかうまくいかなくて。
あの第一王子もあまり役には立たなかった。
せっかくあたしの純潔をあげたのに!
北の砦に一緒に行かないかと誘われたが、行く訳がない。
あんな何もない土地でどうやって過ごすというの。
これまで以上の宝飾品やドレスを贈られたって、着飾っていく場所がないじゃない。
学園内で私を褒め称えていた取り巻きたちも、あっという間にいなくなった。
こんな状況から改めて攻略対象者たちを落としていくのは無理だ。
もうリセットするしかない。
あたしはリセットの方法を考えた。
オープニングは生徒会役員名の発表の場から始まった。
恋の相手は生徒会長と副会長、その護衛騎士に顧問の先生。
お邪魔キャラとなる悪役令嬢は、本当は学年順位が四位で役職も書記のはずだった。
あたしが会計じゃなかったところから、もうバグは始まっていたんだ。
もっと早くに気がついていれば。
好感度をあげる恋のイベントの多くは、生徒会室で発生する。
うっかり顧問の先生と二人きりになる夜、重たい書類を持つのを手伝ってくれる護衛騎士。
逆ハー狙いでいくはずだった。
全ての攻略対象者の好感度を、平均的にあげていくつもりだったのに。
マイルズに腕を振り払われて拒絶されたとき、カッと頭に血が昇った。
そのときにマイルズルートで行こうと決めたのだ。
あたしを冷たくあしらうマイルズだが、好感度が上がれば溺愛が始まる。
主人公の細やかな心の変化にいち早く気づき、悩みが解決するまでずっとそばで支えてくれる頼りになる存在。
あの冷淡な態度が一変するかと思うと、楽しみでならなかった。
それが、それが――。
マイルズは明らかにジェニファーを意識していた。
そこからあたしの転落は始まっていたんだ。
だけどもう生徒会室は燃えてなくなった。
恋の舞台がなくなったのだから、このゲームはもう成り立たない。
ああ、エンディングの曲が聞こえる。
やっぱりね。
終わるのよ。
乙女ゲームはここで終わるのよ。
ジェニファーたちのもとに、リコリス急逝の知らせが来たのは、事件から数日後のことだった。
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