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六話 近づく二人の距離

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 結局、バザーの品物をすり替えた犯人は分からなかった。

 第三回、第四回と役員会議は進んだが、『もったいない革命』は足踏みしていた。

 不審な横やりが入ったことで、ジェニファーに警戒心が出てしまったのだ。

 ただ、『もったいない声掛け』は続けているし、『もったいない制服』と『もったいないバザー』は好評だったので、半年に一度の開催が決まった。

 第四弾についても構想はある。

 だが、またあんな妨害にあったら……。

 自分だけならいい。

 今回も商人たちには大きな損害を出さずに済んだ。

 しかしもし、関わった人たちに嫌な思いをさせてしまったら。

 そう思うと踏み出せないのだった。



「ジェニファー嬢、あまり思いつめないほうがいい」



 マイルズが心配そうに声をかけてきた。

 もう会議は終わったので、生徒会室から退室してもいいのだが、なんとなくジェニファーは残っていたのだ。

 それに気がついたマイルズが、隣の椅子に腰かけてきた。



「あれは仕方のないことだった。俺たちには防ぎようがなかった。それはジェニファー嬢も分かっているだろう?」

「ええ、分かっていますわ」

「俺たちのやることに、反対する人間がいると知れた。今度はそれを念頭に置いて、対策を取ろう。また邪魔をされても、一緒に乗り越えていこう。俺たちは仲間だ」



 ジェニファーはぐっと奥歯を嚙みしめ、落ちそうになる涙をこらえた。

 いいことをしているつもりだった。

 喜んでもらえると思っていた。

 だが、出る杭は打たれるのだ。

 ジェニファーは思い知った。



「ありがとうございます。私、負けたくありませんわ、卑怯者なんかに!」

「そうだ、その意気だ。俺もアラスターもベネディクト先生もついている。一人で悩みを抱えるな」



 マイルズがそっとジェニファーの肩に手を置いた。

 ジェニファーはその手に自分の手を重ねる。



「ええ、また前を向きますわね」



 マイルズが微笑む。

 ジェニファーも泣き笑いで返した。



 ◇◆◇



 夏休みが終わり後期が始まった。

 第五回役員会議で、ジェニファーは温めていた案を提示する。



「逆父母参観?」



 アラスターが突拍子もない言葉を聞いたという顔をする。



「今までの父母参観では、父母が生徒の授業風景などを観に来ていましたわね? でもそれだけではもったいないと思ったのですわ。私たちはまだ未熟です。私たちの方が逆に父母から学ぶことがあると思いましたの」

「ふんふん、それで?」



 顎に手をやり真剣な顔で続きをうながすアラスター。

 実はこの案は、マイルズと一緒に夏休みの間に考えたので、マイルズはすでに知っている。



「父母に特技を披露してもらい、私たちがそれを鑑賞するというのはどうでしょう? 歌唱や演奏、ダンスや朗読など、素晴らしい才能をお持ちの方は多くいらっしゃいます。この学園の授業でも芸術に触れる機会はありますが、日頃から芸術が身の回りにある生徒ばかりではありませんわ」

「一理あるね。僕はとくに王族だから、家に帰れば部屋の中は国宝並みの美術品ばかりだ。だがそういう生徒ばかりではない。ということだよね?」

「ええ、芸術鑑賞の機会を、もっと増やせないかと思っていましたの。富裕層以外にとって、芸術は贅沢ですわ。授業の時間以外で、歌劇を観たことがない生徒がいると聞いて、考えてみたのです」

「平民側の意見を言わせてもらうと、歌劇を観に行くには観劇代だけじゃなく、その劇場にふさわしい衣装のレンタル代と、乗り付けるための馬車の手配代もかかるんだ。正装をいくつも持っていて、舞踏会のたびにとっかえひっかえしているような貴族には分からない苦労かもしれないが」



 マイルズが肩をすくめてみせた。

 私はマイルズから聞くまで、思い至らなかった。

 学園内であれば、制服で鑑賞できるし、乗り付ける馬車もいらない。

 それに日頃は親しいものにしか披露しない才能を、たくさんの生徒に観てもらえることに歓びを感じる父母もいるのではないか。

 定期的に公演があれば、それだけ生徒たちの芸術に対する見る目も育つ。

 生徒にも父母にも学園にも得になる、三方良しだと思った。



「参観の内容を変えるとなれば、教師も巻き込んだ話し合いが必要かもしれませんね」



 さっそく学園長に話を通してきましょう、とベネディクトは生徒会室を出た。



「今回の名前は何て言うんだ? 『もったいない父母参観』か?」



 アラスターが楽しそうに聞いてくる。



「ふふふ、それにしましょうか? 今回は横やりが入らないよう、万全の対策で挑みたいですわ」



 この部屋にリコリスがいると分かって、私はあえて発言した。

 リコリスの挙動が途端にせわしなくなる。



「ジェニファー、大丈夫だよ。こういう催しは王妃さまが大好きなんだ。きっと喜んで参加される。そんな日に水を差すなんて、恐れ多くてとても出来ないはずだ」



 マイルズの言葉に、リコリスがビクッとした。

 しかし挙動がおかしくなったのはリコリスだけではなかった。



「なんだよなんだよ! いつの間に名前で呼ぶようになったんだ!」



 アラスターがマイルズの襟首をつかんで揺さぶる。



「これまではジェニファー嬢だっただろう? 夏休みか? 僕のいないところで関係を進めたのか!?」



 お前をからかうのが僕の楽しみだったのに! とアラスターがのけぞっている。

 そうだ、夏休みの間に私たちはちょっとだけ仲良くなった。

 お互いを名前で呼び合うようにもなった。

 だがまだ、それだけだ。

 関係が進むとは、言い過ぎだわ。

 珍しくクリフォードに慰められているアラスターを見て、私はふふっと笑いをこぼした。

 そして今度の『もったいない父母参観』を絶対に成功させようと気合いを入れるのだった。
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