【完結】これが背徳の恋だとしても~お義姉さん、兄を捨てて僕と一緒に逃げてください~

鬼ヶ咲あちたん

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5話 8年目から9年目

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「どういうことだ! スミレ、説明しろ!」



 その日、すっかりスミレの部屋となった客間に、ジークフリートの唸り声が響いた。

 数か月前から必死に隠していた懐妊が、ついにジークフリートに露呈してしまったのだ。

 

「俺はずっと避妊をしていた。だから、俺の子ではない。そうだな?」



 確認するようにスミレに問うジークフリートの顔は、鬼のようだ。

 スミレは恐怖に震えながらも、もう誤魔化せないと分かって、正直にこくりと頷いた。



 ジークフリートも、貴族たちも、スミレと関係するときは必ず避妊をする。

 それは、カスナー商会と契約を結ぶ貴族たちにとって、スミレが貨幣以上に貴重であるからだ。

 異国情緒を感じさせる、おっとりした柔らかい訛り。

 この国では珍しい、濡れ羽色をした髪と潤んだ黒真珠の瞳。

 何も知らない乙女のような、初心で可憐な容姿。

 それでいて、れっきとした人妻である美しいスミレを抱いてみたくて、貴族たちはわざわざカスナー商会を指名するのだ。

 ジークフリートにとっても、価値あるスミレを妊娠させて、使い物にならなくする訳にはいかない。

 そのために、相互で取り決められた暗黙のルールだった。



「だったらどうして、スミレは身ごもっているんだ? 相手もなしに、妊娠するわけがないだろう? もしや、俺の目を盗んで、使用人の誰かと不義密通を……」



 ジークフリートの形相が、だんだんと歪んでいく。

 そこにあるのは嫉妬に駆られた、醜い男の無様な姿だった。

 

「違います、使用人ではありません」

「だったら誰だ! 誰の子を孕んだ! 俺の子は孕まなかったくせに!」



 音を立ててワンピースを引き千切ると、ジークフリートはスミレを乱暴にベッドへ放り投げる。

 慌ててスミレは下腹部を庇うが、その仕種がジークフリートの怒りに火をつけた。

 もはや端切れと化した服を打ち捨て、ジークフリートはスミレに馬乗りになる。



「言え! 誰だ! スミレを孕ませた男は!」



 ジークフリートの手が、スミレの白い首にかかる。

 力を込められれば、スミレと腹の子の命はない。

 ひくつく唇を、スミレはなんとか動かした。

 

「……おそらく、トルファ男爵だと思います」



 スミレには、心当たりがあった。

 

「トルファ男爵が、約束を破ったと言うのか?」

「夜を一緒に過ごして、朝、起きたら……股の間が、濡れていた日がありました。きっと、私が寝ていた隙に……」



 スミレに意識があれば、避妊なしの性交をきっぱりと拒めた。

 だが、その夜はトルファ男爵に嫌と言うほど責められ、スミレは失神してしまったのだ。

 そして翌朝、ベッドから降りた瞬間に、スミレの蜜壺から白い精液が、どろっと垂れ落ちてきた。

 

「そうか……とうとうトルファ男爵は、スミレに本気になったんだな」



 ジークフリートにも、思い当たる節があった。

 トルファ男爵は、スミレをほかの貴族たちと分かち合うのではなく、独り占めできないかと持ち掛けてきた。

 今やカスナー商会の発展の一翼を担っているスミレを、たかが男爵に専売するなど愚の骨頂。

 ジークフリートに、けんもほろろに断られたトルファ男爵は、満を持して実力行使に出たのだろう。



「こっちが平民だと思って、舐めた真似をしてくれる。カスナー商会はすでに、侯爵位とも付き合いがあるというのに」



 ジークフリートは苛立ちに任せて、スミレの両脚を無理やり開かせた。



「止めてください、まだ安定期じゃないんです」

「生ませると思ったか? この俺が? スミレに他の男の子どもを?」



 いきり立つ男性器を取り出したジークフリートは、前戯もなしに、乾いたスミレの秘襞にそれをねじ込む。

 スミレは必死に抵抗した。

 望んだ妊娠ではなかったが、それでも宿ってくれた命だ。

 母となるスミレが護らなければ、消えてしまうかもしれない。



「嫌っ! ジークフリートさま、お願いです!」



 スミレに拒まれ、頭に血が昇ったのだろう。

 憤怒の顔で、ジークフリートは腰を振り始めた。

 スミレの女壺は引きつれ、そこに赤い血がにじむ。

 それを見て、ジークフリートは口角を持ち上げた。



「まるで、処女を抱いているようだ。スミレの初めての相手は俺だったな。あの破瓜の痛みを、覚えているか?」

 

 ジークフリートは、濡れてもいないスミレの体で、快楽を貪っている訳ではない。

 ただ、妻であるスミレの腹に、他の男の子種が実をつけたのが許せないのだ。

 まだ何の変化もないスミレの細腰をがしりと掴むと、猛烈に腰を打ちつけ始める。

 

「スミレは俺のものだ! 誰にも渡さない! 孕むなら、俺の子を孕め!」



 狭くはない客間に、スミレの上げる甲高い悲鳴と、ジークフリートの挿抜に合わせた打擲音が響く。

 だが、この部屋にジークフリートが入るときは、周囲は人払いがしてある。

 この無情な凶行から、スミレが助かる術はなかった。

 

 ◇◆◇



 それから何度も、ジークフリートに荒々しく犯され、後日、スミレは流産してしまう。

 その精神的苦痛で、美しかった黒髪がごっそりと抜け落ち、少女のようだった頬が窪むほど瘦せこけた。

 さすがのジークフリートも、この状態のスミレを、貴族たちに貸し出しはしなかった。



 療養している間、スミレはジークフリートに抱かれ続けたが、それでも妊娠しなかったので、やがてジークフリートも諦めたようだった。

 数か月後、スミレの体調が回復するのに合わせて、また貴族たちへと体を差し出す日々が始まる。

 

「トルファ男爵は出禁にした。もうあんな男を寄せ付けるな」



 そう言いつけられたスミレだったが、そもそもトルファ男爵とスミレを引き合わせたのはジークフリートだ。

 しかし、心ここにあらずのスミレは、コクコクと人形のように頷く。

 スミレの情緒はボロ雑巾のように擦り切れ、もはや何の心情も浮かばない。

 あれほど楽しみにしていたテオドールとの文通を、途絶えさせているのにも気がつかないほどに。



 ◇◆◇



 スミレからの手紙が完全に途絶えたことで、テオドールはカスナー家で何かが起きたと察した。

 いつまでも庇護の下、のうのうと学生でいた己に嫌気がさす。



「早すぎるなんてことはない。せっかくここには、人脈が揃っているんだ。学んだことを活かして、今日からでも僕は実業家になる」

 

 テオドールには、起業するならば喜んで出資すると教授たちから言われるほど、経営の才能があった。

 ただこれまでは、全て机上の論だっただけで、それを実践したことがなかった。

 だが、もうそんな甘えは言っていられない。

 テオドールは教授たちに、行おうとしている事業の説明を行い、次々と出資金を集めていった。

 そしてその出資金を元手に、学友たちへ声をかけていく。



「君たちの実家に、くすぶっている会社や、持て余している店はないか? よければ僕が買い取ろう」



 面白がって、数人の貴族の子息が、テオドールの提案に乗ってくれた。

 テオドールは譲ってもらった会社や店を徹底的に見直し、業務や仕組みの効率化を図る。

 そして、収益の目途が立った段階で、払った代価より高値で売却していった。

 成功例があると、テオドールのもとへ事業再起の相談がどんどん舞い込んでくる。



「うちの会社も、なんとかしれくれないか?」

「潰れそうな店があるんだけど、どうにかなるだろうか?」



 同学年の知り合い以外からも声がかかり、任された会社や店を建て直すと、顧問官としての報酬がテオドールの懐に入ってきた。

 

「テオドールくん、君に賭けて正解だったよ」

「なんなら、儂はもっと出資するぞ」



 経済や法律を教える教授たちは、若いテオドールの後ろ盾となり、社会との橋渡しをしてくれた。

 ゼロから始めたテオドールの事業は、二年の間に一大規模へと成長する。

 そうなると校内で、テオドールを知らぬ者はいなくなった。

 学びの場で学ぶだけでなく、学んだ成果まで披露してみせたテオドールは、生きた教材と言われ首席で学校を卒業することになる。



 そしていよいよ、18歳となったテオドールが、カスナー家へと帰る日がやってきたのだった。
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