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第1章

山の向こう側

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装備や手荷物を確認していたオルゲンが、サムとノードンに声を掛ける。

「サム、ノードン、そろそろ出発するぞ」
「はい、オルゲンさん」
「アルク君、それじゃあな」

猟兵の二人はアルクとのお喋りを切り上げて、オルゲンと出発する。

「元気な人たちだね」
「あいつらは飛びぬけて明るい方だ。猟兵は普段神経を尖らせてるから、もっとピリピリしてるもんさ」

エーカー言葉に、アルクはディアスから聞いた猟兵の戦い方を思い出す。

「魔物に見つかるより前に、魔物を見つける…」
「ああ。猟兵は先に魔物を見つけるのが大前提だからな」
「そうでない場合は?」
「護衛中だとか、余程の理由がない限りは撤退だな」
「どうやって」

魔物の執拗さはアルクも一応経験しているので、簡単に逃げられるとは思えなかった。

「目潰しだ」

エーカーは粉の入った袋を見せる。見るからに刺激の強そうな赤色の粉が入っている。

「中身は刺激物だ。魔物の目だけでなく鼻も潰せる」
「…その間に倒すのは?」
「物凄い勢いで暴れるぞ。そうなると行動の予測が付かないから、まずは距離を取らないと危険だ。それに目潰しが効いてる時間も長くはない」
「なかなか簡単にはいかないんだね」
「まあ誰でも魔物を倒せるなら、猟兵なんて仕事はないからな」

エーカーの話を聞いて、アルクは考える。

(まだまだ僕が知らない事はたくさんある。猟兵の人たちと一緒に戦う以上、猟兵の事も良く知っておかないと)

ライアスは地図を確認していたが、そこへディアスが声を掛けてきた。

「ライアス、ちょっといいか?」
「どうした、ディアス」
「ライアスたちは山の東の方を見てきてくれないか。北の方は俺が確認してくる」
「やはり魔物が来るならそっちか?」
「ああ。先に調査しておいた方がいいだろうからな」

ライス村からずっと北にあるスレイ湖の東側は、山々の間を縫うように平原が続き、その奥には山地が広がる。
誰も立ち入らないので特に名前は無かったが、帝国では東の魔境と呼ばれていた。

ライス村の東の山の向こうは山間の谷になっており、それが北東へ続いている。
魔境からの魔物の通り道になる可能性は高かった。

「わかった。私達は東の山の方を確認しよう」

アルクは改めてディアスを見る。背負子に背負い袋と、これではまるで荷物を運ぶ人だ。

「師匠、ホントにそれで行くの?」
「余計な物は邪魔になるだけだからな」
「…中身は?」
「調査に必要なものさ」

じゃあなと手を振り、ディアスは砦を通らずそのまま北へ向かっていく。

「さて、私達も出発するか」
「今日は山登りだな」

エーカーが肩を回す。ハロルドとデリックは既に話し込んでいて、タレンが声を掛けてくる。

「隊長とデリックさんは分かりませんが、砦には僕が残ります。何かあれば知らせて下さい」
「わかった」
「では、お気をつけて」

タレンに見送られ、アルク、ライアス、エーカーも出発する。


砦の外門を出て、広がる草原を東へ進む。程なくして山の裾に広がる森に入った。
細い獣道を、エーカー、アルク、ライアスの順に並んで登っていく。
今のところ、アルクにはこれといった変化は感じられない。

「エーカーさん、何かおかしい所はある?」
「いや、特にないな。いたって平和だな」

山道には所々木漏れ日が差し、ギャーギャーと鳥たちの騒がしい鳴き声が聞こえる。
右手の斜面の方を見ると、鹿がこちらを見ていた。

「山に異変があれば動物だって逃げたり隠れたりするが、そんな様子もない」
「魔物除けの石碑の周りは賑やかみたいだけど」
「今のところ、異常があるのはそこだけだな」

アルクは見ていないが、村の北の石碑は鳥が集まっているらしい。
だが砦の中ほどで斜面に半分くらい埋まっていた石碑は、何の変化も起きていない。
今のところ異常がある石碑は、村の北と南だけだった。

出発して一時ほど経ち、アルク達は開けた場所で小休憩を取る。
木々の合間からは、下の方に草原と砦が見える。
斜めに山を登ってきたはずだが、平地の景色は遠方ではなく眼下へ広がる。アルクには少し不思議に感じた。

「エーカー、今日は気を抜き過ぎじゃないか?」

ライアスが珍しくエーカーを戒める。

「悪い悪い、今日は魔導騎士が二人もいるから、ついな」
「僕は違うよ」
「同じようなもんさ」

そう言いながらエーカーは水を飲む。

「前衛がいると本当に助かる」
「猟兵の中には、そういう人たちはいないの?」
「魔物と直接戦える前衛なんて、少なくとも複数の魔導武具が同時に使える魔導士だからな」
「あ、そうか」
「普通はそれだけ魔導力があるなら、猟兵なんてやらずに魔導士になる」

魔導士は帝国では優遇されており、社会的地位も高い。
魔導士になれるなら魔導士になるのは当然の事だった。

「まあ猟兵なんて言っても普通の帝国民さ。町の衛兵達とそう変わらない。魔導武具を持って魔物と正面からやり合う、なんて訳にはいかないのさ」

仕方ないさと言った感じに、エーカーは両の手のひらを上に向ける。
魔導武具を発動するためには相応の魔導力がいる。
短剣程度ならともかく、長剣、槍、盾といった魔導武具は誰でも使える訳ではないのだ。

「だがエーカーは魔導武具を問題なく使えるだろう?」
「まあそうだが、俺にはこれの方が性に合ってるさ」

ライアスの問いにそう答えて、エーカーは大弓を見た。
エーカーの優れた弓の腕は、アルクだけでなく村の誰もが良く知っていた。

「そんな訳で、魔物が出てきたら最初は任せた」
「適当過ぎだよ」
「まったく、今日はいい加減だな」

そういは言いつつも、ライアスも山全体の長閑な空気につい気が緩みかける。

(とても魔物の出るような雰囲気ではないな…)

やがて休憩も終わり、アルク達は再び山登りを始める。


一行が山を登り始めておよそ半日、やがて山の尾根に出る。
木々もまばらになり、急に視界が開けた。

「いい景色だ…」

アルクも思わず声が出る。
雲の少ない良く晴れた空の下、遥か遠くまで見渡せる。
西の方にはライス村とその南を流れる川が見えた。

川は山の間を進んでいき、そのずっと先には壁に囲まれた町が見える。
大地の低い所を流れる白竜川は、ここからは見えないようだ。

「あれはキルハの町?」
「そうだ。ここからだと丁度山の間から見えるな」

アルクの問いかけに、ライアスが答える。
普通に歩けば二日はかかるキルハの町だが、今のアルクには一日で十分着けるくらい近くに感じた。

一方、エーカーは東の方角を見つめている。
山の東側は急な谷になっていて、その先にはアルクたちが立つ尾根より高い山々が、その奥には雪を被った青い夕玄山脈が連なる。

「エーカーさん、何かわかる?」
「いやまったく。俺に分かるのは、いい景色だってことだ」

アルクが訊くと、エーカーは率直に答えた。

アルクは東の谷を見つめる。
深く薄暗い谷は、山間を縫うように北東へ向かって遥か彼方まで続いている。

(あの先に、魔境が…)

どこまでも広がる雄大な景色からは、魔物の不気味な気配など感じない。
だがアルクには、遠くで何かが蠢いているように思えるのだった。
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