31 / 36
第1章
山の向こう側
しおりを挟む
装備や手荷物を確認していたオルゲンが、サムとノードンに声を掛ける。
「サム、ノードン、そろそろ出発するぞ」
「はい、オルゲンさん」
「アルク君、それじゃあな」
猟兵の二人はアルクとのお喋りを切り上げて、オルゲンと出発する。
「元気な人たちだね」
「あいつらは飛びぬけて明るい方だ。猟兵は普段神経を尖らせてるから、もっとピリピリしてるもんさ」
エーカー言葉に、アルクはディアスから聞いた猟兵の戦い方を思い出す。
「魔物に見つかるより前に、魔物を見つける…」
「ああ。猟兵は先に魔物を見つけるのが大前提だからな」
「そうでない場合は?」
「護衛中だとか、余程の理由がない限りは撤退だな」
「どうやって」
魔物の執拗さはアルクも一応経験しているので、簡単に逃げられるとは思えなかった。
「目潰しだ」
エーカーは粉の入った袋を見せる。見るからに刺激の強そうな赤色の粉が入っている。
「中身は刺激物だ。魔物の目だけでなく鼻も潰せる」
「…その間に倒すのは?」
「物凄い勢いで暴れるぞ。そうなると行動の予測が付かないから、まずは距離を取らないと危険だ。それに目潰しが効いてる時間も長くはない」
「なかなか簡単にはいかないんだね」
「まあ誰でも魔物を倒せるなら、猟兵なんて仕事はないからな」
エーカーの話を聞いて、アルクは考える。
(まだまだ僕が知らない事はたくさんある。猟兵の人たちと一緒に戦う以上、猟兵の事も良く知っておかないと)
ライアスは地図を確認していたが、そこへディアスが声を掛けてきた。
「ライアス、ちょっといいか?」
「どうした、ディアス」
「ライアスたちは山の東の方を見てきてくれないか。北の方は俺が確認してくる」
「やはり魔物が来るならそっちか?」
「ああ。先に調査しておいた方がいいだろうからな」
ライス村からずっと北にあるスレイ湖の東側は、山々の間を縫うように平原が続き、その奥には山地が広がる。
誰も立ち入らないので特に名前は無かったが、帝国では東の魔境と呼ばれていた。
ライス村の東の山の向こうは山間の谷になっており、それが北東へ続いている。
魔境からの魔物の通り道になる可能性は高かった。
「わかった。私達は東の山の方を確認しよう」
アルクは改めてディアスを見る。背負子に背負い袋と、これではまるで荷物を運ぶ人だ。
「師匠、ホントにそれで行くの?」
「余計な物は邪魔になるだけだからな」
「…中身は?」
「調査に必要なものさ」
じゃあなと手を振り、ディアスは砦を通らずそのまま北へ向かっていく。
「さて、私達も出発するか」
「今日は山登りだな」
エーカーが肩を回す。ハロルドとデリックは既に話し込んでいて、タレンが声を掛けてくる。
「隊長とデリックさんは分かりませんが、砦には僕が残ります。何かあれば知らせて下さい」
「わかった」
「では、お気をつけて」
タレンに見送られ、アルク、ライアス、エーカーも出発する。
砦の外門を出て、広がる草原を東へ進む。程なくして山の裾に広がる森に入った。
細い獣道を、エーカー、アルク、ライアスの順に並んで登っていく。
今のところ、アルクにはこれといった変化は感じられない。
「エーカーさん、何かおかしい所はある?」
「いや、特にないな。いたって平和だな」
山道には所々木漏れ日が差し、ギャーギャーと鳥たちの騒がしい鳴き声が聞こえる。
右手の斜面の方を見ると、鹿がこちらを見ていた。
「山に異変があれば動物だって逃げたり隠れたりするが、そんな様子もない」
「魔物除けの石碑の周りは賑やかみたいだけど」
「今のところ、異常があるのはそこだけだな」
アルクは見ていないが、村の北の石碑は鳥が集まっているらしい。
だが砦の中ほどで斜面に半分くらい埋まっていた石碑は、何の変化も起きていない。
今のところ異常がある石碑は、村の北と南だけだった。
出発して一時ほど経ち、アルク達は開けた場所で小休憩を取る。
木々の合間からは、下の方に草原と砦が見える。
斜めに山を登ってきたはずだが、平地の景色は遠方ではなく眼下へ広がる。アルクには少し不思議に感じた。
「エーカー、今日は気を抜き過ぎじゃないか?」
ライアスが珍しくエーカーを戒める。
「悪い悪い、今日は魔導騎士が二人もいるから、ついな」
「僕は違うよ」
「同じようなもんさ」
そう言いながらエーカーは水を飲む。
「前衛がいると本当に助かる」
「猟兵の中には、そういう人たちはいないの?」
「魔物と直接戦える前衛なんて、少なくとも複数の魔導武具が同時に使える魔導士だからな」
「あ、そうか」
「普通はそれだけ魔導力があるなら、猟兵なんてやらずに魔導士になる」
魔導士は帝国では優遇されており、社会的地位も高い。
魔導士になれるなら魔導士になるのは当然の事だった。
「まあ猟兵なんて言っても普通の帝国民さ。町の衛兵達とそう変わらない。魔導武具を持って魔物と正面からやり合う、なんて訳にはいかないのさ」
仕方ないさと言った感じに、エーカーは両の手のひらを上に向ける。
魔導武具を発動するためには相応の魔導力がいる。
短剣程度ならともかく、長剣、槍、盾といった魔導武具は誰でも使える訳ではないのだ。
「だがエーカーは魔導武具を問題なく使えるだろう?」
「まあそうだが、俺にはこれの方が性に合ってるさ」
ライアスの問いにそう答えて、エーカーは大弓を見た。
エーカーの優れた弓の腕は、アルクだけでなく村の誰もが良く知っていた。
「そんな訳で、魔物が出てきたら最初は任せた」
「適当過ぎだよ」
「まったく、今日はいい加減だな」
そういは言いつつも、ライアスも山全体の長閑な空気につい気が緩みかける。
(とても魔物の出るような雰囲気ではないな…)
やがて休憩も終わり、アルク達は再び山登りを始める。
一行が山を登り始めておよそ半日、やがて山の尾根に出る。
木々もまばらになり、急に視界が開けた。
「いい景色だ…」
アルクも思わず声が出る。
雲の少ない良く晴れた空の下、遥か遠くまで見渡せる。
西の方にはライス村とその南を流れる川が見えた。
川は山の間を進んでいき、そのずっと先には壁に囲まれた町が見える。
大地の低い所を流れる白竜川は、ここからは見えないようだ。
「あれはキルハの町?」
「そうだ。ここからだと丁度山の間から見えるな」
アルクの問いかけに、ライアスが答える。
普通に歩けば二日はかかるキルハの町だが、今のアルクには一日で十分着けるくらい近くに感じた。
一方、エーカーは東の方角を見つめている。
山の東側は急な谷になっていて、その先にはアルクたちが立つ尾根より高い山々が、その奥には雪を被った青い夕玄山脈が連なる。
「エーカーさん、何かわかる?」
「いやまったく。俺に分かるのは、いい景色だってことだ」
アルクが訊くと、エーカーは率直に答えた。
アルクは東の谷を見つめる。
深く薄暗い谷は、山間を縫うように北東へ向かって遥か彼方まで続いている。
(あの先に、魔境が…)
どこまでも広がる雄大な景色からは、魔物の不気味な気配など感じない。
だがアルクには、遠くで何かが蠢いているように思えるのだった。
「サム、ノードン、そろそろ出発するぞ」
「はい、オルゲンさん」
「アルク君、それじゃあな」
猟兵の二人はアルクとのお喋りを切り上げて、オルゲンと出発する。
「元気な人たちだね」
「あいつらは飛びぬけて明るい方だ。猟兵は普段神経を尖らせてるから、もっとピリピリしてるもんさ」
エーカー言葉に、アルクはディアスから聞いた猟兵の戦い方を思い出す。
「魔物に見つかるより前に、魔物を見つける…」
「ああ。猟兵は先に魔物を見つけるのが大前提だからな」
「そうでない場合は?」
「護衛中だとか、余程の理由がない限りは撤退だな」
「どうやって」
魔物の執拗さはアルクも一応経験しているので、簡単に逃げられるとは思えなかった。
「目潰しだ」
エーカーは粉の入った袋を見せる。見るからに刺激の強そうな赤色の粉が入っている。
「中身は刺激物だ。魔物の目だけでなく鼻も潰せる」
「…その間に倒すのは?」
「物凄い勢いで暴れるぞ。そうなると行動の予測が付かないから、まずは距離を取らないと危険だ。それに目潰しが効いてる時間も長くはない」
「なかなか簡単にはいかないんだね」
「まあ誰でも魔物を倒せるなら、猟兵なんて仕事はないからな」
エーカーの話を聞いて、アルクは考える。
(まだまだ僕が知らない事はたくさんある。猟兵の人たちと一緒に戦う以上、猟兵の事も良く知っておかないと)
ライアスは地図を確認していたが、そこへディアスが声を掛けてきた。
「ライアス、ちょっといいか?」
「どうした、ディアス」
「ライアスたちは山の東の方を見てきてくれないか。北の方は俺が確認してくる」
「やはり魔物が来るならそっちか?」
「ああ。先に調査しておいた方がいいだろうからな」
ライス村からずっと北にあるスレイ湖の東側は、山々の間を縫うように平原が続き、その奥には山地が広がる。
誰も立ち入らないので特に名前は無かったが、帝国では東の魔境と呼ばれていた。
ライス村の東の山の向こうは山間の谷になっており、それが北東へ続いている。
魔境からの魔物の通り道になる可能性は高かった。
「わかった。私達は東の山の方を確認しよう」
アルクは改めてディアスを見る。背負子に背負い袋と、これではまるで荷物を運ぶ人だ。
「師匠、ホントにそれで行くの?」
「余計な物は邪魔になるだけだからな」
「…中身は?」
「調査に必要なものさ」
じゃあなと手を振り、ディアスは砦を通らずそのまま北へ向かっていく。
「さて、私達も出発するか」
「今日は山登りだな」
エーカーが肩を回す。ハロルドとデリックは既に話し込んでいて、タレンが声を掛けてくる。
「隊長とデリックさんは分かりませんが、砦には僕が残ります。何かあれば知らせて下さい」
「わかった」
「では、お気をつけて」
タレンに見送られ、アルク、ライアス、エーカーも出発する。
砦の外門を出て、広がる草原を東へ進む。程なくして山の裾に広がる森に入った。
細い獣道を、エーカー、アルク、ライアスの順に並んで登っていく。
今のところ、アルクにはこれといった変化は感じられない。
「エーカーさん、何かおかしい所はある?」
「いや、特にないな。いたって平和だな」
山道には所々木漏れ日が差し、ギャーギャーと鳥たちの騒がしい鳴き声が聞こえる。
右手の斜面の方を見ると、鹿がこちらを見ていた。
「山に異変があれば動物だって逃げたり隠れたりするが、そんな様子もない」
「魔物除けの石碑の周りは賑やかみたいだけど」
「今のところ、異常があるのはそこだけだな」
アルクは見ていないが、村の北の石碑は鳥が集まっているらしい。
だが砦の中ほどで斜面に半分くらい埋まっていた石碑は、何の変化も起きていない。
今のところ異常がある石碑は、村の北と南だけだった。
出発して一時ほど経ち、アルク達は開けた場所で小休憩を取る。
木々の合間からは、下の方に草原と砦が見える。
斜めに山を登ってきたはずだが、平地の景色は遠方ではなく眼下へ広がる。アルクには少し不思議に感じた。
「エーカー、今日は気を抜き過ぎじゃないか?」
ライアスが珍しくエーカーを戒める。
「悪い悪い、今日は魔導騎士が二人もいるから、ついな」
「僕は違うよ」
「同じようなもんさ」
そう言いながらエーカーは水を飲む。
「前衛がいると本当に助かる」
「猟兵の中には、そういう人たちはいないの?」
「魔物と直接戦える前衛なんて、少なくとも複数の魔導武具が同時に使える魔導士だからな」
「あ、そうか」
「普通はそれだけ魔導力があるなら、猟兵なんてやらずに魔導士になる」
魔導士は帝国では優遇されており、社会的地位も高い。
魔導士になれるなら魔導士になるのは当然の事だった。
「まあ猟兵なんて言っても普通の帝国民さ。町の衛兵達とそう変わらない。魔導武具を持って魔物と正面からやり合う、なんて訳にはいかないのさ」
仕方ないさと言った感じに、エーカーは両の手のひらを上に向ける。
魔導武具を発動するためには相応の魔導力がいる。
短剣程度ならともかく、長剣、槍、盾といった魔導武具は誰でも使える訳ではないのだ。
「だがエーカーは魔導武具を問題なく使えるだろう?」
「まあそうだが、俺にはこれの方が性に合ってるさ」
ライアスの問いにそう答えて、エーカーは大弓を見た。
エーカーの優れた弓の腕は、アルクだけでなく村の誰もが良く知っていた。
「そんな訳で、魔物が出てきたら最初は任せた」
「適当過ぎだよ」
「まったく、今日はいい加減だな」
そういは言いつつも、ライアスも山全体の長閑な空気につい気が緩みかける。
(とても魔物の出るような雰囲気ではないな…)
やがて休憩も終わり、アルク達は再び山登りを始める。
一行が山を登り始めておよそ半日、やがて山の尾根に出る。
木々もまばらになり、急に視界が開けた。
「いい景色だ…」
アルクも思わず声が出る。
雲の少ない良く晴れた空の下、遥か遠くまで見渡せる。
西の方にはライス村とその南を流れる川が見えた。
川は山の間を進んでいき、そのずっと先には壁に囲まれた町が見える。
大地の低い所を流れる白竜川は、ここからは見えないようだ。
「あれはキルハの町?」
「そうだ。ここからだと丁度山の間から見えるな」
アルクの問いかけに、ライアスが答える。
普通に歩けば二日はかかるキルハの町だが、今のアルクには一日で十分着けるくらい近くに感じた。
一方、エーカーは東の方角を見つめている。
山の東側は急な谷になっていて、その先にはアルクたちが立つ尾根より高い山々が、その奥には雪を被った青い夕玄山脈が連なる。
「エーカーさん、何かわかる?」
「いやまったく。俺に分かるのは、いい景色だってことだ」
アルクが訊くと、エーカーは率直に答えた。
アルクは東の谷を見つめる。
深く薄暗い谷は、山間を縫うように北東へ向かって遥か彼方まで続いている。
(あの先に、魔境が…)
どこまでも広がる雄大な景色からは、魔物の不気味な気配など感じない。
だがアルクには、遠くで何かが蠢いているように思えるのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
Owl's Anima
おくむらなをし
SF
◇戦闘シーン等に残酷な描写が含まれます。閲覧にはご注意ください。
高校生の沙織は、4月の始業式の日に、謎の機体の墜落に遭遇する。
そして、すべての大切な人を失う。
沙織は、地球の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。
◇この物語はフィクションです。全29話、完結済み。
ゲーム内最強の五人が異世界転生
ただのしかばね
ファンタジー
科学の進歩が激的に増加の一途を辿った2070年。あるゲームが日本で話題となった。
それは、2065年に開発された仮想空間へのダイブを可能としたバーチャルオンラインシステム機、通称VOS機を専用としたゲーム、『ファンタジスター・ナイト・マジック・オンライン』—— FNMO。
それこそがゲーム業界、歴代のゲームの中でも断トツのプレイ者数、売上数を記録したゲームであった。
だが、そんな今も人気急上昇中のFNMOで、『英雄』と呼ばれた最強の五人がある事から現実世界とゲーム世界、二つの世界から姿を消すことになる。
それが、今までの人生という名のプロローグを終えた五人の、物語の始まりだった。
I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜 人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった 被害者から加害者への転落人生
某有名強盗殺人事件遺児【JIN】
エッセイ・ノンフィクション
1998年6月28日に実際に起きた強盗殺人事件。
僕は、その殺された両親の次男で、母が殺害される所を目の前で見ていた…
そんな、僕が歩んできた人生は
とある某テレビ局のプロデューサーさんに言わせると『映画の中を生きている様な人生であり、こんな平和と言われる日本では数少ない本物の生還者である』。
僕のずっと抱いている言葉がある。
※I want a reason to live 〜生きる理由が欲しい〜
※人生最悪の日に、人生最大の愛をもらった
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる