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第1章

魔物除けの結界

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エーカーは、遠くにある石碑を眺めながら語りだす。

「まずこの石碑だが、これは村の結界の一部だ」
「結界?」
「アルクも砦を通る時に、何か違いを感じないか?」
「…言われてみれば、そうかも」

アルクは砦の外門をくぐる時、建物を出入りするような微妙な雰囲気の違いを感じていた。

「この村でずっと安全に暮らしてるから実感はないかもしれないが、魔物出る場所は危険で普通は人は住めない」
「村に魔物が出た事ってあるの?」
「一度もないよ」

後から村へ引っ越してきたスフィアの問いかけに、テナが答える。

「帝国の西部開拓地では、軍が護衛をしながら開拓が進められているくらいだからな。魔物の土地を切り開くのは、それだけ大変なんだ」

帝国は西への領土拡大のため、魔物が出る西域の開拓を進めていた。
危険を伴うが、ここでは特例で開拓地の所有が認められる。つまり自分の土地を得られるのだ。
権利、富、自由、様々な夢を見る者たちから、次男、三男など家を継げず行くあてのない者、果ては罪人まで…
過酷な現実を知らない者たちが、帝国の政策によって次々と送り込まれていた…

「そんな訳で、この村も安全のために相応の対策がされている。砦もそうだが、村には万が一のための避難所もある」
「避難所? そんなのがこの村にあったんだ」

テナも初耳なのか、驚いた声を上げる。

「普段は村長が管理している。ロイもきっと知っているはずだぞ」
「「……」」

皆の視線がロイに集まるが、うっとりとした表情のロイは何かを聞ける状態ではなさそうだ。
視線は再びエーカーへ戻る。

「で、石碑の事になるが、これは魔物を寄せ付けないためにディアスが作ったものだ」
「「あ、やっぱり」」

皆の声が揃う。こういう事をするのはディアスだというのは、村の共通認識だった。

「これが村を囲うように、8つ置かれている。東は砦、北は源泉の向こう、西は村への上り坂の入口辺り、そして南はここだな。残りはその間だ」
「全然知らなかった」
「でも、どうやって村を守ってるの?」

スフィアが尋ねるが、エーカーは少し困った顔をして答える。

「正直、俺もよく分からないんだが……ディアスが言うには、魔物は瘴気のような“悪い空気”に沿って移動するようなんだ」
「え、それって凄い発見じゃ…」
「その通りなんだが…非常に微細なもの?らしく残念ながら人間には分からないからな。
魔物の移動の情報は重要だから猟兵組合でも最優先で調べられるんだが、その空気ってのが識別できない以上、どうしようもない」
「そういう魔導具を作れないの?」
「魔物を探知する魔導具は色々試されてるが、まだ猟兵の勘の方が役に立ってるな。魔導具も苦手なことがあるからな」
「苦手?」

アルクが首を傾げるが、エーカーは話を先へ進める。

「おっと、話を戻すぞ。この石碑が作る結界だが、その悪い空気ってのを寄せ付けない」
「それで効果あるの?」
「魔物も動物だからな。環境の変化には割と敏感なんだ。村に近づくと魔物は何か嫌な感じを受ける。人間だって不気味な場所は離れたいって思うだろ」
「えっ? あたしはそういうの気になるな」
「…魔物はテナみたいな好奇心は無さそうだな」

そう言ってエーカーはテナの頭にポンと手をのせる。

「ただ魔物の増える前は、その悪い空気ってやつの影響なのか、こうした異常が起こる」

エーカー兎の群れを見る。草原はたくさんの兎で実に賑わっていた。
テナが思い出したように、その理由をエーカーに訊く。

「そうそう、なんで兎がこんなに集まったの?」
「半分は兎の生態だな。兎は戦えないから敵からは逃げるしかない。だから見通しの良い草原で暮らすんだが、石碑せいなのか此処はそういう敵が来なかったんだろうな」
「それでこんなに──」
「いや、いくらなんでもこんな数には増えなし、集まりもしない。ロイが襲われたように、石碑から何か影響を受けて異常な行動をとっているんだろうな」
「悪い空気ってやつのせい?」
「そうだな、調べてみるか」

エーカーは石碑に向かって進むが、ロイの時と同じように兎が行く手を阻む。
するとエーカーは腰袋から小袋を取り出し、中身の粉のようなものを撒く。
すると周囲の兎は逃げるようにエーカーから離れる。
エーカーは粉を自分も振り掛け、石碑に向かって歩く。兎は警戒するように見るが、エーカーには近づいてはこない。

やがてエーカーは石碑へ辿り着く。石碑は大きく、高さは3mほどはあるだろうか。
エーカーは石碑が発するビリビリとした波動の圧を感じ、眉をひそめる。

(やはり強い反応が出てるな。それだけ結界が押されてるって事か)

エーカーはその近くからいくつか石を拾うと、アルクたちのところに戻ってきた。

「何をしたの?」
「魔物除けの粉さ。効いたって事は、石碑を通して悪い空気の影響を受けてたんだろうな」
「その石は?」

エーカーはロイの方へ行くと、少し離れた所に大きめの石を置いてみる。……何の変化もない。
次にうっとりとしたロイに石を持たせてみる、するとロイの周りに兎が集まりだした。
ロイは再び兎の群れに飲み込まれていく。

「あっ…あっ…あっ…」

テナが怪訝な様子でロイを見つめる。

「これ、どういうこと?」
「そうだな…石碑の影響を受けた石と、人間の魔導力が重なった結果、ロイを何か安全なものと認識しているのかもな」
「お父さんは?」
「俺は今、魔物除けしてるからな」

興味深くその様子を見ていたリィナが、エーカーに話しかける。

「エーカーおじちゃん」
「お、リィナも試してみるか。小さい石の方がいいかな」

アルクがリィナを下ろし、エーカーが石を渡す。
リィナがゆっくりと兎に近づくと、何匹かの兎がリィナに寄ってきた。

「うさぎさん…」

リィナが座り込んで兎を撫でるが、兎は逃げずに逆に懐くようにすり寄ってくる。
リィナはすっかり夢中になって兎と遊ぶ。

「あ、あたしも!」

兎と戯れるリィナとテナ。それを見守るアルクとスフィアへ、エーカーが話しかけてきた。

「ここまで大きな異常は、村が出来た始めの頃以来だ」
「…師匠も言ってた。今年は魔物が多くなるだろうって」

エーカーはアルクを真っ直ぐに見ながら言う。

「アルクはこの村にとって、もう立派な戦力だ。魔物を村に寄せ付けないため、今年は頻繁に魔物退治に付き合ってもらう事になると思う。頼めるか?」

アルクは頷く。いつかこういう時が来るという自覚はあった。

「でも、ディアスさんがいるよね?」

少し不安そうにスフィアが言う。

「…ディアスはあの時みたいに“出掛ける”かもしれないからな」
「えっ? 出掛けるって、いなくなるの?」
「ああ。ディアスが出掛けて暫くしたら魔物が嘘のようにいなくなったからな。ディアスが何をしたかは分からないが、今回もそういう事になるかもしれない」
「…暫くってどのくらい?」
「一月は掛かったかな? とにかく休みなしで魔物を狩って回ったさ」

スフィアはアルクを見る。その眼からは、アルクの事を強く心配しているのが明確に伝わった。

「大丈夫、毎日鍛錬してるからね。僕だって村の皆のために戦ってみせるよ」

アルクはスフィアを、エーカーを、リィナを、テナをゆっくりと見渡す。

(そうだ、僕が師匠から武術を教わっているのも、きっと何か理由があったんだ。だからみんなの事は必ず守ってみせる…!)

アルクは拳を強く握り、決意を新たにした。
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