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十五、着信
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校舎から出ると随分頭も体もすっきりしているのを感じた。寝ている間にかなり回復したらしい。
「本当にごめん。待たせた上に送らせて。勉強の邪魔もしちゃったし」
「いいよ。なんか今日はもう勉強する気分じゃないし!」
司くんは大きく伸びをした。今までよりもリラックスしているように見える。二人で先生からもらった経口補水液を片手にぶら下げながら、のんびり歩いて帰ることにした。
歩くうちに我に返る。肝心な話の最中に倒れたんだった。どうにかもう一度話したいが、どうやって切り出そうか。楽になったとはいえ、まだほんのりぼやけている頭では何もいいアイデアは浮かびそうになかった。
「さっきの話なんだけどさ」
司くんが口を開いた。
「もしかして誘おうとしてくれてた? その… "おじいちゃん家の山"」
向こうから話してくれるとは思っていなかった。これはチャンスだ。おそらく最後のチャンス。
「うん」
「山で…過ごすってこと?」
少し信じられないというような口調だった。確かに言われてみれば、こんな都会に住む子供が山で…なんておかしな考えだ。
「うん」
馬鹿な計画だと自分でも思う。でも、決して一時の悪ふざけではないことができるだけ伝わるように、はっきりと頷いた。
「山小屋があってね。おじいちゃん、山が好きで自分で建てちゃったの。結構立派なやつ」
「自分で建てるなんてすごいね」
「そこなら誰にも見つからず過ごせるかなって。小さい山なんだけどね、川は綺麗だし魚もいるよ。山菜とかきのこも採れるし。私、行く前にちゃんと調べておくから」
司くんは立ち止まった。私もつられて立ち止まる。
「いろいろありがとう。でも、家は出られない」
重たい何かが胸にのしかかったような感覚に襲われた。
どうしてという疑問と、やっぱりという諦めが交互に体の中を渦巻いていく。私は往生際が悪い。
「……そうだよね、普通そうだよね。…あの、でも…何でか聞いてもいい?」
「…母さんがいるから。一人にはできない」
お母さん。あの日玄関で話した女性だろうか。
「その、お母さんも…あの人に?」
「時々。喧嘩した時とか。僕が割って入るから大事にはなってない。あんまり家にもいないし」
つまりお父さんからの暴力は一番司くんが受けてるってことだ。
「お、お母さんからは何もされてない?」
失礼なこととは承知で聞く。
「ないよ、母さんはそういうことはしない」
答えてくれた司くんは寂しげな顔をした。
二丁目付近に近づいた。ここからは分かれ道だ。
「そういうことだから、ごめ」
司くんは背を向けると歩き出そうとした。
「あ、あの、ノートとペンある?」
私は諦めきれず咄嗟に言った。
司くんからノートとペンを受け取ると、端の方に自分の家の住所とスマホの電話番号を書いた。
「何かあったら…っていうか別に何もなくても。また話そうよ。会ってもいいし。司くんがよければだけど」
迷惑なのは覚悟の上で司くんを見上げると、穏やかな優しい笑顔で「うん」と笑ったが、急に困った表情に変わった。
「あ、ごめんでもスマホ持ってなくて」
「いいよ。家電でも、公衆電話でも。住所あるし手紙でも。なんでもいいよ」
とにかく司くんと繋がっているという何かがほしかった。そうじゃないと、今度こそ関係ないただのクラスメイトに戻る。このまま今の状態が続いたら、司くんはどうなっているのか想像もできなかった。繋がってさえいれば、何か、何か手をかせる瞬間が来るんじゃないか。チャンスの種は撒いておきたかったのだ。いやそれよりも、これ以上ボロボロになっていく司くんを見るのが嫌だったからかもしれない。儚げで寂しげでどこかへ飛んでいってしまいそうな。
司くんは「ありがとう」と言うと、今度こそ背を向け歩いていった。その姿を見送る。
何もできなかった。夢の中で見たおじいちゃんをお思い出す。『じいちゃんと一緒なら安全だ』心のどこかで本当にそう思ってたんだろうな。きっとおじいちゃんの山にいけばきっと大丈夫って。何の根拠もないのに。本当に馬鹿みたい。
私も背を向けると、司くんと別の分かれ道を歩き出した。ああはしてみたけれど、連絡をくれるかは分からない。もっとうまく立ち回れていれば、説得できたんだろう。自分への無力さに少し苛立ちを感じながら帰路についた。
ーーーー
その日の夜九時。着信があった。
画面には公衆電話と書かれており
恐る恐る出ると、司くんの声が聞こえた。
「やっぱり行ってもいいかな? おじいちゃん家の山。」
「本当にごめん。待たせた上に送らせて。勉強の邪魔もしちゃったし」
「いいよ。なんか今日はもう勉強する気分じゃないし!」
司くんは大きく伸びをした。今までよりもリラックスしているように見える。二人で先生からもらった経口補水液を片手にぶら下げながら、のんびり歩いて帰ることにした。
歩くうちに我に返る。肝心な話の最中に倒れたんだった。どうにかもう一度話したいが、どうやって切り出そうか。楽になったとはいえ、まだほんのりぼやけている頭では何もいいアイデアは浮かびそうになかった。
「さっきの話なんだけどさ」
司くんが口を開いた。
「もしかして誘おうとしてくれてた? その… "おじいちゃん家の山"」
向こうから話してくれるとは思っていなかった。これはチャンスだ。おそらく最後のチャンス。
「うん」
「山で…過ごすってこと?」
少し信じられないというような口調だった。確かに言われてみれば、こんな都会に住む子供が山で…なんておかしな考えだ。
「うん」
馬鹿な計画だと自分でも思う。でも、決して一時の悪ふざけではないことができるだけ伝わるように、はっきりと頷いた。
「山小屋があってね。おじいちゃん、山が好きで自分で建てちゃったの。結構立派なやつ」
「自分で建てるなんてすごいね」
「そこなら誰にも見つからず過ごせるかなって。小さい山なんだけどね、川は綺麗だし魚もいるよ。山菜とかきのこも採れるし。私、行く前にちゃんと調べておくから」
司くんは立ち止まった。私もつられて立ち止まる。
「いろいろありがとう。でも、家は出られない」
重たい何かが胸にのしかかったような感覚に襲われた。
どうしてという疑問と、やっぱりという諦めが交互に体の中を渦巻いていく。私は往生際が悪い。
「……そうだよね、普通そうだよね。…あの、でも…何でか聞いてもいい?」
「…母さんがいるから。一人にはできない」
お母さん。あの日玄関で話した女性だろうか。
「その、お母さんも…あの人に?」
「時々。喧嘩した時とか。僕が割って入るから大事にはなってない。あんまり家にもいないし」
つまりお父さんからの暴力は一番司くんが受けてるってことだ。
「お、お母さんからは何もされてない?」
失礼なこととは承知で聞く。
「ないよ、母さんはそういうことはしない」
答えてくれた司くんは寂しげな顔をした。
二丁目付近に近づいた。ここからは分かれ道だ。
「そういうことだから、ごめ」
司くんは背を向けると歩き出そうとした。
「あ、あの、ノートとペンある?」
私は諦めきれず咄嗟に言った。
司くんからノートとペンを受け取ると、端の方に自分の家の住所とスマホの電話番号を書いた。
「何かあったら…っていうか別に何もなくても。また話そうよ。会ってもいいし。司くんがよければだけど」
迷惑なのは覚悟の上で司くんを見上げると、穏やかな優しい笑顔で「うん」と笑ったが、急に困った表情に変わった。
「あ、ごめんでもスマホ持ってなくて」
「いいよ。家電でも、公衆電話でも。住所あるし手紙でも。なんでもいいよ」
とにかく司くんと繋がっているという何かがほしかった。そうじゃないと、今度こそ関係ないただのクラスメイトに戻る。このまま今の状態が続いたら、司くんはどうなっているのか想像もできなかった。繋がってさえいれば、何か、何か手をかせる瞬間が来るんじゃないか。チャンスの種は撒いておきたかったのだ。いやそれよりも、これ以上ボロボロになっていく司くんを見るのが嫌だったからかもしれない。儚げで寂しげでどこかへ飛んでいってしまいそうな。
司くんは「ありがとう」と言うと、今度こそ背を向け歩いていった。その姿を見送る。
何もできなかった。夢の中で見たおじいちゃんをお思い出す。『じいちゃんと一緒なら安全だ』心のどこかで本当にそう思ってたんだろうな。きっとおじいちゃんの山にいけばきっと大丈夫って。何の根拠もないのに。本当に馬鹿みたい。
私も背を向けると、司くんと別の分かれ道を歩き出した。ああはしてみたけれど、連絡をくれるかは分からない。もっとうまく立ち回れていれば、説得できたんだろう。自分への無力さに少し苛立ちを感じながら帰路についた。
ーーーー
その日の夜九時。着信があった。
画面には公衆電話と書かれており
恐る恐る出ると、司くんの声が聞こえた。
「やっぱり行ってもいいかな? おじいちゃん家の山。」
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