消えた流れ星

町田 美寿々

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十三、夢

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今回は大きな喧嘩だった。普段なら二日もすれば仲直りをするところだが、一週間が経った今でも冷戦状態が続いている。といっても、その原因は私が誰とも口を聞かないからだ。

私の態度に姉ちゃんはどんどん機嫌が悪くなった。痺れを切らしたお母さんが私を怒鳴りつけたが、それでも誰とも話す気にならなかった。子供みたいなのは自分でも分かっているが、必死の叫びが届かなかったショックが想像以上に私の胸に深く突き刺さっていた。


私は自分の部屋にこもることが多くなった。こんなに長く喧嘩したことがなかったから、家にいるのが息苦しい。よりによって夏休みなのだから最悪だ。ふと司くんはもっと息苦しい思いをしているのかと想像した。ため息が出る。一週間何もできなかった。何度も自分に自己嫌悪する。この一週間私がしたことと言えば、冷や汗をかきながら番組やネットを見て中学生が死亡したニュースが出てないか何度も探すことだった。幸いそのような報道はなかった。あとは家族と喧嘩だけ。

あれからいろいろ考えた。梅田先生に伝えようともしたが、生徒指導室での司くんの様子が思い出されて、行動するのを躊躇った。あれだけ隠してるんだ。決して良いものとは言えないけれど、本人の考えがあるはずだ。積み重ねてきたものを私が壊していいのか。  どうすれば彼をこれ以上傷つけずに助けることができるだろう。


コンコンと部屋のドアがノックされ「ひかり?」とお母さんの声がした。私の様子を見に来たのだろう。この一週間時々こうしてやってくる。いつものように音を立てずに素早くベッドに潜り込むと寝たふりをした。
カチャ、と遠慮気味にドアが開いた音がする。ベッドに横になっている私を見て、お母さんは部屋に入ることなくドアを閉めた。もしかしたら起きていると分かっていたかもしれないと思うと、少し胸がちくりとした。



ーーー


 
おじいちゃんが猟銃を持って狙いを澄ましている。狙っている方向を見ると、大きな熊が民家で飼われていた犬を食べている。目を充血させ、口からのぞく赤い舌と牙が恐ろしい。
「おじいちゃん、怖いよ帰ろうよ」
そう言うと、おじいちゃんは熊から目を離さず言った。
「大丈夫。大丈夫だ。じいちゃんといれば安全だ」



ーーー
 


いつの間にか眠っていた。すっかり日が暮れて部屋が真っ暗になっている。暗闇の中でまどろみながら私は夢の中でおじいちゃんに言われた言葉を思い出していた。


スマホを手に取り画面をつけた。
真っ暗な部屋でいきなり光に目が晒され一瞬眩んだが、部屋の電気をつけるのも煩わしい。買ってもらったばかりのスマホはまだ使い方が分よくからない。慣れない操作でおじいちゃんが住んでいた田舎の地名を検索する。
一つの考えが頭に浮かんだ。
 

あとは司くんとどうやって連絡をとるかだ。
私は司くんの連絡先を知らない。そもそも向こうがスマホを持っているかも分からない。また家に行っても、あんなことがあった後に取り合ってもらえるとは思えなかった。


 
ーー西野だ。 西野なら司くんの連絡先を知っているかもしれない。普段の様子を見る限り、西野と司くんはわりと仲がいい。私は西野の連絡先も知らなかったが、居場所だけは知っていた。彼は野球部なのだ。夏休み中の今も学校にいる可能性が高い。
明日、学校に行ってみよう。やるべきことが決まった瞬間、目がうとうとしはじめる。いつの間にか再び眠りに落ちていった。


翌朝は五時に目が覚めた。変な時間に起きてしまったと思ったが、学校の朝練は七時から始まる。
その少し前から待っていれば西野に会えるかもしれない。それに家族と大喧嘩した私にとって、顔を合わせずに済むのは逆に都合がよかった。


そっと部屋を出て、一階に降りる。手早くシャワーを済ませて、すっからかんのお腹に台所にあった適当な菓子パンを詰め込んだ。制服に着替えたら時刻は六時になろうとしていた。ついこの前終業式だったのにまた制服を着るなんて不思議な気分だ。
そろそろお母さんが起きてくるかもしれない。
少し早いが家を出ることにした。


この時間は夏でもまだわずかに涼しさを感じる。制服を着て外に出ると終業式の帰り道を思い出す。また司くんのことが心配になった。早くなんとかしないと。自然と足が急ぐ。西野、お願いだから学校に来ますように。


確か西野は自転車通学だ。よく野球部の大きなスポーツバッグを自転車のかごに突っ込んでいるのを見かける。ということは、駐輪場が近い裏門方面から来るはず。裏門の隅に立ち待つことにした。


西野は朝練が始まる十五分前に自転車を漕いでやってきた。こんなにのんびりしていて大丈夫なのか。面倒臭そうに自転車を漕ぎながら門をくぐろうとしたところで声をかけた。


「西野」
「うわ! なんだよ。お前何してんの」
西野は中学生になってから平気で女子のことを "お前" と呼ぶようになった。小学生の頃は『ひかり』って呼んでたくせに。本当男子って分からない。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「おいおい、ちょっと待てよ。ギリギリなんだよ」
西野は自転車を降りると早足で駐輪場に止めに行った。
私は置いていかれないようにその後を追う。


西野は急に振り向くと「ちなみに今彼女はいない」となぜか普段より低い声でそう言った。
「聞きたいことがあるだけだよ。すぐ終わる。つかさく…藤谷くんの連絡先知らない?」
西野が盛大にため息をついた。
「なんだ告白じゃねぇのかよ」
つまらなさそうに自転車のカゴからスポーツバッグを引き抜くと歩き出した。それを追いかける。
「連絡先なんて知らねぇよ。あいつスマホ持ってないって。早く買ってもらえって言ってんのにさー」
「じゃあ、よく行く場所とか知らない? 好きな場所とか、遊んでる場所とか」
これじゃ本当にストーカーみたいな発言だ。真樹姉ちゃんに言われた痛みがぶり返した。
「あー、あいつなら図書室かな」
「学校の?」
「他にどこがあるんだよ」
意外なことに目的地は目の前だった。
「本当に?」
「まじだよ。毎日のように来て勉強してる。たまに昼飯一緒に食ってるし。午前中には来るんじゃね」
西野は「夏休みに勉強しに来るとか…」と呟き、信じられないという顔をしている。
「ま、頑張れよ。砕けても骨は拾ってやる」
「骨?」
「藤谷に告白すんだろ?」
しまった。夏休みにわざわざ連絡先や居場所を聞き出すなんて誰でもそう思うに決まってる。「違うよ!」と喉元まで出かかったが、本当の理由が言えない以上、その方が都合が良い。
前にもこんなことがあった気がする。姉ちゃんに本がバレた時のことを思い出した。秘密を守る難しさを痛感しながら、ひとまず「アリガトウ」とお礼を言った。


話が終わると同時にグラウンドに着いた。時間がないのになんだかんだ西野は話を聞いてくれた。「じゃあな、頑張れよ」と言い残して、グラウンドに向かって大きな声で挨拶をすると走り去って行った。
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