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六、流れ星
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古賀先生に頼まれたのは、理科室で出しっぱなしになっている実験道具を棚にしまうことだった。先生は職員会議があるらしく、早々に説明を終わらせると「任せたぞ」と言って行ってしまった。私たちは理科室で立ち尽くしていた。
「職員会議って本当にあるのかな?」
不意に司くんが言った。
「どういうこと?」
「先生ってすぐ職員会議って言うから。本当は存在しなくて、雑用押し付けるための架空の会議じゃないかな」
真面目な顔をして言うので笑ってしまった。
「そうだね。先生があんなにたくさん会議する必要ないよ」
お互い失礼なことを言いながら、さっさと雑用を片付けることにした。
フラスコを棚に並べている時、体育の時に見た司くんの背中一面の痣のことを思い出した。あれは一体何だったんだろう。部活であんな痣にはならないはず。何かスポーツをやっているのだろうか。どちらかというと司くんは華奢な体でそんな様子はない。それとも何か病気なのかな。小学校から一緒だけどそんな話は噂でも聞いたことがない。
もしかしていじめ? 喧嘩? 普段の様子を見てるとそんな風にも見えない。
私は推測できるほど司くんのことを知らない。結局、聞いてみないと分からないことだ。振り返る。司くんは私に背を向けて棚に顕微鏡を慎重にしまっている。背中をじっと見つめるが痣は見えない。
もし聞かれたくないことだったら? トイレで着替えるのもそのせい? "関係ない" と言われたらそれまでだ。いろいろな考えが浮かんでは消えてを繰り返す。何周もするうちにとうとう我慢できなくなった。どのみち聞くなら今しかない。また明日から私たちは話さなくなるかもしれないから。
「今日、体育の時すごい風吹いたよね」
私はフラスコをしまう手を止めず司くんに話しかけた。
「あはは、すごかったね。目に砂が入りそうだった」
司くん手を止めることなく話している。私は思い切った。
「その時に。見たんだけど。司くんの背中の」
「え?」
少し動揺した声が聞こえ、司くんが手を止めてこちらを振り返った気配がした。しかし私は振り返る勇気がなく続けた。
「痣」
しばらく理科室はしんとしていた。何か言った方がいいかと思ったが、司くんの返事を待つことにした。沈黙が長くなるたびに言わなければよかったと後悔が増していく。
「先生に言ったりする?」
ようやく司くんが口を開いた。意外な返事で一緒拍子抜けした。
「先生? 言わないよ」
先生に知られたくないことなんだろうか。
「どうしたのかなって思っただけ。私もよく姉ちゃんと喧嘩するんだけど、足にでっかい痣作ったりするからさ」
ついにいたたまれなくなって、ぺらぺらとどうでもいいことを話し出してしまった。
「あれは流れ星だよ」
司くんの声が私の話をせき止めるように静かに言った。今度は私が勢いよく振り返った。しかし司くんは既に背中を向けており、表情が伺えない。最後の顕微鏡をしまい終えるお戸棚を閉めた。
こちらを振り返ろうとしたので、咄嗟に今度は私が背中を向けた。何をやってるんだ。意気地無し。自分から聞いといて。
「あとその二つだけ?」
司くんが聞く。私が両手に持っているビーカーのことだろう。
「うん。これで終わった」
しまって戸棚を閉めた。司くんの顔は見れないまま俯き加減で振り返る。二人で理科室を出た。
「鍵、返してくるよ」
「うん。ありがとう」
私は司くんの喉元まで目線を上げるのが精一杯だった。やっぱり余計なお世話だ。聞かなきゃよかった。
「なんかごめんね! また明日ね」
曖昧な謝罪をし、背を向け帰ろうとした時だった。
「誰にも言わないでくれると助かる」
切実な声だった。不安そうですがるようにも聞こえた。司くんには何か秘密がある。それは普通の秘密ではなくもっと大きな秘密のような気がする。例えトイレで着替えてることを笑われても、誰にも言いたくないことなんだ。小学校の頃から司くんは真面目で優しい。そして繊細だ。ただのクラスメイトだった私でもそれは分かる。
このことを誰かに言ったら彼の何かを壊してしまう気がした。振り返って今度は司くんの顔を見た。司くんはまるで迷子になった時のような寂しげで不安そうな顔をしていた。
「言わないよ。私たち小学校から一緒の仲じゃん」
そう言うと司くんは照れくさそうで、そしてほっとしたように
「ありがとう、ひかりちゃん」
と言った。
「職員会議って本当にあるのかな?」
不意に司くんが言った。
「どういうこと?」
「先生ってすぐ職員会議って言うから。本当は存在しなくて、雑用押し付けるための架空の会議じゃないかな」
真面目な顔をして言うので笑ってしまった。
「そうだね。先生があんなにたくさん会議する必要ないよ」
お互い失礼なことを言いながら、さっさと雑用を片付けることにした。
フラスコを棚に並べている時、体育の時に見た司くんの背中一面の痣のことを思い出した。あれは一体何だったんだろう。部活であんな痣にはならないはず。何かスポーツをやっているのだろうか。どちらかというと司くんは華奢な体でそんな様子はない。それとも何か病気なのかな。小学校から一緒だけどそんな話は噂でも聞いたことがない。
もしかしていじめ? 喧嘩? 普段の様子を見てるとそんな風にも見えない。
私は推測できるほど司くんのことを知らない。結局、聞いてみないと分からないことだ。振り返る。司くんは私に背を向けて棚に顕微鏡を慎重にしまっている。背中をじっと見つめるが痣は見えない。
もし聞かれたくないことだったら? トイレで着替えるのもそのせい? "関係ない" と言われたらそれまでだ。いろいろな考えが浮かんでは消えてを繰り返す。何周もするうちにとうとう我慢できなくなった。どのみち聞くなら今しかない。また明日から私たちは話さなくなるかもしれないから。
「今日、体育の時すごい風吹いたよね」
私はフラスコをしまう手を止めず司くんに話しかけた。
「あはは、すごかったね。目に砂が入りそうだった」
司くん手を止めることなく話している。私は思い切った。
「その時に。見たんだけど。司くんの背中の」
「え?」
少し動揺した声が聞こえ、司くんが手を止めてこちらを振り返った気配がした。しかし私は振り返る勇気がなく続けた。
「痣」
しばらく理科室はしんとしていた。何か言った方がいいかと思ったが、司くんの返事を待つことにした。沈黙が長くなるたびに言わなければよかったと後悔が増していく。
「先生に言ったりする?」
ようやく司くんが口を開いた。意外な返事で一緒拍子抜けした。
「先生? 言わないよ」
先生に知られたくないことなんだろうか。
「どうしたのかなって思っただけ。私もよく姉ちゃんと喧嘩するんだけど、足にでっかい痣作ったりするからさ」
ついにいたたまれなくなって、ぺらぺらとどうでもいいことを話し出してしまった。
「あれは流れ星だよ」
司くんの声が私の話をせき止めるように静かに言った。今度は私が勢いよく振り返った。しかし司くんは既に背中を向けており、表情が伺えない。最後の顕微鏡をしまい終えるお戸棚を閉めた。
こちらを振り返ろうとしたので、咄嗟に今度は私が背中を向けた。何をやってるんだ。意気地無し。自分から聞いといて。
「あとその二つだけ?」
司くんが聞く。私が両手に持っているビーカーのことだろう。
「うん。これで終わった」
しまって戸棚を閉めた。司くんの顔は見れないまま俯き加減で振り返る。二人で理科室を出た。
「鍵、返してくるよ」
「うん。ありがとう」
私は司くんの喉元まで目線を上げるのが精一杯だった。やっぱり余計なお世話だ。聞かなきゃよかった。
「なんかごめんね! また明日ね」
曖昧な謝罪をし、背を向け帰ろうとした時だった。
「誰にも言わないでくれると助かる」
切実な声だった。不安そうですがるようにも聞こえた。司くんには何か秘密がある。それは普通の秘密ではなくもっと大きな秘密のような気がする。例えトイレで着替えてることを笑われても、誰にも言いたくないことなんだ。小学校の頃から司くんは真面目で優しい。そして繊細だ。ただのクラスメイトだった私でもそれは分かる。
このことを誰かに言ったら彼の何かを壊してしまう気がした。振り返って今度は司くんの顔を見た。司くんはまるで迷子になった時のような寂しげで不安そうな顔をしていた。
「言わないよ。私たち小学校から一緒の仲じゃん」
そう言うと司くんは照れくさそうで、そしてほっとしたように
「ありがとう、ひかりちゃん」
と言った。
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