平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城

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12話 教室

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「あー、あったけー」

 耳元でホッとしたような浅川の声がする。その近さにびっくりした。少し濡れた金髪が浅川のキレイな顔や首筋に張り付いていて、目のやり場に困る。
 どうにも挙動不審になってしまって、慌てて話題を探した。

 すると机に放置していた水筒とお弁当が目に入って、あれだ! と思った。

「あ、浅川、お腹空かない? お弁当、まだなんだけど」
「石田の分だろ、俺今日なんも持ってない」
「えーと、おやつもいつも通り持って来ちゃったからたぶん大丈夫」
「そうなん?」

 しかも水筒には、雨に濡れて寒くなるのを想定して温かいほうじ茶を入れてきた。
 パッと立ち上がった浅川が僕の机にお弁当を取りに行った。寄り添っていた体温が離れるとすうっと急に寒くなる。
 くっついてた時はあんなに落ち着かなかったのに、現金だな僕も。

「あ、これ水筒は? あったかいやつ?」
「そう。夏だけど今日だけあったかいお茶」
「準備いいな~俺も一口」
「一口じゃなくてフツーに飲もうよ」

 笑ってそう言ったら、浅川はホッとしたように表情を緩めてまた僕の隣に腰を下ろした。

「あ、待った。寒い。こうしよ」
「え?」

 お弁当の包みを開いていたら、浅川が急に僕の後ろにまわりロッカーを背もたれにして座り直した。
 僕の腰に浅川の手が伸びてきて、ぐいっと引き寄せられる。

 気がついたら僕はお弁当を持ったままテディベアみたいに浅川に抱き留められていた。
 さすがにびっくりし過ぎて硬直してしまう。

「な、なに? なに、これ」
「んー。二人羽織? さみーからくっついてたい」
「いや、でも、浅川食べにくいでしょ」
「箸ないし。石田の残りちょーだい」

 あーん、と口を開くから慌ててそこに俵おにぎりを詰め込んだ。今日は昆布の佃煮が入ってる海苔巻きおにぎり。
 もぐもぐと口を動かしながらまた浅川がギューッとくっついてくる。
 なんだこれ、この体勢はいいの?

「そ、……そーいえば濡れた服は? どこやったの?」

 声がちょっと裏返ってしまった。でも話題を逸らしてないと背中にぴったりくっついてる体温のせいで冷静でいられない。

「ああ、水しぼって廊下に干してある」
「制服しわ伸ばししなくて大丈夫かな……」
「クリーニング出すから平気だろ。それよかパンツだわ。さすがにびしょ濡れで脱いだけどスースーする」
「……え」
「パンイチはあっても、パンツなしで服着てるのは変な感じしねー? ジャージだけど」
「えーと……そう、だね」

 箸で卵焼きをつまんで、浅川の口を押し込む。食べ物を詰めておけば耳元で喋らないから助かる。
 いや、でも。大変なことを聞いてしまった。
 僕の後ろにピッタリくっついてる浅川が……いや考えない。考えない!

「石田?」
「あ、え? なに?」
「俺ばっか食ってるけど自分も食べな?」
「う、うん……」

 おにぎりをもそもそ口に詰め込んでいると、横から浅川がお茶を差し出してきた。
 ほうじ茶の香ばしい匂いが漂ってきてホッとする。
 僕が一杯飲み干したあと、浅川は同じカップにお茶を注いで飲み始めた。あっ、と思ったけどカップは他にないしこれは仕方ない。
 カップだって同じ所に口付けなければ、汚くないし……。

 ずっと浅川が近い距離にいるせいか思考が上手くまとまらない。
 絶対変だと思うんだけど、いまのこの距離?
 せっかくうまくできた鶏肉のトマト煮込みの味が、しない。浅川は喜んで食べてるから美味しいんだろうな。

 そんなんで食事を終えて、空になった弁当箱を水道まで流しに行った。
 いつもはそのまま持って帰るけど、今日はいつ帰れるか分からないから洗っちゃおうと思って。
 それと、浅川の腕から逃げ出す理由が欲しくて……。

 はあ、とため息をつき洗った弁当箱を水道のところに立て掛けておく。
 帰り忘れないようにしないと。

「石田、お帰り。さみーから早く早く」
「いやあの……」

 廊下から戻るとぐいっとまた腕を引かれて、抵抗もできないまま腕の中に包まれる。
 すりすりと頭に頬を擦り付けられた。これはあれだ、猫吸い……では?

「浅川~。マロンの代わりにするなってば」
「あ、バレた? 寒い時は一緒に寝てたんだよな~。マロンも寒がりだったし。石田は寒くないの」
「……寒いけど」

 浅川の死んだ猫のマロンは、僕の髪と同じ茶色をしていたらしい。それで浅川はよく僕の頭をわしゃわしゃするんだけど、今日もそれの延長だったのか。
 心臓が爆発しそうなほどドキドキしたのに、ため息と共に脱力してしまう。

「なに、どした?」
「ううん別に」

 もう諦めの境地に達してしまった。ヤケになって浅川の胸に寄りかかる。
 意識してるのは僕だけなんだから、もう今日くらいは役得と思うことにした。
 すると、お腹の辺りにあった浅川の手がぎゅっと抱き締めてくる。
 食事後で身体が少しぽかぽかしていて、こうしていると確かに心地良い。

「発表会、延期っていつになるの」
「夏休み始まったあとの水曜だって」
「そっか。……あれ、そういえば雪村先輩は?」
「え? まだ発表会のホールにいるんじゃね? 電車動いてないし」
「ええっ? なんで、置いてきたの?」
「……連れて来てどーすんだよ」
「いや学校に連れて来いって意味じゃなくて」

 一緒にいてあげなくていいの? って意味だけど。
 振り向いて浅川の顔を見上げたら、唇を引き結んでちょっと不満そうな顔をしてる。

「だって浅川は、雪村先輩が好きだよね?」
「は? ……いや、仲間ではあるけど。蒼衣とは、うーん、戦友? かな」
「せん、ゆう?」

 ポカンとして見上げる僕を抱き寄せて前を向かせ、浅川は僕の肩にぎゅっと顔を埋めた。
 両腕で閉じ込めるみたいに抱き締められて、ちょっと苦しい。

「蒼衣みたいな一途で眩しい、焼き尽くされるみたいな恋はすごいなって」
「……」
「感心してて、たまに相談に乗って貰ってた」
「浅川が、相談?」
「そう。俺も悩み多き青少年なのよ」

 くっく、とまた肩を震わせて浅川が笑う。
 でも声と振動だけで、その顔が見えない。

「蒼衣はさ、戦友だから大事だけど、でもやっぱり石田は別だから」
「……うん?」
「お前が一人でガッコいるって知ったら、考える間もなくこっちに来ること決めてた。ホールでおっさん達が電車いつ動くか車で帰るかとか話してるの聞いてても、ここまできたらびしょ濡れんなるのわかってても。来たかった」

 浅川の頬が僕の首筋にすりっと触れた。柔らかくて温かい肌の感触に、ビクッと無意識に身体が跳ねる。

「無意識に優先順位を決めてた。……石田が一番だって」
「そ、……そんなの」
「大事なのはこっち」
「え、浅川!?」

 いきなりずしっと背に重みがかかる。
 びっくりして声を上げるけど浅川はそのまま動かなかった。

 おそるおそる相手の様子を窺うと、スー、スー、と軽い寝息が聞こえてくる。
 浅川の大きな身体をゆっくり背で押して、体勢を整えて座らせた。

 寝ぼけたのかな。雨に濡れると体力使うしなあ……って、思うことにした。
 はあ、心臓に悪い。


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