平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城

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10話 嵐①

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 雪村先輩の発表会というのは、夏休み直前の土曜日らしい。
 ぽつぽつ話す浅川の言葉を聞きながら公園の水道で海水と砂を洗い落として、僕たちは駅に戻った。

 駅近くのお土産物屋で小粒のミカンが売ってて1ネット買ってみた。ずっと浅川ばっかり払ってるからこれは僕が。
 帰りのホームのベンチで並んで座って、電車が来るまでミカンむいて食べた。
 みかんの木って、育てるの大変かな。どうだろう。


 突然の『電車で終点の旅』は日が落ちる前に地元駅に帰って、解散になった。

 次の日はもちろん学校にきたけど、一日いなかったのがウソのように普通だった。
 サボりって、こういう感じなんだ。
 余計にあの砂浜が幻想かのように感じられた。浅川の姿も含め、全部僕の頭の中で作りだした妄想だったのかもしれない。

 7月の学校はどこかソワソワしていて浮き足だっている。
 連休もあるし、今はテストも終わって学校内は一足先に夏休みムードだ。


 そんな中、僕はいつも通り黙々と菜園のキュウリを収穫をしている。夏休み中も、きっと変わらない。

「ねー、この浅漬けめちゃくちゃおいしい」
「ありがとうございます」
「これまた梅味なの?」
「えーと、漬ける酢にこんぶ茶と大葉が入ってます」

 へぇー、と相槌を打ちながら浅漬けをパリポリ食べてるのは、雪村先輩だ。非常階段の下のコンクリ部分に座って、僕のおやつをつまみ食いしている。
 発表会が近いのにいいのかなと思うんだけど、音楽室に行きたくないというので、そこで座っててもらった。

「ねぇ、僕の発表会さあ。学校から近いよ? そこ大通り歩いてすぐだよ。場所わかる?」
「場所は知ってます」
「じゃあなんで来ないの?」
「えーと、ピアノよくわからないので」

 押し売りの電話を切る時のように、キッパリと言っておく。曖昧な物言いをして誤解させるのはよくないし。
 むう、と頬を膨らませる雪村先輩は薄幸の美少年の雰囲気から可愛い小学生みたいになってる。
 失礼だから声には出さないけど。

「だってさー浅川も来るよー。応援してよ」
「応援なら浅川がいれば充分でしょう?」

 もしかして、おやつ目当てなのかな。
 もしそうなら残りの野菜を確認して、当日浅川に差し入れを持って行ってもらうのもありかな。
 雪村先輩は最近ずっとこうして菜園の横で時間を潰して、僕のおやつを食べている。
 味が気に入ったんだって。それで僕の料理をおいしいと言ってくれる、二人目の人になった。

 浅川は最近、運動部の助っ人を頼まれることが多くてここに来るのは部活の後だ。
 すっかり道具を片付けたくらいに慌ててやってきて、残しておいた僕のおやつを貪り食べている。運動部にはちょっとヘルシー過ぎる間食だけど。おにぎり買ってきたほうが良くないか?

 そんな浅川は、実は友達付き合いが幅広い。
 全学年にまんべんなく知り合いがいて、運動部にも文化部にも顔がきく。たまに頼みごとなんかもしているらしく、そのせいで練習試合に呼ばれるんだって。ギブアンドテイクなんだって言ってた。

 ……浅川はもともと、それだけ人気者だから。
 僕と親友なんて、たぶんこちら側から見た一方的な視点だ。
 大事にしてもらって自惚れてしまったんだ。恥ずかしい。

 浅川にとって僕だけが特別なんじゃない。
 彼の中にはたくさんの仲の良い友達と、先生と、両親と……そして雪村先輩がいる。
 少しずつ、保った距離を広げていかないと、僕がダメになってしまうだろうな。

「先輩まだここにいます?」
「んー、いるよー」
「じゃあそのタッパー置いていくんで、浅川がきたら食べてって伝えて貰えます?」
「えっ石田くんはどこ行くの?」
「帰ります」
「え」
「タッパーは軽く水道でゆすいで、そのへんに引っかけといてください」
「えええぇぇ、待って石田くんー!」

 急いで荷物をまとめて、浅漬けのタッパーと雪村先輩を置いたまま僕は帰宅した。
 距離をあけるには、やっぱり接触を減らすのが一番だ。
 これで間違ってない。
 ……別に誰が追ってくるわけでもないのに、僕は自転車を急いで走らせて、いつもの三分の二の時間で帰宅した。
 帰っても案の定父はまだ帰ってきてなくて、リビングの明かりを付けると夏なのに寒いような気がした。今日はおやつ無しで自転車走らせてきたのに、空腹はまったく感じなかった。

      ‡

『気象情報をお知らせします。まずは台風の進路から……』

 朝、テレビをつけるとどこも気象情報を流していた。午後から雨がどんどんひどくなるらしい。
 今日は土曜日だから、いつもの通学路は平日より空いている。急いで学校に行って、菜園の暴風雨対策をしよう。

 いつものお弁当と……今日はいらないはずの多めのおやつ、それと畑の用具などを鞄に詰めて僕はマンションを飛び出した。
 本当は雨で自転車は危ないんだけど、今のうちなら小雨だから合羽でいけそう。
 父には『晩ご飯は冷蔵庫です』と書き置きしておいた。帰りは自転車を学校に置いて歩いて帰るつもりだから、遅くなるかもしれない。夏だけど雨にさらされたら風邪を引くかも知れないから、タオルも多めに持った。

「よし、今日は一人だから頑張ろう」


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