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9話 出会った頃と今のこと②
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「転んだらさすがに着替えはねぇから、気ーつけて」
「もちろん!」
「あっはは、気合い入りすぎ。手繋いどく?」
「……うん」
僕も制服の裾を膝上まで巻き上げ、波打ち際を歩いた。
砂だと思ってた部分に荒い粒みたいなのが降り積もっていて、そこを踏むとズブズブ足が沈んだ。そのたびに浅川が僕の手を掴んで引き上げる。
大きな手が、しっかり僕の手を包み込んで支えてくれた。
浅川と仲良くなった一年の夏、「家帰っても誰もいない」って言う浅川を晩ご飯に誘って僕の家に連れて帰ったことがある。
父は先に作り置きの食事を終えて部屋で持ち帰りの仕事をしていた。
ああなると数時間は出てこない。
僕は冷凍庫から取り出した作り置きのカレーを二人分と冷凍ご飯を温めて、お盆にのせた。麦茶を冷蔵庫から出してコップと一緒に浅川に持たせる。
そうしてコソコソと僕の部屋に移動し二人で晩ご飯を食べた。
夏野菜たっぷりのカレーを浅川は「うまい!」と目を輝かせながら食べてくれた。
父には「友達がきたよ」って言えばいいだけなんだけど、こんなに遅い時間に親御さんは? とか聞かれたり電話されたりする可能性があった。
教師だからかそのあたり、うちの父は融通がきかない。
浅川の両親のことはそんなによく知らないけど、愛がない結婚だった、らしい。跡取りという役目を果たせる子供が欲しかっただけで、『家族』になる気なんかなかったんだ、って。
前に浅川がポツポツ話してくれた。……だから、たぶん電話をしても浅川の両親は連絡がつかないだろう。
それを、浅川の前に突きつけるのが嫌だった。
両親に愛はあったけど二人にとって要らなかった僕と、愛がない両親に形だけ欲しがられてる浅川。
真逆の立場なのにそれで同調する僕らは、ちょっと変だなって思う。
『俺も石田と同じなんだ? いいね』
放課後の教室で初めて話したあの時心底嬉しそうにする浅川を見て、胸が変にざわざわした。……それから、だ。
僕の心臓は、少しずつ狂って動きを速めていつの間にか壊れてしまった。だからもう残骸しか残っていない。
「花火とかやりてーなー」
「バーベキューとかも楽しそう」
足の下を波が引いて、砂粒が動くとくすぐったい感じがする。
油断していると膝下くらいの波がきて、岸に押された。また浅川が手を引いてくれる。
「畑の夏野菜、焼ける?」
「いいかも」
「石田の料理うまいし、バーベキューいいなぁー。夏って感じする」
「バーベキューは焼いただけでしょ」
「えー? 料理だろ」
お祖母ちゃんが死んでから、料理を褒めてくれたのは浅川が初めてだった。
浅川のその言葉が僕は一番嬉しかった。
父は、家事をする僕に「すまないな」って言う。
謝る前に、僕はおいしいかどうか教えてほしかった。掃除とか洗濯も「ありがとう」って言って欲しかった。すまなく思うのと、褒めるのは違う。
そんな父を、母はまた「やって当然と思ってるんでしょ、あの男」と罵倒する。そう言い合うような事件が二人の間にあったんだろうか。
でも、それと僕とは関係がない。僕はただ、ゴハンを作って一緒に食べて「おいしい」って言って欲しかっただけなんだ。
お祖母ちゃんが教えてくれた料理を褒められると、誇らしい気持ちになった。
浅川が「うまいうまい」って食べながら笑う。そのキラキラした粒子が僕の灰色の世界に広がって、世界がカーテンをあけるように色づいていった。
楽しかった。去年の夏、家に帰るのが嫌だと言う浅川と、一緒にいられて楽しかったのは僕の方だ。
園芸部の野菜の手入れにも気合いが入ったし、お昼ご飯は浅川と一緒、図書室で勉強する間も一緒で、帰りも並んで校門を出た。
それまで憂鬱だった夏休みは、浅川と一緒にいるだけであっという間に過ぎてしまった。
「夏休み前に、発表会があんだって」
「え、なんの?」
「ピアノ」
「ああ、雪村先輩の……」
「それが、神谷がこねーって言ってるらしくて」
「……」
「蒼衣の推薦に関わる発表会だから、ホントはレッスンしてる神谷がこねーとなんだけど。誰もいないと、あいつも気合い入んないだろーし」
「う、ん……そうだね」
僕が小さく相槌を打つと、パッと手が離れた。浅川が僕の肩を掴む。
「だろ? だからいっしょ……」
「浅川が行ってあげたら喜ぶと思うよ」
「……うん?」
「神谷先生の代わりに」
「えーと、石田は?」
「僕……は、行かないけど。ピアノわかんないし」
立ってるだけでも足の埋まる砂浜で、浅川は眉を寄せて棒立ちになっていた。
どうしたのかと思って顔を覗き込む。
ああ、雪村先輩のことか。
「大丈夫、浅川が来たら先輩喜ぶから。ホントに」
「……」
「絶対だってば」
先生に勝てるかわからないからこんな顔してるのかな。
僕もちょっと困って、動かない浅川の背をポンポンと軽く叩いた。
「もちろん!」
「あっはは、気合い入りすぎ。手繋いどく?」
「……うん」
僕も制服の裾を膝上まで巻き上げ、波打ち際を歩いた。
砂だと思ってた部分に荒い粒みたいなのが降り積もっていて、そこを踏むとズブズブ足が沈んだ。そのたびに浅川が僕の手を掴んで引き上げる。
大きな手が、しっかり僕の手を包み込んで支えてくれた。
浅川と仲良くなった一年の夏、「家帰っても誰もいない」って言う浅川を晩ご飯に誘って僕の家に連れて帰ったことがある。
父は先に作り置きの食事を終えて部屋で持ち帰りの仕事をしていた。
ああなると数時間は出てこない。
僕は冷凍庫から取り出した作り置きのカレーを二人分と冷凍ご飯を温めて、お盆にのせた。麦茶を冷蔵庫から出してコップと一緒に浅川に持たせる。
そうしてコソコソと僕の部屋に移動し二人で晩ご飯を食べた。
夏野菜たっぷりのカレーを浅川は「うまい!」と目を輝かせながら食べてくれた。
父には「友達がきたよ」って言えばいいだけなんだけど、こんなに遅い時間に親御さんは? とか聞かれたり電話されたりする可能性があった。
教師だからかそのあたり、うちの父は融通がきかない。
浅川の両親のことはそんなによく知らないけど、愛がない結婚だった、らしい。跡取りという役目を果たせる子供が欲しかっただけで、『家族』になる気なんかなかったんだ、って。
前に浅川がポツポツ話してくれた。……だから、たぶん電話をしても浅川の両親は連絡がつかないだろう。
それを、浅川の前に突きつけるのが嫌だった。
両親に愛はあったけど二人にとって要らなかった僕と、愛がない両親に形だけ欲しがられてる浅川。
真逆の立場なのにそれで同調する僕らは、ちょっと変だなって思う。
『俺も石田と同じなんだ? いいね』
放課後の教室で初めて話したあの時心底嬉しそうにする浅川を見て、胸が変にざわざわした。……それから、だ。
僕の心臓は、少しずつ狂って動きを速めていつの間にか壊れてしまった。だからもう残骸しか残っていない。
「花火とかやりてーなー」
「バーベキューとかも楽しそう」
足の下を波が引いて、砂粒が動くとくすぐったい感じがする。
油断していると膝下くらいの波がきて、岸に押された。また浅川が手を引いてくれる。
「畑の夏野菜、焼ける?」
「いいかも」
「石田の料理うまいし、バーベキューいいなぁー。夏って感じする」
「バーベキューは焼いただけでしょ」
「えー? 料理だろ」
お祖母ちゃんが死んでから、料理を褒めてくれたのは浅川が初めてだった。
浅川のその言葉が僕は一番嬉しかった。
父は、家事をする僕に「すまないな」って言う。
謝る前に、僕はおいしいかどうか教えてほしかった。掃除とか洗濯も「ありがとう」って言って欲しかった。すまなく思うのと、褒めるのは違う。
そんな父を、母はまた「やって当然と思ってるんでしょ、あの男」と罵倒する。そう言い合うような事件が二人の間にあったんだろうか。
でも、それと僕とは関係がない。僕はただ、ゴハンを作って一緒に食べて「おいしい」って言って欲しかっただけなんだ。
お祖母ちゃんが教えてくれた料理を褒められると、誇らしい気持ちになった。
浅川が「うまいうまい」って食べながら笑う。そのキラキラした粒子が僕の灰色の世界に広がって、世界がカーテンをあけるように色づいていった。
楽しかった。去年の夏、家に帰るのが嫌だと言う浅川と、一緒にいられて楽しかったのは僕の方だ。
園芸部の野菜の手入れにも気合いが入ったし、お昼ご飯は浅川と一緒、図書室で勉強する間も一緒で、帰りも並んで校門を出た。
それまで憂鬱だった夏休みは、浅川と一緒にいるだけであっという間に過ぎてしまった。
「夏休み前に、発表会があんだって」
「え、なんの?」
「ピアノ」
「ああ、雪村先輩の……」
「それが、神谷がこねーって言ってるらしくて」
「……」
「蒼衣の推薦に関わる発表会だから、ホントはレッスンしてる神谷がこねーとなんだけど。誰もいないと、あいつも気合い入んないだろーし」
「う、ん……そうだね」
僕が小さく相槌を打つと、パッと手が離れた。浅川が僕の肩を掴む。
「だろ? だからいっしょ……」
「浅川が行ってあげたら喜ぶと思うよ」
「……うん?」
「神谷先生の代わりに」
「えーと、石田は?」
「僕……は、行かないけど。ピアノわかんないし」
立ってるだけでも足の埋まる砂浜で、浅川は眉を寄せて棒立ちになっていた。
どうしたのかと思って顔を覗き込む。
ああ、雪村先輩のことか。
「大丈夫、浅川が来たら先輩喜ぶから。ホントに」
「……」
「絶対だってば」
先生に勝てるかわからないからこんな顔してるのかな。
僕もちょっと困って、動かない浅川の背をポンポンと軽く叩いた。
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