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8話 出会った頃と今のこと①
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砂浜に降りると、歩いてるだけでスニーカーに砂が入る。
しかもズブズブ埋まって歩きにくい。鞄の中身が空の弁当箱だけでよかった。
「あとで脱いで砂払わないと」
「砂だらけだなー」
笑いながら前を歩く浅川は、遅い僕の手をとって転びかけると引き上げてくれる。
三回目くらいに高いとこまで手を引っ張られて足が浮いた。
「浅川?」
「軽すぎ」
「宇宙人みたいなぶら下げかたやめて」
「だって軽すぎ石田。なに詰まってんの? わた?」
くっく、と笑い堪えてるみたいな顔した浅川はストンとコンクリの階段に僕を降ろしてくれた。
スニーカーはもう砂だらけだ。
階段の上の方は砂が少なかったから、並んでそこに座る。
浅川がスニーカーを脱いで逆さにすると、サーッと砂がこぼれ落ちた。「マンガみてぇ」とまた笑う。
「石田のも砂出るよ」
「うん、靴下も砂だらけ」
「全部脱いじゃえ」
「水道とかあったらよかったなー」
もたもたと靴紐を解いてたら、すっかり裸足になって砂落とし終えた浅川が僕の隣に腰を下ろした。
「かして」
「えっ」
「紐かたい? 脱がすから足こっちにして」
「え、え?」
急に、数段降りた浅川が僕の足首を掴んだ。
両手で丁寧に僕のスニーカーを掴んで脱がせて、コンクリートの角にコンコンあてて砂を払う。
靴下も脱がされて砂が落され、浅川のと一緒に堤防の上に並んだ。
「あーあ、砂だらけ」
大きな手が、僕のかかとから足先までを優しく叩く。
あったかい浅川の体温がじんわりと伝わってきた。
びくっ、と一瞬震えたけど何とか動きを押し留めて目を逸らす。
浅川が僕の足元に膝をついて、素足を撫でてるとかどういう状況なんだ。
なんか足先とかふにふに揉まれてるし、僕の反応が面白いのか口元笑っちゃってるし。
「くすぐったいからもーいいって」
「足のウラ弱い?」
「くすぐったらたぶん蹴る」
「え、そんな弱いんだ?」
相変わらず笑いを堪えながらも浅川は手を離してくれた。ホッとして堤防に腰を下ろす。
それからまた並んで海側に足をぷらぷら垂らして、晴れた海を眺めた。
一年前、浅川と知り合った当初はそこまで仲良くなかった。
恋愛に対してうっすら嫌いっていう感覚を共有してホッとする、みたいな関係だった。
向こうはまわりに人が集まる人気者で、こっちは地味な平凡生徒なんだから当たり前だ。
人がいるところでは話しかけたら迷惑だろうなと思ってたから、僕からはほとんど話しかけなかった。
でも一年の夏休み前、園芸部の水やりで裏庭にいたら声をかけられた。
『石田ぁ、何してんの』
『水やり』
『え、これ石田が毎日やってんの?』
『一応、当番制だから僕は毎日来なくてもいいんだけど、気になるから来てる』
『へぇ』
『夏休みの間が一番夏野菜が採れるから』
『どれ?』
『トマトとか。食べる?』
『えっ、食えんの。食う』
水にさらして冷やしただけのトマトに塩ふって囓って、浅川はびっくりしたように瞬きしていた。
手のひらサイズの大きめのトマトを三口くらいで一気に食べきると、『うまい!』って叫んだ。
それから浅川は、よく裏庭の菜園に顔を出すようになった。
夏休みに入ってからもずっと。
『うち、料理するのは僕だけで、自炊すると家計の負担が軽くなるからここの野菜貰ってるんだ』
『へぇー石田って料理できんだ?』
『お祖母ちゃんに教わったからわりとできるよ。あとで顧問先生に差し入れに行くんだけど、浅川も食べる?』
『なになに?』
『里芋とこんにゃくの煮物』
『……』
煮物にはニンジンも入ってる。煮物は色が地味だから彩りも入れないとね、ってお祖母ちゃんが言ってたので。たまに絹さやもいれるかな。
それをじーっと見ていた浅川が、『食う』って言うから楊枝を渡してあげたんだけど。
……顧問の先生の分だけ残して、僕のおやつは食い尽くされてしまった。
うまいうまいって食べてもらえるのは嬉しいんだけど、僕も帰りお腹がすくから困る。
すると浅川はお詫びにってたくさんのおにぎりとお菓子をコンビニで買ってきてくれた。
次からは絶対に浅川の分を考えて作ってこようと思った。
野菜の手入れは朝が早い。夏休みの間、僕は早朝から学校にいた。
そして昼になってからくる浅川と、お昼を食べるようになった。
家にいても、夏休みとはいえ父は忙しく仕事に行っているし、家事は普段のペースを崩さないでやるのが一番効率がいい。
園芸部の顧問の先生は、父と同じで補習や他の部活の指導とかでほとんど学校にいるし。
午後の暑い時間は図書室で浅川と宿題をやった。
毎日登校してて、全然休み前と変わらない生活だ。でも、凄く楽しかった。
『フツーに学校きてるより楽しい』
図書室で勉強しながら、頬杖ついた浅川が不意にそんなことを言った。
それに『僕も』とこたえると彼は目を細めてニッて笑う。
『俺、石田と友達んなってよかった』
そんなの、僕もだよ。
口に出したかどうか忘れてしまったけど、浅川はあの時本当に嬉しそうに笑っていた。
家に帰っても親がいない浅川と、愛が崩壊してバラバラになった家の僕。
最初から愛に期待しないでそれに触れないまま大きくなるのと、始めは愛があったんだって言い訳を聞きながら粉々に壊された残骸を見せつけられるのは、どっちがマシなんだろう。
たまに考える。たぶん、どっちもマシなことなんかない。
去年までの、中学の時の夏休みは憂鬱だった。
学校がないんだから良いでしょうと母が面会日を何度も指定してきたからだ。
あの頃僕はそれを受け入れるのが義務だと思ってたから、美味しくもない外食に連れて行かれたり、欲しくもない服を合わせられて贈られるのがずっと嫌だった。
あまりにも僕が美味しくなさそうに食べるからって、母はやっと僕の好物を聞いてきた。それでお祖母ちゃんの料理を思い出し、「豚の生姜焼き」って言ったら母は凄く嫌な顔をした。
お洒落で高価で人に自慢できるモノしか母は選ばない。
それから僕は、母に何か聞かれても「わからない」と言うことにしている。
「なあ、石田。海入ってみない?」
「えっ」
急に言われて顔を上げると、浅川は制服の裾を膝上までまくりあげていた。
「このまま?」
「裸足だからいいでしょ。タオルならあるし、あっちの公園に水道も見えるし」
「鞄もって?」
「ここに置いてく」
「貴重品も?」
「だーれもいないって。てか浜から見えんでしょ、ここ。大丈夫だから、行こー行こー」
ぐいっと手を引かれて、裸足のまま砂浜を駆ける。
スニーカーの時よりずっと歩きやすいけど、焼けた砂は結構熱かった。
波打ち際まできて、冷たい水に足の裏が触れると「ひぇっ」て変な声が漏れた。
しかもズブズブ埋まって歩きにくい。鞄の中身が空の弁当箱だけでよかった。
「あとで脱いで砂払わないと」
「砂だらけだなー」
笑いながら前を歩く浅川は、遅い僕の手をとって転びかけると引き上げてくれる。
三回目くらいに高いとこまで手を引っ張られて足が浮いた。
「浅川?」
「軽すぎ」
「宇宙人みたいなぶら下げかたやめて」
「だって軽すぎ石田。なに詰まってんの? わた?」
くっく、と笑い堪えてるみたいな顔した浅川はストンとコンクリの階段に僕を降ろしてくれた。
スニーカーはもう砂だらけだ。
階段の上の方は砂が少なかったから、並んでそこに座る。
浅川がスニーカーを脱いで逆さにすると、サーッと砂がこぼれ落ちた。「マンガみてぇ」とまた笑う。
「石田のも砂出るよ」
「うん、靴下も砂だらけ」
「全部脱いじゃえ」
「水道とかあったらよかったなー」
もたもたと靴紐を解いてたら、すっかり裸足になって砂落とし終えた浅川が僕の隣に腰を下ろした。
「かして」
「えっ」
「紐かたい? 脱がすから足こっちにして」
「え、え?」
急に、数段降りた浅川が僕の足首を掴んだ。
両手で丁寧に僕のスニーカーを掴んで脱がせて、コンクリートの角にコンコンあてて砂を払う。
靴下も脱がされて砂が落され、浅川のと一緒に堤防の上に並んだ。
「あーあ、砂だらけ」
大きな手が、僕のかかとから足先までを優しく叩く。
あったかい浅川の体温がじんわりと伝わってきた。
びくっ、と一瞬震えたけど何とか動きを押し留めて目を逸らす。
浅川が僕の足元に膝をついて、素足を撫でてるとかどういう状況なんだ。
なんか足先とかふにふに揉まれてるし、僕の反応が面白いのか口元笑っちゃってるし。
「くすぐったいからもーいいって」
「足のウラ弱い?」
「くすぐったらたぶん蹴る」
「え、そんな弱いんだ?」
相変わらず笑いを堪えながらも浅川は手を離してくれた。ホッとして堤防に腰を下ろす。
それからまた並んで海側に足をぷらぷら垂らして、晴れた海を眺めた。
一年前、浅川と知り合った当初はそこまで仲良くなかった。
恋愛に対してうっすら嫌いっていう感覚を共有してホッとする、みたいな関係だった。
向こうはまわりに人が集まる人気者で、こっちは地味な平凡生徒なんだから当たり前だ。
人がいるところでは話しかけたら迷惑だろうなと思ってたから、僕からはほとんど話しかけなかった。
でも一年の夏休み前、園芸部の水やりで裏庭にいたら声をかけられた。
『石田ぁ、何してんの』
『水やり』
『え、これ石田が毎日やってんの?』
『一応、当番制だから僕は毎日来なくてもいいんだけど、気になるから来てる』
『へぇ』
『夏休みの間が一番夏野菜が採れるから』
『どれ?』
『トマトとか。食べる?』
『えっ、食えんの。食う』
水にさらして冷やしただけのトマトに塩ふって囓って、浅川はびっくりしたように瞬きしていた。
手のひらサイズの大きめのトマトを三口くらいで一気に食べきると、『うまい!』って叫んだ。
それから浅川は、よく裏庭の菜園に顔を出すようになった。
夏休みに入ってからもずっと。
『うち、料理するのは僕だけで、自炊すると家計の負担が軽くなるからここの野菜貰ってるんだ』
『へぇー石田って料理できんだ?』
『お祖母ちゃんに教わったからわりとできるよ。あとで顧問先生に差し入れに行くんだけど、浅川も食べる?』
『なになに?』
『里芋とこんにゃくの煮物』
『……』
煮物にはニンジンも入ってる。煮物は色が地味だから彩りも入れないとね、ってお祖母ちゃんが言ってたので。たまに絹さやもいれるかな。
それをじーっと見ていた浅川が、『食う』って言うから楊枝を渡してあげたんだけど。
……顧問の先生の分だけ残して、僕のおやつは食い尽くされてしまった。
うまいうまいって食べてもらえるのは嬉しいんだけど、僕も帰りお腹がすくから困る。
すると浅川はお詫びにってたくさんのおにぎりとお菓子をコンビニで買ってきてくれた。
次からは絶対に浅川の分を考えて作ってこようと思った。
野菜の手入れは朝が早い。夏休みの間、僕は早朝から学校にいた。
そして昼になってからくる浅川と、お昼を食べるようになった。
家にいても、夏休みとはいえ父は忙しく仕事に行っているし、家事は普段のペースを崩さないでやるのが一番効率がいい。
園芸部の顧問の先生は、父と同じで補習や他の部活の指導とかでほとんど学校にいるし。
午後の暑い時間は図書室で浅川と宿題をやった。
毎日登校してて、全然休み前と変わらない生活だ。でも、凄く楽しかった。
『フツーに学校きてるより楽しい』
図書室で勉強しながら、頬杖ついた浅川が不意にそんなことを言った。
それに『僕も』とこたえると彼は目を細めてニッて笑う。
『俺、石田と友達んなってよかった』
そんなの、僕もだよ。
口に出したかどうか忘れてしまったけど、浅川はあの時本当に嬉しそうに笑っていた。
家に帰っても親がいない浅川と、愛が崩壊してバラバラになった家の僕。
最初から愛に期待しないでそれに触れないまま大きくなるのと、始めは愛があったんだって言い訳を聞きながら粉々に壊された残骸を見せつけられるのは、どっちがマシなんだろう。
たまに考える。たぶん、どっちもマシなことなんかない。
去年までの、中学の時の夏休みは憂鬱だった。
学校がないんだから良いでしょうと母が面会日を何度も指定してきたからだ。
あの頃僕はそれを受け入れるのが義務だと思ってたから、美味しくもない外食に連れて行かれたり、欲しくもない服を合わせられて贈られるのがずっと嫌だった。
あまりにも僕が美味しくなさそうに食べるからって、母はやっと僕の好物を聞いてきた。それでお祖母ちゃんの料理を思い出し、「豚の生姜焼き」って言ったら母は凄く嫌な顔をした。
お洒落で高価で人に自慢できるモノしか母は選ばない。
それから僕は、母に何か聞かれても「わからない」と言うことにしている。
「なあ、石田。海入ってみない?」
「えっ」
急に言われて顔を上げると、浅川は制服の裾を膝上までまくりあげていた。
「このまま?」
「裸足だからいいでしょ。タオルならあるし、あっちの公園に水道も見えるし」
「鞄もって?」
「ここに置いてく」
「貴重品も?」
「だーれもいないって。てか浜から見えんでしょ、ここ。大丈夫だから、行こー行こー」
ぐいっと手を引かれて、裸足のまま砂浜を駆ける。
スニーカーの時よりずっと歩きやすいけど、焼けた砂は結構熱かった。
波打ち際まできて、冷たい水に足の裏が触れると「ひぇっ」て変な声が漏れた。
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