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5話 出かけよう!

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 次の日、何故か朝の通学路に浅川が待っていた。
 昨日はあれからすぐ雪村先輩と別れて、結局トマトの支柱立ては諦めた。週末までに終わってたらいいよって言ったんだ。もしかして朝早く行って設置しようと思ってた?
 僕が自転車を停めると、浅川は「はよー」と近づいてくる。

「どうしたの?」
「ごめん、あのさ……今日、ガッコで絶対終わらせないと行けない用事ある?」
「ん? 日直は昨日までだったし、特にないけど……」
「じゃあサボってどっか行かない?」
「えっ!? ど、どこに?」
「んー、まだ決めてない」
「でも自転車が……」
「あの駅前のスーパー、駐輪場タダ」
「先生から電話くるかも」
「それね、俺が電話しといた。『通学路で会った石田君が具合悪そうなんで家まで送ってきます~』って」
「なにそれ」
「……だからゴメンって」

 僕の返事を聞く前に、もうすっかり準備が終わっている。
 浅川は両手を顔の前で合わせて、お祈りするみたいに身を屈めていた。その上目遣いの『お願い』に弱いんだってば。

 それにちょっと浅川の様子が変だった。
 ソワソワしてるというか、落ち着かないまま視線をさまよわせてたり、逃げ場がなくて困ってる子供みたい。
 ……昨日のことが、あったからかな。
 雪村先輩に惚れてる浅川にしてみれば、二階から落ちてきたのもひっくりしただろうけど、それだけ神谷先生のことが好きなんだなって思ったら……。
 やっぱり、落ち込むよね。
 そう思ったら断るのもなんだか可哀想で、僕は自転車を一度降りた。『友達』なんだし気晴らしくらいなら付き合おうかな。
 それに、学校サボって出かけるなんて初めてでなんかワクワクする。

「まあ、いいけど……」
「よっし! じゃあ行くとこ、今決めた。テキトーに乗った電車のさー、終点まで行こ」
「ええ? めちゃくちゃ遠くだったらどうすんの」
「面白いし。電車賃俺持ちだしー」

 横から大きな手が伸びてきて、僕の自転車はスイスイ押されて移動する。
 慌ててついてったら、素早く無料駐輪場に入れられてしまった。スーパーで買い物したレシートがあれば無料なんだって。

「ペットボトル買ってこ。何がいい?」
「緑茶」
「ゲキ渋なんだけど……えーとあとなんか買うかー」

 お茶のペットボトル、お菓子、おにぎり、などなど買ったモノは全部、浅川の鞄の中に消えた。
 覗いたら教科書もノートも入ってない。もしかして今日、このために来たの?
 駐輪場に戻り、なくさないようレシートを自転車のサドルの裏に押し込んだら「行こ!」と浅川は待ちきれないって感じに僕の手を引いた。
 まだ通勤通学時間で混み合った駅へ入っていく。

「初乗り分だけ二枚、切符買ったから」
「ICカードじゃないの初めて」
「俺もー。さーて、どの電車に乗ろっか……」

 小さい切符を口に銜えた浅川は、襟足の長い金髪を両手を持ち上げギュッとゴムで結んだ。
 電光掲示板を見上げている浅川の横顔に視線が吸い寄せられる。
 ハーフアップにした金髪に、スッと通った顎のあたりと筋の浮かんだ首筋、いつも笑ってるみたいなちょっと上がった口角。
 浅川の身体は、きらきらとした目に眩しいものでできてる。
 そうでないと、こんなに僕の目に焼きつく理由が分からない。

 通り過ぎる灰色の人々の中で、浅川だけが色付いているように見えた。
 駅のアナウンスも行き交う人のざわめきも、一瞬遠くなる。


「あれにしよ!」
「あ、……うん」
「その前にロッカー」
「え?」
「石田の荷物、弁当とおやつだけな。はい、しまってしまって」
「ええ?」
「あと三分で電車出る」
「まって、まって」
「電車は待たないってー。もうそのまま入れちまえ」

 かなり雑に放り込まれた教科書、ノートとペンケース、英語の辞書とかはコインロッカーの中に置き去りにされた。バタンッと音立てて戸が閉まる。

 強く手を引かれた。「あと一分!」と浅川が叫ぶ。
 電光掲示板をもう一度確認して、二人で駆けだした。
 こっちの下り線はほとんど人がいない。
 浅川はホームへの階段を数段飛ばしながら降り、最後の数段を一気に飛んだ。

 僕ももつれそうになる足で必死に走って、ホームに駆け込む。
 もう発車音が鳴っている。

「間に、合っ、た!」

 大股で電車の入口に足をかけた浅川が、振り向いて俺に手を伸ばした。
 ぱしっ、と強く手を握られて引っ張られる。

 ひょいと軽く持ち上げるみたいに電車に乗せられた。
 すぐに扉が閉まり、電車が走り出す。
 息が切れて、ひゅうひゅうと喉から変な音がしていた。

『駆け込み乗車はご遠慮下さい』

 車内放送が入った。
 明らかに僕たちのことだけど、ガランとした下り電車ではじろじろ見てくる人はいない。
 顔を見合わせて、浅川と僕はプッと吹きだして笑った。



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