平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城

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3話 共通点のない親友②

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「いつも、家帰ってもだーれもいなくて。メシは家政婦? みたいな人が用意してくれてんだけど。それ一人で食べて宿題やって……小学校ん時はそんな感じ。それより小さい頃はよく覚えてないなー。でも幼稚園でも親が迎えに来たことなかったな」
「そうなんだ」
「そー、いつもお手伝いさんみたいな人が迎えにきた。仲良くなっても数ヶ月とか、一年とかで変わっちゃう人なんだよな。それでどうしても俺だけの変わらない何かが欲しかった。そん時、偶然猫拾ったんだ。茶トラの猫、名前はマロン」
「茶色だから?」
「そー、茶色だから。マロンがいた間は家に帰るの楽しみになったな。でも中学ん時に死んじまって」
「えっ」
「まだ七歳くらいのはずだったけど、病気で死んだ。新しい猫飼う気も起きなくてヤケんなってこんな頭にしてみたり?」
「ああ、すごい金髪……」
「色保つの結構大変なんよコレ。で、グレたぞってんで結構頑張ってた成績も落してみたけど親からはなんもなし。100点獲ろうが0点だろうか無反応で馬鹿らしくなって。でも東城学園にはスルーで入れてしまうわけ。クソだろ」

 受験の結果に関わらずってことかな。それだと確かに、うん。クソだなあ。
 浅川がくしゃくしゃに顔顰めてるのもわかる気がする。

「入学式でクサってたら、石田を見つけたんだよ。その、マロンみたいな茶色い髪」
「ただのペットロスじゃないのそれ」
「まあ、そう。きっかけなんてそんなもんでしょ」

 噂のヤンキー君がペットロスかあ、なんか笑える。

「なあ、たまに頭触らして」
「茶髪なんかいくらでもいるでしょ、女の子とか」
「女はダメ。すぐ恋愛脳で付き合ってってなるから」
「はあ……恋愛脳」

 入学式からずっと浅川の周囲には女の子が絶えない。どれか彼女なんだろうと思ってたら、誰とも付き合っていないらしい。

「めんどい。勢いがこわい。目とかギラギラしててマジかんべん」
「あー……」
「恋愛とか、どうなんだろーね。俺には無理な気がするなぁ」

 そう言って、眉をちょっとだけ下げて困り顔する。そんな浅川が最初の金髪ヤンキーイメージと全然違ってまたドキッとした。
 今日だけで、こんなちょっと喋っただけでイメージなんかガラッと変わってしまった。怖かった相手なのに好感度が爆上がりしている。チョロ過ぎないか僕。
 でも落ち込んでた僕を上向きにしてくれた浅川を、今元気づけられるのは自分だけかもと思ったら無意識に動いてた。
 手を伸ばして、浅川の手首を掴み「遊びに行こう!」と叫ぶ。
 ぱちぱち、と不思議そうに瞬きする浅川が口を開く前にたたみかける。

「遊ぼうって言ったよね、今から行こう」
「お、おう?」
「それと僕も恋愛無理だと思う」
「……うん?」
「恋愛結婚して子供が生まれてもやっぱり別れる人たちはいるし……」
 
 母に会いたくない理由、その中で一番嫌なのは父との関係を延々と否定されることだ。
 ――『恋愛機能不全』なのよ、私たちは。
 母はずっと言葉で僕を縛り付けてきた。恋愛なんていつか冷めるもの、結婚なんてしなきゃよかった、時間の無駄だったと。
 それでも母は僕のことを好いているという。
 お腹を痛めて必死に産んだ子だもの、父親は気に入らなくても間違いなく私の息子よ、と。勝手すぎる言い草だろう。

 そのたびに、お前も同じだ、恋愛なんて一生できないだろうと言われてる気がした。
 言われれば言われるほど、人を好きになるのが怖くなった。だから僕は中学では近しい友人を作らなかったし高校でもそうするつもりだった。

「恋愛機能不全っていうんだって」
「なにそれ」
「恋愛する脳が壊れてるから結局できないってこと」
「へー。じゃあ俺も石田と同じなんだ? いいね、名前が付くとそういうモンって感じがする」

 いいね、と手を掴み返された。浅川が悪ガキみたいな顔で笑ってる。
 ギュッと強く握られた手が少し痛いくらいで、僕も笑ってしまった。

 母が、その言葉で僕をしばりつけて何がしたいのかわからない。
 支配したいだけなら、僕はあと何年これに耐え続ければいいんだろう。
 十八になると、面会とかは自分で決められるって聞いた。そうしたら自立して一人暮らしをはじめようと思っている。
 父はいつも、家事を一手に引き受けてる僕にすまないなって言ってくれた。父との関係は良好だと思う。でも迷惑をかけたくなくて、もらった食費は節約して使っている。
 僕は何か問題を起こして父に連絡がいくのが怖くて、母のことも拒めないでいる弱虫だ。

 こんな僕はモテるわけないから恋愛なんてもともとしないだろうけど。
 浅川は違う。ひっきりなしに女の子から声がかかるんだろうに、それでも同じ『恋愛機能不全』だって、僕と一緒だって言ってくれた。

 あの日から僕らは友達だった。仲間とか同志とかそういう間柄だったと思う。
 浅川が女の子から逃げる時どうしようもなくて僕のところに来ることもあるし、僕が他の生徒にカモられそうになった時はさりげなく浅川が助けてくれる。

 そういう友達から、今はずっと一緒の『親友』になっていた。高校二年でまた同じクラスになってからもずっと。

      ‡

「あれ、いま途中で演奏止まった?」
「話し声がするから教師が来たんじゃね」
「音楽の先生?」
「そ。レッスンしてもらってんだってよー」

 古文のプリントが終わったのか、浅川が道具をしまって立ち上がった。
 言ってた通りトマトの支柱を立ててくれるつもりらしい。今週中くらいに設置するつもりだったから、プリント出してきてもいいんだけどな。

「浅川、先に職員室……」

 僕がそう言いかけたとき、突然頭の上で甲高い声が上がった。
 えっと思って見上げた二階の窓に、サッと人影が過ぎる。

「危ない!」

 開いた窓からぐらっと人影が傾ぎ、落下した。
 僕が叫ぶより前に、側にいた浅川が走り出していた。両腕を広げて落ちてきた人を受け止め、地面にしゃがみ込む。

「っぶねーな! 何やってんだ蒼衣!!」
「うるさいな耳元で叫ばないで!!」

 透明感のある高い声で怒鳴り返したのは、絵に描いたような色白の美少年だった。
 さらさらの焦げ茶色の髪に目の下の小さいほくろが印象的な、はかなげな美少年だ。

 あまりのことに驚いて声も出なかった僕は順に視線を移動した。その美少年と、浅川と、上の音楽室の窓だ。

 二階の窓際に、焦って身を乗り出している先生がいた。
 音楽室から落ちてきた美少年が、さっきのピアノの演奏の主で間違いなさそうな気がするけど。
 でも、なんで落ちてきたの?

「別れるっていうから死んでやるって! 飛び降りたの!!」

 ――え? 修羅場?

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