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3.『俺のじゃないから』

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 そう思って絶望的な気持ちになった瞬間、浮かんできたのは黒崎さんの困った笑い顔だった。
 まつ毛の多い切れ長の目だけど黒目がちで可愛い黒崎さんの目。
 それがきゅっと細められて、厚めの唇の端が上がる。逆に眉毛は少し下がる、ただそれだけの変化なのにどうしてこんなに愛おしく感じるんだろう。

 思い出すだけで胸の中心がギュッとする。逢いたいなあ、なんてこっちから切ったのに言える立場じゃないけど。

 やっぱり、逢いたいな。

「……ぅあ~~ダメだ、甘い物食べよ……」

 地の底までめり込んで落ち込んでしまった。
 もの凄い凹みようだ。ダメだ、せめてカロリーとって少しでも浮上しないと。
 最後にまともな飯食べたのいつだっけ?

 スマホだけ引っ掴んで放りっぱなしの上着ひっかけ、スニーカーに足を突っ込んでかかとを踏みながらアパートを出た。


 冷たい風が頬を撫でて首を竦めたけど、コンビニまでは急げば五分もかからない。つっかけていた靴を履き直した。走って行けばすぐ、と思って勢いのまま駆け出す。

 棚のコンビニスイーツ空にしてやる、と思いながらアスファルトの地面を蹴って走る。
 はあ、はあ、と吐く息が白く周りの風景をかすませては、薄くなって消えた。
 冬の冷たい空気が肺にいっぱい入ってくると、キンキンに冷やされた臓器が悲鳴を上げる。

 でもそれに鞭打って、はあっと大きく息を吐き出した。
 身体中にうるさいほど響いているのは自分の心臓の鼓動だ。
 コンビニの入口にやっと辿り着いて、自動ドアが開いたら中の暖房の風がびゅうっと吹いてきた。頬に温かい風が当たってホッとする。

 そこに、嗅ぎ慣れた匂いが混ざってきて、目を閉じた。
 うっとりするくらい良い匂いだ。美味しいモノだっけ、大好きな香水だっけ、それとも……。

「……リリ」

 暖房とは違う熱風に吹かれたみたいに、身体があったかくなる。
 ぎゅっと抱き締められているのが判って小さく息をついた。

 やっぱり黒崎さんの匂いだった。間違えるはずない、オレのすごく好きな匂いだもん。
 苦しいくらい強く抱きしめられてても、肺いっぱいに吸いこめて幸せ。

 ここに来れば逢えるような気がしてた。だから連絡しなくなってから一度も来てない。

 今日、逢えなかったらそれも仕方ない、週末は見合いだしもう忘れようって思った。

 でもこの最後の賭けに勝てたら、もしかしてって思ったんだ。
黒崎さんがオレに逢いたいと思ってこのコンビニで待ってたら、それだけオレを愛しちゃったってことでしょう? 
 そうだったらいいなって、肺が悲鳴を上げるほど寒い空気を吸い込んで、走ってきたかいがあったよね。

「黒崎さん」

 ポンポン、と広い背中を撫でて叩くと有無を言わさず抱き上げられた。ああ逃げられなくなっちゃったな、と他人事のように思っていたら、そのまま運ばれて行く。

 コンビニ店員も店の中にいた人もポカンとしてたけど、仕方ないから笑顔で手をふっておいた。

 誘拐じゃないからね、大丈夫だからねって意味で。


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