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10.魔女の子①
しおりを挟む目が覚めると至近距離にアズレトの顔がある。
シャナはヒュッと息を飲んで飛び退こうとしたが腕の中にしっかり閉じ込められていてそれも叶わない。
カーテンの隙間から差し込む朝日に艶やかな金髪が照らされ、アズレトの整った顔を装飾品のように彩っていた。シャナは小さくため息をついて、もぞもぞと布団の中に潜り込む。眩しくて見ていられなかったのだ。
朝のこの時間は、何度あっても慣れない。
アズレトは『魔女の家』に通っている時、泊まっていく事はなかった。行為が終わると身支度を整え、おやすみと言って村の宿屋に帰っていく。
しかしこの離宮にきてからというもの、朝まで同じベッドで眠り朝食まで一緒にとることもあった。
先日のようにアズレトが任務で朝が早い場合はシャナを起こさず行ってしまうが、ほぼ毎日眩しい寝顔を見る羽目になっている。
しかも最初の頃は目覚めると先にアズレトが起きていて、じっと見つめられて悲鳴を上げたこともあった。徹夜で見ていても飽きない、ずっと腕の中に閉じ込めていたい、と口説くように言われてシャナは脳内が沸騰してしまうようだった。
「……」
アズレトの分厚い胸板にむぎゅっと頬を押しつけたまま、シャナは考えた。
昨日ようやくリカルドが二人の婚約を許してくれて、シャナが二十歳になったら結婚という話になった。もちろんアズレトと結婚したらシャナは侯爵家の一員になってしまう。そして生まれた子どもは貴族の令息、令嬢となるわけだ。あまりにも非現実的な流れにぼうっと流されてしまったが、これはとんでもないことでは? とシャナは今更冷や汗をかいていた。
子が欲しいのなら子作りをしましょう、とアズレトに言われて頷いてしまってから怒濤の流され具合だった。
巧妙に追い込まれて捕獲された獲物のようだ。否定する隙を与えないのは流石だった。アズレトはもうシャナの思考と傾向、付け入る隙を心得ている。
好きだと言われて、愛しているから結婚しようと言われた。身分差があるのでと言ったら身分を引っ張り上げられ問題を無くされてしまい、断る理由がなくてシャナはここにいる。
これが囲い込みでなくてなんなのだろう。
アズレトやリカルドに悪意があるとは思っていないが、このままで良いのだろうかという気持ちはシャナの胸の中にずっとわだかまっていた。しかしそれとは別に感情の面では、嬉しさもあるのだ。なにしろアズレトは一目惚れした相手なので、こんな関係になれるとは思ってもみなかった。日々みせられる優しさと、溢れるほどの愛情を注がれて、嬉しくないわけがない。
「ん……シャナ?」
ぐいぐいと頭を押しつけてアズレトに引っ付いていたら、寝ぼけた声がして温かい腕がやんわり抱き直してくれる。
疲労さえしていなければシャナは王城に住む誰よりも早起きだった。魔女の朝は夜明け前から始まっている。薬草の世話、森の点検、食事の支度、薬の調合、などなど仕事はいくらでもあった。
離宮に来てから怠けているなと自身の怠惰に呆れながらもシャナは寝ぼけたアズレトの、ぽんぽん背を撫でてくる手が好きだった。
「……旦那様」
ちょっとだけ予行練習に呼んでみた。『わたしの旦那様』と、冗談混じりにくふくふ笑いながら囁くと急にガバッと抱き起こされて息を飲む。
目覚めたばかりだというのに彼のブルーグレーの瞳は爛々と輝くようで、喜色を隠さずシャナを見つめていた。
「シャナ、もう一度」
「え、嫌です」
「もう一度聞きたいです」
イヤ、と押し退ける手をそっと掴んでアズレトはシャナに迫った。ベッドの上ではお互い裸で、腰を抱き寄せられたら下半身まで密着してしまう。かたい違和感がそこに触れてシャナは飛び上がるほど驚いた。もうダメ、絶対ダメ、と泣きそうな目で訴えるがアズレトは蕩けるような笑みを浮かべてシャナの背を撫でた。
「もう一度だけでいいですから、聞きたいです」
そうしたら止めますと暗に言われて動けなくなる。
あう、あう、と口をパクパクと動かしたシャナは羞恥に目を伏せた。
昨日は公務が終わったあと、大魔女への報告をリカルドに押しつけるとアズレトは早々にシャナを離宮へ戻してしまった。晴れて婚約確定となった祝いだと言って、侯爵家から様々な品物や食材が運び込まれていて晩餐はとても豪華なものになった。
そしてその後は、メイドに風呂でピカピカに身体を磨かれて、シャナはアズレトの腕でベッドに運ばれた。前日に焦らして挿入まで至れなかったのを、取り返すように執拗に愛撫される。執着欲をダダ漏れにさせたアズレトに、シャナは泣きながら抱かれた。
怖かったわけではなく、痛かったわけでもないが、とにかくアズレトの押しが強かった。ただでさえ通常時でも顔が良いというのに、情事の際の色気をまき散らされると、毒花もかくやという破壊力なのだ。シャナは本気で泣きじゃくった。アズレトが触れてくれる場所全てが熱をもって、心地良くて堪らなくて、可愛がられ続けた下半身はとろとろだった。
挿入された後も優しく突かれては泣いて、激しく奥まで押し上げられては泣き、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら抱かれた。そんなみっともない状態だったというのに、アズレトは終始上機嫌で、美しいだの堪らなく煽られるだのと言っていた。思えば最初の夜からこんな風に泣かされて、可愛い可愛いと執拗に愛されたのではなかったか。
だいたい日が落ちたくらいから始まったアズレトとの行為が、漸く終わったのは夜半を過ぎた頃だった。普通にベッドに入るような時間からはじめていたら夜明けになっていただろう。
この過剰なほどの溺愛をなんとかする方法はないのかとシャナは悩んだが、輝くばかりに全力で嬉しさを表現するアズレトの笑顔を見ると何も言えなくなった。
「……旦那様」
囁くように言ったシャナをギュッと抱き締めたアズレトは、『愛しています、シャナ』と囁き返してきた。恥ずかしくて真っ赤になったシャナは、それでも胸に溢れる幸福感を、噛み締めていた。
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