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8.帝国一の騎士③
しおりを挟む「あら、そうしたらお父様が守って下さるのでしょう?」
にっこりと可愛らしく微笑み、上目にリカルドを見つめると、ぐうっと唸る声が聞こえた。リカルドが悔しそうな顔でシャナを見つめ、堪えきれずギュッと愛娘を腕の中に抱き込む。
「苦しいです陛下」
「うるさい我が娘が可愛いのだから仕方ないだろう。可愛いのが解っていて今の顔しただろう、そなたは」
「あんまり犬みたいにスンスン吸わないでください、吸うのはアズレト様の特権なので」
「なんでだ、私もその特権欲しいぞ」
「ひび割れた盾が本当に真っ二つに割れますよ?」
「……」
スッと腕を解いたリカルドは、深いため息をついてシャナから離れた。
ぬるくなった茶を飲んで気を取り直し、シャナを見遣る。
「そなたの言う通りであれば、魔女というのは無尽蔵の魔力が使えるということか?」
「星の魔力が枯渇しない限りは使い放題ですね。まあ使い切ることなんてそうそう無いでしょうけど、……いやあったのか。あったので、魔女は隠れて森に棲むようになったんですよ」
「――詳しく話せ」
いつになく真面目な顔でリカルドが言うので、シャナもお菓子を食べるのを止めて姿勢を正した。リカルドが皇帝の顔になる時、シャナもまた皇女として、――森の魔女の末裔として、きちんと話をすることにしていた。
「森の魔女の記録は、千年を超えてそれより昔にまで遡り記録されています。詳細を話すと本五冊分あるので簡単にお話ししますね。陛下がはじめに危惧した通り魔女はその有用性を見出されたあと、保護してくれる大国などなく、各国で奪い合いになりました。たくさんの魔女が狩られて閉じ込められ、死ぬまで外に出られなかったと言われています。逃げ延びた魔女達は森に結界を張って隠れ住むようになりました。それが、私のご先祖の魔女です」
「閉じ込められた魔女はどうなったんだ」
「そうですね、はじめは恐らく実用性のある『魔女の妙薬』の作成や魔法を使う実験などに使われていたと思いますが、その中で誰かが、魔女の使う魔力について研究を始めたのだと思います。先程言ったような『国家機密』レベルのことが調べ上げられ、魔女は――たくさん子供を作らされたといいます」
「……」
「生まれた子が女でも男でも、ある程度星の魔力を使う術を本能的に知っています。修練しなくては大した事はできませんが」
シャナはリカルドのまとう雰囲気が変わったのを肌で感じていた。ピリピリとした緊張感が執務室の中に漂い、押し殺したリカルドの怒りを表しているようだった。
「知られてはならないところまで、世界は魔女の秘密を暴いてしまった。森の魔女達は、星の魔力が限界まで吸い上げられていくのを見て絶望しました。星の魔力が全てカラになれば、大地は崩れ水は氾濫し人の住む世界ではなくなってしまう。森の魔女は呪いの秘術を使って、森の外の魔女と魔女に連なる血筋の子供達の命を絶ちました。そうしなければならないと判断したのは、当時の大魔女です」
ス、とシャナは手を上げて執務室の壁に掛っている世界地図のタペストリーを指さした。
「呪いは、大陸の端から端までおよび多くの魔女を殺しました。ご先祖もそんな事したくなかったでしょうが、仕方なかったんです。残ったのは森に逃げた少数の魔女だけでした。哀しみにくれる大魔女に、ある国の王が魔女の保護を申し出ました。悲劇をくり返さないために、と言う王を信じたところで、また騙されるのかもしれない。悩んだ大魔女が提示したのが、魔女と王の百の約束でした。世界に散らばった魔女達は、その土地の王とこの『約束』を頼りに繋がっています。これが破られない限り、平和は続くと私達は母親から聞かされて育ちました」
あ、とシャナは思い出したようにひとつ付け足した。
「千年のうちに、星の魔力はほぼ当時程度まで回復しています。これは目覚ましい回復なんです。そして魔女の真実も、今話してみたところ国の皇帝や重鎮でも全く知らないご様子。腕の良い薬師程度にしか思われていないみたいですね。千年隠れ住んだかいがありました」
にこ、と微笑んだシャナはいつも通りの表情だった。
しかしそれを見つめるリカルドは、苦渋に満ちた表情をしていた。彼の中に渦巻く感情や思惑は、シャナには解らない。けれどこの義父が行うことは魔女達にとって、決して悪い事ではないだろうと、いまは確信していた。
それだけの信頼を得たのだとリカルド本人が気付くには、今少し時間が必要なようだった。
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